第八十一話 異国の言葉
『勇者は異国の言葉を口にした。』
古い本に残った一文。
どの国の言葉かは。
書かれていない。
「アルディアの中にある国かもしれません。」
セレスが言う。
「日本とは限らない。」
「うん。」
レインは索引をめくる。
同じ本を写す時に使われた資料が。
学院の書庫に残っていた。
原本ではない。
写した人が。
参照した本の一覧だけ。
索引の端には。
何度も書き直した跡がある。
題名の横へ付けられた印も。
今の図書館では使われていないものだった。
「いつ作られた索引ですか?」
「正確には分かりません。」
司書が綴じ糸を見る。
「少なくとも、元の聞き取りより後です。」
「後から整理した人が、到来時と判断した可能性もある。」
ガレスの言葉に。
レインは頷いた。
題名そのものも。
出来事と同時に付けられたとは限らない。
その中に。
『勇者到来時の聞き取り』とある。
「到来時。」
トーマが読む。
「倒した時じゃないんだな。」
「勇者になった時かもしれない。」
「到来が何を指すかは未確定です。」
学院長が言う。
「まず、資料が残っているか確かめましょう。」
◇
書庫の奥。
同じ番号の箱が見つかった。
中にあったのは。
薄い紙が四枚。
どれも後世の写しだった。
一枚目。
『発見時、問いに答えず。』
二枚目。
『未知の発声を繰り返す。』
三枚目。
『絵と身振りにより、水を求めたと判断。』
四枚目は。
下半分が空白だった。
「発見された人が、勇者?」
「表題はそう示しています。」
司書は紙質を確かめる。
「ですが、写しです。」
「書き写す時に、別の人物の記録が混ざった可能性もあります。」
記録の中に名前はない。
黒衣とも。
白銀の剣とも書かれていない。
「水を求めたなら、人間ではある。」
トーマが三枚目を見る。
「それも、記録した人の判断です。」
セレスが言う。
「身振りの意味を間違えた可能性があります。」
「何も信じられなくならないか?」
「信じないのではなく。」
レインは答えた。
「どこまで書かれているかを分ける。」
発見された。
未知の声を出した。
水を渡された。
そこまでは記録にある。
何を考えていたかは書かれていない。
「同じ人物だとつなぐ条件が足りない。」
レインは言う。
◇
四枚目を。
光へ透かす。
空白の下に。
薄い線が見えた。
削られた文字ではない。
裏側から写り込んだ線。
紙を返す。
裏には何もない。
「別の紙と重ねて保管されていたようです。」
司書が線を追う。
「文字の跡でしょうか。」
レインには。
日本語に見えなかった。
アルディア文字にも見えない。
「クロニクル。」
【文字痕跡を確認】
【復元可能情報:音声参照番号】
文字ではなく。
別の記録を示す番号。
「音声がある。」
【保管位置:禁書庫】
【現在の閲覧権限で検索可能】
◇
禁書庫の前室へ戻る。
音声魔石を魔法陣へ置いた。
「到来時の聞き取りに関係する音声。」
【参照番号を照合】
【音声記録を確認】
【名称情報を含まない記録】
「それでも再生。」
短い雑音。
誰かの問いかけ。
『どこから来た。』
答える声は。
アルディア語ではなかった。
レインの胸が鳴る。
『ここは、どこだ。』
日本語。
若い男の声だった。
それだけで。
蓮の声とは決められない。
百年前の勇者とも。
まだ、つながらない。
「声を保存します。」
司書が別の導石へ振動を移す。
「後で三件の音声と比較できます。」
「言葉の意味も書いておきます。」
レインは日本語の下へ。
アルディア語の訳を置いた。
原文と訳文。
自分の解釈を。
同じ行には書かなかった。
だが。
世界暦が始まる前に。
日本語で問い返した人物がいた。
「異国の言葉は。」
レインは表示ではなく。
自分の耳で確かめた。
「日本語です。」
桐谷玲として。
何度も使った言葉。
聞き間違えるには。
あまりにも日常的な一文だった。




