第八十三話 日本から来た人
到来記録との照合。
使えるのは。
学院に残った四枚の写し。
日本語の音声。
そして。
後に勇者と呼ばれたという注釈。
「全部、同じ箱に入っていました。」
セレスが言う。
「でも、同じ人物の記録とは限らない。」
「箱が途中で入れ替わった可能性もある。」
レインは紙の番号を確認する。
四枚とも。
同じ参照番号の続きだった。
筆跡も。
紙も同じ。
「写した人は、一続きとして扱ってる。」
「元の記録もそうだったかは分かりません。」
司書が言う。
「ですが、照合材料にはなります。」
◇
禁書庫の前室で。
四枚の写しを魔法陣の周りへ置く。
「到来記録として照合。」
【参照情報を確認】
【記録群:連続性あり】
【原記録:参照不能】
【写しによる限定照合を実行】
原本ではない。
そのため。
完全な接続はできない。
「限定照合って?」
トーマが尋ねる。
「写しの内容だけで確かめる、ということだと思う。」
レインは答えた。
「原本にしかない情報は使えない。」
「写しが間違っていれば?」
「その間違いも含んだ結果になる。」
クロニクルが表示しても。
材料が不完全なら。
答えまで完全になるわけではない。
それでも。
【連続音声記録を一部開示】
魔石が光る。
『ここは、どこだ。』
昨日と同じ声。
続けて。
アルディア語の問いが流れる。
『名は。』
若い男は答えない。
言葉が通じていない。
何度か。
同じ問いが繰り返される。
やがて男は。
自分の胸を指したらしい。
『かん――』
音が乱れる。
『――れん。』
レインの指が止まった。
◇
「名前ですか?」
「たぶん。」
「聞かれた言葉は分かっていない。」
「でも、胸を指して答えてる。」
レインは聞こえた音を書く。
『かん――れん』
三件目の音声。
『――ざき、蓮』
二つを並べる。
欠けた場所は違う。
重なるなら。
『かんざき、れん』
一つの名前になる。
レインは小さく発音した。
「かんざき、れん。」
日本では。
不自然ではない名前だった。
だからこそ。
自然に聞こえることを証拠にはできない。
「つなげていいのか?」
トーマが尋ねる。
「候補としてなら。」
「別々の人の名前を合わせてる可能性は残る。」
「文字も、蓮しかありません。」
セレスが言う。
「かんざきに当たる文字は、まだ。」
レインは。
ひらがなでだけ書いた。
『かんざき 蓮』
◇
「到来時の話者と、記録番号0003の話者を照合。」
【名称音声を追加】
【話者照合を更新】
【一致度:高】
【名称候補:カンザキ・レン】
【文字情報が不足しています】
「同じ人物の可能性は高い。」
ガレスが言う。
「到来時の人物が、その後の勇者かは?」
【記録群の連続性:高】
【対象識別:未確定】
「まだ足りない。」
レインは答えた。
だが。
日本語を話す人物が。
世界暦以前に現れ。
後に勇者と呼ばれた記録へ続いている。
その人物の名前は。
かんざき、れん。
少なくとも。
音では、そこまでつながった。
「蓮という字の読みも合います。」
セレスが黒い本の写しを置く。
「はい。」
「ですが、家名の文字はありません。」
「カンザキを、アルディア文字で残すだけでは駄目ですか?」
「音の記録にはなる。」
「元の名前を復元したことにはならない。」
どの文字を使っていたかは。
本人が書いた記録か。
同じ時代の正確な写しから探す必要がある。
◇
「日本から来たと思いますか?」
学院長が尋ねる。
レインは。
最初の声を思い出す。
『ここは、どこだ。』
知らない場所で。
通じない言葉に囲まれ。
最初に日本語を口にした。
「可能性は高いです。」
「日本語を教わっただけでは。」
「到来した直後に、あの言葉は出にくいと思う。」
「それでも、確定ではない。」
「はい。」
事実の欄。
『世界暦以前、日本語を話す人物が到来した。』
推測の欄。
『その人物は日本から来た可能性が高い。』
名称候補。
『かんざき 蓮』
漢字は一文字しかない。
勇者との完全な接続もない。
それでも。
役割しかなかった百年前の人物に。
初めて。
人として呼べる音が並んだ。
それでもレインは。
黒衣の男を、その音では呼ばなかった。
まだ。
二つを結ぶ最後の記録が足りなかった。




