第六十三話 百年を支える者
【変更前属性:勇者】
【変更後属性:魔王】
二行は、消えずに残っていた。
「写しました。」
セレスが帳面を見せる。
トーマも。
レインも。
同じ文字を残した。
一人の見間違いではない。
一冊が失われても。
記録は残る。
「完全記録は、これで終わりですか?」
レインが尋ねる。
【変更結果を確認します】
新しい表示が現れた。
【接続状態:不完全】
【維持処理:継続】
【経過期間:約百年】
レインは読み上げたあと。
最後の行を、もう一度見た。
「百年。」
「今も続いてるのか?」
トーマが聞く。
「表示は、継続。」
「誰が続けているかは。」
【管理者情報:参照不能】
【対象者名:参照不能】
名前は出ない。
魔王という属性だけが残る。
「役割変更した人が、そのまま続けているとは限らん。」
ガレスが言う。
「引き継がれた可能性もある。」
「でも、百年前から今まで。」
セレスが表示を見つめる。
「何かを維持している人がいる。」
「記録上は、そう読めます。」
◇
【維持対象:情報欠損】
【関連地点:複数】
【現在地からの閲覧権限:不足】
「また見られない。」
トーマが息を吐く。
「何を支えてるかが一番大事なのに。」
「全部を一か所に残していないのでしょう。」
セレスが言う。
「ここは役割が変わった場所です。」
「百年間のすべてを記録した場所ではありません。」
禁書庫。
王都記録院。
救護所跡。
そして、この窪地。
一つの場所だけでは、答えへ届かなかった。
「関連地点は見られる?」
【検索には追加情報が必要です】
「今は無理みたい。」
その時。
窪地の黒い地面から、弱い光が浮かんだ。
一度、脈を打つように。
森の北側へ伸びた溝も、わずかに光る。
すぐに消えた。
「今のは?」
「魔力の流れだ。」
ガレスが地面へ手を近づける。
「弱いが、止まってはいない。」
「百年前の像と同じでしょうか。」
「似ている。同じ仕組みかは分からん。」
百年前だけの記録ではない。
今も、この場所には何かが流れている。
その先も、中心も見えないまま。
「現在の観測として残します。」
セレスが時刻と光の向きを書いた。
過去の像とは、別の頁へ。
「なら追い過ぎるな。」
ガレスは空を見る。
日が傾き始めている。
「今日はここで記録を整理する。」
「移動は明朝だ。」
◇
窪地の外へ戻り。
四人は帳面を突き合わせた。
確定したこと。
役割変更前は勇者。
変更後は魔王。
変更理由は、維持対象の喪失を回避するため。
変更後、同じ場所で魔物を南へ退かせた。
維持処理は約百年間、継続している。
確定していないこと。
対象者の名前。
維持しているもの。
今も同じ人物が続けているか。
名前が消えた理由。
「勇者と魔王が同じだったことは、確定でいいんだよな。」
トーマが尋ねる。
「役割変更記録の中では、同一の対象者です。」
セレスが答えた。
「百年前の勇者の音声や、黒衣の男まで同じ人かは。」
「まだ、記録をつなぐ必要があります。」
「ほとんど同じに見えるのに。」
「ほとんど、です。」
レインは二人のやり取りを聞きながら。
帳面の中央に、二つの言葉を書いた。
『勇者』
『魔王』
その間を、一本の線でつなぐ。
線の上に。
名前を書くための空白を残した。
◇
夜。
見張りに立ったレインは、窪地を見る。
百年前。
一人の勇者が、そこで魔王になった。
魔王を倒したから。
壊れた何かを支えるために。
そして。
約百年間。
維持は続いている。
それが世界そのものだとは、まだ分からない。
今いる魔王が、その人だとも確定していない。
けれど。
倒せば終わるという言葉だけは。
もう信じられなかった。
「眠れないのか?」
交代に来たガレスが言う。
「少しだけ。」
「考えるのは構わん。」
「結論を急ぐな。」
「はい。」
レインは帳面を閉じる。
勇者。
魔王。
どちらも。
その人の名前ではない。




