第六十四話 白い終焉
雪が降っていた。
さっきまで。
窪地に雪などなかった。
それなのに。
レインの目の前は、白い雪原へ変わっていた。
右手には剣。
刃は、黒い外套を貫いている。
倒れかけた男が。
レインの肩へ手を置いた。
『……遅かったな。』
「何が。」
問い返しても。
男は答えない。
剣を引き抜く。
黒い外套が、雪の上へ崩れた。
勝った。
魔王を倒した。
これで世界は救われる。
そう思った瞬間。
空が、白く割れた。
◇
月が二つ。
ひびの向こうへ並んでいた。
一つは、見慣れた月。
もう一つは。
輪郭だけが白く光っている。
雪原の端から、大地が消え始めた。
砕けるのではない。
燃えるのでもない。
色も。
音も。
そこにあったことまで、白へ塗り潰されていく。
「待って。」
誰かの声。
振り返る。
セレスがいた。
けれど。
手を伸ばす前に、二人の間の地面が消えた。
「レイン!」
トーマの声も聞こえる。
姿は見えない。
白い光だけが近づいてくる。
倒れたはずの男へ目を戻す。
男は、まだ消えていなかった。
雪の上で。
消えていく空を見つめている。
「知ってたのか。」
「こうなるって。」
答えはなかった。
ただ。
男の唇が、わずかに動いた。
名前のように聞こえた。
けれど。
音になる前に、白へ消えた。
◇
「レイン!」
肩を強く揺さぶられた。
目を開く。
暗い森。
小さな火。
目の前には、ガレスがいた。
「聞こえるか。」
「……はい。」
「名前は。」
「レイン・アークライト。」
「ここは。」
「北方の窪地です。」
自分の声が、遠く聞こえる。
トーマとセレスも起きていた。
「急に倒れたんだぞ。」
トーマが言う。
「見張りを交代して、少ししたら。」
「何を見ましたか?」
セレスが水を差し出す。
レインは一口飲んだ。
手が震えている。
「雪原。」
「黒い外套の男。」
「俺が、剣で……。」
言葉が止まる。
倒した。
自分が。
魔王を。
「そのあと。」
ガレスが続きを促す。
「世界が白くなりました。」
「空に月が二つあって。」
「地面も、セレスも、トーマの声も。」
「全部、消えていった。」
◇
四人は火の近くへ座った。
レインは、見た順番に記録する。
雪原。
剣。
黒衣の男。
『遅かったな』という言葉。
二つの月。
白い崩壊。
「夢ですか?」
トーマが尋ねる。
「分からない。」
「前にも見た気がする。」
「それも分けて書け。」
ガレスが言う。
「見たものと、感じたことだ。」
レインは別の欄へ書く。
『自分が体験したように感じた。』
『男を知っている気がした。』
『男は崩壊を知っていたように見えた。』
最後の一行は。
推測として囲んだ。
「魔王を倒したあとに、白くなった。」
トーマの声は低かった。
「完全記録で見た白い景色と似ています。」
セレスが言う。
「でも、同じ現象とは決められません。」
「セレスは、同じ雪原を見たことがある?」
「雪と、黒衣の人は。」
セレスは右手を見る。
「でも、その人が倒れるところも、白く消えるところも見ていません。」
セレスの夢では、黒衣の人物は北へ向かっていた。
魔物が横を通り過ぎ。
『来るな』という声がした。
「誰かの手を取ろうとした感覚はありました。」
「俺の記憶では、手を伸ばす前に地面が消えた。」
二つが同じ出来事かは分からない。
違う時の雪原かもしれない。
レインは二つの記録を隣へ置きながら、線では結ばなかった。
「似ている、までだ。」
ガレスが言う。
「一致させるために記憶を変えるな。」
「はい。」
「ああ。」
レインは窪地を見る。
夜の中で。
黒い地面が、かすかに光っていた。
勇者は魔王になった。
何かを百年間、維持している。
そして。
自分は、魔王を倒したあとに世界が消える記憶を見た。
まだ、つながったとは言えない。
けれど。
剣を向ける前に知らなければならないことが。
また一つ増えた。




