第百二話 鳴らない警鐘
【接続成功から現在までの経過】
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レインが開こうとした時だった。
机の上の灯りが揺れた。
一度。
二度。
青白い光が細くなり。
消えた。
「風か?」
トーマが天井を見る。
窓は閉じている。
禁書庫に外の風は入らない。
司書が新しい灯りへ手を伸ばす。
指先から淡い光が生まれた。
けれど。
灯りへ届く前に散った。
「魔法が。」
「使えないんですか?」
「違う。」
司書はもう一度、光を集める。
今度は灯った。
「届く前に、流された。」
◇
床の下で。
何かが低く鳴った。
地鳴りではない。
石の中を魔力が走る音。
北方の窪地で聞いたものと似ていた。
「全員、壁から離れろ。」
ガレスが剣へ手をかける。
レインたちは机から下がった。
棚の本が揺れる。
だが。
一冊だけ動かなかった。
開いたままの黒い本。
クロニクルの文字も消えている。
「反応が止まりました。」
セレスが本を見る。
「表示を閉じたのか?」
「俺は何もしてない。」
レインが手を近づける。
【接続待機】
文字はすぐに現れた。
見える。
クロニクルそのものが止まったわけではない。
【周辺魔力流:変動】
【記憶情報への接続:一時保留】
「外で何か起きてる。」
レインが読み上げる。
「場所は分かるか?」
【変動方向:学院北側】
北。
皆の視線が重なった。
◇
その直後。
遠くで鐘が鳴った。
一度だけ。
途中で切れたような音だった。
学院長の顔色が変わる。
「警鐘ではない。」
「でも、鐘は鳴りました。」
「警鐘なら三度続く。」
学院長は扉へ向かう。
「鳴らした者が、二度目を鳴らせなかった可能性がある。」
ガレスが先に扉を開いた。
「俺が見る。」
「待ってください。」
レインも剣を取る。
「お前たちはここに残れ。」
「北方で見た異常なら、クロニクルが必要です。」
ガレスは答えず。
レインの腰の剣を見た。
「抜く時を間違えるな。」
「はい。」
「倒すためだけに使うな。」
北へ向かう前。
何度も教えられた言葉だった。
◇
禁書庫を出る。
図書館の灯りも揺れていた。
生徒たちが窓へ集まっている。
「窓から離れなさい!」
司書の声で。
皆が慌てて下がった。
外から鳥の群れが飛び立つ。
学院の北門へ向かう空だけが。
薄く白んでいた。
「白化?」
トーマが呟く。
「まだ決めつけるな。」
ガレスは廊下を走る。
三人も続いた。
学院長と司書は図書館に残り、生徒を地下から遠ざける。
階段を上がるほど。
魔力の流れが乱れていく。
身体の横から押されるように。
足へ集めた魔力がずれる。
セレスが壁へ手をついた。
「大丈夫?」
「はい。でも、魔力がうまく留まりません。」
「俺もだ。」
トーマが指先へ風を集める。
小さな風は生まれたが。
北へ引かれて消えた。
◇
正面玄関を抜ける。
北門の前には。
数人の教師が立っていた。
誰も門の外へ出ていない。
「状況は。」
ガレスが尋ねる。
「防護が開きません。」
「閉じているんじゃないのか?」
「内側からも通れないんです。」
学院を守る光が。
北門だけ白く濁っている。
その向こうに。
大きな影が立っていた。
四本の脚。
低く伏せた頭。
白い角。
「あの魔物。」
セレスが息を飲む。
以前、学院の門へ現れたものと同じ姿だった。
魔物は門へ体当たりしない。
牙も向けない。
ただ。
何度も背後を振り返っている。
「また逃げてきたのか。」
トーマが剣を抜く。
魔物のさらに後ろ。
森の影が揺れた。
一つではない。
低い唸り声が重なる。
白い角の魔物は。
学院へ襲いかかろうとしているのではなかった。
閉じた門の内側へ。
逃げ込もうとしていた。




