第百一話 眠っていた玲
【接続成功記録:閲覧】
レインは。
すぐには開かなかった。
「何が怖い?」
ガレスが尋ねる。
「桐谷玲が。」
レインは胸へ手を置く。
「最初から俺の中にいたなら。」
「今のお前が変わるのか?」
「分かりません。」
レインとして生きた十六年も。
桐谷玲として生きた時間も。
どちらも自分だと受け入れた。
それでも。
何百もの世界で融合していたと知ることは。
一つの人生を思い出すのとは違った。
「何百回の自分を、全部受け入れなくてもいい。」
セレスが言う。
「今、覚えていることから確かめればいいんです。」
「玲の記憶も、急に全部戻ったわけじゃないしな。」
トーマが続ける。
知らない過去が増えても。
今ここにいる自分まで消えるわけではない。
「見なくても、お前はお前だ。」
トーマが言う。
「見たあともな。」
◇
「開きます。」
【接続成功時の履歴へ移行】
目の前が暗くなる。
学院の一室。
今と変わらない年頃のレインが。
寝台で目を開けた。
周囲に誰もいない。
窓の外は朝だった。
レインは身体を起こす。
頭へ手を当てる。
日本語は口にしない。
自分の名前を。
レイン・アークライトとだけ呟いた。
「玲を覚えてない。」
今のレインには分かった。
魂はいる。
深い場所で。
扉の向こうに眠っている。
けれど。
表のレインは、その存在に気づいていない。
◇
時間が進む。
剣術の授業。
トーマとの模擬戦。
セレスと歩く図書館。
禁書庫の前。
レインは扉に触れる。
青白い光が走った。
認証はされる。
だが。
奥の日本語を読めない。
文字を見つめても。
知らない記号として通り過ぎる。
「入れたのに。」
現在のレインは呟く。
「読めなかった。」
名前も。
神崎の記録も。
すぐ近くにあった。
それでも、桐谷玲の記憶が眠っているため届かない。
◇
さらに時間が進む。
レインは成長し。
白銀の剣を持つ。
仲間たちと魔物を倒し。
北へ進んだ。
剣の動きは今より荒い。
それでも強い。
勇者として。
魔王を倒せば世界が救われると信じている。
雪原に神崎が立っていた。
名前を知らない。
日本語も思い出せない。
神崎が何かを言う。
その言葉は。
今のレインには日本語として聞こえた。
『まだ、起きないのか。』
雪原のレインには意味が分からない。
剣を構える。
神崎の目が、一瞬だけ伏せられた。
黒い光が雪の上へ広がる。
レインは剣で切り開いた。
今の自分なら、その光が攻撃だけではないと気づける。
白く崩れる大地を押さえる魔力が混じっている。
だが、その時のレインには。
魔王の力にしか見えなかった。
◇
戦いが始まる。
黒い光を避け。
剣を振る。
神崎は何度も退きながら。
レインの目を見ていた。
中に眠る誰かが。
目を覚ますのを待っているように。
だが。
最後まで玲の記憶は戻らない。
白銀の剣が神崎を貫いた。
空が白くなる。
世界が消える直前。
神崎は小さく言った。
『次へ送る。』
白い光がレインの胸へ触れる。
景色が途切れた。
◇
「戻ったか?」
ガレスの声。
レインは目を開ける。
「はい。」
「桐谷玲は?」
セレスが尋ねた。
「最初の世界では、眠っていました。」
「禁書庫にも入った。」
「でも日本語が読めなかった。」
トーマが拳を握る。
「それで、また神崎を倒したのか。」
「うん。」
謎がなかったわけではない。
答えへ続く扉を開けなかったわけでもない。
読めるはずの魂が。
まだ目覚めていなかった。
【接続成功から現在までの経過】
【世界線数:数百】
最初の融合から。
何百もの百年が過ぎている。
少しずつ。
剣の記憶が残り。
夢が残り。
日本語が残った。
そして今。
桐谷玲はようやく。
レインの中で目を覚ました。
遅かったのではない。
何百の失敗が。
少しずつ今へ届いた。
今度はまだ。
百年目の雪原に立っていない。
神崎を倒す前に。
眠っていた時間の意味を知ることができる。




