赤色の濁流
ちょっとグロ注意です
暗闇の奥から姿を現したのは、巨大な透明水槽だった。
水槽というより、それは大型タンクのように見えた。その下部には無骨なキャタピラが取り付けられており、鈍いモーター音を立てながら路地を進んでくる。
水槽の中には、女がいた。
長い黒髪、白い肌。それから、恐らく、服を着ていない。水は深緑色に濁っているため、その肢体を見ることはできないが。
だが最も目を引くのは──
──デフォルメされた海老に置換された頭部
水槽内部を漂う無数の小さな光。その正体は、赤い海老だった。女はその中央で、気怠げにこちらを見下ろしている。
「うわっ……出やがったな海老頭……!」
それを見た誰かが叫ぶ。
「そんなに喜ばれると照れるエビねぇ」
女は手をヒラヒラと振りながら真顔(?)で答えた。
突然の乱入者に、ゴーストが反応する。黒い輪郭が揺らぎ、路地裏の光景そのものが歪んだ。
直後。
“消えた”。
空間を裂くように走る、黒い軌道。
しかし、それよりも早く、水槽が動いていた。
轟音が路地裏に響く。キャタピラが火花を散らしながら急加速する。
次の瞬間、ゴーストの黒い腕が水槽へ突き刺さった。
水飛沫。溢れ出す大量の海老。
そして。
女の口元が、ゆっくりと吊り上がる。
「──捕まえたエビ」
ぶくり、と。
水槽内部の水が脈動した。
無数の海老が一斉にゴーストへ群がる。
黒い輪郭へ噛み付き、纏わり付き、赤色の濁流となって、存在そのものを貪り始める。数千、或いは数万のエビが歯をかち鳴らす。それは、悪魔の囁きにも似た不快なノイズ音。朱色の晩餐会だ。
グチュ、ギチ、ギチ
先程まで未知の脅威であった黒い影が、砂山のように削り取られていく。
「うわっ……」
「やりやがった……」
プレイヤー達が息を呑む。だが女は気にした様子もない。
「掃除が面倒だから、暴れないで欲しいエビ」
水槽の中で、女は気怠げに指を振る。
耐えかねたゴーストが咆哮のようなノイズを撒き散らした。先程の大柄な男の首をはねたあの斬撃。黒い粒子が海老の群れを切り裂いて、女へと向かう。
瞬間。
エビの一部が弾け飛ぶ。赤い飛沫。
しかし女は笑った。
「追加エビ〜」
斬撃をまともに喰らい、剥がれ落ちた海老の群れ。それを食い破るように、女の腕から、新しい海老が“生えて”いた。
ぶちぶち、と嫌な音を立てながら。
「…………」
そのおぞましい光景に男は言葉を失う。気持ち悪い、心の底からそう思った。まともな人間のやることではない。
なのに、
視線を、逸らせなかった。
海老にその身体を貪られながらも、ゴーストは女に向かって腕のようなナニカを伸ばす。あれだけ削られているのに、その速度は衰えていない。
男の目に、再び黒い閃光が走る
だが、その動きより先に、海老の群れがそれを飲み込んだ。
蟻地獄にハマったように、ゴーストの輪郭はゆっくりと、ゆっくりと沈んでいく。
数秒後。
まるでそこには、初めから何も無かったように、路地裏に残ったのは、静寂だけだった。
ぽたぽた、と。
水滴の音が響く。
「はぁ〜終わったエビ〜」
女は面倒くさそうに呟く。ゴーストに割られた水槽を名残惜しそうに見つめると、恐る恐る、といった様子でそこから這い出てくる。
濡れた艶やかな肌には、未だに無数の海老がこびりついていた。
それから女はへたり込んでいる男に視線を向ける。
「お前、見ない顔エビね。どこから来たエビか?」
なんの感情も感じない、無機質なその問いかけに、男は、背筋が凍る感触を覚えた。
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