喪失/モニカの場合#3
更新遅れてしまいすみません。次回でモニカの話は最後になります
攻略Wikiの創設者というのは、基本的に目立たないものだ。彼らの多くはそれ程までに、その存在を主張しない。マイナーな……それこそ、土曜日の夕方。もっとも人が集中するピークタイムにおいても、同接が千人に満たないブラウザゲーの攻略Wikiは、その殆どを有志が無償で作成している。
そういったプレイヤー達のことを、私はあまり知らない。ただ当たり前のように享受している情報。それが、どれ程の時間と労力をかけて作られているかを、考えもしなかった。
シャーロックは、この世界に初めて“説明書”を作ったプレイヤーだ。勿論、ゲーム内のヘルプや、初心者講習もあるが、生きている情報、プレイヤー目線でのデータというのは、存外、運営からは提示されないもので。
彼は、その時期、非常に浮かれていた。
「いやぁ、ミスモニカ。またデータ検証の依頼ですよ」
「はぁ……」
今月で何回目かも分からないその言葉を聞いて、私は顔を顰める。
「最近は企業勢の依頼も多くて嬉しい限り。私たちの情報が信頼に値すると評価されているのですよ」
「……てことはまた?」
「はい。Toxic KICKからのご依頼になります」
Toxic KICK。最近台頭してきたそのギルド──企業は、どこからか集めてきた大量のプレイヤーと、情報により、イエロファクトリーを中心に勢力を拡大している。同じエリアに居宅を構える私たちは、依頼を受けることが多くなっていた。
「あそこやなんだよなぁ……ガラが悪いというか」
「むむ。情報は万人に平等であるべきです。彼らもまた、同じ世界を愛するプレイヤーなのですから」
「愛する、ねぇ……」
私は彼らの態度が気に入らなかった。金を払えばいい、そう思っている。私たちはただの外注先の一つに過ぎない。何故なら、シャーロックがwikiを完成させた後、企業を始めとした多くの組織が、それを参考に様々な攻略サイトを立ち上げ始めたからだ。
「というわけで、少し出かけてきます」
「一人で行くの?」
「留守番は寂しいですか?」
私は彼の頬を殴った
「い、痛い……パンチが以前よりも重く……」
「早く行け!」
彼は頬を抑えながら出て行った。あのオンボロ車のエンジン音が聞こえる。特注で作った、と言っていたその車は、どう見ても誰かのお下がりで。彼は、NPCを始めとした、この世界に住んでいる人達の廃棄物。それを再利用するのが好きだった。
「……なんだかなぁ」
最近はデータ検証というよりは、ただの単純作業になっていた。世界を暴く、解き明かす。その温度はいつの間にか失われ、私たちはただ言われた通りに、言われた場所に行き、言われたことをするだけ。以前よりも金回りは良くなった。昔の私なら、純粋に喜んでいただろう。
「私もとうとうイカれちまいやがりましたかね……」
彼はこの世界を、愛しているように見えた。シャーロックは、この世界に生きること自体に、意味を見出していた。結局、私は最後までその感覚が分からなかったけど。
その日は雨が降っていた。工場の排水で汚染された雨。ゲーム内の天候は、かなり緻密な環境再現システムと、敢えて差し込まれた偶発的なプロンプトによって、現実と変わらない挙動を示す。晴れといったものが雨になり、或いは、その逆も。
そんな知識も、彼と世界を暴く旅の中で見つけたものだった。
彼は、その日、遂に、PIECE ALL……私たちの家に帰ってくることはなかった。
雨が降っている。
「で、どこほっつき歩いてたの?」
彼がログインしたのは、ゲーム内時間で10日も経った頃だ。別に待っていたわけではない。ただその間にも、企業勢からの依頼は止まらなかった。
「…………」
彼は押し黙る。ハンチング帽を目深に被り、その表情に影が差した。
「ねぇいい加減に──」
「ミスモニカ」
彼の声は暗かった。私は、叫びかけた言葉を飲み込む。
「企業勢……彼らが、どうやって正確なデータを集めていると思いますか?」
「どうやってって……人と金をぶん回すパワープレイでしょ」
「企業……ギルドシステムの追加からまだ、現実世界で一ヶ月しか経っていません。人も、資金も、本来ならそれほど潤沢ではないはず」
「まぁそれは……既存のプレイヤーの中にも、ギルド入りたかったり作りたい人はいっぱいいただろうし……ほら、このゲーム、結構な勢いで人増えてるでしょ?だから……」
「……そうですね。プレイスタイルの違いもありますが、彼らは同じプレイヤーです。変なことを聞いてしまいました」
その時、違和感を感じた。会話をしているはずなのに、彼はどこか遠くの方を見ていて。
「で、なんでログインしなかったの」
「普通にリアルが忙しくて」
彼は言った。右眼のモニターには「焦」の文字。
「そう……じゃあ仕方ないけど」
「暫く、ここを空けようと思います。ミスモニカ、ここは好きに使ってもらって構いません」
「え……」
私が追いかけようとした次の瞬間、彼の姿が掻き消えた。ログアウト?違う。これは、彼のソウルスキル。予め記録した映像を、同じ場所、違う時間で再生することのできる、変わったスキル。
彼は、私がここにいること、質問、反応。それら全てを予測し、映像を置いていたのだ。
「くそっ……!探偵きどりやがって……」
彼は頭が回る方ではなかった。どちらかというと、経験と積み重ね。試行を繰り返し、情報を得る。それを知っていたから、私は、彼の行方を探すことができなかった。
それから暫く、私はあの世界で一人だった。元々そうだったのが、戻っただけ。何やら変な気を回した姉二人が、容姿と名前を私のアバターに寄せて、ゲームを始めるという割と最悪な経験もしたけど。
「いらっしゃ…………」
「よお、PIECE ALLの店主はここにいるか?」
その日は、突然訪れた。店の扉を開けた先には、黒と黄色の機械義体に身体を換装し、特徴的なアーマーと、胸のエンブレムをつけた集団が立っていた。
「生憎、ずっと見てやがりません」
「そうか。お前は助手か?まぁお前でもいい。仕事の依頼だ」
先頭の男が告げる。このご時世に、わざわざ紙で刷られた依頼書を手渡しながら、何故か苛ついた様子で説明する。
「レッドストリートのスラム街。そこに何人の孤児NPCがいるか調べろ。期限はゲーム内時間で3日だ」
「……理由は?」
「ただの情報屋に語る理由などない」
情報屋。そんな呼ばれ方をしていたのか。確かに、最早検証勢などと呼ばれるプレイヤーはいなくなってしまったが。
私はふっと、笑みを浮かべた。
「断りやす。今は店主も不在で忙しいでさぁ」
「なに……?」
男たちの様子が明らかに変わる。警戒、から、臨戦態勢に。
「ここが誰の縄張りか、知っているのか」
「さぁ〜?私らが住んでたところに、でっけぇ蜂の巣ができたとは聞いていやすが」
「貴様……」
私は、自分のその非合理的な反応に驚いていた。よく分からない、衝動のようなものに突き動かされていた。プライド?怒り?どれもその感情を表すには足りなくて。
「後悔するぞ」
「テンプレ捨て台詞キタコレ!またのご来店をお待ちておりやす〜」
男たちはそれ以上何も言わず、ただ黙って去って行った。その姿を見て、私は少しだけスッキリした。
それは、この場所を守れた、という、なんの根拠もない達成感からだったのだろうか。




