喪失/モニカの場合#2
モニカのお話。もうちょっとだけ続きます
男──シャーロックは、変わった奴だった。
今更、言及するほどのことでもないが、度々、その異常性、というやつを見ていた気がする。
「うーん、うーん……」
「さっきからなーにうなってるんです」
薄暗い、埃まみれの建物の中で、男は作業机に向かい、しきりに唸っていた。
ここは、NPCの老夫婦が暮らしていた家屋らしいが、漂流者に襲われてから、空き家になっていた。こういった建物は、この時期、リベオンの世界にごろごろ転がっていた。
シャーロックは、同じやり方で家に住み着くのをよしとしなかった、らしい。何やらあれこれ言っていたが、要約するとそういうことだ。わざわざ不動産をやっていたNPCを探し出し、定価でこの家を買い取った。本人は金を払う際、涙が止まらなかったと言っていたが、本当かどうかは定かではない。
他にも、シャーロックは変な癖があった。
「あ、それ、この前修理出したばっかりでしょう!!」
「うわぁ!?急に大声を出すのをやめろと何度言ったら分かる!ミスモニカ!」
バチン。驚いたシャーロックの手元が狂う。よく、モニターになっている方の目を叩く癖のあった彼は、定期的に義眼を修理に出さねばならなかった。おかげで、いつも金欠。私はそれが目的ではなかったが、ほぼ無賃で手伝いをしていた。
「自分で直せないんだから!やめろって!言ったでしょ!」
「痛い!まっ、まって、頭取れる……!」
「とれるか!」
バシバシとシャーロックの頭を叩く。何故か痛覚のフィードバックを切っていないこのアンポンタンは、痛い!が口癖だった気がする。
「で!なにしてるかって!聞いてるんですけど!」
「いやほら、あれだよ、あれ、えーとあの……」
「また変なもん買ったんですか……?」
「ちがう!ほら!これを見たまえよ!」
シャーロックが差し出した端末には、センスの欠けらも無いフォントと、余りにも見にくいUIで構成されたサイトが映っていた。上の方にかろうじて『リベオン 攻略Wiki』と書かれているのがわかる。
「うわぁ……こりゃひどい」
「そうだろう……フォントと配置は完璧なんだが、どうにも、読み込みが遅くて」
「……ほんとに、センスないですよね。色々」
「なにその全てを諦めた顔は!」
私はため息をついた。その端末をシャーロックの手から取り上げると、その腐ったみたいな色のフォントやら、吐き気がするUIやリンクの配置を整えていく。何故これでよしと思ったのか、本当に分からなかった。
「ほら。攻略Wiki、なんだから。見やすくないと」
「おお……ミスモニカ、こういうの得意だったので?」
「いやちょっと……齧ったことがある……というか、いつの間に作ってたの?」
昔見たスパイ映画に憧れて、ハッキングの真似事をしてた、とは言えずに、私はそっと話題を変えた。
「なるほど、昔見たスパイ映画にハマってハッキングの真似事を……」
「いや言ってない!!」
「全部顔に出てますよ、ミスモニカ」
「そんなわかりやすいかなぁ?よく、何考えてるか分からない、って言われるんだけど」
「ふむ?まぁそれはともかく!一旦この世界については、ある程度情報が集まったので形にしてみましたよ!いやぁ、実に、実に苦労の多い日々でした」
「それはほんとに」
三ヶ月。なんやかんや、この男と過ごしてしまった。解放されている全てのエリアに行き、遺跡も、建物も、ゴーストのことも記録した。その過程で、魂力、ソウルスキル関連の調査もしていたのだから、本当に骨が折れる作業だった。
「しかし、未だに分からないことが多いです。一体なぜ、ステータスの表記とアナウンスの内容が違うのか、解禁の条件とは一体……」
「も〜勘弁して。ブラックヒルなんて二度と行かないからね」
「あのエリアはまだまだ未開拓。最近、1人のプレイヤーがゾンビアタックを繰り返してる、なんて噂もありますが……」
「情報は実証者と観察者が相互に観測しないといけないんじゃなかったっけ?」
「おお!ついにミスモニカにも私の探偵イズムが染み付いてきましたね!」
「本意じゃないけども」
割と長い時間……いや、現実時間で三ヶ月、ということは、その六倍。ゲーム内時間で一年半も同じやつとつるんでいれば、考え方も似るというもの。
「しかし、ミスモニカがいなければ、wikiを形にするまであと何年かかったことやら……」
「何年やるつもりだったの?」
「現実時間で3年は覚悟してましたよ?」
「それ、意味わかってる……??」
シャーロックは変わったやつだ。自分の時間よりも、他人の時間を気にする。だから、こいつのソウルスキルは、時計のモチーフなのかもしれない。観測型なのにどうして時計なのかと本人はずっと悩んでいたが、そこじゃないだろう、と私は思った。
「そういえば、表に看板があったんだけど」
「む!よく気が付きましたな!アレはあーしお手製の品で────」
「汚れてたから捨てちゃった」
「えーーーっ!!!??そ、そんな、折角、五時間くらいかけて書いたのに……」
「ご、ごめん。拾ってくるよ」
あれを書くのに五時間?とはさすがに言える雰囲気ではなかった。その後、暫く泣き真似をしていたが、鬱陶しくなったので、一発頭を叩いたら大人しくなった。
「……なんて書いてあるの?」
「ミスモニカ、もしかして、英語苦手?」
今度はグーで殴ってやった。
「痛い!!人の頭をポンポコポンポコタンバリンみたいに!」
「いいから!」
「はいはい……これは、“PIECE ALL”。あーし達の探偵事務所の名前でござい」
「ピース、オール?」
「直訳すると、みんな平和!みたいな感じでありやすね」
サラッと言っていた探偵事務所、という戯言は聞かなかったことにして、私は看板を眺めた。下手くそな文字だ。アルファベットが全く判別できない。
「なんでEの横にAが?」
「それは、書き間違えでさぁ」
「なんでIの下に横棒が?」
「それも書き間違えでさぁ」
「調べてから書きなよ」
「……仰る通りで」
何故こんなに字が汚かったのか、今ではもう聞くことなんてできないが。電子キーボードを頑なに嫌っていた男は、手書きのメモを大量に机に貼っていた。
「じゃ、じゃああーしはこの辺りで落ちるでやんす」
「口調変わってない?」
「細かいことはいいの!おつかれ!」
「おつかれ〜」
シャーロックは変わった生活リズムをしていた。朝の十時にログインして、夕方の十八時に落ちる。普通の社会人の時間ではない。夜勤にしては早すぎるし。
シャーロックが落ちたあと、彼の机をなんとはなしに眺めていた。大抵が判別不能なメモ。けど、時折読めるものもある。
彼は字は弩級の下手くそであったが、絵はプロなんじゃないかと疑うレベルの精巧さであった。模写も、イラストも、デザインも。アナログなら、不得意はないと言っていた気がする。
そこに、私のソウルスキル、P.devilと共に描かれた、見覚えのないマークを見つけた。
サイケデリックな緑色の試験管。それを割るように、黒い亀裂が走るそれは、明らかに、彼の描いたものではあるものの、彼の意志のようなものを感じなかった。
「……?」
私はそのメモを手に取って眺める。それから、すぐに机に戻してしまった。
思えばあの違和感は、正しかったのだろう。探偵の勘というやつが。
その時に、素直になれていたらと、夢に思う




