喪失/モニカの場合#1
少しテイストを変えて、モニカの視点でのお話になります
────喪失
それは、誰にでも起こりうる、身近な悲劇。
例えば、愛する家族の死。
例えば、友人との別れ。
例えば、夢が潰える日。
人生とは、辛く、苦しい、喪失の連続である。そのようにして象られている。
抗いようのない、運命に。人は、嘆き、哀しみ、或いは、憤り、諦念する。
喪失とは、人の魂が、初めて覚える刺激なのだ。
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私がこのゲームを始めたきっかけは、なんて事ない。SNSの広告文。
『“貴方の魂は、どんな力になる?”』
今思えば不思議だった。何故あんな言葉に惹かれたのか。だって、有り得ない。魂、なんて。そんなもの、誰も定義できないのに。
初めてこの世界にログインした時のことを、今でも覚えている。哲学みたいな質問をぶつけられて、正直、辟易とした。
《質問:7 貴方は人間の本質について、それを規定するものを何と考えますか?》
「本質を、規定?」
馬鹿馬鹿しい。ただのゲームに、なんでこんなことを聞かれなければならないのか。
「……わかんないわ。愛とかじゃない?そういうの、よく聞くけど」
咄嗟に出た言葉は、いつも、あの忌々しい長女が語っていたもの。
愛。姉妹愛、家族愛。それこそが世界に光をもたらす。姉はそう信じてやまなかった。
その時は、分からなかった。
「んっんー?なんだい君は、そんなとこで、草臥れた顔をして」
「……は?誰、おっさん」
「おっさん!??おっさんだと!?私はまだお兄さ──」
「はいはい。ナンパならお断りでーす」
「まてまてまて!違う!断じてナンパではない!」
グリーンテンペストの中央広場。やることも無く、ただ座って噴水を眺めていた時、ソイツは、随分とお気楽な顔をして話しかけてきた。
「コホン。いや実は、わたくしこういうものでして……」
「……世界、探偵?」
手渡された名刺は、金の刺繍に縁取られ、真ん中にでかでかと、馬鹿みたいな文字が書いてある。恥ずかしげもなく。
「そう!その通り!まさにその通り!わたくしはこの世界の探偵!すなわち!世界探偵!」
「あー……ナンパって今こんな感じなんだ」
「まぁまぁ、最後まで話を聞いてくださいよぉ、お嬢さん。あーし……こほん、わたくし、しがない探偵でござい。……である。この世界は謎に包まれている。ソウルスキル、魂力、そして、この世界を彩るありとあらゆるシステム!!その全てが、未だ謎のまま。ブラックボックスの片隅で、安らかに眠っているのです」
「ナンパじゃなくて宗教勧誘だったか」
「だから!人の話は最後まで聞きやがれってんだ!」
急に大声を上げたソイツに、周りのプレイヤー達の視線が集まる。よく見ると、ソイツはおかしな格好をしていた。クラシックなロングコート。インナーは……何とかチェック?多分英国風のそれ。加えて、
「だっさい帽子……」
「な!?今あーしのハンチングをダサいと言いやがったか!?」
変な形の帽子。ハンチング帽だと何度も訂正されたが、聞き流した。
「で、私に何の用ですか」
「いやいや!別に用と言うほどのことは」
「じゃ、私ログアウトするんで」
「あぁちょっとまっ────」
プツン
現実世界に戻ってきた私は、嫌に広いベッドの上で、時間を確認する。時計は遅々として進まない。暇潰しのためだったのに、変なのに邪魔された。なんだか、怒りがふつふつと湧いてくる。
「……流石にもう行ったか」
先程の自称探偵。あんな切られ方をしたら、普通の人間は怒って何処かに行く。
そう思っていた自分が馬鹿だった
「おお!!戻られましたか」
「げ」
ソイツは、いた。同じ場所に。同じ姿勢で。
「……出待ちしてたんですか?」
「……?ヒューヒュ〜」
図星だったようだ。ソイツは下手な口笛を吹いて誤魔化した。ソイツは、その後もしきりに私に話しかけてきた。
「あの」
「はいはい!なんでごぜぇやしょうか、お嬢さん」
「……なんで、私なんですか?」
「ふむ?」
「他にも、暇そうな人、いっぱいいるじゃないですか」
私は周りを見渡して言った。確かに、フレンドと遊んでいるような人も見えるけど、大半はソロプレイヤー。かなり怪しい匂いのするこのゲームを、初日からやってる人間なんて、どれも似たようなものだ。
「うーーん、強いて言うなら、探偵の、勘、ですかね」
「勘?」
「魂、とでも言うべきでしょうか。ともかく、あーしの魂が、貴女を助手にすべきだと!訴えているのです!!あぁ!取り出して見せてあげたい!私のこの脈動する魂!!」
「……ふっ。なにそれ」
「あ!今笑いましたね!いいですよ!こっちも出すもん出して──」
「あ、それは普通に通報する」
私は結局、この男の熱量に根負けして、ゲーム内の連絡先を交換した。
男は、検証勢、と呼ばれているらしい。この世界の様々なものを、自らの目で見て、触って、確かめる。それをデータとして、多くのプレイヤーに公開する。それが男の生き甲斐らしい。
「なんでそんなことするのさ」
「なんでとは?ミスモニカ。貴女は時折言葉足らずですよ」
「うるさいな……なんでって言うのは、わざわざ自分で見つけた情報なのに、他のプレイヤーにタダであげちゃうの、勿体なくない?いつも金がないって騒いでるのにさ」
「あぁ、それはですねぇ……」
男の顔を見た。右眼が小型のモニターになっていた男は、そこに、「想」という文字を浮かべていた。
「恩返し、ですよ」
「恩返し?」
「とは言っても、このゲームではありませんがねぇ……昔、プレイしていたMMO。右も左も分からないあーしを、助けてくれたのは、他でもない攻略Wiki……そして、それを作り上げてくれた先達たちです」
「はぁ」
「いいですか?情報とは、誰かに渡って、初めて情報たり得るのですよ」
「よく、わかんない」
「ふむ。少し、長い話になります……アレは、あーしが赤ん坊だった頃まで遡り……」
「いや、大事なとこまでカットしてよ」
男は、こんな話をしていた。古い時代。まだ、ネットが普及しだした頃……今でこそ考えられないが、当時、ネットで得られる情報というのは、なんの信憑性も無いものだった、と言う。
デマや憶測が飛び交い、あることないことが囁かれる。それは、何も事物に限った話ではない。印象や噂だけで、他人を攻撃する。貶める。挙句、命を奪う。
男はその様を見ていた。何かをするわけでもなく、ただ黙って。その時、男の胸に芽生えた感情は、
無力感
「あーしは思ったんです。必要な情報が届かないだけで、人はこうもおかしくなる。不幸になる。ただ、誰かが、キーボードを打つことを億劫がらなければ、防げた悲劇があるのです」
綺麗事だった。結果論に過ぎないそれは、純粋な善意ではなく、自分がそれをしたら、きっと、同じことをしてくれる人が現れるに違いないという、切望に似た祈り。悪く言えば、他力本願。甘え。
「それが、このゲームで検証勢をやる理由とどう繋がるの」
「……それはね、このゲームが余りにも、現実と同じような質感……本物の質感を、纏っているからだよ」
「本物の、質感?」
「例え本人にその気がなくても、人格を暴かれる、それが細分化されて、ラベリングされる。人の魂に、誰かが勝手に色を塗ることができる。……そんな世界で、もし、誰しもが好き勝手に、自分の都合のいいことだけを話したら、どうなると思う?」
男の声は、いつになく優しかった。優しくて、哀しい声。
「……人格否定?誹謗中傷……多分、嫌いな奴を叩く材料になる」
「もっといえば、争いの火種になる。それは……実に悲しい。世界を面白くするための技術が、人のうちにある凶暴性を剥き出しにする……そんな悲劇が、いくらでも起きてしまうんだ」
「…………たしかに」
「……んっんー!!とにかくですよ!わたくし!考えました!自分が体を張って検証する!それをデータにとる!そうやってこの世界を暴いていけば、いずれ、とんでもないものに出会えるのではないかと!!」
「そんな無理に声張らなくても」
「ええい!人がいい話をしている時に!」
気がつけば、私は笑っていた。いつぶりだろう。人と話して、笑みがこぼれるなんて。
「というわけで、ですね。ミスモニカ。貴女にはそのお手伝いをして欲しいんです」
「……できるかなぁ」
「いや!むしろ!貴女しかできない!貴女のその、……えーと、なんでしたっけ?」
「P.devil」
「それそれ!“侵食型”にしては珍しい、いや実に珍しい機能のついたそれ!それを活かさない手はない!!」
「はぁ……」
正直気は乗らなかった。でも、この男が“できる”と言うと、それが嘘に聞こえなかったのは事実だ。
「大丈夫ですよ。貴女は横で見ててくれればいい」
「見てるだけ?」
「情報の信頼性とは、実証者と、観察者が、相互に観測することで成り立ちます。つまり、見ているだけ、ではありません。見ることで、情報に価値を付加するのです」
「大袈裟だなぁ……たかがゲームのデータ一つ……」
私がそう口走った時、男は、目を細めて笑った。
「たかがゲームのデータ一つ。ですが、それはきっと、何万人もの人の助けになります。そう思うと、こう、すごくコスパがよく感じませんか?」
「台無しだよ……もう」
その時からだった。私の、このゲームに対する見方が変わったのは。或いは、変えられてしまった。他でもない、この男に。
「おじさんのことはなんて呼べばいい?」
「だからおじさんではなく──」
「もういいってばそれ」
「ふぬぬ……」
悔しさなのか怒りなのか、分からない表情を浮かべる男。右眼のマークにはクエスチョンマーク。なんだか、どうでも良くなってしまった。
「こほん、そうですね……通り名、の方がよろしいですかね」
「なんでもいいよ」
「名前というのは情報の塊であって……まぁいいでしょう。これからじっくり教えて差し上げますからねぇ!」
男は、一息つくと、胸を張って、声を上げた
「────私の名はシャーロック!世界探偵!シャーロック!」
「そのまんま」
「なにおう!判別しやすくていいでしょうが!」
私はまた笑った。ソイツは……シャーロックは、私にとって、ただの記号では、無くなってしまった日。
ずっと昔みたいな、遠い記憶




