本物の質感
筆が乗ってしまって遅くなりました。申し訳ないです
未だに薄暗い店の中で、僅かな光に照らされた埃の粒子が舞う。それは、まるでここが深海であると、示しているようであった。
ここは、誰かの心の、深部なのだと
「……言っておくがアンタが期待するような答えは────」
パンッ
男がそう口走った直後、頬の横を弾丸が掠めた。びりびりとした痛み。間違いなく、目の前の女──モニカが持つ拳銃から放たれたものであった。
「そんなことは聞いてねぇです。質問に答えやがれ」
男には不思議なことがあった。こんな状況であるのに、何故か、追い詰められているのが、女の方であるという、そんな奇妙な確信があった。
「………この世界をなんだと思っているか、だったか。随分とそれは、曖昧な尋ね方だな。そしてそれは、拳銃を突きつけてまで聞くことか?」
「もっかいデスペナ喰らいたくなきゃ、言葉には、気をつけた方がいいですよ」
男からしてみれば、意味が分からなかった。正直、答える義理もない。脅されなければ、もう少し、穏当に話ができただろうに。
「……逆か?」
「……なにが」
男は次第に、自分に迫る死の軌跡が浮かび上がってくる感覚を覚えた。生存の為に、思考を回す。いつも通り。
逆なのだ。モニカにとっては。拳銃を突きつけなければ、尋ねられないような、質問。
「まず、俺は、この世界について、何も知らない、と言ってもいい。……エビや、アンタが教えてくれたこと以外は、何も知らない。自分のスキル……人格……魂、その全貌も掴めていない」
だが、
「だが一つ、わかったことがある。……この世界は、紛い物のテクスチャの上に、本物の質感を乗せている」
「……そりゃ、なんです」
「作られた世界であることは間違いないだろう。だが、それを彩る者たちは、確かに、生きている温度を持っている」
企業勢、ランキングの上位プレイヤー、グリーンテンペストで見た初心者たちに、嫌な雰囲気の教祖。ただの分類で人を貶め、人格破綻者というレッテルを貼る者たち。目の前の追い詰められた少女もまた、この世界に生きる、本物の質感なのだ。
「それで?」
「ゲームであると同時に、感情の坩堝なんだ。だから怒る。悲しむ。喜ぶ。それはただの電気刺激では説明がつかないほどに、芯を揺さぶる」
「……ごちゃごちゃ、何言ってやがるか分からねぇです」
モニカはキツく銃床を握る。その手は、小さく震えていた。
「つまりだな」
男は
「分からない。どちらでもない。それでいい、と思う。俺には必要のない見方だ」
男は、その瞳を真っ直ぐ向ける。意志の感じない、暗い目の中に、ただこの世界を反射しているだけではない、色が乗る。
「…………」
モニカは、その言葉を聞いて、暫く押し黙った。咀嚼しているのか、或いは、何かを堪えているのか。
「……様子がおかしくなったのは、シャーロック、って言葉を聞いてからだな。何があった」
次の、瞬間
男の視界を埋め尽くす、黒い軌跡の奔流が見えた
これは、あの時、モニカに脳を撃たれた時のそれ────
直後、爆炎
男は半歩後ろに下がる。その場所を赤い光線が焼き尽くしていく。
「……お気に召さなかったか?」
「さぁ、どうでしょうね」
再び、軌跡。複数方向。直線だが、これは……
「多いな……っ!」
掻い潜るのは無理と判断した男は、被弾を覚悟で前方に転がる。背中、ふくらはぎ、そして頭の上を、熱線がなぞっていく。燃えるような痛みは、生の輪郭を浮かび上がらせていく。
「反撃、しても、いいんだよな……!」
男は工場で戦った時のことを思い出す。あの時、モニカは鉄塊に殴られた。その後、P.devil達もその制御を失った。つまり、あれはオートではなく完全なマニュアル操作。本体を叩けば──
「本体を叩けばいい、とでも思ってんですかい?」
次の瞬間、男の眼前。どす黒い軌跡が走る。それと同時に、少女の奇怪な靴が迫り──
ドゴンッ!!!
轟音が響いた。咄嗟に腕でガードした男は、そのまま、店の天井に叩きつけられる。蹴り上げられた、と、理解した時には遅かった。
「ぐっ……近接も、できるのか……!」
「必要でさぁ。これでも、あーしは色んな企業を渡り歩く蝙蝠ですし」
パラパラと、舞う瓦礫の破片と共に、男の身体が地面へと落下。無い腕を庇いながら転がり、少しでも衝撃を殺す。埃が舞って、光がチカチカと点滅する。
「参ったな……またアンタに殺されるとは、思ってなかった」
「降参ですかい?なら一息に沈めてやりますよ」
冷徹な少女の声が響く。銃口が、男に向けられると同時に、その右眼が真っ赤に燃え上がった。
熱線の集中放射。閉所でこれほどまでに驚異となるとは。
「辞世の句でも読みやがりますか?」
「あぁ……」
宙に浮く眼球が赤く輝く
「これが終わったら、な」
この瞬間を、待っていた
男は懐に隠していた拳銃──潮騒を取り出すと、少女の、赤く染まる眼球目掛けて迷わず引き金を引いた。
「っ……!??」
視界が爆ぜる。男の放った弾丸は、咄嗟に腕を引いた少女の、手の中にある拳銃にぶち当たった。
次の瞬間。熱線が乱射され、空気を焦がしていく。しかし、その大半は男に当たらない。振り回されるその軌跡を身を捻って躱しつつ、男は一基ずつ、眼球に弾丸を当てていく。
「なんで……っ!」
「ずっと見てたよ。あのヘリを落とす時。アンタの蝙蝠は止まってた。チャージと操作は同時には行えないんだろ?だからアンタは、その右眼で全機を“同期”させる。視界の共有。普段はバラバラなものを1つにするんだ。その主導権は、アンタの視界、視線にある」
「こんのっ……!理屈ばっかり……!!」
「いや、賭けではあったよ。もしその右眼が単なるシグナルで、P.devilを別々に動かしてる可能性もあった。だけど、もしそうなら、わざわざ足を止める必要はない。チャージしている間は対象から視線が外せないから、アンタは、俺が突っ込んだ時に、蹴りを選んだんだ。ロックに時間がかかるのか?複数操作の時は顕著だったぜ、アンタの癖」
「……P.devilがなくても、魂力で勝ってるあーしが負ける道理は──」
「ま、見てろよ」
男は少女にゆっくりと近づく。それは傲慢ではない。慢心でもない。ただ、死のビジョンが見えていない。
少女は男に向かって拳を振り上げる。それを、首を横に振ってかわすと、
少女の拳銃。その銃口を、自分の胸に突き当てた。
「ばっ……何を考えて……っ!!」
「試すのは2度目だが…………」
男は工場で戦ったゴーストを思い出す。あの時、その身体の内部を走る、黒い軌跡が見えた。
集中する。先ほどの銃弾をくらい、その拳銃にも、同様の軌跡が浮かんでいた。
「ソウルスキル……」
直後、男の視界に見慣れたUIが浮かんだ。
《ユーザー認証:カラスマ》
《承認》
《ソウルスキル:十三の指》
《ソウルスキルを使用しますか?》
「起動」
次の瞬間、男の手の中で、拳銃が爆散する。
まるで、“内部に弾丸を撃ち込まれたよう”に。
「なに、これ…………」
少女はその光景を、唖然とした表情で眺めていた。




