ログアウト
イエローファクトリー中央区画。
“Toxic KICK”本社ビル最上階。
ガラス張りの巨大な執務室からは、夜の工場街が一望できた。煙突から吹き上がる蒸気。稼働を続ける搬送ライン。無数の赤色灯が、都市の血流のように脈動している。
その空間の中央で、一人の男がソファに腰掛けていた。
年齢は二十代後半程。
黒いコートの内側から覗くのは、金属製の脊椎義肢。皮膚の下で、黄色いラインが微かに明滅している。
机の上には、分解された大型拳銃。
男はそれを退屈そうに弄びながら、目の前のモニターへ視線を向けた。
『──以上が現在の被害報告になります』
『工場設備損傷率、約77%。義肢搬送ライン停止。加えて、追跡班の一部と連絡が──』
「うるせぇな」
男は淡々と呟く。
その一言だけで、通信先の社員が黙り込んだ。
モニターに表示されているのは、装甲車内部に設置されたドライブレコーダーの映像。
片腕を失った灰髪の男。
そして、その隣で喚き散らしているモニカ。
「……モニカはまぁいい」
男は椅子へ深く腰掛け直す。
「問題はそっちだ」
画面の中のカラスマへ視線を向けた。
「見た目通りの初心者。プレイヤーランキングも未登録の上、企業にも所属していない。……にも関わらず、こうも生き延びている」
机へ指を叩く。
コン、コン、と。
規則的な音。
「加えて、コイツが監視カメラに写りこんだ時間と、同時刻に発生した街ゴーストの反応が、観測から暫く経って消失……」
男はそこで僅かに目を細めた。
『……プレイヤー情報の解析を急ぎます』
「必要ねぇよ」
男は鼻で笑う。
「ただのラッキーじゃねぇことくらいは見りゃわかる」
画面へ映るカラスマの瞳は、生気の薄い、死人のような色をしていた。
だがその奥には、奇妙な熱が宿っている。
男はソファから立ち上がる。
そして壁際へ立て掛けられていた、大型ライフルを片手で持ち上げた。視界の端に映るUI。
《PLAYER RANKING:15位》
「車、回せ」
男は笑う。
獲物を見つけた肉食獣のように。
「愉しくなってきたじゃねぇの」
──────
爆音。
浮力を失った軍用ヘリは、ただの鉄の塊に過ぎない。簡単にバランスを失ったそれは、男達が乗る車の斜め前を横切り、墜落した。
イエローファクトリー外周道路を、装甲車が凄まじい速度で駆け抜ける。
タイヤが火花を散らし、金属質な道路を無理矢理曲がっていく。
助手席では、女がシートへぐったりと沈み込んでいた。
「はぁ……っ、はぁ……っ……」
右眼のモニターは暗転している。
先ほど使ったP.Devilの熱線砲撃。あれの影響だろうか、荒い呼吸を繰り返す女は、余裕がないように見えた。
「……動けるか?」
「無理でごぜぇます……今のあーし、マジでただの一般美少女なので……」
「そうか」
「クールに返しやがりますね……」
男は短く返し、前方を見る。
黒い軌跡。死へ繋がる線が、断続的に視界を横切っていた。
背後からの銃声。同時に、バックミラー越しに軌跡が走り、装甲車の側面を掠めていく。
「っ!」
男は咄嗟にハンドルを切った。
直後。
先程まで車体があった位置を、ソニックブームを起こしながら弾丸が通過して行った。それは前方の建物に激突すると、空間を削り取るように、爆散する。普通のライフル弾ではない。恐らくソウルスキルにより強化されている。
「まだ追ってきやがります!?」
サイドミラーの向こうに、複数の企業車両が見える。加えて、上空には別のライト。
「しつこいな」
男は舌打ちをかましながら呟いた。それは、先ほど撃墜したものと、同じ形をした軍用ヘリから発せられたもの。ただのちんけな不法侵入者への追っ手にしては、随分と熱烈だ。
「企業勢は執念深いって言ったでしょうが……っ」
モニカが頭を抱える。
男は黙ったままアクセルを踏み込む。
だが、追っ手との距離は一向に離れない。
こちらは奪っただけの装甲車。加えて、慣れない土地での運転。しかも片腕がないときた。
対して向こうは、地形も車両性能も把握した上で、武力でも圧倒的に勝っている。
しかも、
「おっさん」
モニカが低い声で呟く。
「このままだと、そのうち囲まれますよ」
「……あぁ」
視界の先。赤色灯の数が徐々に、徐々に増え始めていた。次第に大きくなるサイレン。包囲されるのも時間の問題であろう。
死へ至る線が見える。逃げ場を失った未来と、無数の選択。
男は静かに息を吐く。
そして、
ダッシュボードに置いた、“潮騒”へ視線を向けた。
「…………このゲームで死ぬとどうなる」
「は?一体何言ってやが……っ!?」
男は、暫しの沈黙の後尋ねた。揺らぐ視界。再び、先ほどの強化弾が飛来する。今度は、二発。一発はかろうじて、ハンドルを捻って躱す。が、慣性によって膨らんだ車体を、
死の弾丸が貫通した。
バキンッ!!
鈍い音と共に、装甲が剥がれる音がする。車体が急激に跳ね、制御が効かない。
「ッ……!答えろ!」
「あ、え、えっと、デスペナを受けるのと、後、ログアウト時にいた場所にリスポーン……する……」
「一度もログアウトしてない場合は?」
「グリーンテンペストの中央広場……そこにリスポーンしやす」
「……そうか」
男はそう言うとハンドルから手を離す。それから潮騒に手をかけると、それを、女の膝の上に置いた。
「は?な、なんでやがりますの、これ」
「俺はいい。ただの初心者だ。失うものも少ない。アンタは違う、この世界に住んでいた記録がある」
「そりゃ、そうでしょうが……」
「だから、アンタが俺を撃ち殺して、向こうに投降すれば、この場は、見逃されるんじゃないか?」
男の提案はこうだった。味方のフリをして男に協力していたが、元々ToxicKICK側につく予定だったと供述、証拠として男を撃ち殺し、全ての責任を男に擦り付けること。
「そ、そんなに上手くいきやすかね……?」
「分からない。ただ向こうもこれ以上の損失は避けたいはず。仮にも軍用ヘリと工場を破壊されてるんだ。……ま、法外な請求をされるかもしれないが、それは俺に押し付けてくれていい。その場しのぎは得意なんだ」
「……元はと言えば、あーしも、アイツらにちょっかいかけてたのもありやすし……」
「だがあの時、すぐに撃ち殺されなかった。完全に敵対するよりは手元において飼い慣らしたい……そんな雰囲気だった」
「よぉく見てやがりますね……確かにアイツらにも情報を流したことはそれなりに……」
会話を続ける間にも、追っ手はその数を増やしていく。数十台、道の先を埋める、黄色の装甲車。
「なら、交渉はできるな。それでいい」
「……マジでやりやがるんですか」
「やってくれ。頼む」
時間はなかった。選択をしなければならなかった。
「痛覚のフィードバックは?」
「……仮に死亡時のログも漁れるとしたら、痛みを感じた記録がないと不自然だ。俺はログインしてから一度もフィードバックを切っていない」
「はぁ……アホボケスカポンタン……」
男のあっけらかんとした物言いに、女はため息をつくしかなかった。女は手渡された潮騒の銃口を上げると、ゆっくり、男のこめかみにあてがう。
同時に男はブレーキを強く踏んだ。タイヤと地面の摩擦で、目の前に火花が散る。
「後は任せる」
「まーじで、後味悪いですよこちとら。……ちゃんと責任取ってくだせぇ」
「すまない、俺は妻帯者だ 」
次の瞬間、男の視界の全てを埋めるように、軌跡が走った────
「そんなことは聞いてねぇです!!」
パンッ
乾いた発砲音が車内に響く。男の視界は、完全に、黒一色に包まれた。
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