熱線
怒号と共に、工場内へ無数の閃光が走る。
響く銃声。弾丸が鉄骨と床材を穿ち、耳障りな金属音を撒き散らした。
男は反射的に身体を沈める。
視界に黒い軌跡が走った。
飛来する弾丸、壁面へ跳弾する破片、蒸気管の爆裂。
それら全てが、男を“破綻”しうる脅威であった。
男は冷静に、その軌跡をなぞるように、半歩だけ身体を傾けた。
直後。
頬を掠めるようにライフル弾が通過する。
背後の金属壁が砕け、火花が散った。男の背筋に、嫌な汗が流れる。
「死に晒しやがれです!!!」
空中へ浮かびながら、女がそう叫んだ。次の瞬間、
眼球型ガジェット──“P.Devil”。工場内を高速旋回していたそれの、
中央が赤く発光する。
そのコンマ数秒後、熱線が工場内を薙ぎ払った。
轟音。
天井の搬送レールが焼き切れ、巨大な義肢コンテナが落下する。
企業勢が即座に散開した。
「散れッ!!」
「覗き魔のビームだ!!」
その光景を男も見ていた。先程企業勢のプレイヤーの頭が爆散したあの現象の正体。原理は分からないが、あれもまた、濃い軌跡を纏っている。
「覗き魔覗き魔うるせぇですよチクリ魔共!!」
女はそう煽り返し、物が飛び散る空中で器用に方向転換する。
が、
「え」
間抜けな声。
次の瞬間。
熱線によって焼き切れた搬送レールが、凄まじい勢いで横転した。
「うわ、ちょ、まっ──」
ガゴンッ!!!
金属塊が、モニカの身体を横から吹き飛ばした。
「ぎゃあああああっ!!?」
女の悲鳴が工場内へ響き渡る。
P.Devil達が一斉に制御を失い、滅茶苦茶な軌道で飛び回り始めた。
熱線が暴発する。蒸気管、照明、搬送アームに至るまで、ありとあらゆる設備が爆ぜる。工場内が阿鼻叫喚と化した。
「テメェ何してやがる!!」
「事故!!事故でごぜぇます!!」
「知るかァ!!」
企業勢の怒号に呼応するように吹き荒れる蒸気崩落する鉄骨はさながら、スコールのようで。
その只中で、男だけは静かに周囲を見ていた。
飛び交う黒い軌跡。崩落の流れ。銃口。熱線。
それら全てが、複雑に絡み合いながら視界を埋め尽くしていく。
そして男は理解する。
この混沌を、利用しない手はないと。
「おっさんッ!!」
瓦礫の山から、女が顔だけを出す。
右眼のモニターには、「痛」の文字。
「これ無理です!!逃げるでごぜぇます!!」
直後。
工場中央の大型蒸気管が、限界を迎えるように軋んだ。
崩落に気を取られ、工場内の多くの人間の視界がバラバラになる。その隙を男は見逃さない。
先ほどまでは見えなかった軌跡が、男の視界の先にある大型蒸気管に集中する。男は迷わず手に持った潮騒の引き金を引いた。
パンッ!
喧騒に紛れて消えていく銃声。その一発で、その管は完全に破綻。たちどころに蒸気が吹き荒れ、視界を真っ白に染めていく。
「こっちだ!」
男は駆け出し、瓦礫の山に埋もれた女の手を掴んで引っ張った。視覚の情報はほぼないが、マップを見れば自分たちの位置はある程度把握出来る。
「ちょ、もっと丁寧なエスコートはできやがりませんの!?」
女も軽口を叩く余裕はあるようだ。2人は共に、既に日が落ちて真っ暗になったイエローファクトリーの街へと飛び出した。
「こっからどうする! 」
「まさかのノープラン!?勢いだけで何とかなると思ったら大間違いで……あ!こっち!」
目眩しはそう長く持たない。マップを見ればいいというのは向こうも同じこと。それに、土地勘は企業勢の方があるだろう。
逃走プランを完全に放り投げた男に呆れながら、女はある方向を指さす。そこには、ToxicKICKの連中が乗ってきたであろう、毒々しい黄色と黒色、サイケデリックなステッカーに彩られた装甲車があった。
「拝借しやしょう!乗って!」
「いいのかよ!?」
「緊急事態なのでセーフ!」
女は言うが早いか、装甲車の窓にP.devilによる熱線を照射させる。数秒後、融解し、切り取られた窓を強引に蹴破ると、助手席の方に飛び乗った。
男もそれに続き、右手で窓枠を掴んで乗車する。焼けた窓枠に触れた掌に鋭い痛みが走った。だが今はそれどころではない。
「動かせるのか?」
「いーーまやってやりますよ!話しかけないでくだせぇ!」
女は端末を取り出すと、車の管理システムにログイン。どうやら電子キーでロックされているようだ。
「くそっ!ハッキングは専門外でしょうが……!なんでこんなことあーしが……」
ブツブツと文句を垂れる女。と、それを遮るかのように、工場から出てきた企業勢の怒号が響く。
「あいつら俺たちの車に乗ってやがる!!おい!降りてこい!」
「どうするんだ?」
「あーーーもう!!!うるさい!!これをこうして…………こう!!できた!!おっさん!ハンドルを握りやがれッー!!!!」
企業勢に追いつかれる直前、ハッキングに成功したのか、突然車のエンジンが始動した。大量の排ガスを撒き散らし、急発進する装甲車。男は必死にハンドルに掴まった。
「片腕のやつに運転させるのはどうなんだ!!」
「言うてる場合ですか!ちゃんと前見て!!」
獣の咆哮のような音を立てて、イエローファクトリーの道を爆走する。この辺りは搬送用車両の往来があるのか、道はある程度舗装されていた。
と、安心したのもつかの間、サイドミラーに、同じ形の装甲車が映る。当然企業勢の追っ手だ。
「これからどうする!!」
「ちっ……!1200M先を右、路地に入ったら何があっても真っ直ぐ直進!!」
「信じるぞ……っ!??」
逃げ道をナビする女の言葉に、アクセルを踏みつける。直後、目の前に大量の軌跡が迫った。
「うわぁー!???ちょ、なにやって────!!?」
男は急ブレーキを踏みながらハンドルを横に切る。次の瞬間、装甲車の側面に強い衝撃が走った。
直後、爆発音
瓦礫が飛び散り、空いた窓から入り込んだ小石が、男の頭に直撃。グラつく視界。手放しかけたハンドルを気合で握りしめる。
「!???お、おっさん、なんで……て、てか、やばい、やべぇですよ!アイツら軍用ヘリまで持ち出してきやがりました!」
「見ればわかる!!」
危うく横転しかける車体。男はアクセルを踏みながら、無理やり車を前進させる。再び安定を取り戻した車体の背後から、複数の弾丸が飛来した。
「前も後ろも!挟まれやがれましたよ!!」
前方のヘリはミサイルを発射し、後ろの装甲車は、取り付けられた機銃をばらまいてくる。どちらかを処理して逃げ道を作らなければ、削り取られるだけだ。
「………………」
「ちょ、黙らないで!不安になるでしょうが!」
男は前方を見つめる。軍用ヘリの窓が、肉食獣の瞳のように輝いた。
「……………………」
続け様に放たれる対地ミサイル。目の前を軌跡の塊が走った。男はかろうじて急ハンドルをとり、蛇行運転で回避する。幸いにも、あのゴーストの攻撃よりは距離がある分避けやすい。
「おっさんってプロレーサーだったりしやがるんですか??」
その様子を見ていた女が唖然とした様子で尋ねた。
男はそれに耳を貸さない。ただ一点、一点を見つめる。
そして────
──男の瞳に、黒い閃光が走る
見えた
「おいアンタ、さっきの熱線、あのヘリに当てられるか!」
「はぁ!?どういうことでやがりますか!」
「いいから!答えろ!!」
「っ……」
先ほどまでとはうって変わった男の気迫に押されたのか、女もまた冷静に思考を回す。
「あの程度の距離ならどこにでもぶち当ててやりますが……軍用ヘリの耐熱加工を貫くほどの威力はねぇですよ!」
「“届く”んだな!!なら、俺が言うタイミングに合わせて、同じ場所に一斉に撃ち込んでくれ!」
「ちょちょちょ!!いくら数があろうと無理なものは無理──」
「そうやって何でもやる前に諦めるのかよッ!!“このゲームの検証勢”は!!!」
男のその言葉に、女は、一瞬押し黙る。
そして
「あーーーーーーーーーったまきたっ!!!!!!いいですよやりますよやってやりますよ!!!くそったれ!!P.devil!!フルチャーーージッ!!!」
意を決した女の怒号。それに呼応するように、女の目の前に現れるUI。
《ユーザー認証:モニカ=モーン》
《承認》
《ソウルスキル:P.devil》
《リミットチャージ》
《魂の力を全使用します。ご注意ください》
次の瞬間、女の右眼が赤く発光。それと同時に、装甲車の周りを守るように、数十基のP.devilが展開される。
「どこ狙うんです!!」
男はもう一度、軍用ヘリを注視する。軌跡が集まっているのは、プロペラのローター部分。かなり狭い範囲だが、周りごと焼き切れば問題なさそうだ。女にそれを伝えると、男は狙いが固まるように、敢えてブレーキを踏んで、軍用ヘリを釘付けにする。
「外すなよッ!!」
P.devil達の眼球も、女のそれと合わせて強烈な光を放つ。まるでそれは、夜を切り裂く、稲妻のよう。
同時に、軍用ヘリの照準がこちらに向けられる。眩いフラッシュライトは、男の顔を照らし出す。
次の、瞬間
「だーーかーーらー!!!!さっきから!!誰に!!!言ってやがりますか!!!このアホボケスットコドッコイオタンコナスーッ!!!!!!!」
女の怒号とともに、フルチャージされた熱線が放たれる。狙いは正確だった。黒い軌跡が綺麗にローター部分に着弾し、そして、
まるで花火のように、空気が爆ぜた
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