初心者講習
今回からPLEASE ALL編に入ります
男の手の中で、切断された左腕がぶら下がっている。切断面から漏れ出す赤黒いエフェクトがなければ、義肢と見分けがつかないだろう。
女は数秒、その腕と男の顔を交互に見つめ、
「…………」
無言で、自分のこめかみを押さえた。
「はぁ〜、その為に人の話無視して義肢漁ってやがったんです?」
「無視はしてない」
「そんな話はしてねぇです」
辟易とした表情で告げる。女の右眼のマークが「怠」になったり、中指になったりと忙しない。
「しかし、ないと不便だろう」
「そりゃあ、治そうと思えば治せるでしょうが……一体幾ら積めばいいと考えてやがります?」
「……?リスポーンには金がかかるのか?」
「はい?」
男は頭の上に疑問符を浮かべる。同時に、女の右眼のクエスチョンマークが点滅した。
「あ、いや、そうか、そういう事か」
「思い出しました?良かった、ガチで手が出るところでしたわ」
「リスポーンするならこの腕を探す必要はなかったな」
沈黙。
「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜!!????」
今日一番の大声が、工場内にこだました。男の右頬は強い衝撃を受け、そのままの勢いで工場の床を転がって行った。
暫くして
「まーーじで何も知らねぇでやがりますね」
「だから……っ……なんの事だ……」
派手に壁へと叩きつけられた男は、クラクラする頭で必死に返す。殴られるいわれは、男からしてみればまるでないのだ。
「この世界、そんなに甘くねぇですのよ」
「……なに?」
女はそう言うと、床に散らばった義肢の1つを拾い上げる。息の通っていないそれは、振り回すと、金属がなるだけの玩具に過ぎない。
「これ、これこれこれ!こんなものを、わざわざ企業ぐるみで作ってる意味!」
「いいですか、この世界の欠損は、例えリスポーンしても元には戻らねぇです」
「…………は?」
「はぁ〜〜……その様子だと、まともに初心者講習も受けてねぇでやがりますね?」
男はその衝撃に身を打ち震わせる。同時に、様々なことに合点がいった。何故男は一目で初心者と見抜かれることが多かったのか。何故この世界の人間に、義体を使ってるものが多かったのか。
「初心者講習……最初の音声ガイドNPCが言ってたやつか……」
「うわ最悪だ……エビちゃん勘弁しやがれです……ひょっとしてこの前の報復……?いやいやいや、あーしはちゃんと金払いましたし……」
女は頭を抱え何事かを呟きながら、その場をぐるぐる歩き始めた。
「とにかく!一度死のうがログアウトしようが!アバターの身体的欠損は戻りゃしません!だから義体屋が儲かるんでしょうが」
そう言いながら、自分の右眼を指で叩く。
液晶の奥で、「×」印がノイズ混じりに点滅した。
「大体のプレイヤーが五体満足でいられるのは、初心者講習を受けてる最初の10日間だけでさぁ。特典によって保護されてるうちは、欠損してもリスポーンで元に戻りやがります」
「…………」
男は黙ったまま、自分の左肩へ視線を落とす。
そこにはもう、何もない。
「……もし初心者が、講習を受けずに、身体を欠損したら?」
「はい、かなり詰み寄りでやがります。よろこばしいことで」
ぱちぱち、と。
女は雑に拍手する。右眼には「祝」の文字が踊るように浮かんでいた。
男はその様子を暫く見つめていた。
「おっさんはゴーストを見事討伐されやがりましたので、期間内であっても講習は受けられねぇです。昔、上位勢が初心者連れ回して魂力稼ぎしてたんでさ。欠損しねぇのをいいことに盾にしやがって。だから、ゴーストの討伐に少しでも貢献した瞬間切れるようになったんです」
「いや、いい、わかった。そうか。……ところで、見てたのか?」
「はぁ?突っ込むとこそこじゃねぇでしょ。いや見てましたけど。家の近所で火事が起こったら心配になりやがりませんの?」
「火事……?」
「例えに決まってんだろこのクソバカアンポンタン!」
快活なツッコミが男の鼓膜を揺さぶった。神経を逆撫でしてしまったらしい、と男は暫し押し黙る。しかし、何故そんな不親切なシステムを作ったのだろうか。男はその意図に思考を巡らせる。と、女の視線が自分に突き刺さっているのを感じた。
「なんだ?」
「なんだ?じゃねぇですよ。一体何考えてやがるんですか」
「……俺の監視はソウルスキルでしていたのか?」
「はぁ〜……クソバカアンポンタン……ver.2……」
女は観念したのか、男のテンションや言い草を気にせずに、自身のコートのポケットに手を突っ込んだ。そこから取り出したのは、人間の眼球を模したような胴体に、蝙蝠のような皮膜の大きい羽根の生えた物体。
「はいご明察〜、あーしのソウルスキル、“P.Devil”ちゃんでごぜぇますよ。覗き見みたいな真似はこっちが悪うごぜぇますが、そもそも企業のテリトリーで乱癡気騒ぎ始めたおっさんにも非がありまくりでさぁ」
「知らなかったんだ」
「はっ。“今から来る奴ら”にも同じこと言いやがればいいんじゃないですか?」
「なに……?」
女の言葉に不穏な違和感を感じた男は、怪訝な顔をして聞き返す。
「だから、企業勢。執念深いでやがりますからね、奴らは。もうじきこの工場に大挙して押し寄せてきやがりますよ」
「来たら、どうなる?」
男のその言葉に、女は、初めて楽しそうな笑みを見せる。右眼のマークは、
「袋叩き確定でさぁ」
“死”
に変わっていた。
遠く。
工場区画の外側から、サイレンにも似た警告音が徐々に、こちらに近づいてきているのがわかった。
男は、油と蒸気の漂う工場出口へ視線を向ける。その先では、赤色灯が、ゆっくりと夜を染め始めていた。
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