めんどくさい奴
更新遅くなってしまってすみません。エビ編は一旦この辺りで終わりです
「とりあえず座るエビ」
女はそう言いながら、水槽を押して店の奥へと消えていく。
男は少し迷ったあと、油で黒ずんだ丸椅子へ腰を下ろした。
ギシ、と嫌な音が鳴る。
店内は妙に蒸し暑かった。換気扇は回っているのに、熱気と湿気がまるで逃げていかない。
「腹が減ったエビ。なにか作るエビよ」
「……それは、現実世界の話か?」
女は一瞬だけ動きを止める。それから、その言葉をまるで聞いてなかったように、再び調理に戻っていった。
女は濡れた髪を掻き上げると、厨房の奥から無造作に卵を取り出した。
片手で割る。
殻ごと中華鍋へ落ちたそれを、熱された油が一瞬で飲み込んだ。
ジュワァァ、と。
耳障りなほど大きな音が店内へ広がる。立ち昇る白煙。油と香辛料が焼ける匂い。それに混ざる、生臭い海老の臭気。
男は黙ってそれを見ていた。女は慣れた手つきで鍋を振る。
長い黒髪が火の粉を反射し、その度に、海老の影が壁へ大きく揺れた。
床に散らばった海老の殻、換気扇の回転音、油汚れの染み付いたステンレス台。
この店は汚い。不衛生で、臭くて、湿っていて、 まともな人間なら長居したいとは思わない。
なのに。
厨房だけは、不思議なほど整理されていた。
包丁の位置、調味料の並び、鍋の置き方。全てが手癖の位置に収まっている。
何百回、何千回と、同じ動作を繰り返してきた人間の動きだった。
女は冷蔵庫を蹴り閉めると、そのまま海老を掴み取る。
生きていた。
びちびちと跳ねるそれを、躊躇なく鍋へ放り込む。
「…………」
男は眉を顰める。だが女は気にした様子もなく、鍋を振り続けた。火柱が上がる。赤い光が、一瞬だけ店内を照らした。
その瞬間。
女の背中に張り付いていた無数の海老が、一斉に蠢いたように見えた。
「炒飯は火力エビ」
女が呟く。鍋を振るたび、米粒が宙を舞う。ぱらぱらと、綺麗にほぐれていく白米。その光景だけ見れば、街中の中華料理屋と何も変わらない。
ジュ、と。
最後に何か液体が鍋へ注がれた。
香ばしい匂いが、一気に広がる。女は手首を返し、中華鍋を煽った。
火が踊る。
海老の頭の影が、赤提灯の光の中で歪に揺れた。
「……はいエビ」
数秒後。
乱暴に皿へ盛り付けられた炒飯が、カウンターへ置かれる。湯気が立っていた。普通の料理みたいに。
「……美味そうだな」
「それはエビが食べる分エビ」
「……何故俺の前に置いたんだ」
「見せただけエビ」
さっきの話を根に持っているのか、女は依然として不服そうな態度を崩さない。思ったよりも強情な人間だと、男はため息をつく。
「話をしてもいいか」
「食ってから聞くエビ」
女は厨房から出てくると、男の隣の椅子に腰掛ける。男の目の前に置かれた炒飯をひったくるように取ると、若干油汚れが残る蓮華を使って食べ始める。
どうやって食べるのかとチラリと女の方を見る。
すると
海老の頭がぱっくりと縦に割れ、中から巨大な口が現れた。女はその口腔の中に蓮華を入れると、そのまま咀嚼する。
「何見てるエビ」
「いや……どう食べるのか気になって」
換気扇は回っているのに、油と湿気だけが店内に沈殿していた。 男は再び思考を巡らせる。
「それで?お前は結局、何が目的エビか」
女は唐突に口を開いた
「このゲームの事を知りたい。それが……一つ目の目的」
「wikiを見ればいいエビ」
「見ても分からないことが多かったんだ」
男はこのゲームを、ただの娯楽の為に始めた訳ではない。
「アンタ、重そうな鍋を振り回したり、あの包丁を投げた時の速度といい……一体どこからそんな膂力を出してる?」
「あぁ、それは、魂力エビ」
「魂力?」
「お前のステータスにもTOTAL SOULっていう項目があるエビ?それエビ。ソウルスキルを使うほど増えるエビ」
男は言われるがままに、自分のステータスウィンドを確認する。
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NAME:《カラスマ》
SOUL SKILL:《■■■■■》
CLASS:《ERROR》
CATEGORY:《??????》
TYPE:《破綻型》
TOTAL SOUL:35
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「ほんとだ……増えてるな。増えたら、身体能力にバフがかかるのか?」
「というよりは、基礎値が上がるエビ。どんなコンディションでも最低この位のパワーは出る、みたいな指標エビよ」
「……今のプレイヤーは、平均どのくらいの数値なんだ?」
男は少し嫌な予感がして、一拍置いてからそう尋ねる。
「詳しいことは知らないエビ。まぁ、トップ層が大体3万~5万くらいエビ。初心者だったら200とかエビね」
「200……なるほど」
明らかに少ない。35。この世界のNPCに子供がいるのかは分からないが、自分よりはマシな数値なのではないか、そう思った。
「まぁ〜でも、これは全然伸びないエビ。廃人共が発狂しながら遺跡潜ってる理由がそれエビよ」
「遺跡?ダンジョンみたいなものか?」
「まぁそんな感じエビ。各エリアの郊外に、大量のゴーストが湧く場所があるエビ。レッドストリートにも何個かあるエビけど……ま、誰も攻略できてないエビね」
なるほど。あの掲示板で見た“黒鐘”や、“灰墓”は、そういう場所へ潜っていたのか、と男は気づく。どうやら、最初の説明を聞き流したツケが回ってきたらしい。
「後は……“蒼い月の夜”くらいエビ」
「イベントか何かか?」
「そんな感じエビ。たまに街中へ大量のゴーストが出る日があるエビよ。正式名称は知らないエビ。みんな勝手にそう呼んでるだけエビ」
女は炒飯を口へ運びながら、気怠げに続ける。
「直近だと三ヶ月前エビね。レッドストリートは大騒ぎだったエビ」
「大丈夫なのか?戦いたくないプレイヤーもいるだろ」
「現れるのはここ、ブラックヒル、イエローファクトリーだけエビ。グリーンテンペストは安全エビよ。綺麗な青い月が見えるだけエビ」
世界一安全なエリア、とはそういう意味だったのか、と男はようやく理解する。
同時に、そんな危険地帯へ店を構え、平然と生活している目の前の女へ、薄ら寒いものを感じていた。
「初心者はまず、グリーンテンペストの遺跡に潜るのが定番エビね」
「なるほど……」
どうやら、目の前の女もまた、このゲームに取り憑かれたプレイヤーの一人らしい。
「それでその、俺のソウルスキル。カテゴリーが不明のままなんだが、それについては……」
「残念だけど、エビはほんとに知らないエビ」
女は蓮華を咥えたまま、面倒臭そうに肩を竦める。
「ただのバグの可能性もあるエビ。けど、ここの運営はプレイヤーに情報を開示するのを嫌がるエビよ」
「つまり、バグじゃない可能性もある、と」
「そういうことエビ」
女はそう言うと、ポケットから携帯端末を取り出し、指先で慣れたように画面を操作する。
数秒後。
男の端末に、小さな通知音が鳴った。
「“PLEASE ALL”……?なんの店だ?」
「表向きは質屋エビ。まぁ、行けば分かるエビよ」
女はそこで話を切る。
どうやら、それ以上説明する気はないらしい。
皿に残っていた炒飯を乱暴にかき込み、水で流し込むと、そのまま気怠げに立ち上がった。
「……?」
女は何も言わず、厨房の奥へ消えていく。
しばらくして戻ってきたその手には、一挺の拳銃が握られていた。
黒鉄色のフレーム。
無骨な大型拳銃だった。
グリップ部分には、波みたいな紋様が刻まれている。
「これ、餞別エビ」
ゴトリ、と。
女はそれを男の前へ置く。
それから、少しだけ気恥ずかしそうに手を振った。……ように見えた。海老の頭では細かい表情が分からない。
「いいのか?金は……」
「金がないのは知ってるエビ。ゴースト倒さないとまともに稼げないエビよ」
女は鼻を鳴らす。
「だからツケにしといてやるエビ。感謝するエビね」
「……すまない。助かる」
男は少し躊躇ったあと、その拳銃を手に取った。
重い。
現実の銃なんて触ったことはない。だが、これは妙に手へ馴染む感覚があった。
直後。視界の端に、半透明のアイテムウィンドが展開される。
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《ITEM INFO》
NAME:《潮騒》
CATEGORY:《SIDE ARM》
CLASS:RARE
OWNER:EBI
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ATK:58
RANGE:CLOSE - MID
MAGAZINE:6 / 6
DURABILITY:148 / 148
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SKILL
《浸蝕弾》
着弾時、小規模な“侵食”状態を付与。
対象に継続ダメージ。
一定確率で感覚異常を発生。
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DETAIL
レッドストリート製の大型拳銃。
波状加工された特殊弾を使用。
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SYSTEM MESSAGE
“生臭い匂いがする”
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「こういう武器とかはどこで手に入れるんだ?」
「遺跡でドロップを狙うか……あとは、設計図から作るか……ま、NPCの店でも買えるエビ。普通はみんなソウルスキル頼りだから、こういうの作ってるプレイヤーは物好きしかいないエビよ」
「じゃあこの銃は……」
男がそう言い終わる前に、女は厨房へと向かってしまう。それ以上、男が声を掛けることはなかった。
男は扉へ手を掛ける。 少し迷ってから、
「……また来るよ」
「……お前」
男はそう言って店を出ようとした時、厨房から海老の頭だけを覗かせた女が呼び止める。
「めんどくさいけど、エビは、めんどくさい奴嫌いじゃないエビ」
その言葉の意味を問う前に、女は奥へと引っ込んでしまう。店の奥から、再び中華鍋を振る音が聞こえた。
男はその音を背中で聞きながら、レッドストリートの夜へ戻っていく。
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