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75_映画

 自ら地雷に突っ込んでいったような気もするが、諸々の会話を経て過ぎた夕方ごろ。


 思考を逸らすために何時間も続けた勉強もほどほどに切り上げ、夕食はいつも通りの雰囲気でやりすごす。


 そしてその後、二人はソファに腰を落ち着けた。


「では、これからにしましょうか」

「う、うん」


 大画面のテレビを操作しながら、心桜が提案を口にする。


 それはアリアから半ば強引に出された指令。

 彼女が二人に下した課題は、『恋愛映画を見まくれ』とのことだった。


 怪我の影響で満足に動けない翼にとって、時間を潰すという意味では悪くない余暇ではある。


 ただそれ以上に、アリアが妙に乗り気だったのが印象に残っていた。


『君たちあまりにもウブだからさ〜! 今後のこともあるし、ワタシのおすすめから見て!』


 などと、楽しげに告げてきたのだ。

 こういった突然の差し込みは毎度のことながら、確かに時間を持て余している翼としては断る理由もない。


 というわけで、流れ始めた映画に意識を向ける。


 両思い同士の距離感に終始振り回されるような内容で、翼としては視線の置き場に困る場面も少なくない。

 甘い台詞のたびに演者を直視できず、かといって逸らすのも意識しすぎているような気がする。


 翼は終始、どこか落ち着きのない目つきを画面の端に置き続ける。


 それは無意識のうちに、隣の心桜の様子が気になっていたのもあるだろう。


 クライマックスに至るまでに、何度お互いの身じろぎを意識したことか。


 心桜はもちろん、当然のように翼の隣へ腰を下ろしている。

 広い部屋ながらも、彼女の体温と息遣いを感じるほどに近い距離。

 テレビと同じく、L字のソファだって二人で座るには大きすぎるはずなのに。


 ただ隣にいる事で、お互いの表情が見えないのはありがたかった。

 

 隣にいる人の存在が、スクリーンよりもずっと大きく、翼の神経を占拠していく。


 それでも一本見終わる頃には、幾分か作品に引き込まれ、終了と共に自然と会話が生まれた。


「さすがアリアさんのおすすめですね。とても見応えがありました」

「うん。こういうのは詳しくないけど、最後の告白シーンは感動しちゃったよ」

「そうそう。出会いもまたロマンチックで……」


 心桜の声はどこか弾んでいるように思える。

 恋愛映画が本当に好きなのか、もしくはこの場の雰囲気を誤魔化すためなのか。

 いずれにしても翼には判断がつかず、ただ相槌を返すことしかできない。


 それでも作品の良さを二人で共感し、しばらくは映画鑑賞を続けていくこととなった。


 ◇  ◇  ◇


 そうして二本目。


 序盤の引き込みも過ぎ去り、映画が半分ほど進んだ頃。


 ――ぽすっと不意に、翼の肩へ重みが乗る。


 それを受けて、映画の内容に集中していた翼の思考が止まった。


 恐る恐る隣を見れば、心桜が翼の肩へ頭をそっと預けている。


 規則正しい寝息。

 すぅ、すぅ、と穏やかな呼吸が耳元近くで繰り返され、そのたびに翼の神経が妙な刺激を受ける。


 声をかけるべきか、このままにするべきか、動転した脳が空回りしてすぐには答えを出せない。

 どう反応するべきかわからないまま、翼はただ彼女の寝顔を眺める。


(……運動もしてたし、疲れたのかな)


 今日の心桜は朝一、慣れない運動に励んでいた。

 それ以降は、翼と同じくひたすら勉強。

 さらに新しい試みとして映画鑑賞まで追加されたのだから、疲労が溜まっていたとしても不思議ではない。


 真っ先に浮かんだのは、起こすのも忍びないという感情。

 せめて楽な姿勢にさせようと、翼はそっと彼女へ手を伸ばしかける。


 その指先が心桜の肩のすぐそばまで近づいたとき、ぴたりと動きが止まった。


 触れられない――


 いや、違う。


 ――触れてはいけない。


 そう本能的に手が止まる。


(……これは)


 彼女に触れようとした手が、小刻みに震えている。


 不用意に触れてしまえば、その手の穢れが彼女に移る気がしてならない。


 それを無意識に拒んでいる自分がいることを受け、翼はギリっと歯を噛み締める。


(……やっぱり、ダメだ)


 触れそうになっていた手をおろし、心桜から目を離す。


 眠っている心桜の呼吸が、翼の肩越しに穏やかに繰り返される。


 ――せめて、彼女のもとには、この穏やかさがあり続けてほしい。


 そう願う翼には、そばにいるはずの彼女の温もりが、ひどく遠いものに思えた。


 震えと共に、指先にはしる冷えを誤魔化すように、そっと拳を握りしめた。


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