65_提案
「それそれそれ〜!!」
「 やっ! あっ!!」
どこか楽しげな声と、これは聞いていいのかと躊躇われるような跳ねた声。
自分のベッドにてキャットファイトが行われる様を、翼は頭を抱えながら見守る。
眠って起きない心桜に対して、アリアは躊躇なく飛び込んでいた。
翼のベッドの上、布団にくるまったままの心桜に対し、容赦のない『起こし』が始まる。
脇腹こちょこちょ、全力抱きつき。
その他、翼には到底できない手段を駆使した、全力の工作が繰り出される。
見目麗しい美少女二人が、自分のベッドにて組んでほぐれつしている光景。
翼はそれにとてつもない気恥ずかしさを抱きながらも、そうしているうちに心桜は体を起こした。
「やっほー心桜ちゃん」
「お、おはようございます……?」
ぜーぜーと肩で息をしながら、心桜は返答する。
最後だけ疑問形になったのは、現状をいまだ飲み込めていないからだろう。
いずれにせよ、心桜は目覚めた。
アリアの力業による起こしは、成功と言っていい。
「とりあえずリビングにいこっか」
「はい……?」
ほぼ反射的な返事とともに、心桜はそのままアリアに連れられていく。
翼もその後に続いた。
◇ ◇ ◇
四人でリビングに集まり、ダイニングテーブルの椅子に腰を落ち着ける。
ひとまずアリアがお茶を入れ直している間、三人で口を開かず座って待った。
心桜の顔は、頬だけでなく耳の先まで、鮮やかな朱に染まり切っていた。
何か言いたいことがあるのは見てとれるが、言葉がうまく出てこないらしく、口元からはごにょごにょとした声だけが零れる。
翼も、どう説明したものかと言葉を探していた。
実際に起きたことは何もない……はずだ。
眠れなかった翼に、心桜がそっと寄り添ってくれた。
長時間そばにいたせいで心桜が眠りに落ちて、そのまま寝ぼけ眼でベッドに潜り込んだんだろう。
今まで見てきた彼女の寝相からすれば、翼としては仕方がないことだったと思える。
なのに、いざ口を開こうとすると言葉がかたまり、うまく言語化できない。
言葉にしようとするたびに、心桜の感触が意識の表面に蘇ってきて、頭の整理を妨げる。
そこへ、席に戻ってきたアリアがさらりと口を開く。
「まぁ別に説明しなくてもわかるけどね。小宮くんが寝れなくて心桜ちゃんが寄り添ってたって感じでしょ?」
「はい……」
心桜の声が小さい。
翼がやっと眠れたという話を、アリアは覚えていたらしく、経緯についてはある程度把握しているようだった。
それ以上問い詰めるつもりはないようで、アリアの視線はさらりと翼の方向へ流れていく。
「その後については……ぼかすけどさ。こんな美少女と同衾してて何もしないって……いろいろ疑うまであるよ?」
アリアの言い方は軽い。
しかしそれが指摘として正確なぶん、翼の胸のあたりが妙に据わらなかった。
嫌われたくないからこそ何もできないという心情なのだが、もちろんそれを口に出す語彙を、翼は持ち合わせていない。
(……なんだ?)
翼は思わず、自分に向かって問いかけていた。
アリアの言葉を受けて引っかかりを覚えたのか、それとも昨晩から続く何かが今になって表面に出てきたのか、翼自身にも判断がつかなかった。
ただ、自分の内側で、今まで意識してこなかった何かが、微妙な形で存在を主張している。
答えを知りたいわけでもないのに、問いが頭の中でじわりと輪郭を持ちはじめていた。
それが何なのかは、うまく言語化できないままだ。
ただ、アリアの言葉を受けて胸の奥で何かが揺れたことだけは、否定しようがなかった。
答えに詰まる二人によって沈黙が落ちかけたとき、凛乃が静かに立ち上がった。
「それより、少し付き合ってもらうぞ」
有無を言わさない声音。
迷いのない足取りの凛乃を、翼は目で追う。
凛乃は部屋の隅へと歩き、そこに立てかけてあった木刀を手に取る。
無駄のない所作で握り直し、こちらへと向き直った。
「お前がどうなるか、実際に見せろ」
「ダメだ!!」
翼の声は大きかった。
制止というより、反射に近い。
凛乃が木刀を手にした瞬間から、翼の全身がその提案を拒絶していた。
「お前が発症したとしても、止める者がそばにいれば問題ないだろう」
「絶対に無理だ!! 怪我じゃ済まない!!」
翼にとって言える最大限の警告だった。
自分が『発症』したときに何が起きるかを、誰より翼自身が知っている。
あの状態の翼には意志がなく、判断もない。
ただ目の前の脅威を排除することだけに特化した兵器になる。
そんな自分の前に凛乃が立てば、怪我だけで済む保証はどこにもない。
そのことを誰よりわかっているから、翼の言葉はそれ以上続かなかった。
「わかっている。手を出すかは見てから決める。見なければ判断のしようがない」
しかし凛乃の言葉は揺らがない。
翼の反論を先回りして封じるような論理で、静かに木刀を構えた。
様になっていると思う反面、――脅威にならない、と頭の端を過ぎる。
やはりやるべきではないと、翼が再度口を開こうとする。
「ワタシらも一度見とかなきゃもっと危ないでしょ? 急に対応するより、どっかでやる必要があると思わない?」
凛乃に続いてアリアも提案に乗る。
提案に筋は通っている、と翼は迷いをさらに滲ませる。
発症状態を知らないまま傍に立てば、いざというとき適切な判断を下せず、かえって危険に晒される側になりかねない。
翼もそれは頭では理解していた。
「それは、もしおれが……」
言葉が迷うように途切れる。
――護衛を続ける、ならの話。
と続けたかったが、その先を言う前に翼は口を閉じた。
すぐそばには心配そうにしている心桜が目に映る。
いろいろと気遣ってもらっていることは承知の上であり、彼女に聞こえるところで言えることではなかった。
「真崎、頼む」
代わりに口を開いたのは凛乃。
翼ではなく心桜へ対して短く、しかし確かな声だった。
「……はい」
それに対して心桜は静かに頷いた。
そもそも、翼にここで拒否する権限はない。
発症条件を握る心桜が決定した以上、翼にはそれに従う以外の選択肢がなかった。
のろのろと立ち上がり、凛乃と向き合う。
この場の空気が、すでに変わりはじめていた。
「始めてくれ」
凛乃は翼の目を一瞬だけ見て、静かに言った。
彼女の合図を受けて、心桜は絞り出すように言い放つ。
「ごめんなさい――翼くん」
それを最後に、翼の視界は闇へと落ちた。
ブックマーク・評価が執筆の大きな励みになりますので、応援いただけますと幸いです!




