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エッセイ  作者: 河野吉田
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エッセイ『最悪の教師と中学三年間バトった話』

『最悪の教師と中学三年間バトった話』


 中学一年生の時、その教師と出会った。担任の教師であり、理科の担当であり、その上、私が所属していた陸上部の顧問でもあった。

 その教師は担任であるにも関わらず、クラスの伝達事項を私にだけ伝えず、内申点を下げてきた。理科の授業も酷い物で、教科書をただ読むだけ。それ以上の情報や覚え方等を教えず、本当に読み上げて教科書そのまま黒板に書くだけ。初めて担任教師としての挨拶の時も声が異常にデカくて「今は80%に抑えてますが、普段は120%に上がりますので気を付けて下さい」と言った。いや、そんだけデカいなら普段から努力して30%に抑えてくれねぇかな……とか思ったりした。部活も自分は顔を出さずに帰りにだけやってきて「今日のトレーニングは何をやった?」と部長に聞いて、やった事を聞くと「じゃあ各々足りない所を補う為に走ってこい」と言ってそこだけ見る。そして「元気が足りない!」と叫ぶ。いや、散々走らされてこれでもかってくらい筋トレをした後で、クールダウンのランニングも終わらせたのに今更走れるかよ、と日々部員達は苛立っていた。また朝練を半強制的に強いられていた。しかしながら勉学の事もあるので副顧問の教師からは「無理に出なくて良い。体調と勉学の方を優先して良い」と言われ、基本的に私は朝練には出なかった。母からも寝不足になって何かあったら困ると言って反対していた。ある日、たまたま登校中、バスで通勤していたあの顧問の教師と出くわしてしまい叱責を受けた。「そんな事で大会上位に入れると思うのか!」と。しかし私は反論した。「でも先生も指導しないで殿様出勤してますよね?全て部員に丸投げして、それこそ我々を大会上位に入れる気あるんですか?」と。するとその教師は「口答えするな!とにかく走ってれば足は速くなるんだ!お前もやれ!良いな!」と吐き捨てて職員室に入っていった。何なんだ?と思いながら暫くは朝練に出る事にしたが、塾の事もあるのですぐに朝練に向かうのを止めて、その日から別ルート、ズラした時間で登校する事にした。ちなみにこの教師は陸上の経験は無い。

 ある日、珍しく部活中に顔を出したかと思うと「これやっておけ」と一枚の紙を渡された。そこには反復横跳び等の陸上部にはあまり関係無いような筋トレメニューが書かれていた。部長が「これ何の為の筋トレなんですか?」と聞くと「そんな事自分で考えろ!」と怒鳴る始末。いや、聞かせてくれよ、と。ある日、クラスの理科のノートを集めて提出しに職員室に行くと、その教師の机にはテニスやバスケの筋トレ参考書が置いてあった。「あの筋トレってこの本から取ったんですか?」と聞くと「そうだが?何か文句でもあるのか?」と返されたので「いや、競技違うじゃないですか。意味あるんですか?」と語気を強めに言うと「いいからお前達は私の言うとおりに従っていればいいんだ!」と怒鳴られた。こんな理不尽あるかよ。この日から私へのアタリが強くなった。何かにつけて怒鳴ってくる。日々疲弊し切っていった。担任であり、理科の授業を受け持っており、部活の顧問であり、逃げ場が無かった。

正直もうこの時点で限界だったが、この教師以外の教師達という味方がいると思うと頑張れた。

そして一年生が出る六月頃であったか、三回目の大会の日、事件は起こった。その教師が自分で大会のタイムテーブルを自作して部員全員に渡した。「これを見て自分の出る競技を確認するように」そう言われて見てみると、私は100m走と4×100mリレーに出場する事になっており、意外と遅い時間、夕方頃に行われる事になっていた。大会出場者用タイムテーブルブックはずっとその教師が持っており、どこかへ行ってしまった。テントを張って自分の番が来るのを先輩、同期と共に待っていた。すると先輩達が「何か変じゃね?」「去年までとタイムテーブル違うよな?」と疑問の声が上がった。暫くしてその教師がテントにやってきて、寝始めた。その時確認すれば良かったのだが、大会出場者用タイムテーブルブックがその教師の隣に置いてあった。暫くしてアナウンスが鳴り響いた。「100m走参加者はエントリーしに受付まで来て下さい」と。部員全員が驚いて寝ている教師を起こし、確認しようとすると「大丈夫だ!私は間違えてない!今は眠いんだ!寝かせろ!」と怒鳴って再び寝た。次々とアナウンスが流れ、結局その日は誰も何も参加せずに一日が終わり、副顧問の教師が仕事で遅れてやってきて、誰も参加しなかった事を確認して驚いていた。その教師に確認したところ、やはりその教師が間違っていた。時間を数時間ズレてタイムテーブルを書いていたのだ。帰りのミーティング、その教師は「今回は半分は私の落ち度でもあるが、もう半分はお前達にある。この本を誰も確認しなかった。他人に身を委ね過ぎた結果だ。次回からこんな事が無いように気を付けろ」と逆ギレしてきた。もうこんな顧問嫌だ。そう思いながら帰路に着いた。

六月末になった時、部活や委員会とは別に中学主体のボランティアでソーラン節隊に入隊した。最初はその教師から大反対されたが、副顧問の教師が「部活だけが青春じゃないから。一生懸命頑張りな。あのハゲには私から言っておくから」と背中を押され、部活とソーラン節隊の二重生活が始まった。ソーラン節隊は二時間程練習した後、それぞれ隊員は部活動に戻るという感じだった。これは楽しい日々で、夏休みになると周囲の地域で催される各お祭りに余興として踊る事となった。部活の大会と被る日もあったが、なるだけ副顧問の教師が上手くその教師を説得し、自分が出場する全ての競技が終わり次第、早退させてもらっていた。あの副顧問の教師には今でも恩を感じている。

 夏が終わり、いつもと違う会場で開かれる冬のロードレースの大会に全員参加する事になったので、秋から部員全員が長距離走のプランでトレーニングをする事になった。いつものようにウォーミングアップのランニングをし、柔軟体操をしていると、また珍しくあの教師が顔を出したかと思えば「柔軟する暇があれば走れ!とことん走れ!時間の無駄だ!」と怒鳴り、皆、それに従った。それが二週間ほど続いた。結果、私と同期の男子が肉離れを起こした。もうこれ以上走れないから、暫く安静にするようにと医者から言われ、診断書を貰ってその教師に休部届と共に提出した。その時「何m位なら走れるんだ?」と聞かれ、「走れません」と答えると「いや、いくら肉離れとは言っても今普通に歩いてるんだから少しくらい走れるだろ?100mか?50mか?」と言われたのでカチンと来て「その診断書にも書かれてますが、ドクターストップがかかってます」と言うと「そうか……」とアッサリ引き下がった。二日程授業が終わって早々に痛む足を我慢しながら帰っていた。三日目辺りで教室から帰る際、その教師から声を掛けられた。

「今日も帰るのか?」

「はい」

「お前、何も感じないのか?」

「何がですか?」

「皆、汗水流してトレーニングに励んでいるのに自分だけ家に帰ってダラダラして、恥ずかしいと思わないのか?」

「だから暫く安静にしなさいと医者から言われたんですって」

「皆のタイムを測ったり、白線を引くなり、トンボ掛けするなり、皆の為に何かしようとは思わないのかと聞いてるんだ。それくらい少し考えれば分かるだろ」

「歩くだけでもダメージはあるんです。家でゴロゴロしてるとお思いでしょうが、家では勉学に励んでます。無駄な事なんてしてません」

「皆は勉強を捨てて部活をしてるんだぞ」

「捨てては無いでしょう。どちらを取るかを考えた結果、幽霊部員じゃなくてトレーニングをしてるんでしょう?」

「ああ言えばこう言う……もういい。知らん」

 この事を母に告げると「医師から無理をすると二度と歩けなくなる可能性があると言われたので診断書と共に休部届を提出し受理されたのにも関わらず『サボり』呼ばわりは納得いかない。考えを聞きたいので話し合いの場を設けさせろ。こちらの仕事は日程に合わせて休みを取る」という旨のメールをその教師に送った。一週間以内に返事が無い場合は校長にこの内容を伝える。と添えて。案の定、返事は無かったので、母は宣言通り副校長にメールを送った。そしてトレーニングが終わり帰り支度をしていると、私だけ残され、一対一で一方的な話をされた。内容は「お前の母親は自分が体験した訳でも無いのにあたかも自分の事のように感情的に怒りのメールを送ってきた。お前の母親はおかしいから、これ以上邪魔をするなら法的措置を取る。私じゃなくていきなり校長に呼び出されて私はかなり怒られた。精神的苦痛を与えたお前を許さない。親子揃って私に土下座するなら許してやっても良い」と言われ、ショックのあまり、いつ帰ったのか、どの道で帰ったのか覚えておらず、帰宅した時、祖父母の話によると午後七時頃に帰って来て自室で泣いてる私を見付けたらしく、祖母が母に連絡し、仕事を早退して事情を聞きに来てくれた。その話を聞いて、母はまた「話し合いがしたいから返事が欲しい」という旨のメールを送った。やはり返信は無し。一週間後、また一人居残りさせられ、怒鳴られた。もう内容は覚えてないが「弁護士に相談する」とだけ言われた事を今でも覚えている。毎回メールを無視するのはなんなのか。迷惑フォルダにでも入れてるのだろうか?今となっては分からない。そしてまた副校長にその教師は呼び出され、叱られ、私の所に来て怒鳴る。いつものルーティンだ。母が副校長に直訴して四者面談をする事になり、その時は副校長が双方の話を聞くという形になった。母は「こちらは担任を変えろとか教科担任を変えろとか顧問を変えろとかそう言う事を要求しているのではなく、教師としてあるべき常識的対応をして頂きたいのです」と訴えてもこの担任教師には響かないのを見て取り「この後三者面談がありますよね?それは必要無いのでやらなくて良いです」と言うとその教師は「そうですね」とアッサリ同意したもので、副校長が大慌てで止めに入った。

「いえいえ!それはお子さんにとっては大事な事なのでやらせて下さい!」

「では副校長先生と四者面談にして下さい。三者面談ではこの先生から何を言われるか信用出来ないので立会人を要求します」

「それは……その件につきましては後程お返事させて下さい。決して悪いようにはしませんので」

このやり取りの後、三者面談には学年主任の教師から「俺との二者面談で良い?」と打診された。学年主任の教師は卒業した兄の担任でもあった教師で面識があったので、母も受け入れた。何故三者ではないのかは分からなかったが、おそらく学年主任の教師は親を挟まず私と話をしたかったのではないか。最初は私が問題児かと思われたスタートだったが、次第にその認識は変わっていった。あの兄の弟って事もあり、またハキハキとした受け答えに、学年主任の教師も私側に着いた。面談後、帰り際に呼び止められた。

「あのアホとやり合うんだな?」

「はい」

「うん。頑張れ」

「はい。ありがとうございます」

「これは制裁だと思ってとことんやりなさい。正直、職員室で奴の居場所は無いのにそれに気付いてないから思い知らせてやってくれ」

「あ、はい……」

そんなある日、先輩達がストライキを起こそうと言った。部員全員が一丸となり、反論する者はいなかった。いざストライキを起こすと、副顧問の教師が部員全員を教室に集め、涙ながらに訴えた。「あの人が何か間違った事言った!?いつも正しい事しか言ってないでしょ!?」と。何で泣いていたのか未だに分からないが、セクハラかパワハラでも受けて精神的に参っていたのだろう。自分の味方をしないと承知しない、とか何か言われて仕方なくこの会議をしたのだろう。あくまで憶測の域を出ないが。しかし先輩達が反論した。「いいや、間違ってる。筋トレも、この前のタイムテーブルも、普段の態度も。現に後輩二人が肉離れの怪我をしている。それでも正しいと胸を張って言えますか!?」と。この言葉には一年生は皆、泣いていた。副顧問の教師も「もういい……帰りなさい」と言って帰って行った。そんな副顧問の教師の姿が可哀想で、次の日から一同は復帰した。そんな一年生を過ごした。

 一方、もう一人私と同タイミングで肉離れを起こした男子は、家族一同でアポ無しで中学校に訪れ、恐喝まがいの抗議をその教師と校長と副校長に直訴し、あまりの恐怖にその教師は涙を流していたと言う。その反動もあり、より私に焦点を当てて私を虐めていたのかと思うと、若干その男子には恨みがあるが、良い奴だったので許した。

 二年生になり、突如顧問が別の教師に代わった。新しく赴任してきた特別支援学級の教師だった。あの教師とは異なり、陸上経験がある教師だった。穏やかな教師だったが、メリハリのある方で、褒める所は褒める。叱るべき所は叱る。でもそれ以上は追い詰めない。とてもフレンドリーで、誰からも信頼される良い教師だった。通称コロコロと呼ばれる車輪を回して距離を測る道具を使って、勢いよく回してどれくらい距離を稼げるか遊んでいる所を顧問の教師に見られた。これは怒られる!と黙り込んでいると、その顧問の教師はコロコロを奪い取り、ゴルフのスイングの要領で思い切りコロコロを振って距離を測った。「お前ら下手だなぁ。これはこうやって勢いをつけるんだよ!」と子供みたいに笑って一緒に遊んでくれた。ちなみに二回目にスイングした時、コロコロを折った。副校長にこっ酷く怒られたと笑って済ましていた。笑い事ではないだろうと。顧問の教師は陸上経験があるだけに、今までやってきた滅茶苦茶なトレーニングに大笑いし「こんなん何の役に立つんだよ!」と言っていた。ところで副顧問の教師はどうなったかというと、バドミントン部の副顧問に異動し、あの教師は顧問から副顧問に格下げという処置をされた。最初の頃は「元々は私が顧問だったから、私が指導する」と言っていたが「今は私が顧問です。貴方は裏で大会の出場手続き等を大人しくやっていて下さい」と言い放った。皆がいる前で尊厳を傷付けられたからか、頭の血管が切れるんじゃないかってくらい顔を赤くしてスゴスゴと職員室に帰って行った。

そして二回程大会を終えたある時、私は走高跳を見て「やってみたい……!」と思い、思い切って顧問の教師に相談した。すると顧問の教師は「うーん……」と腕を組んで空を見上げた。何かマズイ事でも言ってしまっただろうかと思い「あの、やっぱり私、止めます……」と言うと顧問の教師は「あ、いや、新しい事に挑戦する事は良いんだ。素直に応援する。ただ、砲丸投げや走り幅跳びやハードル走は経験があるんだけど、走高跳はやった事無いから指導が出来なくて……」と言われて諦めようかと思い、項垂れるとおもむろに肩にポンと手を置かれた。「一緒に、手探りで頑張ろうな!」と言われ、心から安心した。それからは短距離100m、4×100mリレー、走高跳の練習メニューに入る事となった。顧問の教師は自分なりに調べて練習メニューを組んでくれ「最初は背面跳びは難しいだろうからベリーロールで行こう」と提案され、それをやっていた。しかし職員室からベリーロールをひたすら練習してる私を見てあの教師がやってきて、「背面跳びをしろ!」と怒鳴りつけてきた。「顧問の教師からの指導です」と伝えると、「お前は大会で何を見てたんだ!ベリーロールしてる奴、一人でもいたか!?」と怒鳴られた。思い出してみても、明らかに自分より学年が上の選手を見てもベリーロールで跳んでる人はいた。そのままそれを伝えると「口答えするな!いいから背面跳びをやれ!」とプンプン怒りながら職員室に帰って行った。それを陰で見ていた顧問の教師は「まずはその場でマットの上に背中から落ちる練習から始めるか」と提案した。それを承諾し、背面跳びの練習をした。そして中学の校庭では最高158cm跳べるようになり、初めての走高跳で参加した大会では160cm跳び、自己最高記録を飾り、顧問の教師は泣いて喜んでくれた。それにもらい泣きした。別に大会で優勝とかした訳でも何でもないのに。それをまた喜ばしい事とは思わず、あの教師は私を毎日怒鳴りつけた。校庭で走高跳の練習でタイミング見て走って跳ぼうとした瞬間に大声で怒鳴り付けてきた。

「サボるんじゃない!」

「今跳ぼうとしてたんですよ!」

「口答えするな!ガキかお前は!」

 そう口論してると、顧問の教師がやってきて、その教師を怒鳴りつけた。

「どうして貴方は人のやる気を削ぐんですか!副顧問としての仕事をして下さい!」

「コイツは生意気な生徒なんだ!言う事を聞かない、ガキなんだよ!」

「そうだよ!ガキだよ!だから大人が正しい道に進ませなきゃいけないんだ!それを阻害して何が楽しいんだ!」

「何だと!?」

「生徒の成長を邪魔するような奴は教師じゃない!さっさと辞めちまえ!」

 そう言われるとその教師はまた顔を真っ赤にして職員室に帰って行った。本当、顧問の教師は聖人なんじゃないかと思うくらい良い教師だった。

 この年もソーラン節隊に入隊した。この事は顧問の教師に言っておらず「しまった!」と急いで職員室に向かうと、顧問の教師は「まぁ、こっちに来て?」と個別指導室に連れて行かれた。これは怒られる。そう思った。すると顧問の教師は「何で黙ってた?」とニコニコしながら聞いてきた。なので素直に「すみません!純粋に伝え忘れてました!」と謝ると、顧問の教師は「あっはっは!」と笑った。

「怒ってないよ!同級生の○○と□□と後輩の××も入ってるって言ってたぞ!何でこんな面白そうな事に去年から入ってたって言わなかったんだよ!部活の時間は減っちゃうけど、そっちはそっちで頑張れ!」

「ありがとうございます!」

「でも、だからといってそれを言い訳にして部活を疎かにするんじゃないぞ!」

「はい!」

と背中を押され、その年もソーラン節隊と部活を何とか両立させて夏休みを過ごした。その頃から後輩の△△が私と同じ走高跳をやりたいと言ってきて、仲間が出来て嬉しくなった。

しかしある日、私は怪我をした。走高跳の練習中、バーを落としてしまい、そのバーの上に腰を乗っからせてしまい、激痛のあまり病院送りになった。その病院では、治るが、また再発する恐れがある為、腰痛とは一生向き合わなければならないと医者から宣告された。暫く運動は控えるようにと言われ、また休部届を提出し、休んだ。この間、何があったのか、復帰した時には同級生と先輩が私に対して冷たくなった。数年後に分かった事だが、あの教師が私のある事無い事吹き込み、私と関わったら罰則を下すと言ったらしい。それでも後輩達は私を慕ってくれていて、その年は何とかリハビリをしながら終わった。

そして母はある懸念からまたも立ち上がった。副校長に直訴した。副校長は元、大手中学の野球部顧問だった事もあり、とても強面だった。まず副校長は私を校長室に呼び出し、質問した。正直怖かった。仮にも同じ教師が訴えられているのだから私に落ち度があるとか言われるのではないかと。しかし副校長は優しく聞いた。どういう嫌がらせを受けたか。どういう事を言われたか。部活ではどうだったか。普段の授業はどうか。全てありのまま話し、最後に「正直、母を侮辱された時はぶん殴りたくなりました。でも、殴っちゃいけないじゃないですか。この怒りをどこにぶつけて良いか分からないまま二年生になりました」と伝えると、副校長は「大変だったな……そうかそうか……分かった。正直に話してくれてありがとう。後は四者面談で話をしよう」と言い、帰された。

後日、母と二人で校長室に向かうと、副校長とあの教師が座って待っていた。副校長は立って挨拶し「この度はご足労頂き誠にありがとうございます。お掛け下さい」と言い、私と母は座った。この間、あの教師は席を立つ事もせず、ドッカリと椅子に座ってバツが悪そうな顔をしていた。いざ話が始まると、私と母は今までの事を全て話した。副校長が聞いた事が無い話も出て来て、水掛け論になったものも一部あったが、副校長は全面的に私と母の言葉を信じていた。全て話し終えると、副校長はおもむろに席を立ち、勢いよく頭を下げた。

「大変申し訳ございませんでした!お前も謝れ!」

「何で私が?」

「何でじゃあないだろうが!お前が悪いんだよ!」

「長年ここにいる私よりこんな子供の言う事を信じるんですか?」

「ここは子供が集まる場所だ!子供の言う事を信じないでどうする!それにこの子は真面目で誠実だ!この前話し合った時に分かった!この子は嘘を吐かない!」

「子供の言う事とその親の言う事を全面的に信じるのはどうなんですか?」

 その後も色々その教師と言い合いになり、それまでずっと握っていた拳が出そうになった。その瞬間、副校長はその教師の頭を掴み、無理矢理下げさせた。

「申し訳ございません!ほら!お前も言え!」

「……すいません」

「声が小さい!」

「すいません!」

「申し訳ございませんだろうが!」

「申し訳ございません!」

「いいか!今後一切この子に干渉するな!分かったか!」

「……はい」

「今後このような事が無いよう努めますので、どうかお許し下さい!」

 いきなりそこまでされると思ってなかった私と母は少し驚いた。てっきり同じ教師として副校長はその教師を少しは庇うかと思っていたのだが、一切それが無くて驚きを隠せずにいた。そして母が本題を切り出した。

「……分かりました。それから修学旅行ですが、こちらからの勝手な要求は重々承知ですが、先生から息子へ一切関わらないで頂きたい。安心して修学旅行に出せません」

「それは勿論です。絶対関わらせません。良いかい?君、これは業務命令だからね?」

「はい……」

 そして母が「授業では関わらざるを得ない状況はあるでしょうからそれは……」と言いかけると、副校長は「いえ!今後一切関わらせません!良いね、君?業務命令だからね!」と改めてその教師に釘を刺すと、そいつは「はい……」と力なく答え、母は「あ、そこまでしてくれるんだ」と思ったらしい。それ以降、その教師は本当に授業以外で関わる事が無くなった。ちなみに副校長との四者面談の話は先生中に広がっており、何人かの先生から「頑張れよ」「アイツはクソだから徹底的に叩いてやりなさい」と応援のエールを送られた。教師達からの人望も無いんかと思った。そして修学旅行中は何事も無く、副校長からの注意が効いたのか深く関わるような事はしてこず、無事に終わった。

 三年生になり、部長が女子になった。これに対してあの教師は「女が部長とか情けないと思わないのか!」と怒り狂っていた。そして部長の女子に嫌がらせをするようになり、可哀想だった。そしてその教師は自分に猫撫で声で保身に走る女子には優しくし、セクハラをしていた。女子部員はそれに耐え、虐めから逃れるという処世術を身に着けていた。部長の女子には全く優しくせず、その子は常に私と同じくらいその教師に怒鳴られる日々を過ごしていた。一方私はリハビリをしながら部活をしていると、区大会で走高跳で優勝した。165.8cmだった。一番私を慕ってくれていた後輩の△△も163.5cmで二位。二人でツートップを飾った。特に何の驚きも見せなかった顧問の教師は「さ、帰るか」と帰り支度を始めるよう部員に指示し、テントを片付け、会場の外で待っていた。顧問の教師は委員会に向かい、次回の大会案内の本を受け取りに行っていた。会場の外で待っていると、顧問の教師が息を切らして走って私の肩を掴んだ。

「なぁ!お前、走高跳優勝したのか!?」

「え、えぇ。△△も二位でツートップでしたよ?」

「すまん!その時1500mの方見てたから知らなかったんだ!何cm跳んだ!?」

「165.8cmですが」

「マジか!じゃあ県大会に出場出来るぞ!」

「本当ですか!?」

「あぁ!今ならまだ間に合う!申込書取りに行くぞ!」

「は、はい!」

 そうして二人で申込書を取りに行き、記入して帰路に着いた。翌日、いつものように無視されると思っていたが、同級生の○○に言った。

「なぁ」

「あ?」

「俺、県大会行ける事になった」

 その言葉に、周りの連中も「嘘っ!?」とワラワラ集まってきた。

「やったじゃん!」「いつの間に!?」「頑張ったな!」「良かった良かった!」と色んなお祝いの言葉を貰った。あの教師の脅しに勝ったのだ。本当に嬉しかった。県大会は夏休み後になるので同級生は夏休みで最後の大会だったが、私はまだ続いていた。

その年もソーラン節隊に所属し、夏休みはソーラン節隊と部活を両立させた。そしてソーラン節隊では副総長に任命された。ぶっちゃけ仕事内容は総長がやるものだったが、全部私がやった。総長は私が無理矢理奪った仕事よりも隊員の皆とのコミュニケーションに時間を費やしてほしいと思い、完全にサポートに回った。そこでも色々問題が起こったが、それはまた別の話。

 そして夏休み最後の市大会で、初めて400m走に出場した。走る事があまり好きではないから走高跳や100m走や4×100mリレーに出場していたのだが、人が足りないとの事で仕方なく出る事に。最初こそ一気に他の選手に離され「あぁ、終わった……」と思っていたのだが、200m行かない辺りで皆、失速。二着でゴール。「まぁ、表彰台に上がる事は無いだろう」と思っていたのだが、帰る際、またテントを片付けて会場の外で顧問の教師を待っていると、また息を切らして走って顧問の教師がやってきて私の肩を叩いた。

「お前!三位だったぞ!」

「あ、そうでしたか。てっきり二位だと思ってたのですが、私より早く着いたのがもう一人いたんですね」

「違う!お前の走ったレースの順位じゃない!市で三位だ!」

「……へ?」

「だから、この市大会の400m走三位なんだよ!」

「本当ですか!?」

「あぁ!別に県大会に出場出来るとかじゃないけど、表彰されてた!」

「うわぁ~!出たかった!表彰台!」

「すまん!俺のミスだ!」

「先生のせいじゃないですよ!ありがとうございます!」

 そんなやり取りをした夏休み後、県大会に出場。始まりが175cmからだったので、言うまでも無く敗退。そりゃそうよ。10cmも高かったら跳べませんって。その大会が終わった週明け、全校集会で表彰され、有終の美を飾った。これに対してあの教師は快く思っておらず、部活引退後、ネチネチと授業で嫌がらせをやってきた。腰が痛く、仕方なく授業中足を組んだりして腰の位置をズラして授業を受けていた。他の教師は毎回注意するが、私の腰の事を知っており「それなら仕方ない。皆も腰とか足とか痛かったら自由な恰好で授業を受けて良いからな」と言っていた。だがあのアホ教師だけは突っかかってきた。

「おい、授業中に足を組むな」

「腰が痛いんで腰の位置を調整した結果このスタイルになってるんです」

「口答えするな。内申点下げるぞ」

 渋々私が姿勢を戻すと、アッサリ引き下がり、勝ち誇った顔をしてきた。それに苛立ったので副校長に直訴しに行き、放課後に用事があって職員室に向かうと「だから関わるなと言っただろう!マジでクビにすんぞ!」と副校長があの教師を怒鳴りつけてくれている声が廊下から聞こえてきた。

ちなみにある日、部長だったあの女子を筆頭に各学年の女子一同からセクハラ、パワハラで訴えられて新たな問題を生んだらしい。

そしてこの教師、私を虐めても私が常に敬語を貫き、理科のテストを全て満点レベルで解いていたのでそこは突っ込まず、素直に成績は満点を与えていた。私情を挟んでるんだか何だかよく分からん男だった。

 受験シーズンも過ぎ、第一志望の高校に入学が決まり、塾通いで勉強詰めしていた。卒業式に卒業証書と卒業アルバムを持ち、顧問の教師の部屋に向かった。

「先生!」

「おう!お前か!卒業おめでとう!」

「はい!先生には大変お世話になりました!ありがとうございました!」

「言うのが遅ぇよ!」

「あはは!すみません!塾で勉強詰めの毎日で挨拶に来れなかったんです!」

「勉強熱心なのは良い事だ!高校は希望の所、受かったのか?」

「はい!第一志望受かりました!」

「その段階で報告に来いよ!全く、抜けてるなぁ、お前は!」

「大会で俺の表彰式伝え忘れた先生に言われたくないですよ!」

「あはは!そうか!そうだよな!」

「先生、寄せ書き、書いて下さい!」

「良いぞ!」

 私は卒業アルバムを渡し、顧問の教師が寄せ書きに「高校でも頑張れ!辛くなったら、これを見て元気出せ!」と書いて返してくれた。

「高校でも陸上は続けるのか?」

「いえ、腰の事もあるので、文化系の部活に入ろうと思ってます」

「そうか……残念だな……」

「すみません」

「いや、謝らなくて良い。私の責任でもあるからな」

「ありがとうございます」

「じゃ、元気で」

「先生も、お元気で」

 そうして私は一礼して部屋を出た。校庭に向かい、一礼。校門の前に立ち、一礼。そして帰路に着いた。

 後に聞いた話だが、顧問の教師は翌々年で任期を終え、別の中学校に異動になったらしい。あの教師も翌々年に別の中学に異動させられたらしいが、後輩と同期から聞いた話だと、「あの無名の中学から走高跳でワンツートップを取らせ、400m走でも初出場で市大会三位を取らせた副顧問がやってくるらしい!」という噂があっただけに、期待度は高まっていた。しかし中身はスッカラカン。一気に冷めていったらしい。そして私とのやり取りがどこからか漏れたらしく異動先の中学校の生徒から虐められ、他の教師達からも白い目で見られて長く続かず、親の介護という名目で早期退職したらしい。今はどうなっているか誰にも分からない。

 後に母が語った事だが、母は私の卒業式に副校長に挨拶に行ったらしい。これだけの事件があったのだから挨拶は当然だろうと思い行ったそうだ。そこでは副校長があの馬鹿に対し、「アレはもう治らないだろうねぇ」と匙を投げている状態だったらしい。

 母としてはすぐにでも教育委員会に訴えてその教師を潰す事も出来たのだが、その教師にも家庭等、大事な人や自分が知らないだけでその教師を慕っている人もいるだろうし、何より副校長始め多くの人に真摯に取り組んで頂いたので、副校長にお任せしようと思って事を荒立てるのもここまでと行動したのだが、その結果私本人に我慢させ過ぎたかもしれないと反省しているらしい。

 以上、私の体験談でした。あくまで私の主観で書いているので記憶違い等があるかもしれません。そこはご了承下さい。私は未だにあのアホ教師の事を恨んでいます。


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