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第二一話 犬の巫女


 すでにバジリスクは目の前にまで迫っている。

 今度は体当たりするつもりなのか、バジリスクは口を閉じたまま鼻先を俺にぶつけ――


 ドゴン!!!


 硬質な物同士がぶつかり合う激しい衝突音が広間内に響き渡った。


 俺は――無事である。

 というか、一歩も動く事なく呆然と立ち尽くしていた。


 これは一体……?

 いや、何が起きたのかは解っている。


 あわやバジリスクとぶつかると思われたその瞬間、いきなり足元から岩壁がせり上がって目の前を遮った……いや、俺を護った。


 無論、これは俺が為した事ではない。

 では誰が?

 この場にいる者で、こんな真似ができるのは――


 俺は顔だけ右側へと向け、広間の奥を見やる。

 視線の先にいたのは、俺の予想通りの人物だった。


 コボルトシャーマン。

 死んだふりをしていたはずの彼女が立っていて、体をガタガタ震わせながらもこちらに杖を向けていた。

 状況的に見て、俺を援護する目的で精霊魔法を使ってくれたのだと察した。


「~~~~~!」


 俺と目が合ったシャーマンは、未知の言語で何かを叫んだ。

 言葉の内容は理解できないが、態度から言いたい事は解った。

 たぶん「今のうちに!」とか言ったのだろう。


 神アシストをしてくれたシャーマンに内心で感謝しながら、俺はバックステップした。

 縦横2mほどの岩壁とその上下左右を含む正面を広く視界に入れながら、全力全速で魔法を構築する。

 使うのはもちろん俺の最大火力【イグニスフィア:Lv3】。


 岩壁に衝突した程度でバジリスクが死んだとは思えない。

 だがそのダメージから回復するまでに最低でも数秒程度の猶予はあるはずだ。

 仮にもう回復していたとしても、岩壁を越えなければ俺に魔眼は使えない。

 その僅かなタイムラグが、俺に勝機をもたらしてくれる。


 岩壁を隔てた向こうでバジリスクが動く気配を感じた。

 早くも行動不能状態から脱したか?


 だがもう遅い!

 俺の頭上にはすでに三つの火球が生成されている。

 しかし岩壁があるため、この位置から直接バジリスクに火球をぶつける事はできない。


 むろん、対策は考えてある。

 俺は火球と自分の相対位置を固定し、地面を蹴って跳躍した。

 さらに【魔翼飛行(遅)】を発動させて上空へと舞い上がる。

 その上昇中、岩壁の向こうに射線が通る直前のタイミングで火球を撃ち出した。


 ――頼む、上手くいってくれ!


 祈るような俺の期待を乗せて、岩壁の向こうに火球が吸い込まれてゆき――

 岩壁の幅を大きく超える巨大な火柱が立ち昇った。


 確認のためさらに上昇すると、眼下で轟々と燃え盛る炎の中にバジリスクのものと思しき黒い影がある。


 よっし、決まった!!


 それを見た俺は心の中でガッツポーズを取り、快哉をあげた。


 ――って、喜んでいる場合じゃない。

 奴はこれくらいで死ぬタマではないからな。

 すぐに追撃をすべきだ。


 そう思い、命中率が高く追撃に向いている【マナボルト:Lv2】の魔法構築を始めた瞬間。


「!」


 炎の領域を突き破り、バジリスクが上方へと飛び出してくる。

 さらに奴は岩壁上部の(へり)を踏み台にし、再度跳躍。

 空中でホバリング中の俺めがけ飛びかかってくる。


 まさか直接狙ってくるかッ!

 俺は反射的に【魔翼飛行(遅)】による機動で体を右に傾ける。

 

 それは間一髪で間に合い、すれ違うようにしてバジリスクが俺の真横を通り過ぎ……


ギッ(ぐっ)!?」


 ほっと安心しかけた直後、背中に激痛が走った。

 と同時に、強い力によって体が後ろへと引っ張られる。


 何らかの形でバジリスクに捕まったと直感し、【魔翼飛行(遅)】を全開にして抗う。

 その力の綱引きは一瞬だけ拮抗し、ブチッという何かが千切れる音とともに終わった。

 そしてまた、肉を削り取られるような激痛が背中を襲う。


 クソッ、翼をやられた!

 痛みの発生源からそう推測しつつ、距離を取るためバジリスクの逆側へと飛ぶ。

 しかし翼の損傷のせいか姿勢制御が上手くできず、速度も出ない。


 どのみち魔眼の事を考えれば長くは飛んでられないので、飛行を諦めて【魔翼飛行(遅)】を切る。

 推力を失い、俺は落下するように地上に降りた。


 ぶぎゅっ!


 ……うぉっ!?

 足裏から返ってきた異様な感触に驚く。

 着地の際、何やら柔らかいモノを踏んでしまったようだ。

 しかもそのせいでバランスを崩してしまい、前方につんのめる。

 俺は地に手を着き、受身を取るように前転してから立ち上がった。


《敵対者を討伐しました。経験値49を獲得しました》

《インプ【名称未定】はLvアップしました。Lv19⇒Lv20》

《特殊スキル【小悪魔の悪戯:Lv1】を会得しました》

《耐性スキル【物理耐性(打):Lv1】を体得しました》

《耐性スキル【毒耐性:Lv1】を体得しました》

《耐性スキル【物理耐性(斬):Lv1】がLvアップしました》

《耐性スキル【痛覚耐性:Lv2】がLvアップしました》


 えぇ……なんでいきなり経験値入手?

 Lvアップ&耐性強化されたのはありがたいけども。


 予想外の出来事に困惑しつつも、急ぎ振り返る。

 思わぬトラップ(?)で、大きな隙を晒してしまった。

 バジリスクの追撃が……あれ?


 予想に反し、奴は着地したと思われる場所から動いていなかった。


 ……なぜ追撃して来ない?

 その疑問は、バジリスクの視線が俺とは別方向に向いたのを見て氷解した。


 先ほど俺を支援したシャーマンの事を警戒しているのだ。

 俺に向かって突進しても、また岩壁を出されれば先ほどの二の舞になるからな。

 それにどんな妨害や攻撃を受けるか解らない、という恐怖もあるだろう。

 さすがに学習能力が高い。


 また、精霊魔法には前兆となる魔力の動きがほとんどない。

 その点でも、バジリスクとしてはやりにくいだろう。

 ずっと魔眼を発動させながらシャーマンだけ睨んでるわけにもいかんだろうし。


 まあ理由はどうあれ、奴が動けないのはありがたい。

 回復と確認と作戦を考える時間が取れるからな。


 俺は聖気治癒を発動させながら【ルノーマ:Lv1】を使う。

 ステータスを確認するまでもなく、毒を食らってるのは確実だからだ。

 もっとも、あんまり毒の自覚症状はないけどな。

 悪魔だからか?


 傷や打撲の痛みが徐々に和らいでいくのを感じながら、俺は状況把握に務める。


 すぐ目の前の地面を見れば、片翼のないイビルバットらしき死骸がある。

 今さっき俺が踏んづけてしまったのはコイツか。

 察するに、先の乱戦で仕留め損ねた個体だろう。

 今まで生き延びるも、運悪く俺に踏み潰されてしまったのだな。

 南無……としか言いようがない。


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