第二十話 白兵戦
幸い、勇者時代にバジリスク種とは戦った事がある。
その時の経験を活かせば、多少は有利に戦えるだろう。
もっとも、その時の相手はレッサーや成体のバジリスクで、ラーヴァと戦うのはこれが初めてなのだが。
俺とバジリスク、彼我の距離が30mほどに縮まった所で、俺は【マナボルト:Lv2】を使用する。
確認も兼ねた俺の先制攻撃に、バジリスクは魔眼で対応した。
バジリスクの金瞳が煌き、俺の魔力の流れが止まる。
当然、魔法の構築にも失敗し、頭上に生成した魔法の矢が消失した。
やはり俺が大きく魔力を動かせば、それを感知し魔眼で妨害してくるか。
そしてその所要時間は一秒以上、二秒未満。
魔法規模を抑えれば、発動までもっていくのは不可能ではない。
俺は再度、魔法を使用する。
今回選択したのは【イグニスフィア:Lv3】。
ただし生成する火球は1個だけ。
そのため魔法構築の所要時間は一秒で済んだ。
瞬時に生成した火球をバジリスクめがけて即座に発射する。
――完成された魔法なら、あるいは。
そんな俺のほのかな期待はすぐに打ち砕かれた。
再びバジリスクの魔眼が煌いた瞬間、火球があっさりと消滅したのだ。
おいおい……
成立した魔法効果まで打ち消すとか、どんだけだよ。
こうなる事も予想はしていたが、流石に少しめげるな。
仕方ない、プランBに変更だ。
気を取り直して作戦の変更を決めた、そのとき。
いきなりバジリスクが移動スピードを上げた!
ちっ、速い!
20m余りの距離を馬並みの速度で駆け抜け、バジリスクが俺に急接近する。
その迫力たるや、バッファローの突撃の如く。
直近まで迫ったバジリスクは、鰐のように大口を開け、ノコギリの歯のような牙で俺を噛み砕かんと襲いかかる。
心理的に多少の不意を突かれはしたが、バジリスクの素早さは織り込み済みだったので慌てはしなかった。
俺は前方上空へと跳躍しながら【魔翼飛行(遅)】を発動。
その推力を使い、一瞬で4、5mの高さまで飛び上がる。
《防御スキル【反射回避:Lv1】を習得しました》
眼下にバジリスクの背を視界に入れながら、【マナボルト:Lv2】を使用する。
そして前回と同様、魔法規模を抑えたおかげで瞬時に生成できた魔法の矢を発射する。
それから体を捻り、空中で体勢と向きを変えて地面に着地した。
なお着地直前には【魔翼飛行(遅)】で落下の勢いを殺している。
ろくに照準せず撃ったためか、魔法の矢は三本中二本が外れる。
しかし一本だけはバジリスクの背に突き刺さり、破裂した。
「ジッ!?」
バジリスクが短い悲鳴をあげる。
どうやら効果あり、だな。
突進を躱され、動きを止めていたバジリスクが振り向く。
爬虫類の表情など読めないが、その顔は憎悪に染まっているように見えた。
さすがに一撃入れた程度で怯みはしない、か。
むしろ怒りで戦意旺盛って感じだな。
バジリスクが後ろに重心を傾けるようにしてグッと体を撓める。
――来るか!
俺は逆手で短剣を握り直し、胸の前で構えて迎撃の姿勢を取る。
魔眼の存在を抜きにしても、この近距離では魔法の出番はない。
魔法の構築に意識を割いた瞬間を狙われたらマズイからだ。
補助魔法の【プロテア:Lv1】ならほぼ即時発動できるので問題ないが……
すぐに魔眼で対策されそうだしMP消費も激しいから、使うとしたらなるべくピンポイントで、だな。
数秒ほど、お互いの間に緊迫した空気が漂い……そして弾けた。
バジリスクが四肢に溜め込んだ力を解放し、猫科の肉食獣のようなしなやかな動きで空高く跳躍する。
放物線を描くその軌道の先にいるのはもちろん俺。
空中という逃げ場を塞ぎつつ攻撃するためだろう。
学習能力が高いというか、かなり賢いな。
俺は冷静に判断しつつ、全力で左へとステップする。
タイミング的に魔法を構築している余裕はない。
だが、回避には成功し――なっ!?
なんとバジリスクが最初に着地した前足を支点にして、強引に体を横回転させたのだ。
それによって点だった攻撃範囲が線へと変わり、俺を飲み込む。
「ギッ!?」
咄嗟に腕と短剣の平でガードするも、激しい衝撃を受けて吹き飛ばされる。
尻尾による強烈な横薙ぎを食らってしまった。
ステップ後、地に足が着く前だったために全く踏ん張れなかった。
まあダメージを減らすという意味では、むしろ良かったのかもしれないが。
俺は【魔翼飛行(遅)】を使って勢いと姿勢を制御し、空中でとんぼを切って地面に着地。
追撃に備えて身構えつつ、バジリスクの方へと視線を向ける。
「!」
一瞬だけ目を離した隙に、敵はすでに俺の目前まで接近していた。
バジリスクの開いた大口が視界いっぱいに映る。
とても回避が間に合うタイミングではない。
クッソ、態勢を立て直す暇を与えないつもりか!
俺は咄嗟に【プロテア:Lv1】を発動させつつ、右に跳ぶ。
それとほぼ同時に、バジリスクの顎が真横を通り過ぎた。
「ギギッ!!」
左腕に激痛が走り、逆向きに引っ張られるようにして体に急制動がかかる。
噛みつきを避けきれず、左腕に食いつかれたのだ。
見れば二の腕半ばから先がバジリスクの口内に捕らわれてしまっていた。
【プロテア:Lv1】による強化のおかげか、まだかろうじて腕は繋がっているが……
食い千切られるのは時間の問題である。
あるいは咥えたまま、俺が弱るまで待つか痛めつけるという可能性もある。
まず間違いなく毒も受けただろうから、HPの減少は早いだろう。
いずれにせよ、このままではまずい。
俺は激痛に耐えながら左腕を支点にして勢いよく体を捻る。
そして、
「キィッ!」
全力でバジリスクの左目に短剣を突き刺した。
《技能スキル【短剣:Lv1】を会得しました》
「――ッ!?」
まさしくクリティカルヒット。
バジリスクは声にならない叫び声をあげながら、大きく口を開いた。
今だとばかりに腕を抜き、束縛から逃れる。
ピンチはチャンス、とはよく言ったものだ。
俺は心中で快哉をあげながら、痛がり悶えるバジリスクの横を駆け抜け――
「ギッ!?」
ようとした瞬間、背後から痛烈な一撃を食らい吹っ飛ばされた。
あまりの衝撃に全身が痺れ、意識が飛びかける。
はっ、と気が付いた時には地面の上にうつ伏せで倒れていた。
体の前面を多少擦りむいたようだが、高所から落下した時のようなダメージはない。
たぶん水平に飛ばされただけで、高くは上がらなかったのだろう。
不幸中の幸い……と言えるかどうかは微妙な所だが。
先ほどのは、まるで丸太か何かで横殴りされたような打撃だった。
たぶん尻尾による攻撃だろう。
推測するに、片目を潰され敵の姿が見えなくなった為、慌てて一回転して周囲を尻尾で薙ぎ払った……といったところか?
あるいは無自覚に暴れた結果、たまたまそうなっただけか。
俺は聖気治癒を発動させつつ、急いで立ち上がる。
今の状態で追撃を受けたら一巻の終わりだ。
振り返ると、片方だけの瞳をギラつかせてこちらに突撃してくるバジリスクの姿が目に入った。
あ、これ無理。
ダメージが残っている今の状態では、あの突進は避けられない。
見た瞬間にそれを悟った。
手元に短剣はなく、防御も難しい。
できる事と言ったら、【プロテア:Lv1】で防御力を上げるくらい。
それだけで凌げるとは到底思えないが、何もしないよりはマシだ。
必ず耐えてみせる。
覚悟を決めた俺は【プロテア:Lv1】を発動させつつ、右腕を上げて防御体勢を取った。




