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第一一話 犬の狩人


 俺はイリルと心話でやりとりをする。

 イリルは既にグラトニーラットを全滅させ、近くまで寄ってきていた。

 強敵の出現とその情報について伝えると、イリルからは不安と警戒、そして俺を心配する感情が届く。

 俺は〝大丈夫だ、心配するな〟との思念を送り、続いて戦闘に関する指示を出す。


 イリルにやってもらいたい事はただ一つ。

 攪乱だ。

 ステータス的な敏捷値は俺の方が高いが、スキルも含めた機動力、回避力はイリルの方が上だ。

 ゆえにイリルにはがんばってコボルトの注意を引いてもらい、隙を見て俺が魔法をぶちこむ、という作戦である。


 ある意味イリルを捨石にするようで気が引けるが、俺が死ねばイリルもたぶんその後に殺される。

 イリルだけが見逃してもらえるとは到底思えないしな。


 まあイリルだけならコボルトの攻撃を振り切って逃げられるかもしれないが……。

 そこは眷属として、悪いが俺に付き合ってくれとしか言えない。


 (獲物)が一体増えた事で多少は警戒したのか、コボルトは弓矢を構えた姿勢で逡巡を見せる。

 先に矢を撃って外し、その直後に二体同時にかかられたら迎撃が間に合わない。

 それなら近寄ってきた際に確実にどちらかを落とす、とか考えているのだと思われる。


 堅実で結構な事だが、こちらにとっては有難い。

 俺はコボルトの思惑に乗っかる形でイリルを(けしか)けた。


 コボルトの頭上へ斜めに近づいていくイリル。

 やはりその飛行速度は俺より速い。

 それを見て、俺よりイリルの方が脅威と判断したのか、矢の矛先をイリルへと向ける。


 ヒュッ、と鋭い音が聞こえ、一拍遅れて硬質な物同士の衝突音が響いた。

 コボルトが矢を放ち、それが外れて天井の岩に当たったのだろう。

 まだ距離があったのと、やや単調だがイリルがジグザグに飛んでいた為に回避できたようだ。


 狙われたのが自分でないとはいえ、心臓に悪い。

 イリルの耐久力では、直撃したら即死もありうるからだ。

 まぁその点では俺も似たようなものだが。


 ちなみに先ほど胸を貫かれて俺が死ななかったのは、被害規模の小さい矢傷だった事と、【聖気治癒】のおかげである。

 胸を貫いたのが剣とか槍だったら間違いなく即死していた。

 なお矢を迂闊に抜くと血が吹き出てまずい事になるので、未だ胸に刺さったままだったりする。


 俺はイリルにもう少し頑張ってくれ、と念を送る。

 コボルトは攻撃対象をイリルに移しはしたが、まだ俺への注意を残している。

 ここで俺が魔法を発動させる動きを見せたら、すぐさま矛先を俺に変えるだろう。

 だからイリルにはもうしばらく粘ってもらう必要がある。


 ハラハラしつつ俺が見守る先で、イリルはなかなか上手く立ち回っていた。

 二射目をかわした直後に急降下攻撃の素振りを見せてコボルトを慌てさせ、すぐに切り返して上昇。

 その挑発するかのような行動に苛立ったのか、コボルトがこれまでよりもやや雑な動きで矢をつがえ、放つ。

 しかし傍から見てて判るほどに乱れた動きで撃たれた矢は、イリルに掠りもしなかった。

 そして再びイリルは急降下し、今度はさらにコボルトへ接近。あわや一撃を食らわすかというところで急上昇。

 今度こそ来るかと身構えていたコボルトは、またしても警戒を空かされた。


 二度もおちょくられたコボルトは完全に頭に血が昇ったようで、狙いが雑になるのも構わず矢を連射する。

 ヒュンヒュンと、先ほどの半分くらいの間隔で矢が乱れ飛ぶが、イリルにはなかなか当たらない。


 事ここに至ってようやくコボルトの注意が俺から外れた、と判断した俺は魔法を発動させる。

 三秒ほどかかって二つの火球が形成された時、コボルトがこちらの行動に気付いた。


 犬顔なのでイマイチ判別しにくいが、驚いたような表情でこちらへと向くコボルト。

 慌てて弓矢の矛先を俺へと向けるが、もう遅い。


キキュッ(くたばれ)!」


 俺が火球を放つのとほぼ同時に、コボルトの矢が撃たれる。

 射線がぶつかり合った両者の決着は当然、火球に軍配が上がった。


 矢を焼き尽くした火球が二つ、コボルトに殺到する。

 そして着弾。

 岩の地面に二つの大きな火柱が上がった。


 ……避けられた。


 コボルトは矢を撃った瞬間、弓を手放して素早く回避行動に移っていた。

 そのおかげで直撃から(・・・・)逃れる事ができたようだ。


 もっとも、それで被害ゼロとはいかなかったようだが。


 コボルトは火達磨に近い状態で地面を転げまわっていた。

 余波の炎を浴びて着火したようだ。

 種族的に毛深い体だったのも災いしたな。


 即死はさせられなかったが、あの様子なら戦闘不能の大ダメージを受けただろう。

 完全ではないが、俺の目論見はほぼ達成された。


 はぁーっ、と大きくため息をつく。

 何とか勝てたか。


 視線の先ではコボルトがうつ伏せに倒れ伏している。

 転げ回ってようやく火を消したものの、それで力尽きたのか動かなくなった。

 ピクピク痙攣しているところを見ると、まだ生きてはいるようだ。


 とはいえ後は止めを刺すだけの簡単なお仕事である。

 なので今回頑張ってくれたイリルに任せる事にしよう。


 これでイリルの手に入れる経験値が少しでも増えてくれればいい。

 そんな事を考えつつ、念のためコボルトの状態を【悪魔の目】で確認する。


=====================================

《種族》妖魔種・コボルトハンター

《名称》ポッチ

《状態》火傷(中)

《能力》

Lv:19/26

HP:334/1390

MP:1180/1180

=====================================


 まだ結構HPが残っている。

 意識も失っていないようだ――っておい!


 拙い、と思った時には既にイリルがコボルトめがけて急降下していた。

 まだ俺は攻撃の指示を出していない。

 おそらく、コボルト(強敵)に対する恐怖ゆえの暴走。

 強敵が行動不能なうちに一刻も早く止めを刺したいのだろう。

 しかしそれはあまりにも軽率だった。


 今まさにイリルの脚爪がコボルトの体を抉ろうかという瞬間。

 コボルトの体が勢いよく横転し、イリルの攻撃から逃れる。

 あっ、と思う間もなくコボルトは中腰の体勢を取り、地に足を着けたイリルへと飛びかかる。

 一瞬の早業だった。


「ギッ!?」


 コボルトに蹴り飛ばされ、大きく吹き飛ぶイリル。


 あのダメージはまずいっ!

 武器による攻撃じゃなくても、ステータス差がありすぎる。

 下手をしなくても致命打だ。


 俺は全力でイリルの元へと飛び、その側に着地する。

 コボルトを視線で牽制しつつ、イリルに触れる。

 【悪魔の目】で状態を確認したところ、HPはギリギリ一桁残っている。


 良かった……!

 イリルに聖気治癒を施しながら、俺は安堵のため息を吐く。


 とはいえ、まだ安心はできない。

 イリルの状態が《骨折》になっている。

 この手の状態異常はある程度HPを回復すれば治る。治るが、状態異常中はHP回復速度が遅くなるのだ。


 俺の残MPは20ちょっとしかない。

 これではHP全快どころか、骨折状態が治るところまでもいかないだろう。

 もっともそれ以前の問題で、コボルトが追撃を仕掛けてきたらアウトだが。


 俺は内心で戦々恐々しつつも、グラトニーラット戦での反省を活かし強気でコボルトと対峙する。


 十秒が一分にも思える緊迫した時間が過ぎ、ついにコボルトが動いた。

 一歩、二歩と後退り、それから踵を返して広間から走り去ってゆく。


 逃げた……のか?

 念のため、警戒したまましばらく待つが、戻ってくる気配はない。

 イリルの治療に回していたMPも尽きた所で、ようやく俺は緊張を解いた。


 何とか撃退できたか……

 俺は全身の力を抜き、腰を下ろして仰向けに倒れこむ。


 今襲われたら、誰が相手でも負けそうだ。

 しかも広間にはグラトニーラットの死骸が散乱している。

 その血臭や死臭はすでにかなり強く臭っている。

 この分だと、すぐにまた新たな魔物を引き寄せる可能性が高い。


 まあそうなったらそうなったで仕方ない。

 ここまで来たらもはや運否天賦に任せようという心境である。


 それでも可能な限りは人事を尽くすべきだ。

 という訳で、気絶しているイリルを抱き上げ、以前隠れた岩場の陰に移動する。


 そこでようやく人心地ついた俺は、イリルを抱き締めた格好で目を瞑った。

 といっても眠るわけではない。

 MP回復を考えるならそうした方がいいのだが、流石にそこまで無警戒にはなれない。


 何も起きてくれるなよと祈りつつ、俺は静かに時間が過ぎるのを待った。


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