第二十四話 勇者と言う少女
彼女が、その門を潜ったのは、既に太陽が頂点を過ぎた後だった。要所要所を不思議な光沢の金属で補強された、分厚いレザーアーマーから覗く素肌のあちこちに薄っらと傷痕が見え、そのレザーアーマー自体もあちこち切り裂かれ焦げている、常に身に付けている彼女のトレードマークと言える長い縞模様のマフラーも、あちこちほつれていた。
町に入った途端、彼女に視線が注がれるが、本人は何時もの事とばかりに気にしない。確かに整った顔立ちの少女ではある。意志の強そうな大きな赤い瞳と、スウっと通った鼻梁に、固く引き結ばれた唇は桜色をしている。
だが、彼女が注目されているのは、その格好や容姿が理由ではない。その証拠に、彼女を見る街の住人の瞳には嫌悪感や好奇心と言った物は混じってはいなかった、その視線に混じる感情は、崇拝にも似た尊敬と感謝。その為、彼女は多少の居心地の悪さを感じながらも、平静を装い大聖堂へと歩いて行く。
町は中央にある大聖堂を中心に、放射状に8本の大通りが伸び、そのメインストリートに挟まれる様に、理路整然と白壁の民家が並ぶ。町の入口から一定距離で、壁と、その門が有る為、上空から見れば蜘蛛の巣の様にも見えるだろう。
それら増築された壁は、この町の拡大の歴史とも言え、その壁の間に建つ家々は網の目の様な小道によってつながり、人々は不自由なく生活をしている。
この町にある全ての家が一階建てで有る事も手伝い、中央にある大聖堂は町のどこからでも眺める事が出来た。
教団……ホルウェレイ正教の本丸とも言える、ここセルフェイノの町は、その住民の殆どが信者である事も伴い、街中は、一種、静謐とも言える空気が醸し出されていた。
元気に声を出して……とまでは行かずとも、街中で会った人々が、お互いに黙礼し微笑み合う様子は、信仰を享受している人達特有の穏やかで幸福そうな雰囲気が漂っていた。
彼女……朱髪の勇者とも言われるマリエルは歩き慣れた道を大聖堂に向かって歩いて行く。
街中の穏やかな空気に、マリエルは微妙な気持ちになる。彼女にした所で平穏が嫌いな訳もなく、人々が穏やかに暮らせるのなら、自分の命の掛け甲斐も有ると思っている。
だが……マフラーを引っ張り、その下に有る、自らの黒い奴隷紋を見て、溜め息を吐く。
(……こんなモンさえ無ければ……)
そう思い、眉間に皺が寄る。勘違いしてはいけないのは、彼女は強制的に言う事を聞かせられて居ると言う現状が嫌いなだけであり、決して今の仕事自体を嫌悪している訳では無い……と言う所か。
何故なら、周辺の魔人族を退治する事で、この町の人々が安全に暮らす事が出来る……少なくともマリエルはそう思っているからだ。
マリエルはこの街の住人が好きだ。それが例え、教会の教えに裏打ちされた物だとしても、ここの住人達の善良さは、彼女にとって心地よい物となっている。
それは例えマリエルが勇者と言う存在で無かったとしても、住人の彼女に対する態度は左程、変わる事は無いと、彼女には確信出来た。
事実、彼女がまだ勇者としての知名度が低かった時、やはり任務で傷付き町近くで力尽き倒れて居た所をこの街の住人に助けられた事も、一度や二度ではない。
いや、それ以前からも、この町の優しい人々には、幾度となく助けられて来ていた。
そもそも、マリエルは孤児だった。この世界では、そう珍しくも無い事であるが、彼女が特殊だったのは、勇者であると認定されるまで、教会の暗殺者だった事だろう。
つまり、彼女の所属していた孤児院は、身寄りの無い子供達から、特に身体能力の高い者を集め、善悪の分からない内から、暗殺者へと仕立て上げる為の施設だったのだ。
しかし、彼女は優秀な問題児だった。早い内から、自身の在り方に疑問を持ち、その稀有な存在故に、教会の洗脳に抗ってしまえたのだ。
幼さ故の正義感……と言う物も有ったのだろう。最初の内、彼女は孤児院の大人の言葉に逆らっていた。その為、何度も鞭打たれ、食事を与えられない事もしばしばだった。
彼女がその時点で死ぬ事が無かったのは、やはり、施設の人間のお陰であった。ただ、それは組織の人間が彼女に情をかけた……と言う訳では無く、表向きの養護施設としての顔である孤児院に雇われていた近所のおばちゃんが、純粋な厚意で行ってくれた物だった。
彼女が傷を負っているのは、将来の為の難易度の高い訓練に失敗した為であり、同時に、失敗の責任の自覚を持たせる為の、必要な処置である……と言う、表向きの理由を可愛そうに思ったおばちゃんは、彼女の傷を治療し、僅かではあるが、ご飯も食べさせてくれたのだ。
おばちゃんは……彼女は善良だった……唯々、善良で有るだけの人だった。だからこそ、おばちゃんと、その旦那さんが事故で瀕死に成った時も、彼女が望んだのは、残される娘が不自由なく暮らせればよいと……そう思っただけだった。
彼女の遺言となった、その言葉は、その時たまたま居合わせた一人の司教によって果たされる。おばちゃんの娘は、マリエルと同じ孤児院へと引き取られたからだ。
マリエルもその娘の事は気にしていた……いや、いたからこそ、彼女自身が同行する事が出来なかった、少女の4回目の仕事の後、その少女が戻って来なかった事で、彼女は自身の無力さを思い知る事となった。
「お前のせいだぞ?」……と言わんばかりだった指導教官の、その眼差しを正しく理解できたマリエルが、その事を忘れることは無いだろう。
そうしてマリエルは、自らのそれが意味の無い抵抗だと分かった。自分の所属する世界に比べ、自身があまりにも、ちっぽけだと悟ったからだ。
その時の、抜け殻に成りそうだったマリエルを支えてくれたのは、やはり、町の別の住人だった。
ややあって、マリエルは神託によって勇者である事が分かり、その仕事が、教会の命によって魔人族を討伐する事へと変わった……が、しかし当初、彼女自身にそれ程の意識の変化……と言う物は無かった。
結局の所、彼女にとっては暗殺相手が、神人族か、魔人族であるかという違いでしかなかったからだ。
だが、彼女を取り巻く環境は劇的に変化する。それは、誰にも知られてはいけない裏の仕事か、喧伝されるべき表の仕事か……と言う違いでもあり、彼女は、誰の目にも映らなかった“影”から“人”に成る事が出来たし、彼女自身の周囲へ与える影響力も大きくなったからだった――もっとも、それでもマリエルが“教会の奴隷”であると言う現実だけは変わらない物だったのだが――しかしそれでも、自分が直接的に助ける事が出来る相手が増える事で、彼女は仕事に誇りを持てる様にはなったのだった。
上級司祭の手が止まり、その視線を扉の前で頭を下げる男に向ける。男は、その頭を上げると「はい」……と、言葉少なく上級司祭の言を肯定した。
上級司祭……ガルテロは体を起こし、やや、椅子の背もたれに体重を預ける様に上を向くと、その間に幾つかの事を逡巡する。
(おそらく、あの神託についての事でしょうね……)とは、ガルテロには予想は付いていた。実際、朱髪の勇者が、今の一件を片付けた折には、次の任務に“それ”を指示するつもりでもいたのだ。
だが、向こうに一方的に持って行かれるのでは無ければ、どちらに転んでも自分の利益にはつながる。
(要は、交渉の仕方次第……ですか……)
少しの時間をおいた後、ガルテロは男に視線を戻し「分かりました、では通してください」と告げる。下級司祭が深々と頭を下げた時に、ガルテロは「一応、次の準備も行って貰えますか?」と、追加で言葉を掛けると、下級司祭は一瞬ガルテロに視線を送った後、再び深々と頭を下げ、ようやく扉から出て行った。
「これも運命なのですかね? ……いや、“神の”導き……でしょうか……?」
ククッと喉を鳴らしながら、上級司祭は精悍な顔を歪ませ、厭らしい笑みを零す。表では決して見せる事の無い、欲望を纏った表情。
艶やかな金髪とガラス細工を思わせる繊細そうな容姿。20代後半と言う若さで上級司祭になった事も有り、信者の信望も厚い。
しかし、そんな男の真の姿を知る物は、そう多くは無かった。
(自分が上級司祭となってから、随分と重要な神託が下されていますね……)
そう彼は思っていた。実際、勇者の認定が成されたのも、彼が上級司祭に就任してからだった。
それも、お膝元であるセルフェイノの町にある、彼が管轄をしていた特殊な孤児院に、その彼女が居た事は、偶然ではあろうがガルテロにとっては、ひどく幸運な事だった。
教会の歴史を紐解いてみても、“勇者”と言う存在が確認されているのはそう多くは無い。
勇者……生まれながらにして祝福を受けている者……祝福とは、教会における神術の一つであり、その効能は[全ての潜在能力を解放する]と言う物である。
これを受けた者は、従来身体に掛っているリミッターを解除し、その能力を完全に発揮できる様になる。だがそれは、自らの身体を壊さない為に制御されている枷を外してしまうと言う事でもあり、一歩間違えば、自身を破壊してしまう諸刃の剣でもあった。
ただ、マリエルのそれは、常時、祝福が掛かっている状態の為、制御が外れ放しになっていると言う事に他ならない。
通常であれば、まともに成長も出来なさそうなものではあるが、しかし、彼女は、潜在能力の全てが解放されているが故に生き残る事が出来ていた。
そしてそれが、今の彼女の基礎となっている……のだが……しかし、その事に気が付いて居る者など、司祭を含め、誰一人として居なかった。
常に祝福されている……身体の限界を常に越えていると言う状態が引き起こす事象について正確に把握できる者がいない為、それはある意味、仕方の無い事ではあったのだろう……
超回復……と言う現象がある。要は怪我などが回復する時に、元の状態より、より丈夫になって回復する……と言う物なのだが、これは、いわゆる筋肉痛にも適応される。
筋肉痛とは、限界以上に使われた筋肉の筋繊維が切れてしまう為に起こる物である。つまり、常時、祝福を受けている状態であるマリエルは、身体中の筋肉を常に限界以上に酷使しているのと同じであり、 常時、体を壊しながら回復し続けている様な物の為、超回復によって強化され続けた彼女の身体は、その外見にそぐわない膂力を有するに至っていた。
今は、一時的なブーストとして使われている祝福だが、祝福し続ける事で、人の身体能力が飛躍的に伸ばせると分かれば、それを使って兵士の能力を引き上げようと思う為政者は多いだろう。
だが、そもそも、この祝福そのものは教会による秘匿技術であり、使い手そのものも、それほど多くは居ない。
第一、その使い手にした所で、一日中……それどころか四六時中、常に祝福をかけ続ける……等と言う事は不可能であり、その効果を継続させ続けられるのは、精々1、2時間程度と言った所なのであった。
それは兎も角、ガルテロが自身の幸運に笑みを浮かべていると、コンコンと、扉がノックされる。彼は、先程までの表情を取り繕うと「どうしました?」と声を掛けた。
「ストラエル・マクウール様のご来室です」
ガルテロの言葉に、下級司祭と思われる者の声が返って来る。ガルテロは取り繕った表情を崩さない様に気を付けながら「来ましたか」と呟くと「入り給え」と出入り口の向こうに居るであろう男に声を掛けた。
その下級司祭に案内され、ガルテロの執務室に入って来たのは、全身に白甲冑を纏った偉丈夫で、サラリと流れる青味掛った髪が印象的な青年だった。
甲冑の右胸と肩に刻まれている紋章はホルウェレイの聖騎士を表すもので、それが、彼の身分も証明していた。
「よく、いらっしゃいました」
「……ガルテロ上級司祭様におかれましても、御健壮で何よりです」
ホルウェレイ正教、その発祥の地である聖地グルーウから、教主の命で来た聖騎士ストラエル、彼はある意味、ガルテロのライバルと言って良い人物だった。
お互いに笑みを浮かべているにも関わらず、その空気はピンッと張りつめている様に感じられ、ストラエルを案内してきた下級司祭は、思わずゴクリと唾を飲み込む。
ガルテロは、そんな下級司祭を下がらせると、教主の密命を持って来たであろう“教主の懐刀”と呼ばれる青年に、ソファーを勧める……が、青年は気遣い無用と、首を振った。
「さて、話は予想しているよね?」
「女王……の事ですか?」
幾分が砕けた感じの話し方でストラエルが訊ねると、ガルテロが、そう切り出す。その言葉にストラエルが首肯した。
「しかし、こちらの管轄に現れたと言うのであれば、やはり、こちらが使うのが筋では?」
「……オークションでも開く心算かい?止めた方がいい、どの道、争い事に成る」
「……教主は何と?」
「有用な実験材料」
そのストラエルの言葉に、ガルテロが、やれやれとばかりに首を振った。
「教団全体の利益を考えての事……だってさ、教主様は、今、勇者に使っている“アレ”を向こうで試したいみたいだ」
「……出来るのですか?」
「さてね……それはオレには分からんよ……」
ガルテロが渋面を作る。今回手に入れる“女王”、それの扱い次第では教団に莫大な利益をもたらす。
だからこそガルテロは、その功績と、それによってもたらされるコネを使って、更に上を目指したいのだが……
「こちらに譲って貰えるなら、それ相応の口利きはするつもりだよ?」
「……後ろ盾に成る……と言う事ですか?」
一瞬、利益とコネクションと、教団での後ろ盾を天秤に掛けたガルテロだったが、教団内部における教主の影響の大きさを鑑みて、取引きに応じる事にする。
そんなガルテロを見て、ストラエルはニッと笑みを零すと……
「もちろん」
と、そう言ったのだった。
神秘学研究室……そこでは、神の意志にまつわる解釈の研究から、神術の研究開発までを行っている。マリエルは先の戦闘で消費した宝玉の補充をしていた。
彼女の求めに応じて、研究員の一人が、宝玉を持ってくると、マリエルは、それを腰のポーチへと仕舞い込む。
「……ばかすか使うね……結構高級なのよ? それ?」
「……あたしが、一回死ぬのと、宝玉10個、どっちが安い?」
研究員の……宝玉の開発に携わっている職員の言葉に、マリエルはジト目でそう応じる。研究員は悪かったとばかりに両手を上げた。
「10個でも20個でも持って行くが良いさ……その代わり、使用勝手のレポートも頼むよ?」
「……分かってる」
憮然としてマリエルが研究員の言葉に応じる。宝玉……魔方陣を刻み込んだ宝石をコアに、特殊な魔術加工でクリスタルをコーティングした、神術補助魔道具である。
実際、神術の使用者自体があまり多く無い上、マリエル程、頻繁に実戦で使う者も居ない。その為、その使用者の意見は研究員として是が非でも欲しい所ではあった。
「マリエル様……ガルテロ上級司祭がお呼びです」
そんな風にいつものやり取りをしていると、下級司祭の一人が彼女を呼びに来た。新しく任務が入る度、上級司祭が彼女を呼び出す事は、いつもの事ではある、だが、まだ先の任務を完遂して居ない彼女は(新しい任務?)と訝しみながらも、下級司祭に訊ねる。
「……先の任務なら、まだ終わってないよ?」
「…………ガルテロ上級司祭がお呼びです」
質問に答えずに、ただ、そう繰り返す下級司祭に、マリエルは埒が明かないとばかりに首を竦めると「わかったわ」と応じた。
研究員が、ひらひらと手を振り、マリエルは、それに首を竦める事で返事を返すと、一足早く踵を返した下級司祭を追いかけた。
道中、一言も交わさず黙々と歩き、執務室に着いてノックをする、下級司祭の後姿をマリエルはただ眺めていた。
「入り給え」
「…………」
下級司祭が扉を開け、それに続き一歩入ったマリエルは、一礼し室内を見る。と、そこに居たのは上級司祭のガルテロだけではなく、時折、聖地の中央教会内で見かける聖騎士の一人が佇んでいる事に気が付いた。
青味がかった髪と知性を感じさせる深い紺の瞳、彼はマリエルを見ると、ニコリと柔らかな笑みを彼女に見せた。マリエルの方はと言えば、訝し気な目で一瞥した後、取り敢えず頭を下げる。
彼女が上級司祭の前に立つと、彼はその静謐とも言える無表情を崩しもせず、当たり前の様にマリエルに言った。
「君に請け負ってもらう任務が有ります」
「…………」
マリエルは特に返事をしなかったが、端から拒否される事など考えていない――拒否など出来ないと知っている――司祭は、そのまま言葉を続ける。
「ある物を探して、捕えて来て貰いたい」
「……具体的には?」
「大奇足族の女王です」
「ドルグズの女王?」
司祭の言葉に、マリエルが眉値を寄せる。ドルグズに王と呼ばれる存在、上位個体が居る事は知られている。
しかしマリエルは、女王と呼ばれる様なモノが居るなどと言う事は、今まで聞いた事など無かった。
そもそもドルグズと言う魔人族は、雄のみで構成されている種族であり、種を残す場合、他の種から雌を拐ってきて母体とする為、雌個体と言うものが存在しないはずなのだ。
その為、それを言われたマリエルが、一瞬、ポカンとしてしまったのも仕方のない事だろう。そんな彼女に、ガルテロは無表情で言葉を続ける。
「“神託”が下ったのです! ドルグズの女王が出現すると!」
「……それは……」
雄しかいない筈のドルグズの女王を殺さず捕まえる……なおも状況の理解できていないマリエルだったが、ガルテロは執務机の上に一冊の古い書物を置き、それを開く。
「『キアルトの写本』だ、偽典と思われていた本ですが、これに、ドルグズの女王についての記述があります。曰く……『其は、新たな王を生む者。其は、王に更なる力を与える者。其は種を繋ぐ者』……だそうです」
「本当であれば、随分と厄介な存在です」と、続けるガルテロに、マリエルは同意して頷く。ただでさえ、ドルグズの上位個体である大王奇足は、強力で厄介な相手だと知られている。
自国……サルファレアの国境の町、オーパスを陥落させられた事は、まだ10年程前の出来事であり、その記憶も新しい。
特に、通常なら、騎士が二人掛であれば倒す事も出来るドルグズの通常個体が、このベルグヴォートの下で戦う時には、5人掛でも抑え込めるかと言う程に強力になる。
ガルテロは、このベルグヴォートが神術の“祝福”の様な力を使えるのだろうと考えていた。
魔人族の上位個体である魔獣は、基本、それぞれの種族が、野生化し、より本能に特化した為に強力になった個体だと考えられているが、それが具体的に、どの様なプロセスを経て上位個体に成るかなどは分かってはいない。
その女王が魔人族の上位個体である魔獣……この場合は“王”を生むと言う存在であるなら、確かに早めに処理した方が良いだろう。
「んう? ……探し出して……捕えて……来る?」
命令を思い出し、マリエルが首を傾げる。“殺す”では無く“捕える”……厄介な存在だと言うのなら、安全の為に殺す方が良い。
しかし、司教の命令は“捕える”……つまり、生かしたまま連れて来い……と言う事に成る。
「それは……」
「教主様が、そう、お望みだ」
そう言われ、マリエルが渋面を作る。何の意図があったとしても、教主の言葉は絶対である。逆らえば……マリエルは眉を顰めたまま、無意識で喉元を撫でた。
「…………分かった…………」
自分が納得など行っていなかったとしても、教主の命令は下されたのだ。マリエルは、それに従う他、方法は無かった。
「……話は決まったかな?」
壁際で二人の様子を窺っていた聖騎士が、そう口を開いた。それに反応し、マリエルが視線を聖騎士に送る。
「ストラエル・マクウール卿だ、今回、同行される」
「同行者?」
ガルテロの言葉に、マリエルが眉を顰める。これまで勇者の任務が、どれ程、厳しい物だったとしても、彼女に同行者など付いて来る事など無かったからだ。
これは、教会が彼女の力を信じている……と言う訳では無く、彼女には万が一の時の保険が掛けられているからであり、無駄に聖騎士の中から犠牲を出さない様にする為である。
本来であれば、魔人族を相手にすると言う事は、高いリスクを伴う事である。個体差は有るが、基本的に魔人族は神人族に比べ膂力が強く、特殊な能力を備えている者が多い。
その為、本来であれば、魔人族の討伐など、軍隊規模での運用が必要となる事の方が多いのだが、これをマリエルは一人で請け負っているのである。
それだけでも、彼女の規格外さ加減は理解できる。しかし、それが出来るからこその“勇者”であり、それ故に並みの力しか持たない者は、彼女の足手まといにしかならない為でもあった。
それに、聖騎士がそれと分かる形で動いてしまえば、もしもの時、その魔人族の種族との争いにまで発展する事も有るが、マリエル一人単独で動いている限り、狙われるも、はやはり彼女一人であろう……と、考えているからでもある。
一般的な認識では、魔人族は、言葉の通じない化け物であり、一部、社会を形成する知能を持った蛮族が存在する……と言った感じであり、まさか、自分達と同じ様に知性ある存在であるとは、誰も思っても居なかった。
勿論、教会の上層部や一部関係者は、その事実を知ってはいるのだが、その事を広く知らしめる必要など無いと思っていた。
ともあれ、今までと違い、聖騎士の同行者が付く……と言う事は、同行しても構わない程度の難易度であるか、もしくは聖騎士でなくては行え無い事が混じっているか――何かの密命を帯びているか――と言う事であり、何か、キナ臭ささをマリエルは感じていた。
「詳細は彼が知っていますから……」
彼が知っている……彼に聞け……つまりはマリエルには詳細を明かすつもりは無い……と言う事に成る。それを聞き、マリエルは更に心の中で警戒度を高めた。しかし、彼女には教主の決定に逆らう事など出来る訳も無く、眉を顰めながらも「よろしく」と言いながら差し出すストラエルの、その手を取ったのだった。




