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第二十五話 旅立つ者

 市場まで出かけた魁人は、香辛料を中心に食材を購入して行く。その他の着替えや医療品などは、ホーリィが現物支給をしてくれると言う事だったので、魁人は、その言葉に甘えさせてもらう事にした。

 医療品については言わずもがな、着替えが必要なのは主にシャゼムとエルニだけの為、同じ女性であるホーリィに丸投げした形である。

 そもそも、登山の為の装備をしていた魁人は、それ等については、十分、替えが有った為、用意する必要がなかった……と、言う事もある。そんな訳で、魁人は一人、早朝から市場で色々と見回っていた。

 市場は朝と言う事も有り、予想より人手が多く随分とにぎやかだった。この町は国境線にあると言う事で、隣国や国内からの商人の立ち寄りが多い……と言う事も有るが、やはり、城壁都市からの脱出者も混じっているのではないか? と、魁人は感じていた。

 市場の店は、所謂、屋台形式の物が多く、ホーリィ曰く、本式に店を構えられない人達が、仮の営業許可を受けて出している物で、旅の商人の店も多い為、日中の店より、商品の種類は多いとの事だった。

 その熱気を見ながら、魁人は中東や東南アジアの朝市を思い出していた。

 魁人は、食材では無く調味料が売っている一角で、その値段を比較しながら様々な香辛料を物色する。やはり、香辛料の類は割高であり、どれを買うかを厳選しなければならなかったからだ。


(地球の中世において、胡椒一粒が金と同価値……って、話は聞いていたけど、こっちも事情としては同じ様なもんか……でも、見た感じ海に近いって訳じゃないはずたけど、それ程、塩が高くは無いな……近くで岩塩でも取れるのか?)


 その他の香辛料に対し、塩が安目な事に魁人が首を傾げるが、しかし、その理由を追及する事に意味が無い事も有って、魁人はその事から思考を離す。

 木工所での日雇いや自警団の訓練手当、それに、エルニのお手伝い等で、どうにかホーリィに対する借金を返済し、しばらくの路銀の目途が付いた魁人は、魔神に関する情報を収集するべく次の町への旅の準備を進めていたのである。

 この所、情緒不安定な様子がうかがえたホーリィだったが、気持ちの整理が付き始めたのか、今はだいぶ落ち着いて見えた事も、(そろそろ出発をするか)と言う考えの後押しをしていた。


「♪ 俺たち自警団、負けないぞ~♪」「「「「♪ 俺たち自警団、負けないぞ~♪」」」」

「♪ 町の平和を守るんだ~♪」「「「「♪ 町の平和を守るんだ~♪」」」」


 突如聞こえてきた声に魁人が振り向くと、自警団の連中が、そんな掛け声と共にランニングをしている所だった。


「……あー、本当に街中であれやってんだ……」


 集団で走る時に、今一纏まらないとザナッハに相談された魁人が提案したのが「歌でも歌いながら、リズムに合わせて走ったらどうです?」と言う物だったのだ。

 しかし、魁人にした所で、一人で走り込みをする事は有っても、集団で纏まって走る……と言う事などをした経験は無い。

 頭に思い浮かんだのは体育会系の部活連中の掛け声だったのだが、同時に、某、米軍映画のワンシーンも思い浮かび、(自警団なのだから、部活よりは、そっち寄りかな……)と言う理由だけで、そう提案したのだった。

 しかし、その魁人の提案に対し、ザナッハの反応はあまり芳しい物では無かった。


「歌? 吟遊詩人が詠ってるアレか?」

「……あー……」

(そう言えば、歌って文化が無いのか……)


 こちらの世界において歌とは、楽器をかき鳴らした後、早口で物語を語り詠うソレであり、魁人の頭にある所謂、歌とは違っていたのだ。

 理解できないザナッハに、魁人がアカペラで歌う羽目には成ったが、魁人の言う歌がどう言う物かを聞いた上で、改めて詳細を聞き、それを面白がったザナッハによって、さっそくこの“歌うランニング”はトレーニングに組み込まれる事となったのである。

 最初こそ、団員にも躊躇いが有ったが、その内、歌を歌いながらのランニングでの、全員が同じ事を行っていると言う一体感や、仲間意識の強化によって、皆、慣れていったらしく、“歌いながら走る”と言う行為を寧ろ楽しんでやっている様であった。

 元々は、修練場をグルグルと回す、どうせ同じ距離を走るのだったら、風景が変わらない、退屈な修練場の周回よりも、街中の方が気分的にも良いだろうと言う事で、外を走る事に成ったのだと言う。

 魁人はそれを聞き「マジか……」と、少し引いてしまったのだが、本人達が好き好んでやっている事に茶々を入れるのも悪いかと思い、それについては口を挟むのを止めたのだった。

 因みに、歌詞についてはザナッハをはじめとした、自警団上層部が、割とノリノリで作ったらしい。

 この、歌うランニングも、一番最初の時こそ街の人々に「何事か?!」と、驚かれていたが、今では新しい訓練方法だと言う事が知れ渡った様で、わざわざ足を止めて見る人も少なくなって来ていた。

 魁人は、何とも言えない気分で、良い笑顔で走っている団員達を眺めていたが、自分のやるべき事を行う為、再び市の屋台に目を向ける。

 何だかんだ言っても、魁人が最初にマナジスタの街に運び込まれてから、既に1ヶ月近くが経とうとしている。

 今の所、ヴォルーグの襲撃は起こってはいないが、それでも早い内にこの町から出た方が良いだろうと魁人は思っっていた。

 エルニを連れている以上、向こうから襲ってくる……と言う事が、避けられない事なのは分かって居る。だとすれば、あまり一所に留まって、相手の大規模な襲撃が出来る準備が整うのを待つより、言い方は悪いが、自分達を囮にする事で、無駄な被害が出ない様にする方が良いだろう……と思ったからだ。

 当然だが、シャゼムはこの考えには反対している……が、しかし、今はもうエルニを街に一人で残し、旅に同行させない様にする……と言う考えは無いらしい。

 毎日の様に彼女を護衛して、彼方此方に足を運んで居る内に、やはり、エルニに情が湧いたらしい事、街の住人に対して幾許かの愛着の様な物を抱いたのだと魁人は悟り(良い傾向だ)と、一人ほくそ笑んだのだった。






 魁人の居る市場とも、それ程離れてはいない商店街の一角で、シャゼム、エルニ、そしてホーリィは古着を見て回っていた。

 流石に、この短期間では新しい服を作る……と言う訳にも行かなかった為、良さそうな古着が無いかを探しているのだが、そもそも、着回しや着古しのお下がりは一般庶民には普通の事であり、新しい服を仕立てる……と言う事は滅多にしない。

 基本的に、テイラーに服を仕立てさせる事など、貴族や御大尽でも無ければ行わず、通常は布地を買ってきて、自分達で作るのが普通なのだ。

 シャゼム達ゴポープ族等は逆に、それを請け負う一家が居た為に、自分で着る物を縫う……と言った事は行わなかったが、それでも簡単な繕い物くらいは自分で行っていた。


「少し大きいですが、この位なら、わたしが詰められますから」

「……よろしくお願いします」


 幾つかの服を見繕い、気に入った物を選んでゆく。そこはやはり、女性と言う事なのだろう。エルニとホーリィは、あれでも無いこれでも無いと、楽しそうに服を見ている。

 その一方でシャゼムはと言うと、店に入るなり早々に壁にもたれ掛かり、二人の動向を気もそぞろに眺めるに留まっていた。


『ふあぁ……』

『シャゼムさん、ちゃんと選んでください』


 エルニの言葉に、欠伸をしていたシャゼムが眉を顰める。衣服に興味が無いのか、それとも神人族の服が感性に合わないのか、シャゼムは店に入ってから酷くつまらなさそうにしていた。


「シャゼムさんも、何か、気に入った服はないですか?」

『シャゼムさんも何か選ばないと……お兄ちゃんに着替えを買って来る様に言われたでしょ?』

『そうなんだけどさ……』


 女性用の古着のある一角を見ながら、シャゼムは気の乗ら無さそうな様子で『う~ん』と唸る。


『何か全部、ヒラヒラしててさぁ……』

「あー……」


 「そう言えば」と、エルニはシャゼムの普段の姿を思い浮かべる。外に出る時はフード付きのマントをしているが、その下は革製のベストの様な防具に、若干ダブついたズボンで、胸は布地を巻いているだけと言った、シンプルで戦闘をしやすい格好をしている。

 おそらく、戦士として必要な服装であり、ある意味、機能的と言える姿である。その事を考えれば、今、エルニ達が見ているワンピースやスカートとブラウスと言った物は、シャゼム的にピンと来ないのだろう。

 その事をエルニがホーリィに伝えると、ホーリィの方も「ああ」と、納得したように頷く。結局、その後、女性用のズボンを見繕ったのだが、本当の問題は、その後だった。




『下着は必要ですよ!!』

『なんで?』

「え? 何? 何ですか?」


 顔を赤くしながら説明をするエルニに、シャゼムは首を傾げながら聞き返す。魔人族語で会話をしている為、二人が何を言い争っているのか分からないホーリィは、オロオロとしつつも何とかエルニを宥めようとしていた。


「ホーリィさんも言ってください!!」

「え? 何を?」

「シャゼムさん…… (下着を付けてないって) (言うんです)……」


 ぼそぼそと囁く様に言ったエルニの言葉を聞き、ホーリィも顔を赤くし、つい、マジマジとシャゼムのズボンを凝視してしまう。

 シャゼムは、何故そんなに二人が慌てるのかが分からず眉根を寄せるが、しかし、不愉快ではあるらしく渋面を作った。

 そもそも、そう言った文化の無いシャゼムには、ズボンの下にズボンの様な物をもう一枚穿く……と言う事の意義が分からなかったのだ。

 もっともこれは、この世界の女性用下着の類がズロースの様な形状の為、まるで、だぶついたズボンを重ね穿きをする様な物である事も理由ではある。

 もしこれが、地球にあるソレの様な感じの物だったとすれば、シャゼムも少しは考えたのかもしれないのだが……

 兎も角、ソレの目的が、木の枝や岩肌から肌を守る……と言う意味で言えば、今穿いて居るズボンで十分だったし、むしろシャゼムとしては、同じ様な物を二枚も三枚も穿く事で、足の動きを阻害される事の方が問題だった。

 ただ、ゴポープの村人全員がズボンを穿いて居ると言う訳では無い。子供は裸の場合もあるが、戦士職の者が仮面を着けるのと同じ様に、基本的には若い男性がズボンを着用し、年寄りは様々な色で染められた化粧まわしの様な物を着用している。そして女性陣は基本的に腰巻きを身に付け、胸には布を巻いているのである。

 つまりはシャゼムは男装をしている……と言う事に成る。そして当然だが、皆、下には下着の様な物など身に付けてなどおらず、その意味ではシャゼムの感性は、彼女の所属していたコミュニティにおいて、一般的な物ではあった。

 ただ、神人族の基本的な感覚から言えば、下着は下着であり、その上に服を着る……と言うのが一般的な感覚の為、やはり、服だけでその下を付けない……と言うのは、何か心もとなく感じるらしい。

 エルニは、本来であれば魔人族に交じって生きて来た筈なのだが、何故かそのあたりの感覚は神人族のソレと同じである。

 これは、実は彼女を育てたカアランの教育方針で有ったのだが、その事を知る者はここには居ない上、おそらく魁人であれば違和感を感じたのであろうが、ソレを指摘できる者も、ここには存在しなかった。

 兎も角、文化的な物も有り、シャゼムが下着の有用性を認める事は、この日は、ついに無かった。おそらく、魁人経由でシャゼムを説得する事は出来るだろうが、だが、エルニやホーリィにしても「シャゼムにパンツを穿くように言ってください!」とは、当たり前だが彼には頼めなかった。

 古着屋を出て、他の日用品でも買おうかとした所、シャゼムが口を開く。


『なぁ、旅に出るなら、その前に替えの手袋が欲しいんだけど』

『手袋? 皮の……ですか?』


 エルニの質問にシャゼムが頷く。エルニも(そう言えば古着屋さんに皮手袋は無かったな)と、室内の様子を思い起こしながら考えた。


「え? 何ですか?」

「シャゼムさん、手袋の予備が欲しいそうで……」

「……皮の……ですよね?」

「はい、そう言っています」


 その言葉に、ホーリィが顎に指を当てながら首を傾げる。普通の防寒の手袋であれば、先程の古着屋にもあった。

 しかし、シャゼムが言っているのは皮の手袋だと言う。その上、シャゼムは弓を射る為か、右手親指から中指までの指先を出している。

 そうなると、皮製品の店でオーダーメイドを出すか、自分で作るしかない。しかし、金銭的な問題もあるが、そう遠く無い内に街を出発すると言う魁人達には、時間が無いのである。

 そう説明をすると、エルニから通訳されたシャゼムは顎に手を当てしばらく考える素振りをしていたが、やがて『じゃ、作る』と言ったのだった。






 ホーリィの家に戻った魁人は、早速、荷物の仕分けを済ませ、今日の昼に食べる為に買って来た川魚を三枚におろしていた。

 三枚におろした身は、塩と香辛料をすり込み、そのまま暫く馴染ませる為に置いておく。そして、その間に根菜を大きめの賽の目にカットし、それを鍋に入れ水を注いだ。

 そして、ネギかニラの様な葉野菜を適当な長さにカットすると、次に先程、置いておいた魚の身に片栗粉に似た穀物のでんぷん粉をまぶす。

 それを人数分作ると、皿に乗せ、鍋と一緒に彼女の家の中庭の一角、そこに設置された装置まで持って行った。

 その装置に掛けられているフードを外すと、そこに現れたのは、四つ足の机状の本体に、81枚の銅鏡が凹面鏡型に成る様配置された光集中装置がセットされ、その上の加熱される部分に網が乗せてあると言う形状の装置……パラボラ型太陽光集中熱調理器……ソーラークッカーである。

 太陽の光を一点に集める事で加熱し、網の上で煮焚きが出来る様になって居る。日本ではあまり見ない物ではあるが、地球で魁人が旅をしている時には、主にインフラの整備がされてない東南アジア等でよく見かけた物であった。

 そんな装置で調理ができるのか? と思われるかもしれないが、凹面鏡は、オリンピックの聖火の着火にも使われている事からも分かる通り、結構な熱量を作り出す事が出来る。

 基本的に太陽が出ていなければ使えないのだが、一年を通して温暖で……と言うより、やや暑いくらいで、晴れの日が多く、基本的に日の出から日の入りまでに主だった生活を行う、この世界の人々には、それ程、不都合は無かった。

 魁人は銅鏡を作った時に一緒に作って貰った銅製のフライパンに油を敷くと、それをソーラークッカーに乗せ、過熱を始めた。

 このフライパンはハンドメイドであり、普通なら相応の金額が必要となる筈なのだが、実はこのフライパン、銅加工の職人に好意で作って貰った物なのである。

 そもそも魁人がソーラークッカーを作ろうと思ったのは、ホーリィが家で調理する時に、一々火を熾さなければならないと言う労力を減らす為なのだが、本来はメタルマッチの様な物を考えていた。

 だが、木工所で使っている鋸が銅製だった事で、銅鏡が作れる……と言う事に思い至り、どの道、オイルかアルコールを精製しなければならなくなるメタルマッチよりも、手入れさえすれば永久に使えるであろうソーラークッカーを作ろうと考えたのだった。

 最初は、このソーラークッカーは自分で自作しようと思っていたのだが「5cm角の銅板81枚」を注文しに行った時、その奇妙な注文を訝しんだ銅加工職人に、何の為に必要か尋ねられ説明をし、その時、ソーラークッカーの概要を聞いた職人に「そのアイデア、オレに売ってくれねぇか?」と切り出された。

 そもそも、魁人にした所で、自分のアイデアと言う訳では無い。なので「別に構わないよ?」と、言った所、職人は喜んで試作品を作り、その性能に満足したのか、ついでとばかりに、この、ソーラークッカーで使用できる調理器具について聞いて来たので、フライパンや鍋について話し、作って貰ったのである。

 ソーラークッカーのタイプで言えば、パラボラ型だけではなく、オーブン型等様々なタイプが有るが、その中で魁人がパラボラ型を選んだのは、単純に一番高い熱量を確保出来そうだったからに過ぎない。

 本当であれば、ソーラークッカーの形状は半球の形状に出来れば良かったのだが、技術的に難しいと言う事も有って、それに近しい形状にするに留まっている、だが、それでも熱量的には十分だった。

 一応、形状の事に関しては、その原理も含めて職人に話をしている事も有り、今後、様々な物を試作して見ると言っていた。

 今回の試作品は、魁人が当初製作しようとしていた形状をなぞって制作した物の為、職人の方はこれを「只で持って行ってくれて構わない」と言ってくれたのだが、流石にソレは悪いと思ったので、材料費だけは支払って来た……だが、それでもの感謝の印と言う事でフライパンなども貰ってしまい、逆に魁人は、申し訳ない気分になったのだった。

 魁人がそんな埒も無い事を思い出しながら調理をしていると、表の方から「ただいま戻りました~」と、声が聞こえた。


「お帰り! 中庭に居る!」


 魁人のその声を聞きつけ、先ずパタパタと小走りでやって来たのはエルニだった。彼女は嬉しそうに頬を緩めると、いつもの様に魁人の腰にしがみ付く。

 次いで来たのはシャゼムで、彼女は微笑みを浮かべながらも、ソーラークッカーの方を見て、『何を作ってんだ? アニキ!』と、訊ねる。


『……焼き魚と野菜の煮込み……かな?』


 ソテーだのポアレだのと言う細かな表現方法の無い魔人族語では、どうしても焼き魚と言う言い回ししか出来ない。

 料理としては川魚のムニエル……と成るのだろうが、しかし、結局は焼き魚だしな……と、思い、それ以上の説明を魁人は放棄した。


「あ! レウルトさん、お昼、作って下さったんですか?」

「……まだ、途中だけどね……」


 残っている材料を視線で指示し、魁人はそう言った。ホーリーが「私も手伝います」と言いながら自室へエプロンを取りに行く。最初、魁人が料理を手伝う所か、自分がやる……と言った時には「え?」と言って、驚きに目を開いていたホーリィだったが、しかし、彼に、相応の能力が有り、決して仕方なしにやっている訳では無いと分かると、こうして、魁人にも任せてくれるようになって居た。

 やはりと言うか、基本この世界でも男性が外に仕事に行き、女性が家を守る……と言うスタイルが確立しているらしく、家事全般は専業主婦の仕事であった。

 時折、ホーリィの様に自らの仕事を持っている女性もいるが、そう言った場合、通常は、近所か知り合いの奥さん連中が、手伝いに来てくれるのが普通なのだと言う。

 もっとも、ホーリィの場合、週一回、自警団に薬を卸す以外は、店での販売等は、ほぼ暇を持て余していた事も有り、その間に炊事洗濯をしたり、食事に関しても、酒場の賄いで済ませてしまって居た為、ご近所さんの手を煩わせる事は、ほとんど無かった。

 ホーリィがエプロンを付けて戻ってきた時、まだ、シャゼムは魁人の隣で、その調理風景を物珍しそうに見ていた。


『……やっぱり不思議だ……』


 そんなシャゼムの呟きを聞き、魁人が、その視線の先、自らが調理をしている手元を見ると彼女に訊ねる。


『うん? ソーラークッカーか?』

『ああ……魔術……じゃないんだよね?』

『……まあね』


 魁人が苦笑しながら、そう答える。当然だが、ホーリィ達に、このソーラークッカーのお披露目をした時に、その原理も説明してある。

 反射光を直接見たり、高温になって居る所に触ったりすれば危険だし、太陽光が無ければ使用が出来ない等の欠点があるからだ。

 しかし、それを聞いたも尚、シャゼムにとっては“火”も使わないのに煮焚きが出来る……と言う事は仰天するべき事であるらしく、未だに驚きを新たにするらしい。 


『やっぱり、アニキは凄いや……』

『……何だそれ……』


 魁人にとっては既存の技術ではあるが、やはり、シャゼムにとってそれは未知の世界の話であり、そんな事を当たり前に遣って退ける魁人に、より強い尊敬の眼差しを送る。

 二人の言葉は分からずとも、この1ヶ月の共同生活の間にシャゼムの性格を良く理解していたホーリィは(シャゼムさん、またやっていますね)……と、若干の呆れと羨みの視線で彼女を見るのだった。






 魁人達がマナジスタを出発する日、街の門前には6人の男女の姿が有った。旅装の人物は魁人、シャゼム、エルニ。見送る側はホーリィ、ザナッハ、トリットの3人である。


「……何で、お前が居るんだ?」

「いたら悪いのか?」

「……違和感しか感じない……」

「何だと!!」


 見送りに来たトリットに、魁人が首を傾げながらそう言うと、トリットは憤慨し顔を赤くする。だが、魁人の言わんとする事ももっともで、結局、最初から最後までトリットが魁人に対する態度を変える事は無かったからだ。


(……俺が出て行く事で、ベウルさんの近くに要らん虫が居なくなるから……とか?)


 ホーリィに対するトリットの心情を考え、魁人はそんな風に思う。そもそも、自身に対し、敵愾心を露わにしている相手が見送りに来たところで、違和感しか感じないのは、当たり前であろう。

 実の事を言えば、あの、対決以降、トリットのした所で魁人に対し一定の尊敬の念は持っていた。確かにホーリィの家に転がり込んでいる男なのだから気に入らないには違いないが、それでも、長い年月を一つの技術を高める為に研鑽してきた相手である。その高い技術と、それを成せる精神力には、むしろ畏敬の念が有ったのだ。

 しかし、結局、表立っての魁人に対する態度を変える事は出来なかった。本当は、様々な葛藤こそあれ、街を出ると言う魁人達を素直に見送りに来たのだったが、そう言う意味ではトリットの自業自得であった。

 魁人は、騒ぐトリットから視線を外すと、ザナッハへと向き直る。


「ザナッハさん、色々と、お世話になりました」

「それは、こっちの台詞だよ、レウルト君、マナジスタに来る事が有れば、ぜひ、また寄ってくれ」


 そう言って握手をする魁人とザナッハの2人。おそらく、この町でホーリィに次いで世話になったのは彼だと、魁人は素直に言えた。もっとも、一番魁人に対する依頼が多かったのも彼ではあるのだが……


「結局、“手紙”の出発の方が後に成っちまったな……」

「あー……まぁ仕方ないですよ……」


 エリシュトールに宛てて書いた手紙は、とっくにヤクシアーノ子爵の家に届けてあったのだが、その配達自体は、月に一度マナジスタからミズナブールへ向かう商隊が運ぶのだと言う。前回が2週間ほど前に出たので、次は1週間ちょっと後と言う事に成る。


「レウルト君が直接持って行った方が良かったんじゃないか? あのお嬢様だったら、その方が喜びそうだったがね……」

「いや、俺は、真っ直ぐミズナブールに向かう訳では無いので……」


 そもそも、ミズナブールへ向かうかどうかも不明なのだ。自ら持って行く……と言う選択は有り得なかった。


「そうか、なら、しょうがないか……旅の無事、祈ってる」

「ええ、ありがとうございます」


 お互いにニヤリと笑い、再び固く握手を交わす。次いで魁人はホーリィに向き合うと、やはり、手を差し出しながら言う。


「ベウルさん、お元気で」

「…………」

「ベウルさん?」


 俯いて返事をしないホーリィに、魁人が覗き込む様に身を屈めると、彼女は突然魁人に抱きつき、ボソリと呟いた。


「いやです……」

「……ベウルさん……」

「何でですか? 駄目なんですか? ここに居ちゃ!」


 顔を上げ、懇願する様にホーリィが言い募る。その激情にも似た感情が何かなど、ホーリィには分からない。魁人が自分にしてくれる事の全てが嬉しくて幸せで……しかし、再び旅に出ると考えただけで絞めつけられるような不安と悲しみに襲われる……それでも、それが魁人にとって大切な事なんだと、理性で押さえつけ、折り合いを付けつつあった。しかし、ここへ来て、そのバランスが崩れてしまったのだった。

 初恋……言葉にしてしまえばそれだけの物ではあるが、ホーリィにとっては、それが自分の全てである様に感じられたのである。

 魁人は困った様に眉を寄せ、彼女の肩に手を乗せると、もう一方の手で頭を撫でた。魁人の後ろでシャゼムが引き剥がそうと一歩前へ出るが、それはエルニによって阻まれる。


『何だよ、小娘』

『お兄ちゃんに任せよう? ね?』


 『きっと何とかしてくれるから』と言うエルニの言に、シャゼムは渋々と言った感じで矛を収めるが、その表情は厳しい物だった。

 確かに、シャゼムにとってホーリィは、化粧の仕方を教えてくれたり、部屋を貸してくれた相手ではあるが、魁人と比べてしまえば、その重要度は低い。

 そのホーリィが、魁人達の旅……一緒に故郷へ帰る手段を探すと言う、彼にとっても、彼女にとっても重要であろう事を邪魔するのであれば、それを許容する事は出来ない。

 矛を収めた理由は、ひとえにエルニが言った通り、魁人なら何とかできるだろうと言う、彼に対する信頼である。だが、ホーリィが魁人にしがみ付く光景は、それだけでシャゼムを苛付かせる物ではあった。


「俺の故郷は、酷く遠い場所で、もしかすると、一生を懸けても辿り着けないかもしれないんだ……」

「なら!!」


 その言葉に、魁人は困った様に首を振る。


「でも、帰りたい。あそこには残して来てしまった物が多過ぎるから……」

「なら! わたしも!!」

「ダメだよ……」


 そう言って、魁人は顔をホーリィからその後ろ、門の方へと向ける。


ここ(マナジスタ)は良い街だよね?」

「? ええ……はい……」

「俺に付いて来ると言う事は、この町を捨てるって事になる」

「あ……」


 振り向いたホーリィの目には、マナジスタの街、そして、ザナッハとトリットの姿が見える。それだけでは無い。ここには居ないが酒場の親父さん、親友でもある、その娘さん、市場の顔馴染みのおばちゃん、近所の奥さん達、洗濯でよく合うお婆ちゃん……そして、父の残してくれた薬屋……それらの全てを捨てる……と言う決断をするには、15の娘はまだ若すぎた。

 魁人は、一度、ホーリィを抱きしめると、肩を押して離れる。ホーリィは、名残惜しそうに手を出しかけ……しかし、それをギュッと握ると、目を瞑り、そして、ぎこちない笑顔を作って「お元気で」と、震える声で、そう言った。

 魁人は、「うん」と、そう言うと、そのまま踵を返す。そしてシャゼムとエルニが彼に追従し、門から離れると一度振り向き、手を振って……


「ありがとう!! 皆も元気で!!」


 と、そう言ったのだった。

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