第二十三話 相談事と決意
魁人は手紙を読み終わり、苦笑をしながら、それをベッド脇のテーブルの上に置いた。
エリシュトールからの手紙を要約すれば「先日はお手数をかけました、感謝しています。ミズナブールへお越しの際は、当家に足を運んで下さい」……つまりはそれだけである。
たったそれだけの内容にB5程のサイズの紙3枚をほぼミッシリと使ったのは、その殆どか魁人に対する讚美麗句で埋まっているからであり、魁人にして「いや、何処の伝説の王子様だよ……」と、苦笑しなければならない文章が綴られていたからだった。
エリシュトールの実年齢は知らないが、おおよそ13、4歳前後……いわゆる思春期の真っただ中に見える事を考えると、そう言った物……白馬の王子様の様な物に憧れる物なのか? とも思うが、実際、王子様の居るであろう、この世界の事を考えれば、そう言った憧れは、本物の方に注いで欲しい物だと思わなくはなかった。
この世界で紙……と言うのは高級品であり、特に、この手紙に使われている漂白までされた白い物など、相当に高い筈である。
だからこそ、エリシュトールの気持ちが詰まっているとも言えるのだが、魁人個人としては、もう少し内容を纏めればこんなに用紙を使わなくても済んだんじゃないか? とは思うのだが、よくよく考えれば、推敲の難しいこの世界では、その事については、望むべく事もないことか……と嘆息した。
何はともあれ、手紙を貰ったのであれば返事を書かなければならないだろう……とは魁人も思うのだが……嘆息し、手紙を一瞥する。
「……何か、出費だけ増えてく気がするな……」
そう呟くと、大きく息を吐いた。貴族への返信であればやはり同じ様な品質の紙を用意した方が良いだろう……と、思う。だが、この世界で紙は高級品であり、魁人には、それが売っている場所の見当もつかなかった。
その上魁人には、この世界の手紙の返事に於ける作法など知る筈もない為、失礼に当たらない返事の書き方……と言う物が分からない。ホーリィにも訊ねてはみたのだが、彼女も今まで貴族と係わる機会など無かったそうで、その作法までは知らないとの事だった。
そうなると、魁人には心当りなど一ヶ所しか無い。つい先日お世話に成ったばかりなのにも拘らず、日も経たない内にお願いをしに行く……と言う事に、魁人は少し気まずい思いがした……だが……
「……また、お世話に成るしかないよなぁ……」
そう言うと、魁人は嘆息し、自分の頭をワシャワシャと掻く。非が自分1人に向かうのなら問題無いのだが、シャゼムとエルニを連れている事も有り、貴族に喧嘩を吹っ掛ける様な事など出来ない上、各地で地球に帰る為の方法を探さなくてはならないと言う事も有って、あまり対立する様な相手を作る訳にも行かなかった。
気の回しすぎかもしれないが、相手は誇りと面子を大切にする貴族である。平民から恥をかかされた……と、逆鱗に触れる事も有るかもしれない。
その為に、もし目の敵にされた場合、魁人の今後の行動にも差支えがある事は想像に難くないだろう。
もっとも、エリシュトールに会った事のある魁人の印象としては、彼女がその様なタイプでは無いとは思う……だが、そのお付きであるリクリシト辺りは、そう言った事に厳しい様に感じられた。
もっとも、それ以前に彼は、エリシュトールが市井の人間と関わる事自体が、気に入らない様子ではあったのだが……
何にせよ、この世界の常識に疎い魁人は、そう言った事を人に訊ねることに対する躊躇いの様な物は無かった。
もっとも、それは、この世界だから……と言う訳では無く、もと居た地球に於て旅をしていた時も同様で有り、知らない事で厄介事に巻き込まれた経験から来た物でもあった。
常識……と言う物は、実はその共通認識を持つ者同士でしか通用しない物であり、有定多数の共通認識に過ぎない。その為、そのコミュニティを出てしまえば通用しなくなる事が多く、また、だからこそ、そのコミュニティでの常識と言う物も有るのだが、それが、どれ程重要視されていたとしても、外部からは伺い知る術は無いのである。
それ故に、魁人は「自分の知らない事は人に訊ねる……」と言うスタンスが出来ていた。
もちろん、それはあくまで、自身で出来るだけ調べてからではある。何もかもを他人任せにするのも魁人の主義には反していたし、基本的に、出来る事は自分で行いたい質でもあったからだ……ともあれ魁人は、時間を見て自警団を……ザナッハを訊ねて行く事を決めたのだった。
馬車の中のエリシュトールは沈んだ顔で外を眺めている。空は青く澄みきっていて、遠くからは小鳥の囀りが聞こえてきていた。
そんな気持ちの良い旅の空の下、彼女が浮かない顔をしている理由はと言えば……
「……返事が来ませんでした……」
結局、エリシュトール達が出発するまでに、魁人に書いた手紙の返事が来なかったからだった。
「……もう、一日有れば、返事を下さって居たと思うのです……」
そんなエリシュトールの呟きに、メイが苦笑を漏らす。エリシュトールに比べれば、まだ一般市民の感覚に近いメイは、返事を返すにしても、紙そのものが高級品である事を知っている為、返事が来ないかもしれない事を理解していた。
それ以前に、識字率の関係で魁人が文字を読めるか分からない上、文字が書けない可能性も高いと思っている。
だとすれば、手紙を読んでもらうにしろ、代筆屋を使うにしろ、それなりに裕福な……多少の生活的余裕のある者でなければ返信をする……と言った所まで行かないだろう。
もっとも、その手紙についても、今回はヤクシアーノ子爵に頼んである為、大丈夫であろうが、通常であれば、マナジスタからミズナブールへ行き、尚且つ、マインゼン家に出入りが出来る商人か、出入りできる商人とのコネのある人物を探さなくてはいけない為、相応の費用が掛かってしまう。そうなれば、普通の市井の人間に――市井の人間同士であるなら兎も角、貴族を相手に――早々、返事を書く……と言った事が出来るとは思え無かった。
実際、手紙を貰った時には、魁人は文字の読み書きは出来なかったし、今は、やはり返事の為の用意の為に――もっとも、その為だけではないのだが――仕事で費用を捻出している所だったのだから、その想像は的を得ていたのだが、メイにしても、この短期間で魁人がその全てをクリアしかかっていようとは、想像できる訳はない。
エリシュトールが手紙をしたためてからマナジスタを出発するまでの時間は5日程度であったが、それでも、その間に返事が来るなどと言う可能性は、それが貴族同士であったとしても、そもそも低い物だったのだ。
その事についてはエリシュトールにも多少の自覚はあったのだろう、彼女自身は、出発をもう少し遅らせようとしていたのだが、それはリクリシトが許さなかったのである。
ただそれは、決してリクリシト個人の感情からではなく、マナジスタからミズナブールに向かう商人達の大きなグループ……商隊が出るのが、その日だったからである。
マナジスタに向かって来た時は、追手の事を考え、最少人数での強行軍だったのだが、火急の危機の無い今であれば、商隊に同行した方が途中の安全は保障される。
通常、1週間程かかる旅程を3日で行った事を考えれば、どれほど強引な旅だったか分かるだろう。それこそ、エルパ……馬車を引いている大型の動物を使い潰すつもりでの、昼夜を問わずの強行軍だったのだ。
これが、調教され強化されたエルパではなく、通常、荷引きに使う様なシエルプであれば、早々に潰れていたであろう。そして、この強行軍を寝ずにこなしたリクリシト自身、かなりの無茶をしていたのは確かだった。
それを考えれば、安全な旅程で、それ程急ぐ事も無い今回の商隊との同行は、リクリシトとしても願ったり叶ったりな物であったし、それでなくとも、この機を逃した場合、1ヶ月は待たなくては成らなくなる為、なるべく早いうちにミズナブールへと向かいたい彼にすれば、この機を逃す事は出来なかったのだ。
だが、手紙の返事を待っているエリシュトールにしてみれば、リクリシトのこの決断は非情の物であったし、彼の魁人に対する態度を思えば、意地悪をされているような気分になったのも仕方の無い所だろう。
エリシュトールも自身の身の上が現在、微妙に危険である事は重々承知していたし、自分の軽率な行動で、周りの人々に迷惑をかけた事も分かってはいたが、それでも、直に手紙を受け取りたかったと言う事も本音だった。
そんな事も有って、一応、大人しく旅の空の人となったエリシュトールではあるが、しかし、やはり内心では納得など行っておらず、現状鬱々とした気持ちを抱えたまま、同乗しているメイに対し、不満を漏らしているのだった。
「まぁまぁ、お嬢様、屋敷で待っていれば、その内、手紙も届くでしょう……」
苦笑しながら、そう言うメイに、エリシュトールはジト目を向け、膨れっ面で口を尖らせながらも口を開く。
「……次に商隊が出るのは1ヶ月後だと聞きました」
「……あー、いえ……1ヶ月後のお楽しみが出来たと思えば……」
そのメイの言葉に、お嬢様が更に頬を膨らませる。その様子にメイは困ったとばかりに、頬を掻いた。
アイゼンマールの屋敷でも、エリシュトールの為に神話や風土記の様な話を読まさせられていたメイは、彼女が今、自分がそんな物語の登場人物になっている様な気分なのだろうと思っていた。
実際、悪漢に捕らえられたお姫様。そしてそれをたった一人で打倒し救出した若者……まるで吟遊詩人の語る英雄譚の様だと、彼女も思う。
正直なことを言えば、メイの中にある乙女の部分が、好奇心と共に疼いているのも確かではあるが、しかし、エリシュトールの侍女としての立場から言えば、彼女が一人の男性だけに興味を惹かれてしまう……と言うのは、あまり、よろしくは無かった。
確かにエリシュトールの立場はマインゼン家の末娘と言う立場ではある。しかし、長男が家を継ぐことが決まっているとはいえ、彼女は長女なのだ。
普通であれば、有力な貴族の元へと嫁がなければいけない立場である。マインゼン家は公爵家であり、王家の血を引いている。
そもそも、ミズナブール自体は貴族議会制で、王家の権力が強くないとはいえ、民衆の人気は高く、決して、その影響力を無視する訳にはいかない。
もっとも、アイゼンマールの影響力と言うのは決して、その血筋だけではなく、彼本人のカリスマ性と言うのも、その理由ではあるのだが……
実際、エリシュトールにも婚姻の申し込みは、いくつも来ている。だが、それについては、現当主であるアイゼンマールが、その全てを断っていた。
現状、権威という意味ではミズナブール内においてアイゼンマールの影響力は高い物だったし、権力的にも、長男にして次期当主アドルト、次男にして軍務卿の娘婿であるノーベイン、三男にして財務省副大臣であり、その顧問の娘の婚約者でもあるサウライア……と、申し分ない程に持っている為、エリシュトールを政略結婚の駒にしなければならない様な事は無い……と言う事もあって、アイゼンマールは、彼女を好きにさせていたのである。
もっとも、それについては「エリシュトールを嫁にやりたくない!」……と言う親馬鹿な側面が無いとは限らなかったのだが……
通常であれば、エリシュトールの年には、とっくに決まっていても可笑しくもない婚約者すら居ないのも、そう言った理由からではあるのだが、メイは、それとは別に‟もしもの為の保険”と言う理由があるのだろうと思っていた。
アイゼンマールはすでに高齢であり、いつ引退し、その地位を子供に渡しても可笑しくはないのだが、その息子である次期当主のアドルトは、まだアイゼンマールほどの影響力は無い。
確かに現在、根回しとコネ作りをしている最中ではあるが、今回の議員選出に名前が出なかったどころか、シュミタールに出し抜かれそうになった事を考えれば、彼の影響力と言うのは、アイゼンマールと比べると雲泥の差があると言えた。
だからこそ、長女であるエリシュトールは、アドルトにとっての切り札となりえる。確かに今は、その必要はないかもしれないが、エリシュトールが適齢期になる1、2年後まで、現状が続いているかどうかは分からない。
だからこそ、今現在、婚約者も決まっていないという状態をアドルトも良しとしているのだろうと、メイは思っている。
確かに、メイもエリシュトールには自由に生き、幸せな結婚……と言う物をして貰いたいとは思ってはいるが、だがそれでも、貴族の勤めからは逃れられないとも思っていた。
「まぁまぁ、お嬢様、ヤクシアーノ様にも、お願いはしてあるのですから、きっと、1ヶ月後には届きますよ!」
「……わたくしは、なるべく早く、お返事を頂きたいのに……」
シュンとして、俯くエリシュトール。だがしかし、彼女が魁人が返事を書かないと言う選択をとる等とは思ってない事に、メイは苦笑する。
貴族らしい世間知らずな考え方の様でもあるが、魁人の事を知らないメイは、もしかしたら魁人と言う人物は、そう言う義理堅い人なのかも知れない……とも思った。
だが、同時にエリシュトールの……マインゼン家の地位を知っているが故に取り入ろうとしているのかも知れないとも思えたのだった。
そうでなければ、少し会っただけのエリシュトールをここまで信用させる事が出来るとは思えなかったからだ。
(……もし返事が来たとして、それが、お嬢様に取り入ろうとするような内容だったら、あたしが何とかしないといけないでしょうね……)
魁人からの返事を心待ちにするエリシュトールを見て、この純粋なお嬢様が悲しむような事にはしない様にしなければと、メイは一人決意したのだった。
魁人は、木工所の作業を終えると、早速、自警団本部へと足を運ぶ。
ホーリィには、今日は少し遅くなる旨を伝えて来たのだが、それについての遣り取りが新婚さんの様だったと、魁人が出た後にホーリィが悶え、それを見たシャゼムとエルニに、うろんな目付きで見られた為、今度は別の意味で悶える事に成った事については、魁人の預かり知らぬ話だった。
自警団の受付の女性団員に、ザナッハへの取り次ぎが可能かどうかを訊ねると、その団員は魁人の顔を覚えていたらしく、軽く微笑みながら、団長室へと向かって行った。
程なくして戻って来た女性団員に連れられ、魁人はザナッハの居る団長室へと入る。と、ザナッハが大歓迎と言った様子で魁人を出迎えた。
「……すみません、然程、間を置かずに訪ねて来てしまって……」
「いや! かまわんよ? 君が来てくれると、家の団員達にも良い刺激に成るからね!!」
「そ、そうですか……」
思わぬ歓迎の言葉の裏に、厄介事の影が見え隠れしているのを感じ魁人の顔が若干引き攣るが、それでもお世話をかけている自覚も有る為、それを何とか押し止める。
「それで、今日は何の様かい?」
「あー、それなんですが……」
魁人の話を聞き、先程とは丁度、真逆と言った感じで、ザナッハの顔が若干引き攣る。たった数日で読み書きを覚えた……と言われれば、おそらく誰でもそんな反応に成るだろう。
それと同時にザナッハには、ホーリィの報われなさ加減に、同情の念が湧いていた。自覚して居そうな居なさそうな微妙な所ではあったが、ザナッハにはホーリィの恋心が見て取れていた。
おそらく、二人っきりで物を教える……と言うシュチュエーションは、お互いの距離を縮める絶好の機会だったはずだ。
それに、通常であれば……ザナッハもそうだったが、文字の習得には1ヶ月程度では収まらない時間が必要なはずなのだ。それをたった数日で「だいたい分かったので」……と言う魁人に、ザナッハは、化け物でも見る様な視線を送る。
ザナッハは、この時ばかりは、あの時の魁人を見るトリットの心情が理解できた気がした。
兎も角、二人きりの時間がそうそう取れなかったとなれば、当然、その間に縮められる距離など、それ程多い物であるはずも無く、言わば、絶好の機会を不意にしたとも言えた。
もっとも、実際には二人っきりでは無く、魁人とホーリィの隣には書き取りをしているエルニの姿があった訳なのだが……
しかしともあれ、ザナッハの方に、貴族に対する礼儀を魁人に教えると言う事に対して、問題など有る筈は無かった。
そしてザナッハはにやりと笑う。
「ああ、勿論構わんよ? だがこっちも、ちぃっとばかし、頼みが有るんだが?」
そんなザナッハの言葉に、魁人は大きく息を吐くと(やっぱりか)と言う思いと共に「何ですか?」と訊ねる。
「お前さんの戦闘術の、その伝承の仕方って奴を教えて貰いたい」
魁人は彼の言葉で腕を組むと「う~ん」と唸った。伝承の仕方……つまりは弟子の育成法の事だろう……魁人はそう考えた。
口伝の中には奥義の様な物も存在し、そう言った物は外部に伝える事は出来ない。しかし、育成方法そのものについては、別段、秘匿されている訳では無い。だが、それを伝えきれるかと言う事については、魁人には疑問があった。
「自分はこんな風に教わった」と言う事を語って聞かせる事は出来る。しかし、その方法だけを伝えたとして、果たして「育成方法」と言えるのか?と思うからだ。
確かに、師匠から教わった方法……それその物は分かる。だが、その教えを理解できたのは、あくまで魁人の現代知識があったからである。
魁人は決して武術に関して天才肌では無い。見せて貰った技を直感的に理解できた事など無く、あれこれ考え、自身の中で噛み砕き、少しずつ理解し体得していった……と言うのがその殆どだった。
それは、見せて貰った技と自身の行っている技の差異を少しずつ修正して行き、繰り返しの反復練習を重ねる事による、手本ありきの習得方法であり、果して他の人が同じ様に習得しているかどうかは、分からなかったのだ。
これは、魁人の修行の方法……様々な流派の口伝のみを学ぶと言う特殊な習得方法を実践していた為でもあり、現代において、この修行方法を行っていたのが、魁人一人だけだったと言う事も理由の一つだった。
だが、一応ではあるが、今、魁人はシャゼムと言う弟子を持っている。ただ、そのシャゼムに関しても、本人の既に持っている技を伸ばす……と言う方向での育成方法であり、魁人の持つ武術そのものを教えて居る訳では無いのだ。
果して、今、行っている方法を「自分の所の育成方法はこんなものですよ」と言って伝えるのが正しいかと言われれば、魁人には判断がつかなかった。
しかし、現状の事を考えれば、おそらくザナッハが、自警団全体の戦闘力を底上げしたがっていると言うのが読んで取れる為、取り敢えず、一般的に理解させやすい練習方法……つまり、魁人の祖父が一般生徒に教えている形での遣り方をザナッハには伝える事にした。
「……フ~ム、体作りと技及び型と組手……なぁ……」
「……教え方……と言うのであれば、それがメインになります」
魁人にしても、この教え方が、自警団の現状とマッチしてない事は分かっていた。体作りは兎も角、流派と言う物が有る訳では無い自警団には、決まった技や型……と言う物など無い。
組手……と言うか、掛かり稽古について言えば、現在行っている物と同じである以上、今までと早々変わらないだろう。だが……
「……型や技……と言う物は、実戦を想定した動きから作って行かなければ成らないので、多少の助言しかできないと思いますが、掛かり稽古の方は、色々と遣り様が有ります。」
「ほう?」
魁人の言葉に、ザナッハは興味深そうに片眉を上げる。
「掛かり稽古ですが、その内容を何種類かに増やします」
「増やす? どういう事だ?」
魁人の言葉にザナッハが顎を撫でながら首を傾げる。掛かり稽古と言えば、実戦を想定して一対一で打ち合う物だとばかり思っているザナッハには、掛かり稽古に何種類もの種類が有る等とは、思わなかったからだ。
「一対一での詰め組手、同じく一対一での実戦練習、それと、一対多での乱取りと、多人数での連係ですかね?」
「……実戦練習は今までと同じじゃねぇのか?」
「それなんですが、今は、刃引きの真剣を使っている為、どうしても怪我を気にして、本気で打ち合う事が出来なく成っていますから……」
「柔らかい代替え品を使うってぇ、事か?」
「……柔らかいと言うか、怪我をしにくい……ですかね」
「うん?」
「正直、多少の打ち身位であれば、戦闘には支障は無いですし……ある程度“傷み”と言う物にも慣れないと実際戦っている時に“痛みに耐える”って事が出来ないですから……」
(確かにそうなんだが……中々怖い事を言うな……)
ザナッハは魁人の話を聞き、そう思った。だが、確かに戦闘中に痛みで腰が引けてしまえば、その方が致命的である。そして、痛みと言う物も、良くも悪くも慣れる事が出来る。
「実戦練習の中で必要なのは、高速戦闘中の咄嗟の判断力ですから……」
「あー成程……」
そう言われ、ザナッハも納得する。今の様な怪我を気にして今一歩踏み込めない様なやり取りでは、実戦の様な命懸けで突っ込んで来る相手の対処など出来はしない。
なら、多少の痛みこそあれど、実際に本気で打ち合える方が良いだろう。
「刃引きの真剣を使う場合は、むしろ、ゆっくりと一手づつ打ち合う形に成ります」
「詰め組手ってやつか?」
「ええ、あまり早くない……いえ、むしろゆっくりと、その都度その都度の自分と相手の態勢、隙、攻撃の方向等をチェックしながら、どうしたら、隙無く、相手に攻撃を入れられるかを考え、動く様に訓練します」
「……そっちは、戦闘時の思考そのものの訓練って訳か……」
ザナッハの言葉を聞き、魁人が頷く。少し聞いただけで随分と環境が変わるであろう考え方を話す魁人に、ザナッハは思わずため息が出た。
(流石……と言うべきか、恐れを抱くべきか……)
聞けば、成程と言うしかない内容の育成方法に、ザナッハは、やはり聞いてみて良かったと思った。
「そんで、一対多の乱取りは、そのまま、多人数対策で、連携は……」
「この団は、多人数で動く……と言う事に対する練度が足りないと思います」
そうハッキリと魁人に告げられ、苦笑を漏らすザナッハ。そもそも、個人主義的なきらいの有る自警団である。連携などと言うのは、余程、仲の良い者同士でしか使われないものであり、殆どの団員は、各々の判断で動くだけだった。
話を聞きながら、今後の自警団員たちの訓練メニューを組み立てるザナッハ。その瞳は新しい玩具を手に入れた子供の様に輝き、それを見ていた魁人を呆れさせるのに十分だった。




