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31. 「早く、伝えたいのです。」


 剣が腹を貫いている。それを伝うように血が流れていた。

 うめき声が上がる。そのまま倒れて行った男をカタルータの皇子は呆然として見ていた。


「……っ、まさか、私が…?」


 その場に立ちつくしたリリアナは、複雑な気持ちで見つめていた。

 自分に魔法を教えてくれた人と、自分の大切な人が争い合っている。そして、それに結果がついてしまったのだ。


 リリアナは駆け寄る事も出来ずにただ見つめていた。

 だが、その場に緊張が走る。カランに駆け寄っていったかのように見えた皇子の手に、短剣が握られていたのだ。


「アラン!」


 リリアナは咄嗟に叫んだが、背後から来る皇子の様子などわからないアランは振り向くだけで精一杯だった。

 彼を倒したことで気が抜けたのも一つの原因だろう。無害だと思われていた人物からの攻撃を、アランはそのまま何の抵抗もなく受けることとなった。


 身体は傾いて行く。リリアナは、今度こそ駆け寄った。

 隊長は心配して止めようとしたが、相手の皇子はもう戦意を失っている。身体を震わせて、カランの傍にいるだけだった。


「アラン……」


 もう一人、同じような人がいた。―――リリアナだ。

 近づいたはいいが、呆然と彼を見つめて佇んでいる。うわ言のようにただアランの名前を呼んでいた。


 しかし、彼は痛みを耐えるのに精一杯で、途切れ途切れに言葉を発することしかできない。結果、何を言っているのか分からない状態だ。

 命の灯が消えようとしている。差し所が悪かったのか、出血が激しい。目に見えて分かるほどアランはどんどん弱っていった。


 ―――嫌よ……アランがいなくなるなんて、駄目。だって、私を連れ戻しに来てくれたんだもの。なのに、なのに、どうしてアランが傷ついているの?



 その時、光が満ちた。

 そこにいた隊長とカランは、何が起こったのかすぐに分かる。彼女が温かい光を発していると言う事は、即ち彼女が治癒魔法を使ったと言うことだ。


 彼らの予想通り、辺り一面に光が灯っていく。それは戦場まで広がっていった。

 そこで光を浴びた兵士たちは、身体が温もりに包まれて行くのを感じている。急に起こった不思議な出来事に、彼らは戦いを止め、呆然と立ち尽くした。


 光は未だ続いている。どれほど経っただろうか。人々は持った武器を力の抜けた手から落とし、声を出すことも、動くことすらも忘れていた。

 これが、戦いが終息した瞬間だった。


 この後の事を、リリアナとアランは知らない。二人とも、気を失ってしまったのだから。しかし結果として、この戦いはシュトラエネーゼ側が勝利した。


 眩い光で双方の兵士たちは戦闘意欲を失い、中には気を失う者も出た。


 更にその後、戦意を喪失した皇子を隊長が縛り上げ、そこに光が差したために状況を理解して慌てて敵陣までやってきたアルキナスにより、本当の終結を迎えるのだった。


 戦争の終息を意味する赤い花火を魔法で作り出し、王子はその場にいる人々を見た。


「隊長ともあろう人が、いい様だな。とは言え、いい方向に済んでよかった。」


 安心した嘆息を溢す自国の王子を、隊長は恨めしい目で見てしまった。本来の彼の性質ではそう言ったことはしない。だが、こんな状況では何かを言ってやらねば腹に据えかねる状況だった。


「王子、俺の願いを叶えて下さい。そうじゃなきゃ、気が済まん。」


 よろよろの状態だった彼はリリアナの魔法により回復していた。しかし、精神的な疲労は治癒されない。疲れ果てた、心からの言葉だった。


「何を言うか。終わりよければすべてよし。それに、お前は隊長だぞ。せっかく戦いが終息したと言うのに、何の気が済まないと言うのか。」


 ―――全て、だ。

 この王子の言動。……ワザとだろうが。それに、自分がこの国の隊長であると言う事。あと心残りなのは、今倒れている姫と彼の可愛い部下の事のみ。それさえ解決してしまえば、あとは今回の功績に免じて退役し、静かに暮したいと思っていた。


 そうでなくても再三自分の地位を辞退したいと言っていたのだ。そろそろ叶えてくれてもいいだろう。隊長はそう言うつもりで言ったのだった。


「……まあ、いい。その事は後で話し合おう。歩けるか?」

「姫さんのおかげで回復してますよ。」

「なら、場所を移動するぞ。陣を書く。そこにここにいる奴らをそこに運んでくれ。」


 アルキナスがそう言ってから10分後、彼の魔法でシュトラエネーゼの陣営に彼らは到着していた。

 そこにいた人々は赤い花火によって周旋した事を理解していたが、全く状況は出来ていない。行方不明になっていたリリアナとカラン、それに気を失っているアランがいることに驚いていた。


「アルキナスさま!一体何が……?!」

「説明は後だ。陣営を片付け、さっさと国に戻るぞ。魔法師を集めろ。移動魔法を行う。」


 その命令に従い、元気な兵士たちは動いた。二時間もすると戦場は綺麗なものになり、シュトラエネーゼ側の人々は一人もいなくなった。


 カタルータの方は指揮官を失い、呆然としていたが、その後一週間をかけて戦場から消え去ったらしい。らしい、というのはシュトラエネーゼ側の人間はそれを伝聞で知ったからだ。国に戻ってからも、人々は未だに忙しくしていた。


 まだ、いつもの生活には戻れていない。戻った当日、兵たちは隊長にねぎらいの言葉をもらい、休暇に入った。それ以外の怪我を負った兵士たちは城で治療を受けている。その治療を城内にいる者たちが手伝っていた。


 幸いにもカタルータは戦地に全勢力を送っていたらしく、シュトラエネーゼ国自体には全く被害がなかった。だからこそ、戦地に挑んで行った者たちの看病に専念できる人々が多く居たのだ。


 一週間をかけて、ようやく事態の収拾がついてきた事もある。敵国とのことだ。

 捕らえられたカランとカタルータ皇子ランスルート。彼らは幽閉されていた。これから、条約などが決定して行くことになっているが、それよりもまず国内の安定化が必要だろう。



 そんな慌ただしい城内で、より一層静かな一室があった。


「……それくらいにしておかないと、せっかく回復したと言うのに倒れてしまいますよ。」


 アニーは、傷心しきったアランに声をかけた。

 彼は城に戻って三日後、医務室のベットの上で目を覚ました。それから、戦争の終わりと、現状を理解した。


 それが終わった途端、医者の制止も聞かずに飛び起きて走り出したのだ。向かった先はリリアナの私室。ものすごい形相の彼を止める者はいなかった。


 部屋に飛び込み、リリアナの傍に駆け寄る。そして、縋りつくようにリリアナの手を握った。


「リリアナ、さま……」


 彼女はそれから四日後まで目を覚ます気配すら見せなかった。その傍をアランはいつまでも離れられずにおり、見兼ねたアニーが声をかけたのがさっきの言葉だ。

 しかし、アランはその言葉には従わない。ひたすら手を握り続けている。そして、ぽつぽつと気持ちを吐露し始めた。


「心配、なのです。目覚めないのではないかと、気が気ではない……」


 確かに、彼が怯えているのも良く分かる。自分が発端でリリアナの力が解放されてしまったのだ。

 そして、彼女が力を使うと、いつも自分が先に目を覚ます。力を使った本人は沢山の人を救い、その代償かのように眠り続けるのだ。


「リリアナさま……」


 ―――早く目を覚ましてください。伝えたいことがあるんです。


 やっと自分の気持ちに正直になると決めた。その矢先にこれだ。戦争が始まってしまい、機会を逃した。だから、もう時期を逃したくない。


「早く、伝えたいのです。」


 その呟きを、アニーだけ聞いていた。向けられた本人は眠り続けている。彼の言葉を聞いたかどうかはわからないが、リリアナは起きる気配もなくひたすら寝ていた。


「…そんなに思いつめた顔をするな。お前の方が死にそうだぞ。」


 静かに声をかけられ、アランは顔を上げた。

 そこに居たのはアルキナス。リリアナを心配したのもそうだが、傍を離れようとしないアランの事も心配になって来たのだった。


 城内は落ち着きつつあるのだが、事後処理も忙しいはずだ。その当人がここにいることを、アランは不思議に思った。


「いつまでも傍にいたい気持ちはわかる。ただ、お前には報告の義務があるはずだ。」


 そう。彼は隊長とともに敵陣に乗り込んで行った。そして、カランを倒したのだ。まさにこの戦いの英雄。黒衣で走り抜け、人々を倒していった彼は、人々を経すげる側に居た彼の主と対照的だった。そのため、現在の彼は陰ながら畏怖や畏敬の念を込めて「黒の騎士」と呼ばれている。


 この数日間姫の部屋に籠っているアランはそれを知らなかった。


「隊長の仕事では?」

「隊長は腕を怪我している。魔法で字を書くこともできない。ならば、お前の仕事だろう?」


 あの場に居たのはお前だけなのだから、と言われてしまえば、頷かない訳にはいかない。事実そうなのだから、断ることもできず、アランは立ち上がった。


 一度目を向け、握っていたリリアナの手を両手でもう一度ぎゅっと握る。目を瞑り、祈るように数秒彼らの時間が止まった。


「……すぐ、戻ります。」


 ―――すぐ戻りたい、の間違いだろう。


 アルキナスはあきれ果てた表情を浮かべていた。だが、二人をひと解きでも引き離すことに負い目を感じている。なるべく手早く済まそうと、彼を早々に自分の執務室へと誘った。


 いつものように不味いお茶を出す。今日はそれだけではなく、お茶菓子まで出した。彼がほとんど食事をしていないと聞いたからだ。しかし、結局アランはそれにすら手を出すことはなかった。


「今回の活躍、称賛に値する。そして、リリアナの兄として感謝の意を述べたい。」


 座ったまま、アルキナスは頭を下げた。それに対し、アランは焦って頭を上げさせようとしたが、アルキナスは頑として頭を上げようとしない。だからこそ、彼は幼馴染としてその感謝を受け入れたのだった。


「まあ、一言言えばやりすぎだとも言えるがな。」


 アランは戦いに必死になり過ぎた。その為、戦地や敵陣に居た多くの敵を斬ったのだ。故に「黒の騎士」と呼ばれている。黒衣の鎧、そして多くの血を浴びた所為で余計に黒が際立ったからだ。

 彼自身が殺めた人数は計り知れない。しかし、戦争においてそういう人物は英雄と呼ばれる。今回も例外ではない。


「後日陛下からお声がかかると思うが、今回の活躍によりお前には爵位が与えられる。」


 突然の言葉に、アランは何の反応も起こさなかった。いや、起こせなかったのだ。

 アルキナスは固まったアランの目の前で手を振った。それで何とか焦点があった彼は、どうして、と呟く。さっき説明したはずだと言われ、アランは首を傾げた。


「私がした事は、ただの残虐です。姫を助けたいがためだけに多くの人の命を奪ったのです。」


 彼の顔には罪悪感が浮かんでいた。そして、とんでもないことを仕出かした自覚があった。


「しかし、それが結果的に勝利を呼んだ。そして、お前はこの国の象徴であるリリアナを助けた。受けなければ、逆に王族が不振を買ってしまうかも知れない。」


 そう言われたら、了承以外は言い難い。ある意味、脅迫だ。


「そう言えば、先程報告とおっしゃっていましたが、隊長はどうなさったのですか?怪我をしているなら、私が手になりましょう。」

「いや、先は言わなかったが怪我の所為で報告できないのではない。彼は―――退役した。」

「……は?」


 間を置き、ようやく言った言葉がそれだった。それに意外でもなんでもないかのように、平然としているアルキナス。全く気にする様子もなく、彼が待っているであろう言葉を続けた。


「以前から再三言われていたからな。この機を逃すとずっと隊長職から離れることができずにいただろう。」


 いい機会だったと言ったアルキナスに、アランは抗議の声を上げた。

 ずっと隊長を慕ってきたのだ。無理はない。今までも、そしてこれからも付き従っていくと思っていたため、アランは驚いたのだった。


「隊長ももう年だ。」

「しかし!」


 食い下がるアランに、アルキナスの強い視線が送られた。彼はもう黙るしかない。じっと目の前の人物を見つめた。


「隊長はリリアナを救出した経緯を報告して退役した。お前に任されたのはカランとのことだ。」


 そうだ。隊長がリリアナを助け出す為にいなかった期間は、アランしか状況を知り得ない。彼は報告書作成を了承した。


 それから、と続けるアルキナスにアランはまだ何かがあるのかと身構えた。


「近いうちに、俺が王位を継承することになった。それにあたって政治の体制も一新される。そして、お前が新隊長に任命されることになった。」


 その発言に、再度驚きを隠せず、言葉を失うアラン。その表情を見たアルキナスは面白そうに笑いを堪えていた。

 思った通りの反応が面白かったらしい。


「……他に、適任の年長者がいるはずです。」

「お前は今回の英雄だ。それに、隊長からの推薦を無碍にもできないしな。」


 アランは難しい顔をしていた。真剣に悩んでいるようだ。それに満足し、アルキナスはよく考えるように言った。

 それから、リリアナの部屋に戻ることを許可する。話すべき事はもう話したと言われ、アランはすぐに立ち上がった。


 先程まで悩んでいたはずなのに、殊リリアナのことになると判断が早い。それに苦笑しながらも、アルキナスは彼の返事を期待しながら退室して行くのを見つめていた。


「俺の意図を読み取ってくれるとありがたいんだがな。」


 呟いた声は誰にも届いていない。

 アルキナスは彼からの返事がいいものであるように祈るしかなかった。もしだめでも、説得する気満々だ。とにかく、アランの将来は彼の傍にあることが決まっているのだった。



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