29. 「我が姫はどこだ。」
征圧には、いくら二人が精鋭だと言えどもかなりの時間を要した。
そこかしこから人が湧いて出てくる。背後をとられた一瞬の隙に、隊長は左腕の付け根あたりに刃を喰らった。
傷は深くないようだが、疲れも相まって顔を歪めている。二人の額に浮かぶ汗は尋常ではなかった。
「隊長!」
思わず声を上げるアランに、彼は集中しろと言う一言を投げつける。アランはぐっと表情を固めて、何かを我慢するかのように目の前にいる男を薙ぎ払った。
相手もここまで来ると流石に強い。敵の頭がいるのだ。もちろん、精鋭を残しているのだろう。それでも、二人の強さは圧倒的だった。
魔法の所為で平和ボケしていると思われているシュトラエネーゼの兵士の強さに、カタルータの兵士は焦りの色を隠せない。戦争を多く起こしている国だからか、これまでの数々の勝利のために自分たちの力を驕っていたのだ。
アランはただ淡々と敵を倒す。それは、敵にしても味方である隊長にしても酷く恐ろしく感じるほどだった。
それは、姫を助けるためだけではないと、彼以外の誰が知っていようか。
アランの心は怒りに震えていた。
敵の銀の鎧の上に煌めく赤い石。その数の多さに驚き、そして頭に血が上ったのだ。予想していたよりも、生産されている賢者の石の数が遥かに多い。自分の国の子供たちが今どうなっているのか、その安否が気になった。
―――…殺していたら、あの皇子も有無を言わず殺してやる!
憎しみに任せたそのどす黒い感情を、長年共にいる隊長は感じ取ったようだ。
「怒りと憎しみに飲まれるな!お前はただ姫さんを助けることだけを考えろ!」
そう我鳴って、自分の体格の半分ほどしかないだろう敵を叩き斬った。
「……貴方の教えとあらば、守ります。」
「ふん!普通に『はい』と言えんのか、お前は。」
少し頭の冷えたアランに、小馬鹿にした小言を溢す。それに対しても、アランはわざと丁寧な言葉で謝った。
その謝罪にまたぶつぶつ言いながら、隊長は敵を倒して行く。先程までの疲労はどこへ行ったのか、まるで捻り潰すかのようにどんどんと倒して行った。
そのテントで作られた基地の奥をさらに進んで行く。そして、二人は出会った。―――敵国の皇子と、自国を裏切ったその人に。
その頃には、もう日は落ちはじめていた。
厄介なことに、裏切り者であるカランはかなりの魔力の持ち主であり、勝てるかどうかの保証はない。いや、正直になれば、彼には勝てる自信が微塵もなかった。しかし、立ち向かわねばならない。そうしなければ、誰よりも愛おしいあの人が戻ってこないのだ。
アランは真っ直ぐ前を見据え、男を睨みつける。その視線を向けられた二人は、こんな状況であると言うのに笑っていた。
カランは自分の力で負けるはずがないと言う自信を持ち、彼の魔力に信頼を置いているカタルータの皇子は負けるはずがないと思っている。その表情を見たアランは怒りを覚えつつ、やはり怯んでしまう。姫と共に教えを頂いていた師匠にあたる人である。その実力をこれから目の当たりにするのかと思うと気弱になるのも仕方ないだろう。
しかし、さっきも思った通り、ここで怯むわけにはいかない。そして、皇子に向かって一言だけ問うた。
「我が姫はどこだ。」
冷たい声だった。それとは対照的な声をカタルータの皇子は上げる。まるでおどけるかのようだった。
「お前の?僕のものの間違いだよね、カラン。」
「はい。ランスさまの仰るとおりでございます。」
その恭しい態度を見て、シュトラエネーゼの二人は驚愕した。
確かにカランはいつも全てにおいて人に傾倒される人物だった。しかし、ここまで誰かに謙っている姿は誰も見たことがなかったのだ。驚くのも然り。
元自国の王にも丁寧には接していたが、ここまで敬っているのは珍しい。この姿をアランはどうしても解せなかった。
カタルータの皇子であるランスルートの考え方は、短絡的で利己的である。とても彼ほどの人物が傾倒するにたる人だとは思えないのだ。
なぜ、どうして。そう考える。そう思うのが分かったのか、カランは自分の心を語り出した。
アルキナスの考えについての反論、国についての考え方、魔力や錬金術についての考え方を語る。尤もアランに衝撃を与えたことは、彼があまりにもシュトラエネーゼの国民としての思考からかけ離れていたことだ。
気質的に言えば、シュトラエネーゼの国民は比較的穏やかで世界的な平和を願っている。彼はそこから正反対の位置に座していた。
「貴方はアルキナスさまを残念だと言いましたが、俺からしたらあなたの方が残念です。」
「それは見解の相違ですね。」
間髪いれずに言葉が返ってくる。自分の考えによほど自信があるのか、それとも信念があるのか。その差異は分からないが、カランの目は他の意見など取り入れることはあり得ないと言わんばかりだ。
もはや、こうやって話している意味はないだろう。彼らの思考が相見えることは、絶対にないのだ。
「おい、どうするよ。」
二人には聞こえないくらいの声量で隊長が訪ねてくる。それに対してアランは答えられなかった。
確かに、この状況は分が悪い。
隊長は魔法が使えない。それに魔法が使えたとして、それが無意味だと言うことは分かっている。せいぜい攻撃を防御するのが精一杯だろう。二人が攻撃する隙があるのかが問題だ。
嫌でも攻撃を仕掛けなければ、こちらが負けてしまう。
―――さて、どうしたものかな……
腰に先程仕舞った剣に再び手をかける。しかし、アランはそれをすぐに使おうとは思っていない。口元だけで唱えて防御魔法を強化し、次は手許から剣に力を込めるように光を注いだ。
特には変化がないかのように見えたが、魔力を持つ者同士であるカランには何が起こっているのか分かっていた。
その変化に薄く笑みを浮かべる。魔力がないランスルートの皇子と隊長はただ二人を見ていることしかできなかった。
「……成長しましたね。でも、まだまだ甘い!」
声を急に荒げ、そこからカランはダッシュしていた。しかし、それを予想していたのか、アランは驚いた様子を見せない。ただ、身構えることだけはしていた。
加速度が魔法によって超過されている。皇子は微笑んで見守り、隊長は顔を強張らせていた。
彼は理解していたのだ。この状況下、皇子を人質にとることをしてはいけないと言うことを。カランとアランが争っているこの状態でも、皇子の安全だけは保証されている。カランはそれほどの力の持ち主なのだ。
カランの攻撃は、結果から言えば当たらなかった。腕を強化し、まるで剣のように扱った彼の腕を、アランは一太刀で弾く。一瞬の間をおいて、彼らは再び間をとった。
「侮れませんね。貴方が姫の為にそこまで強くなるとは思っても居ませんでした。」
確かに、彼はリリアナの為に強くなった。しかし、それだけではない。
彼は彼自身の為にも強くなったのだ。姫だけではなく、彼が守りたいと思ったものを守れるだけの力をつけようと努力している最中である。
少し前ならば、カランの言葉を素直に受け取ることができるだろうが、今は嫌味にしか聞こえない。アランは返事をしなかった。
その反応があまりにも分かりやすかったのか、カランは嬉しそうだ。一方のアランは不機嫌そうに一切無視を決め込んだ。
「これからの戦い、どうやら心理戦になりそうです。さて、僕と貴方、どちらの心が強いのでしょうか。」
不敵な笑みを浮かべるカランを、アランは睨みつけた。
そこからの戦いは見る人を引きつけてしまうほどのものだった。
最高の魔法師と言われるカランは大技を繰り広げ、アランはそれを強化した剣で薙ぎ払っていく。二人の力は、互角に見えた。
実はカランの方が圧倒的な力を持っているはずのだが、アランの心意がそれと同等の力を与えている。それでも彼が攻撃を与える時間は一向に与えられていなかった。
しかし、それでも力は拮抗している。どちらが勝利を手にするかは、まだ予想が立たない。どちらに賞杯が上がっても理解できるほどの戦いだった。
何度も打ち合いが続く。その内、押されるだけではなくなり、アランも攻撃を始めていた。
両者とも額に汗を浮かべている。玉のような汗が首筋を伝い、幾度となく地面に零れ落ちて行った。
「……なかなかやりますね。」
カランは息を切らせている。しかし、戦闘要員であるアランは、まだ余裕があるようだ。彼はまだ平然としていた。
そして、より対照的だと言えるのは、アランの集中ぶりだ。
カランは先程から口がよく回っている。まるで集中していないかのような、もしくは楽しんでいる様な口調だ。
アランはその発せられている言葉に対して、まったく応えることはしていなかった。
この頃にはもう、日は完璧に落ちていた。
視界が真っ暗になり、灯りが点されていないその場所での戦いは一見難しそうに見える。実際、観戦するしかない二人は、彼らの動きが全く見えない状態だ。
そんな中、魔力を持つ二人は、共に夜目を効かせる魔法を使うことで行動を可能にしていた。
張りつめた空気。漂う緊張感。集中し合っている戦闘者。
何もかもが止まっている様なそこに、一つだけ変化があった。ただ、それは本人以外全く気付いていない。長年の鍛錬がそれを可能にしていた。
その変化とは、隊長がいつの間にか消えていると言うこと。知らぬ間に気配を消して、自らが放つ音と言う音を極限まで抑えてその場から立ち去ったのだった。
それを知らぬ者たちの戦いは続いている。一瞬の隙も許さぬほどの空気に、戦いぶりが見えないカタルータの皇子も呑まれていた。
「……さて、私はそろそろ限界が近い。魔力はともかく、こんなに長い戦いには慣れていない。体力が尽きそうだ。」
敗北を彷彿とさせるような発言だが、どこか余裕を感じさせる。それでも、面白いものを見ているかのような表情をしているカランは、肩で息をしていた。
「だが、それは貴方も同じこと。まあ、状況としては逆ですが。」
逆と言うのは、とどのつまりアランは体力はまだあるが、魔力が持たないと言うことだ。
実際問題彼もそれを感じていたのか、否定も肯定もせず眉を顰めるだけで認めていた。しかし、この暗闇の中、いくら夜目を効かせていようとも、少し離れた相手の表情までを読むことはできない。
未だに帰ってこない返事にイラつきながら、カランは攻撃を仕掛けるタイミングを窺っていた。
―――その時。
風が止んだ。刹那、やや間を置き、カランが走り出した。
もちろん腕は強化され、その手の爪までが刃物のように尖っている。それはさっきと変わらないように見えたが、また一段階強化されたものだった。
アランはその攻撃の時が読めていたのか、同時に走り出す。彼もまたより多くの力を自分の剣に込め、その切っ先をカランに向けていた。
二人はお互いが立っていたその中間地点でぶつかり合う。キンッ、という鋭い金属音が聞こえ、その後に鋭い刃が肉を割く音が聞こえた。
その鈍い音は、確実にどちらかに刺さったようだ。
と、その音が聞こえたのか、カタルータの皇子は息を呑み、いつの間にかそこに立っていた人物は叫び声をあげた。
「アランっ!」




