28. 「俺の邪魔をするな!」
シュトラエネーゼ側の陣では、出兵の準備が進められていた。その慌ただしさの中、そうすることで自分を見出している者が居る。――…アランだ。
冷静を装い、自分の用意を進めている。そんな彼に近づき、肩に手を置いたのはアルキナスだった。
「そんな顔をするな。」
「……すみません。」
平静を装っていたつもりだったが、アルキナスにとってはそうは見えなかったらしい。さすが、昔馴染み。彼にしかなしえない業だ。
「そうしていると、本当にお前が王子のようだ。」
その体躯に纏われた装備は、彼の麗しさを損なうことなく、むしろ男らしさを強調している。黒い鎧を纏い、彼の腰には剣が添えられていた。
「ご冗談を。アルキナスさまのお立場になど、なりたくはありません。」
そう言って、二人は微笑み合う。これから諍いに行くと言うのに、何とも余裕があるやり取りだと周りは思ったが、それはポーズでしかなかった。
軽口を叩き、気を和まそうとしている。ただそれだけだ。
「……時間だ!」
隊長が声を上げた。
アランはぐっと表情を固めて、立ち上がる。それに伴い、アルキナスもそうした。
「俺も行けたらよかったのだが……」
アルキナスは本心を吐露したが、それは叶わない。彼の首が敵に落ちてしまえば、それは負けを認めなければならないことになるのだ。
それに、次期王である彼を戦場に駆り出すことは、満場一致で認められなかった。彼には歯痒い気持ちがあるが、それを何とか押さえ込んで自分の気持ちをアランに託すほかない。そんな心情が表れてか、アルキナスの表情は渋かった。
それが分かったのか、さっきされたように今度はアランがアルキナスの肩に手を置く。アルキナスはハッとして顔を上げた。
「絶対にリリーを連れて戻ってきます。せっかく正直になろうとしたのです。それを邪魔されたくはありません。」
「……当たり前だ。俺はお前たちの未来が見たい。」
「その前にアルキナスさまが正妻を迎えて下さいませんと。」
「その話しは耳にタコだ。父上からも散々言われている。」
では、帰ってから話し合いましょう。そう言い残して、アルキナスはそこを後にした。
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広大な土地。普段なら静かなそこに、妙な静けさが漂っている。逆に違和感を持ってしまうそこで、今か今かと待ちかまえている男たちが居た。
始まりはシュトラエネーゼ側だった。
魔法を使い、人々を蹴散らしていく。その先頭を切っているのはアランだ。
「私はアラン・クロード!我が姫を返してもらう!容赦はしない、覚悟してかかってこい!!」
声は魔法で拡張され、全ての人に響き渡る。それが終わらないうちに、彼は走りだしていた。
アランは相手の多くの兵士の中を突き進んで行く。前にいる者は魔法で攻撃し、後ろからかかってくるものは剣でなぎ倒す。その獰猛さに、味方でさえも怯えた。
普段柔和な笑みを浮かべ、王子のようだと揶揄されている彼はそこに微塵も存在していない。まさに鬼のようだ。
味方たちは己に魔法除けの魔法をかけている。それがなければ、自分もカタルータの兵士たちのようになっていただろう。そう思うと、他の者たちはぞっとした。
「おい、この場に飲まれるな!集中しろ!」
戦場で意識を違うところに置くことは、即ち死を意味する。隊長に激を入れられた男たちは気合を入れ直し、前を真っ直ぐに見据えた。
隊長はそれに満足し、自分も剣をふるう。剣しか使わないのではなく、使えない彼は移民だ。つまり、使えない。
彼は自らの意思でシュトラエネーゼの移民となり、国を守る役職に就いた。剣の腕は一流であり、その実力を買われて騎士団体調の地位に就いたのだ。
今までは争いがなかった。そして、その状況に彼も満足していた。だが、今は自分の役目を果たせることを嬉しく思っている。ようやく自分の力を発揮できると。
彼は今目の前にいる敵を一振りの剣で倒し、アランに並んだ。
「後ろの敵は俺に任せろ。お前はさっさと前に進め!」
「……ありがとうございます。」
アランは彼に背中を任せ、自分は前だけを意識する。そして、更なる魔法を繰り出し、自分が進むべき道を切り開いた。
「隊長、援護願います!」
「俺に命令か?偉くなったもんだな、お前も!」
皮肉を言いながらも、彼を助ける。それは、王子に言われたから、と言うだけではなかった。彼もアランと姫の行く末を見たいのだ。
「小言なら後で聞きます!」
それだけ言うと、アランは再び走り出した。
とにかく魔法を駆使して、目の前の人をなぎ倒して行く。今までの考えを改めざるをえなかったとはいえ、少々心が痛む彼ではあったが、それの上を行く考えが頭を支配していた。
自分のことを姫が待っている。確信はないが、そう思っていた。
目の前から、固まって走り込んでくる敵。それに向かって左手を向けた。
「俺の邪魔をするな!」
大きな光が放たれた。人は吹き飛び、左右の人の渦に降り注ぐ。それは更なる混乱を生んだ。
「アラン、大概にしておけ!味方も驚かせてどうする!」
「他を気にしていられる余裕などないのです!ご勘弁を!」
大声で叫び、前へと進む。また自分の前に人がなだれ込もうとしているのを見て、彼は舌打ちをした。
しかし、それは杞憂に終わる。味方の兵士たちが先に進んだ。
「アラン殿、行ってください!」
幾人もが敵にかかっていき、抑え込んでくれている。彼は小さく笑みを溢した。
「助かる!」
アランは叫ぶように言い、また走りだした。
さらに先へと進んで行く。その目に、巨大なテントが映った。
シュトラエネーゼとは違い、カタルータは魔法を有していないため、陣も簡易的なものだ。それらを見た途端に、アランはさらに気合を入れた。
真っ直ぐ前を見据え、睨みつけるような視線をぶつける。目前に迫るそれを見た瞬間に、彼の血がたぎった。
―――あそこにリリーが居る。
そう思った時、彼には一筋の希望の欠片が見えた。あの中に彼女が居ることが彼にとっての光となっている。そして、会えると言う嬉々が込み上げてきた。
だが、そこに立ちはだかる者たちが居た。集団でやって来た彼らは、先程の兵士たちとはオーラが違う。明らかに洗練された者たちだ。
よく見ると、その胸に赤い石が光っている。それがアルキナスが言っていたものだとアランは理解した。
賢者の意識を認識し、アランは魔法を使うのを止めた。剣を構え、それだけに集中した。
「おや、お得意の魔法は使わないのか?」
挑発するような言い方に、彼は応じない。相手の目的が分かっているからだ。
魔法を使わせ、その間に攻撃するつもりだ。だが、やつらは魔法が通じないのをいいことに、その隙に攻撃しようと言うのだ。だが、アランはそれが分かっている。だからこそ、実用的な攻撃にのみに留まろうとしているのだ。
「戯言はそれだけか?なら、行くぞ。」
静かに発せられたその言葉は、その場にいたカタルータの兵士の背筋を凍らせていた。
自分たちが想像していたものと違う。魔法がないシュトラエネーゼなど敵ではないと思っていた。だが、はっきり言ってしまえば、纏っているオーラからして違っている。彼が魔法を使わないその行動で、賢者の石の存在を知っていることを理解した。
しかし、そうなったとしても、カタルータの兵士たちには関係ないことだ。剣で倒せばいい。だが、その考えは些か甘かったようだ。
そこにいたカタルータの兵士たちは剣を握り倒し、一歩後退さる。アランは一拍も待たず、斬り込んで行った。
敵が怯んでいる隙に剣を捌く。鎧の隙間を縫い、一点の迷い、そして無駄な動きなく切り裂いて行った。
出血はかなり派手で、彼の髪や鎧に降り注いだ。
「退け!俺はこの先に用がある!」
男たちはやはり後退り、彼を止めることなどできなかった。
動くことのできない彼らを見て、アランの後ろを追い掛けてきた隊長が声をかける。それに従い、二人はさらに先にある敵陣をめがけてかけ出した。
二人の男が駆けて行く。その先を阻む者はもういなかった。彼らの後を追おうとした人々は味方が阻んでくれたのだ。
ただ、敵陣まではかなりの距離がある。走り続けているため、体力の消費は激しい。普段鍛えていなければ、すでに倒れていただろう。
しかし、さすがは騎士だ。二人とも息は切れているにも拘らず、足取りはしっかりしていた。
戦いが始まって二時間ほどしただろう。二人は漸く敵の陣へと辿り着いた。
周りには沢山兵が居る。だが、この開けた大地では隠れることなどできない。二人は目立っていたが、気にした様子もなく進んで行った。
一瞬で胸元の赤い石を見つける。アランはすぐに剣を抜いた。
「……どういうことだ?魔法を使えばさっさと済むだろう。」
「そうか。隊長は知らないのですね。」
冷静に言うアランに隊長は少し不機嫌そうな顔をした。それはそうだ。部下の方が相手の情報を多く持っているなど、上司としては不満もあるだろう。だが、今彼にそれを問うても無駄だ。
何かを聞くのであれば、全てが済んだその時。それまでは我慢しようと彼は言葉を飲み込んだ。
だが、とりあえず今必要な情報だけはほしい。そう思い、隊長はアランの言葉に耳を傾けた。
「あの石は、シュトラエネーゼの魔法使いの血液が使われています。そして、あれは魔法を無力化させるのです。」
「何をっ!」
「とにかく、魔法はもう使えません。ここからは自分の力の身で闘うしかないのです!」
アランは言い終わらないうちに、剣を振り下ろしていた。
「うおっ!!!」
男は倒れ、血を流している。飛び散った赤をアランはまた浴びていた。
散々浴びたせいで、それは乾き、すでに赤から黒に変わっている。元来輝くほど明るい金色の髪をしているのだが、それは黒に変色していた。纏っている衣服も黒の為、全身真っ黒。頬などにもところどころ飛び、少し不気味ささえ醸し出していた。
そんなアランを見て、隊長はニヤリとする。そして、自分も剣を構える。そして、アランと同様敵をなぎ倒しはじめた。
「魔法がなきゃ、俺の力の見せ所だ!」
その言葉の力強さに、アランも笑みを溢した。その二人の獰猛さに敵は戦き、怖れを感じたが、ここで怯むわけにもいかない。全員が決心を固めて挑んで行ったものの、やはり気合に大差があるのか、圧倒的な力差だった。
そして、二人は乗り込んだ。敵の陣地へと―――。




