25. 「目的はなんですか?」
アルキナスはアランを呼び出し、話をしていた。
「思ったのだが、誘拐された子供は三年前からだったはずだ。人数は30人にも満たない。…まあ、それでも多いが。」
そう始めた彼の話の意図がアランにはわからなかった。しかし、腕組みをして考えるように話すアルキナスを彼は止めるつもりはない。最後まで聞こうと耳を傾けていた。
「敵国の兵士が持つ賢者の石を量産できるはずもない。殺さずに血液を取り続けるにも問題があるだろう?つまり、持っているのはごく数人。それも役職がついたものだけ。」
頷きながら、確認するように話していた。
「ならば、そんなに恐れる必要もないはずだ。敵陣に攻め入り、あの馬鹿皇子を狙う時だけでいい。そこまで行けるならば、向こうが先に折れるやもしれん。」
その様子にアランは微笑んだ。
何かをつかんだようだ。先日話した時とは違い、その顔には自信が浮かんでいた。
「この事を、他の者に言いましたか?」
「ぎりぎりまで言わないつもりだ。相手に魔法が通じなければ、腕っ節で勝利を得るのみ。だろう?」
「……それだけの訓練はしているつもりです。」
「ならば、上層部にだけ伝えればいい。他の者には後で報告するとしよう。」
その言葉にアランは珍しくリリアナの前でないのに笑顔を溢した。それを見たアルキナスは驚いたが、自分が彼の言葉を汲み取ることができたのだと納得して微笑み返す。そして、二人は頷き合った。
「これで、作戦を練ったら即行動だ。こんな戦い、早く終わらせてやろう。」
笑顔の中に、獰猛さがあった。本気でそう思っている証拠。そして、早く行動を起こそうと、紙を広げていた。
作戦を練るつもりなのだ。アランはアルキナスの心情の変化を喜ばしく思い、立ち上がった。
「どこへ行く?」
「リリアナさまの護衛に。」
「…ああ、そうだった。」
妙な間が気になる。それを彼に問えば、一緒に作戦を考えるものだと思っていたからだと言った。
「それはご自分の仕事ですよ。」
苦笑いを浮かべる彼を、アルキナスは詰まらなさそうに見送った。
******
「姫さま、ありがとう…ございます……」
手を握りしめ、負傷した男は弱々しい笑顔を浮かべた。出血が多かったために力が入らないようだ。
「こんな私の為に、力を使ってくだすって……」
「何を言っているのですか。貴方は国の為に従事してくれている。そして、怪我まで負って……」
もっと強く手を握る。男はもう一度微笑んだ。彼はもう若くはない。招集された人たちとは違い、彼は自主的に参加していた。
これは名誉の負傷だ。リリアナが目に涙を浮かべているのもわかるだろう。
「今夜は安静にしていてください。ゆっくり休んでくださいね。」
「はい、ありがとうございました。」
リリアナはそこを後にした。
隣にある個室へと進む。そこには消毒液やガーゼなどといったものが管理されていた。彼女はたいていこの倉庫か病室、一応割り当てられている自室を使っている。それ以外に行く場所はなかった。
―――…包帯がもう少ないわね。みんなの怪我が思ったよりも多いわ。
彼女はため息をついた。
この戦は思ったよりも長引いている。魔法があるとは言えども、相手の数が多すぎるのだ。一人当たりが相手をする数が多すぎ、怪我が絶えない。彼女はそれが気にかかっていた。
思っていたよりも動員された敵側の数が多いのかもしれないと、彼女は考えている。そうでなければ、もっと有利に動いているはずなのだ。
そこまでして、魔法が欲しいのか。その疑問だけがリリアナの頭に浮かんでいた。
今でも大国の為、他国よりも多い術師を派遣している。だのに、さらに要求するとは。カタルータがどこを目指しているのかが、彼女にはわからなかった。
その時―――。
ろうそくの明かりが消えた。カタッと小さなもの音がし、彼女は息を顰める。呼吸をするのも難しい。それほどの空気感だ。
「…動かないでください。あなたを傷つけるつもりはありません。」
どこかで聞いたことがある声。だがしかし、それが誰かは特定できない。それよりも、この状況を何とかするべきだと、リリアナは考えを巡らせた。
今はアランが傍にいない。彼は兄アルキナスの相談に乗るために席を外していた。タイミングが悪いとはまさにこのことだ。しかし、この状況でまさか自分が狙われるとは、彼女は微塵も思っていなかった。
一応護衛として常に彼が傍にいた。しかし、それは建前と言うもの。魔法も体術も剣術もかなりの力を有する彼は、戦力になるのだ。
だからこそ、自分の護衛を言い出した彼と共に戦場に来た。自分の護衛と言う建前。そして、時期に彼は兄に従うことになるのだと言う事実。いつかは兄の部下になるのだ。それが遅いか早いかの問題である。
そう思って、彼が自分の傍を離れることは決定事項とわかった上で、今日は兄の元へ行くのを見送った。それがあだになるとは。
「ようやく一人になってくれて、安心しましたよ。ゆっくり話ができる。」
リリアナはゆっくりと振り返った。周りは闇ではあったが、彼女の目はすでにその暗さに慣れていた。
人の影から、人の姿が目に映る。凡庸なその容姿に、彼女は声同様、見覚えがあった。
ここに来る前からの知り合い。以前からの恩師。そして、彼女に治癒魔法のあり方や使い方を懇切丁寧に教えてくれた人だった。
「カランさま……」
リリアナの声には深い悲しみがにじみ出ていた。それもそのはず。美しい思い出に溢れる人が、その同じ姿であるにもかかわらず、彼女に小剣を突き付けていたのだから。
「今晩は、姫さま。」
彼女ほどに動揺は見当たらない。昔馴染みだというのに、剣を向けることに戸惑いなど感じられなかった。
そのことに、彼女は悲しみの表情を浮かべる。彼はそれを恐怖と勘違いし、獰猛な笑みを浮かべたのだった。
******
「きゃあっ!」
光が暴発した。小さな女の子は悲鳴を上げて尻もちをつく。その瞳には、涙が浮かんでいた。
「リリアナさま、大丈夫ですか?」
すぐ傍に駆け寄り、彼女を支えたその人物は、王家に仕える治癒師であり、彼女の師匠であるカランだ。彼は彼女に治癒魔法が発覚してからと言うもの、師となり魔法の扱いを教えていた。
彼は若いが、その力のために全ての治癒魔法師の筆頭に当たる。その人物からの指導は非常に稀なことではあった。が、王家、しかもこの国最大の魔法力を持つと言われている少女に教鞭をとると言うことは自然の摂理かもしれない。
良い師につけば、上達も早いもの。そう考えられ、王の指示により彼は王女の先生となったのだった。
しかし、その考えは甘かったのか、彼女はその力を持て余していた。強すぎる力を制御しきれないのだ。
いつも上手くいかない。せっかく得られた力なのに、役立てられない。そのことがリリアナに焦燥感を与えていた。
先ほど目に浮かんでいた涙は流れ落ち、両頬に一筋ずつ痕を作っている。カランはハンカチを出して、それを拭ってやった。
「姫さま、少し休憩しましょうか。」
優しい微笑みを見上げた彼女は、一度だけゆっくりと頷いた。
侍女が運んできたお茶とケーキ。テーブルにあるそれらに手を付けることなく、リリアナは俯いたままだった。
「焦ることはありません。ゆっくりでいいのです。」
「でも……」
さっき拭ったはずだが、彼女はまた涙をこぼしていた。
できないことがもどかしい。時間をかけても上達しない。それゆえの涙だ。
「姫さま、上達は人それぞれですよ。」
リリアナはスカートをぎゅっと握った。
彼は彼女がどうしてそんなに焦っているのか知っていた。そして、そうしていないと落ち着かない理由も。
「アラン殿が来なくなったからですか。毎日焦りすぎですな。」
事実を当てられ、彼女は居心地が悪くなる。全くもってその通りなのだから、反発もできない。
「だって、」
「だって、でも……そればかり繰り返していると、癖になりますよ。」
きついことを言っているのに、彼は笑顔だった。叱られているような感覚だったのに、顔色を伺えば彼は上機嫌そうだ。
それをどうしてかと問われれば、彼はまた一段と笑顔を浮かべた。
「悩むことはいいことです。さまざまな経験は人を成長させる。姫さまがその渦中にいることが、私は嬉しいのです。」
微笑む彼の言うことを、まだ意味のわからないリリアナは不思議に思った。
そう顔に書いてあったのか、カランは面白そうに笑う。笑われてばかりの彼女は、面白くなさそうに頬を膨らませた。
「姫さまが私の名を呼んでくださらないのは、アラン殿と名前が少し似ているからでしょう?」
「…うん。」
彼女が只管魔法に打ち込んでいるのは、他に考えることをなくすためだ。いなくなったアランのことを考えるのが辛い。名前の響きが似ているカランを呼ぶと、どうしてもアランのことが頭を過る。だから、名を呼べないのだ。
兄に聞いても、アランはもう来ないのだと言う。いくら聞いても答えはそれだけだった。
リリアナは納得いかず、何度も食い下がった。だが、兄も父も何も教えてくれない。それ以来、リリアナは苦手な勉強で自分を忙しくすることで考えることから逃れていた。
「今は逃げてもいいです。しかし、逃げ続けてはなりません。」
リリアナがおずおず頷くと、カランは頭を撫でていい子だと言った。
「さあ、しばらくの間私は、姫さまが魔法だけに集中できるようにお手伝いしましょうか。」
その言葉に、リリアナは嬉しくなって大きく頷いた。
******
彼との最初の印象深い思い出が頭を過った。
まだ小さいリリアナに魔法を教えてくれた頃の彼が、今は何故自分に剣を向けているのか。訳の分からない状況は、彼女に混乱を与えた。
だが、あの頃とは違う。彼女は成長したのだ。
「目的はなんですか?」
「…成長なされましたね。」
そう言って浮かべた笑みは、昔と変わらない穏やかそうなもの。しかし、状況はそのように穏やかなものではない。
「迂遠なことは面倒だ。単刀直入に言いましょう。貴女の身柄を、ランスさまに引き渡します。」
突然話に出てきた名前をリリアナは考えた。そして、すぐに気付く。この戦いに関わる人物の名前だった。
「…ランスルート・フォンド・カタルータ……」
敵国の王子の名だ。リリアナは一気に閃いた。
昔から尊敬し、傾倒していた人物が裏切ったのだと。言葉で、笑顔で安らぎと安心を与えてくれた人。だのに、今は自分に剣を向けている。その理由を何となしに想像すると、彼女は悲しまずにはいられなかった。
5年も教わり、力が安定し始めると、彼と会うことは滅多になくなっていた。それが、戦場ではあるが、再会できたのだ。ここで共に働き、患者の治療ができることが、彼女にとってどんなに得難く嬉しい時間だったか。その思いが一気に崩れ去っていた。
「カラン様は、三年ほど前からカタルータ勤務でしたね。」
魔法師は半年ごとに交代で派遣されていた。遠くの大国まで行くには常人ではかなり時間がかかる。そして、魔法師ではかなりの魔力を消費する。そのため、より遠くへ行くには力のある魔法師が選ばれていた。
「貴方は私の師匠。なのに、どうしてです?」
悲痛そうな表情を見て、カランは少しだけ顔を歪めた。だが、すぐにそれを収める。一瞬情が垣間見えたが、刹那に消えたことからリリアナは残念に思った。
―――…私の知っているカラン様はもういないのね。
彼女は悟り、自分も昔を切り離して立ち向かうべきだと決心する。そして、表情を引き締めた。
「王子には残念です。」
その一言から、彼の心情語りが始まった。
「シュトラエネーゼは世界一の王国になれる。なのに、どうしてそれをしない?どうして中立国などと言いだす?」
リリアナには彼の目の奥が濁っているように見えた。
「力があるなら頂点に立てばいい。それをしないのは、偽善で傲慢な思いがあるからだ。」
決定的に思考がずれているのはわかった。だが、彼がカタルータ側に付く理由は見つからない。それを問えば、リリアナが知らなくてもいいことだと言われてしまう。彼女は全くもって納得できなかった。
思考を巡らす。それをするごとに、彼女の表情は険しくなっていった。
「そうですね、一つ言えることと言えば、カタルータは世界一の称号を近いうち手にする。その手伝いを貴女にしてもらいたいのです。貴女がこちらに身を寄せさえすれば、この戦争は今すぐにでも終わりましょう。」
「―――…え?」
彼女に衝撃が走った。
この争いが終わると言ったのだ。自分の身一つで。
リリアナはこの戦いにおいて人の死や怪我を見るたびに、心のどこかが痛んでいた。それがたとえ相手側のことにおいても、だ。
「心優しい貴女なら、どの選択が最善かなど分かるでしょう?」
…わかる。確かに考えずとも分かる問題だ。
自分の人生と、何千人もの命。天秤にかける必要もない。後者の方が大切で、より重いのだから。
その時、一つの疑問が浮かんだ。
「どうして私がそちらに行けば争いが終わるのですか。だって、この戦は魔法力がもっとほしいからでしょう?」
「何を言っておられるのです?…ああ、相変わらず王子は貴女に甘いのですね。いや、さっき言った偽善と言う問題ですね。あの人は偽善者ぶって事実を言わなかったのでしょうが、貴女は知るべきだ。」
リリアナはカランから視線を外せなかった。嘗て居た師としてではなく、今は敵を見る眼差しを向けている。そのことに満足してか、これから残酷なことを告げようとしている彼の表情は明るかった。
「この戦いの原因は貴女ですよ。」
彼女は目の前が急に暗くなった気がした。




