24.「余は、見誤ったか?」
「こんなに気分がいいのは久しぶりだわ。」
豪奢なドレスを身に纏い、ソファーに寝そべるようにして座っている。昼間だと言うのに手にはワイングラスが握られている。並々と注がれていた。
頬が赤く染まっている。機嫌も相当言いようだ。もうかなり呑んでいるらしい。
「口うるさい愚弟はいない。手を出せなくなってただ頭に来るだけの白の姫はいない。好き勝手できるわ。」
一気に飲み干し、グラスを空ける。侍女が次を注ぎ入れようとした瓶を奪い取ると、また並々と注いだ。
周りにはあの日以来禁止されている男たちが居た。マリアンヌを囲み、ただ座っているだけだと言うのに、彼女は各々に色目を使い、その遊びを楽しんでいる。侍女や騎士たちは禁止事項を破る彼女に、怯えていた。
「…姫さま、その辺にしておきませんと……」
「…っ、うるさい!お黙りなさい。わたくしがすることに口を出すなんて、何様のつもりかしら。」
気を利かせた一人の侍女が注意を促すが、それも失敗に終わった。良かったことと言えば、彼女が怒り狂ってその侍女に罰則を与えなかったことだけだ。
彼女はまた酒を呷る。なくなったために、新たな酒を取りに侍女が二人並んで退室した。
「何をお考えなのかしら。こんな時に、あんなことなさって。」
「……口を慎みなさい。でも、確かにそうね。だけど、私たちに口答えは許されていないわ。黙っているしかないのよ。」
「「ちょっと、それどういうことよっ!?」」
二人の会話に、侵入者が約二名。その二人に驚き、振り返った侍女たちは急いで頭を下げた。
それもそのはず。二人は王族なのだから。そこにいたのは、第三、第四王女だった。
「お二人に気づかず、申し訳ございません。」
「そんなことはどうでもいいのよ!貴女たち、マリアンヌお姉さまの部屋から出てきたでしょう?」
ものすごい形相で聞いたのは、第四王女。それをなだめにかかったのは、第三王女だった。そっくりと言っても一つ歳の差がある。その分だけ、サリーの方が大人だった。
そして、もう一度訊ねる。マリアンヌが今何をしているのか。二人が疑問に思っていることは何なのか。
その答えを聞いた二人は、脱兎の如く駆けて行った。
目的は、マリアンヌ。部屋に飛び込もうとして騎士に押さえられた二人は、怒りに震える手を握りしめ、威厳のある姿勢を取った。
「そこをおどきなさい。」
その姿勢を見た騎士たちは戦き、頭を下げてそこをどいた。
いくら普段かしましい二人にも、王族たる威厳がある。それを見た騎士たちは威圧され、そこを退かずにはいられなかった。
「…何?今度は騒がしい二人組ね。お呼びじゃないわ。それに、許可もなく入ってくるとは、人間性を疑うわね。」
その言葉に、二人はキレた。
「今の事態がわかっているのですか?!この国は戦争の真っただ中。それなのに、貴女は昼間から何をなさっているのですか?」
「うるさいわね。貴女たちに関係ないでしょう。」
レニーはその言葉にかみついた。どうしても許せなかったのだ。
この国の危機。そして、国民の危機。だのに、この国を担うはずの王族たる第一王女は、何も考えていない。
「さっさと出て行って。せっかくのいい気分が台無しよ。」
「…いい気分?こんな状況で?」
「レニー、無駄よ。行きましょう。」
「でも!」
いいから、と言われ、腕を引かれる。ニヤリと赤い紅を引いた唇をゆがめるマリアンヌを、二人は見ていなかった。
部屋から出た二人は、ある場所へと向かった。今は彼女にいつも口を出す人物はいない。だが、彼女に口を出せる唯一の人物が、まだこの王城には残っている。二人は決心してその人物の部屋へと向かった。
それから半刻もしないうちに、マリアンヌの部屋に闊歩していく人物がいた。その人は、厳めしい顔つきで歩いている。怒りと悲しみ、そして愁い…さまざまな感情で溢れていた。
「へ、陛下。何故ここに……っ?!」
「マリアンヌはいるか。」
その人物とは、国王陛下。扉の前にいた騎士は思わずうろたえた。
二人の王女から報告された彼は、ついに見兼ねる行為を取る彼女に面会に来たのだ。普通ならば呼び出すのが当たり前。しかし、彼の心情はそれどころではなかった。
そして、反省していた。自由にさせすぎた、と。学はある。だが、人間性に難あり。それは、自分が今まで彼女を憂いて放任してきたせいだ。
そう気付いた王は己を省み、真実を告げるためにやって来た。
扉を開く。それから彼は落胆した。
実は、彼女たちが言ったことは真実ではないと淡い期待を抱いていた。説教をするつもりで来たものの、心のどこかで想像とは違う現実が目の前に広がっているのではないかと思ったのだ。
だが、現実は残酷だ。確かに第一王女は男たちに囲まれ、酒を呷っていた。
「…何をしている。」
「あら、お父様。何をしているって、見ればわかるでしょう。それより、どうしてそんな顔しているのかしら。」
酔っているのか、笑いを溢しながら言う。その態度、それに加えて人が訪ねて来たにも拘らず起き上がろうともしないことに、彼は怒りを覚えた。
「いい加減にしろ!」
いきなりの怒号にマリアンヌは横たえていた身体を起こした。彼が一瞥くれると、彼女を囲んでいた男や、騎士、侍女たちが退室して行く。全員が出て行くと、彼は彼女を見てため息をついた。
一方のマリアンヌは驚いている。その大きな瞳を更に大きくさせ、ルビーのような目が落ちんばかりに目を見開かれていた。
信じられないのだ。今まで寛大だった父。怒ったところなどこれまで見たことがなかった。それがどうだろう。自分を我鳴ったではないか。
目の前に広がる光景、そして状況をマリアンヌは信じられなかった。
「余は、今までこんな状況下に生を受けたお前を憂いてきた。そして、可哀そうに思ってきた。だが、その感情に重きを置きすぎたようだ。」
淡々とした口調。しかし、沢山の感情が込められている。マリアンヌはそれを感じずにはいられなかった。
アルキナスがいくら注意しても聞こうともしなかった彼女が、王の怒り一つで心を揺さぶられている。いつも彼女に対して怒りを向けてくる弟にはその後にも悠長な態度がとれると言うのに、いざ王を前にするとそれができそうになかった。
「…何をおっしゃられているのか分かり兼ねますわ。」
そう言った彼女に、王は鋭い視線を向けた。
そして、語り出す。昔話をするかのように。アルキナスやアランに話したことと同じものを。
彼女の出生の秘密、魔力の保持、現在の地位。それを話すごとに、マリアンヌの表情には驚き、そして絶望が表れていく。
思った通りの顔色を浮かべる彼女に、王は一瞬怯んだが、それでもこれ以上真実を知らずに生きていく彼女の方が哀れに思えた。
「…つまり、わたくしはお父様の子ではないと……そうおっしゃるのですか?」
「ああ。余はお前を娘だと思っている。しかし、血の繋がりを問われれば、何もないと言うのが正しい。」
はっきりと告げられた言葉に、マリアンヌは絶望せずにはいられなかった。
「だったらっ!…おっしゃることがただしいのならば、何故わたくしが魔力を持っているのですか!わたくしは、お父様の娘でしょう?だからなのでしょう?」
縋りつく彼女に、王は手を差し伸べてやりたくなった。しかし、それを何とか堪える。
「残念だが、血の繋がりはさっき言ったように一切ない。お前は、この国の血を半分しか引いていないのだよ。」
彼女は、今まで自分が姫だと信じて疑わなかった。しかし、事実は異なった。頭の中で整理できずに、彼女はいきなり告げられたことを消化できずにいる。呆然とした表情を見た王は、胸の奥に引き裂かれるような痛みを感じていた。
「今まで言わなかったことを悪く思っている。だが、お前は行き過ぎた振る舞いをしている。王族たるもの、常に国民のことを考えよ。余はお前にそう教えたはずだ。だのに、なぜ今そうしていられるのだ?」
「…わ、わたくしは……」
どもる。言葉が上手く出てこないようだ。
「今までのお前の中の常識を一切なくせ。そして、やり直そう。」
手が差し伸べられる。しかし、マリアンヌは一向にその手を取ろうとしない。嫌々と首を横に振り、駄々を捏ねる子供のようにしている。現実が受け入れられないようだ。
その姿に王は責任を感じ、今は時間を置く必要があると思い、その手を戻した。
「今この国は窮地に立たされていると言っても過言ではない。そのことを肝に銘じて、これからの振る舞いを考えなさい。」
そう言って、退室した。
帰り際に、彼女が精神的に不安定になっているため見張るようにと騎士に言い残すと、そのまま自分の癒しを求めて歩いて行った。
かなりの時間歩いただろうか。ある一室に辿り着いた彼は、目の前の騎士が退くのを見るとノックもせずに入室した。
「…お疲れのようですね。」
柔らかい笑顔を浮かべ、ゆったりとそう言った女性はアルキナスとリリアナの母親。この国の正妃である人物だった。
「…エリー……」
憔悴しきった顔の彼をソファーに座らせると、彼女は隣に座って彼の手をそっと握った。
「どうなさったのです?一国の王がする表情ではありませんわ。」
「マリアンヌに、真実を告げた。」
その一言で伝わったらしい。先程までの笑顔は消え、痛わしい表情が浮かんでいた。
「あの子は、平静でしたか?」
「強いショックを受けたようだ。」
受け入れられずにいるようだと聞くと、彼女は更に痛切な表情を浮かべた。彼女も王と同様に、マリアンヌのことを我が娘のように思っているのだ。実際に会うことはほとんどないが、いつも心配していた。
「余は、見誤ったか?」
「わかりません。でも、今告げたと言うことは運命。あの子にとって必要なことだったのでしょう。」
これからどうなっていくのか。それが問題だ。マリアンヌのことも、この国のことも。一緒に考えられるほど、王に余裕などなかった。
情けないと言う心を吐露する。罵られても仕方がない。そう言う覚悟であったのに、エリーは仕方がないと言ってほほ笑んだ。
「人間、誰しもそんな器用に生きられませんわ。」
その言葉で、王は少し軽くなった気がしていた。
「私は貴方の妻。ならば、あの子の母親。血の繋がりを得ることは叶いませんが、心を通わせることができるよう、努力してみますわ。」
―――…いつも救われる。
王は握られた手を握り返し、弱々しく微笑んだ。
彼が背負いすぎる分を、いつでもエリーが少しずつ引き受けてくれる。だからこそ、彼女は彼の癒しだった。
「今度こそ間違わずに家族になりたい。」
「私もそう思いますわ。」
今度は、しっかりとした笑顔が二人には浮かんでいた。




