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26. 「絶対死なない。」

 アランは先程の会話を思い出し、この戦いが思ったよりも早く終わると確信していた。

 彼の思いはただ一つ。リリアナをこの血生臭い場所から早く国に帰してやりたいと言うことだ。


 彼女は毎日その服が血や泥、薬品で汚れることを構いもせず、只管人に尽くしていた。その姿はまるで聖女のようだ。その美しさのせいでもあるが、周りからはそう囁かれていた。


 彼はそのことをいいことだと思う一方、どうもヤキモキしてしまっている。治療とは言え、彼女が沢山の男に触れるのだから。


 そう思っている時点で、己の誤魔化しの利かない想いを自負し、彼女を想っていると言うことを事実として認めていた。

 あとは、この戦を終えてからだ。勝利をシュトラエネーゼが勝ちとったら、正直になろうとアランは考えていた。


 彼女の元へ戻ろうと、彼はどんどん歩調を早める。もう夜更けだからか、人には会わなかった。


「…おかしい。」


 彼は違和感を覚えた。何かがいつもと違うのだ。

 静かすぎるきらいがあった。夜は一時的に両者とも争いを止める。だからこそ静寂は当たり前なのだが、それでも少々ざわめきはあるものだ。それが一切ないのが、違和感の原因だろう。


 目的の場所の扉までたどり着く。一応用心のため、自分に魔法除けの魔法をかけた。これは気休めだ。完璧ではない魔法だが、不意打ちに備えてなるべくダメージを少なくするためのものだった。

 気配を殺して扉に手をかける。音を立てないように、慎重に開いた。


 中は薄暗い。病人の為に灯はほとんど落とされているようだ。数本立てられただけのロウソクでは当たりを完璧に探ることはできない。だが、彼には分かった。


 ―――リリアナさまの、気配がない……


 彼女は毎夜、遅くまでここにいる。患者の体調が急変した時の為、なるべく救護室を離れないようにしているのだ。


 そんな彼女が今日だけいない。そんなことがあるだろうか。

 アランはざわついている自分の心を何とか平静にしようと心がける。しかし、そう上手くはいってくれない。早くなる鼓動を感じながらも、音だけは立てないようにゆっくりと忍び足で奥の個室へと近づいた。


 そこはリリアナがよく薬や包帯の補充をするために行くところだ。もしかしたらそこにいるだけなのかもしれないと、ある種の願いとも言える想いで向かった。


 ノブに手をかける。今度は勢いよく、一瞬で開いた。

 しかし、そこには誰もいない。火さえ灯っていなかった。


「リリアナさまっ?!リリアナさま!リリアナさま!!」


 何度も大声で主の名を呼ぶ。そこには沢山の病人が居ると言うのにも拘らず、構うことなしに大声を上げた。


 アランは、そうしたことによって違和感の根拠を得た。誰一人として目を覚まさないのだ。

 アランは指をさし、部屋中におかれているロウソクに次々と火を付ける。なんと、医者や治癒師までもが深い眠りについていた。


 これは徒事ではない。そして、彼らが目覚めないのはおそらく魔法によるものだ。ならば、考えたくもないが裏切り者が居る。


 アランはより一層険しい顔つきになり、駆け出した。

 向かうところは指揮官の元。その最中でさえ、彼はリリアナの名前を呼び続けた。







 騒がしい足音と、悲痛な声が聞こえる。それは自分の妹を呼ぶ声。そして、声の持ち主は先程妹の元へ行くと言っていた友だった。


「どうした。」


 ドアを開けて、自ら出た。目の前にいるアランの動揺、そして目の奥に浮かんでいる焦りと怒りは非常事態を示している。リリアナの名前を呼び続けているのだから、彼女に何かがあったのだろうとアルキナスは考えていた。


「リリーがっ……」


 言葉を詰まらせる。愛称で呼んでいることから焦燥感がにじみ出ている。何とか落ち着けようと試みるが、アルキナスも彼女に何かがあったのかと思うと、平静ではいられそうになかった。


 それを抑え込んで何とか常のように振る舞う。アランの肩に手を置いてみれば、震えていた。

 肩を伝って手を見てみれば、固く握りしめられている。あまりにもその力が強すぎて震えているのだ。そして、短く切ってあるはずなのに、爪が掌に刺さっている。血が少しずつ溢れだしてきていた。


「…やめろ。血が出ている。」


 注意されても、アランの手が弱まることはなかった。


「リリーが、いないんだ。」

「どこかへ行っただけだろう。」


 違う、と彼は強く遮った。眉間の皺がさらに深くなっている。


「医務室は異常だ。行けば分かる。」


 アルキナスは促され、医務室へと向かった。

 中に入ると、本当に言葉通り確かにそこは異常だった。


 皆が眠りについている。もう深夜なのだから当たり前の光景のようにも思えるが、仕事の最中に眠りについたのだろう、治療師が変な体勢で倒れ込んでいるのが目についた。


 これはもう、何かがあったとしか言いようがない。アルキナスはアランが焦っているのが分かった。


「魔法師が寝ているのはおかしい。病人はともかく、不意をつかれたとしか思えないな。」


 アランもそう思っていたのか、彼の言葉に同意した。

 普通ならば、魔法師は自分に対する攻撃を防げるはずだ。なのに、全員が完璧に眠りについているとなると、まったくの不意打ちと言うことになる。そして、さらに言えることは、魔法をかけた人物が治療師や患者たちに気心が知れているだろうと予測ができる。


 そうでなければ、こんな状況で魔法にかかるはずがない。そもそも、普通ならばかけられるはずがないのだ。しかし、気を抜いていても仕方がないと言えるだろう。ここは味方だらけのはずなのだから。


「…ここにいない者を調べるんだ。」

「何故?」


「アル、悪いがこれは裏切り者が居る証拠だろう。他に魔法を使える国はない。ならば、この国の者がやったんだ。」


 極めて冷静だった。アルキナスの方がそうはいられない。自国の国民を疑うなど、彼はしたくないのだ。だが、現実は違う。実際に起こってしまっているのだから、アランの言わんとしていることを否定することはできないだろう。


 わかったと彼が言うまでに、そう時間がかからなかったのは言うまでもない。



******




 会議室に重役を集める。各責任者が集うそこの空気は異常だった。

 そして、中でも医務室の責任者がいないのが気になった。


 病人の容態が急変したか何かだろうと、予想をする者たち。しかし、それは大きく裏切られることになった。


 約束の時間ぎりぎりに飛び込んできたのは、いつもアルキナスに怯えている彼だ。治癒魔法こそ有していないが、彼は優秀な医者である。そんな彼は副責任者であった。


 汗を白いハンカチで只管拭っている。動揺と焦りが見えた。


「カランはどうした?」


 その一言が、男を凍りつかせた。

 彼らが集められたのは、そもそも人員の確認だ。それの報告に来たのは、病人が居るからだと思われたが、どうやら違うらしい。


「もっ、申し上げます……」


 いつもの通りどもっている。しかし、それはいつもと違う緊張感をはらんでいた。そして、周りの者は悟ったのだ。彼が言おうとしていることを。


「責任者であるカラン殿が見つかりません。」


 破壊力のある一言に、周りの動揺は隠せない。

 カランは現在国随一の魔法師。頂点に立ち、一同を従える存在だった。その彼が現在ここにいないと言う事実は、それを指示している。


 裏切り者は、カランだと否が応でも認めざるを得ない状況になってしまった。

 表情が一段と暗くなったアルキナスに、集められた人々は疑問を持つ。それもそのはず。人員確認をしてから集合するように突如言われた彼らは、アルキナスの考えが読めないのだ。


 ざわめき始めた。アルキナスは両手を勢いよく机に突く。大きな音がなり、それに皆驚いた。しかし、そのおかげで当たりは静まり返り、彼は自分に注目を集めることに成功した。


「……リリーが誘拐された。」


 誰もが息を飲んだ。


「アラン、報告を。」

「……はい。」


 アルキナスは後ろに従えていたアランを前に呼び、説明を任せた。そうすることで、彼の今の居場所を作ったのだ。

 彼は一騎士ではない。アルキナスの直属なのだと。


「リリアナさまが遅くまで医務室にいることは、皆が知っていることかと思われます。その医務室に異変が起こりました。術師も患者も全てが眠りについている。そして、リリアナさまは消え去りました。」


 彼が言わんとしていることは、すぐに皆に伝わったらしい。カランが裏切ったのだと。

 皆に白の姫君としてたたえられている彼女を、敵国に引き渡したであろう張本人なのだと気付いたのだ。


 一様に反応が窺える。憤っている者、動揺を隠せない者、不安に溢れている者。そのなかでも印象的なのは、アランだった。


 背筋を伸ばし、姿勢よく立っている。前を見据えて放さない様子は、毅然とした態度のように他の者には見えた。

 しかし、実際のところは違った。


 この中の誰よりも心の中は様々な感情で溢れかえっている。ただ、それを必死で押さえ込んでいるのだ。

 彼はそれが周りに露呈しないように、アルキナスが解散を言い渡し、人がいなくなるまで口を噤み続けた。


 そして、静かになった部屋で、アルキナスの背中に話しかける。それは、何かを決心したような固い声だった。


「先陣を切らせて下さい。」


 アルキナスは息を飲む。それほどまでに衝撃的な言葉だった。

 アランが戦いに出ると言うことまでは予想がついていた。しかし、先陣を切ると言いだすとは。


 ダメだと言おうとして振り返った彼の目に映ったのは、すでに決めてしまったという目をしたアランの姿。もう何を言っても聞かないと言うのが分かるのは、長年一緒にいるから、と言うだけでもなさそうだった。


「死んだらどうする。」

「絶対死なない。」


 そう言った彼の表情には、笑みが浮かんでいた。それは、いつかに封印した彼の本物の笑顔。アルキナスに見せる笑顔以外の表情や、リリアナに見せるそれとは違っていた。


「何故言い切れる。」

「俺は素直になると決めたんだ。必ず正直な気持ちをリリーに伝える。それには、どっちが欠けても駄目だろう?」


 だから死なない。


 ―――…死ねないと言うのか……


 アルキナスは彼に了と答える他に、何も思い浮かばなかった。それ以外は何を言っても無駄だと分かっている。だが、それだけではない。


 彼にならば、全てを託してもいいと思ったのだ。


 ここまで来たならば、引き返すことなどできない。目の前に目標を定めて、進むしかないのだ。

 あとはできるだけ有利に進むために、何かいい手を考えるのみ。ただ、とりあえずの目標としては、リリアナを奪還し、完全勝利を奪い取ることだった。



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