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23.「それが、……怖いんだ」


 今、リリアナはアランをつき従えて、戦場にいた。といっても、味方の陣営の救護室だが。


 事の発端は二週間前。リリアナ誘拐事件から三週間経ったときだった。急に、それは勃発した。

 カタルータに潜入していたユリウスから、動きがあることは聞いていた。それの明確な日はわからなかったものの、対処するだけの時間は何とか作れた。

 が、敵国は宣戦布告とともに、攻め入って来たのだ。


 当初隣国の国境近くで行われていたそれは、きちんとした所有権が認められていない山地になっていた。

 双方の話し合いで決まったものの、カタルータ側はその移動をあまり深く考えていないようだ。それは、シュトラエネーゼの隣国に迷惑をかけないため。しかし、カタルータは、そんなことはお構い無しのようだ。


 戦乱が始まって、もう10日も経つ。戦いは、日ごとに激昂していった。




******




「容体は?」

「出血が止まりません!」

「わかりました。」


 リリアナは手をかざし、深い切り傷を覆った。そして、目を瞑って祈りをささげる。どうか、出血が止まるように、と。

 普通ならば早期回復のためにと気を注ぐのが常なのだが、今はそうはいかない。ここには、大量のけが人が運び込まれてくるからだ。力を一人に費やすことはできない。


 本来ならば、お姫様が来るようなところではないここに彼女が居るのは、彼女たっての願いだった。


 現実は、勧善懲悪とはいかない。すべてがいい方に転がると言うわけではないのだ。

 実際問題、ここには死傷者が運び込まれている。数こそ多くはないが、死者も運び込まれるのだ。

最初こそショックを受けていたリリアナだったが、その内にしっかりとした顔つきになり、ひたすら治療に専念していた。


 彼女は戦闘員たちのやる気を上げ、そして、別の意味で「白の姫君」と呼ばれるようになっていた。

 成人する前のように白いワンピースを着ているからではない。それがいくら汚れようと、彼女は只管人の心配だけをし、丁寧に接していた。一人の姫としてではなく、まるで看護士のようだ。

 彼女の献身的な治療や、励ましによって彼女への尊敬の念が皆に湧きあがって来たのだった。


 彼女はもう一人の治療を終えると、急に振り返った。


「アラン。」

「何でしょうか?」

「お兄様の様子を見てきて。」


 それは、自分の後ろに控えている騎士への嘆願だった。

 アルキナスは現在、指揮を取っている。それは王命であり、彼の意思だ。団長と相談してはいるが、彼はまとめると言うことに関して非常に才能がある。見事に発揮しており、皆はそれによって士気が高まっていた。

 しかし、その状況をリリアナは逆に心配していた。


 彼のことだ。きっと無理をしているのだろう、と。

 それはわかっている。そして、アラン自身も少々心配していた。だが、主であるリリアナの傍を離れるわけにはいかない。

 何故か―――。


 彼女は今回の戦乱が、魔法力の独占によるものだと思っている。そう王に説明されたからだ。

 しかしながら、実際は彼女のことが起因している。カタルータはそれほどリリアナを欲しているのだ。

 それならば、彼女はどうしてここにいるのか。ちゃんとした場所で守られていないのか。


 彼女がどうしても戦地に赴きたいと言ったことが一つの理由ではあるが、もう一つの理由では逆手に取ると言う意味もあった。

 彼女を国に残し、もしもそこを襲われて誘拐されたのでは意味がない。ならば、わざとこちらに置くことで、その心配を取り除くことにしたのだ。


 城に守備は残してある。それに関してぬかりはない。

 心配なのは、城に残る王族たち、国に残る女子供たちだ。


 相手は大国カタルータ。人口の差は驚くほどにある。つまり、戦乱に駆り出されている人の数の多さが、半端ではないのだ。

 現在動員されている人数は、シュトラエネーゼの15倍程にあたる人数。それを倒すのは大変な労力が必要だ。


 幸い、シュトラエネーゼには魔法がある。それで対処できることはそれにし、他は何とか剣を交えることで押さえていた。

 最初は人を殺めることに抵抗があったシュトラエネーゼの戦闘員たちであったが、そうはいっていられない状況なのだとすぐに知るはめになったのだ。自分たちがいくらそう考えていても、相手側は違う。本気で殺しにかかってくるのだ。


 そして、その大人数を使えると言うことは、こちらとは違う大きな手に出ることができると言うことだ。つまり、もしもリリアナがここにいると知られてしまえば、そこを責められる可能性もある。アランはそんな時に備えての護衛だった。


「リリアナさまのお傍を離れるわけにはいきません。」

「お兄様が心配なの。お願い。あなたなら、嘘偽りなく正確に伝えてくれるでしょう?」


 他の人に聞いても、大丈夫だの、心配しなくていいだの、聞いてもいないそんな答えしか返ってこないのだ。それは彼女を心配しての配慮だったのだが、明らかにはっきりと答えようとしないために、彼女は辟易していた。


 ならば、どうするのか。

 彼のことを本気で心配し、よくわかっている人物。そして、彼女に対して嘘をつけないアランにお願いすればいい。そういうことだ。


「…わかりました。」


 彼はそう言うと、丁寧に礼を取ってからその場を後にした。



 陣営の中を淡々と進み、目的の場所に辿り着く。そして、その人物をみつけると、前に進み出た。


「…リリーの傍を離れるなと命令したはずだが?」


 一言目にはきつい言葉が飛んできたが、アルキナスは随分と疲れているようだった。目がしらをつまみ、目を閉じている。机の上には紙が散らばっていた。


「アルキナスさまの様子がどうしても知りたいと仰るので。」

「相変わらず、リリーの言葉が最優先か。」


 少々嫌みたらしいが、アランにとっては当然のことだ。

 申し訳ありませんとひょうひょうとしている姿に、アルキナスは一種のあきらめを覚えていた。


「他のものに一時ですが任せました。アルキナスさまの様子さえわかれば、私は報告するだけですから。」

「…お前のことだ。誤魔化してはくれないのだろう?しかし、なるべく心配をかけないように頼むよ。」


 やはり疲れているらしい。笑顔に力がない。

 それを見たアランは眉を顰めた。彼は主だけでなく、共に長い時間を過ごしてきたアルキナスのことも心配なのだ。


「少々お休みになられてはいかがでしょうか?そう疲労がたまっていては、思うことも上手くいかないでしょう。」

「わかってはいるが、一刻も早くこの戦乱を止めねばならないのだよ。……それにしても、何でもお見通しとは、幼馴染みとは言え恥ずかしいことだな。」


 アルキナスは寝る間も惜しんで作戦を練っていた。彼は次期国王。前線に出るわけにもいかない。そして、彼は権力者としてこの戦いを導かなければならないのだ。その焦りが出ているのか、完全に己の体力のペース配分を誤っているらしい。


「それでも、そのような状態ではリリアナさまが心配なされます。」


 その一言に対してアルキナスはわかっていると返した。

 彼自身、本当に理解はしているのだ。ただ、考えと行動が伴っていないだけだ。


 普通ならば圧勝できるこの戦い。彼がこんなに考え込んでしまう理由は、あちら側にはまだ切り札が残っていると分かっているからだ。


 今はまだ魔法が相手に通用している。だが、それがいつ何時ダメになるかわからない。あれを持ちだしてくるタイミングは、あちら側の判断だ。そして、どこまで人数が減らせるかがこちら側のひとつの問題だ。


「何故そこまで杞憂するのです。今現在はこちら側優勢のはずですが。」


 さらに問題なのは、味方の人間に賢者の石のことを言っていないことだ。

 アルキナスはその判断に一番困っていた。いつまでも言わないわけにはいかない。いずれ魔法が効かなくなる。その前に言わなければならない。だが、一つ問題があるとすれば、それの主成分がシュトラエネーゼ王国の人間の血だと言うことだ。


 おそらく誘拐されて行った子供たちの命は無事だろう。殺してしまうよりも、多く血が得られる。しかし、誘拐され、実験の対象にされ、道具にされていると言う事実を話してしまえば、シュトラエネーゼの戦闘員たちの頭には血が上ってしまうだろう。


「アラン、そこに座れ。」

「リリアナさまのお傍に戻らねばなりません。」


 そう言ったにも拘らず、アルキナスはそれを許さなかった。


「…どうしたんだ、アル?」


 こういう判断の早さは、アルキナスにとっては嬉しかった。自分のことをわかっている人間しかできない。アランはその数限りある一人だ。

 アランは一人の友人として、珍しく自らの意思でそこに座った。


「…どうしていいか、わからないんだ。」


 弱気な王子を、アランはいつもの表情とは違う苦いもので見つめた。

 焦燥感漂う雰囲気。戦場にきて弱気になっているのだろうか。しかし、彼の知っている王子はそんな柔な人間ではないはずだ。


「判断を誤るかもしれない。それをしてしまえば、俺のせいで被害者を増やすことになる。それが、……怖いんだ。」


 両手を頭にあてて、ほとんどアランからは表情が見えない。しかし、その手も、髪も、身体も、全てが震えていた。


「何をそんなに恐れているのです?」


 意気消沈気味のアルキナスへ質問するのは憚られたが、そうも言っていられない。戦場では、時間は止まらない。確実に戦闘は激化していっているのだ。

 アルキナスはまだ悩んでいる。しかし、そのうち何かを決心したような顔つきになり、一度だけ頷くとアランを真っ直ぐ見つめた。


「この戦いには、絶対に負けてはならない。」


 その一言から始まり、アルキナスは賢者の石のことを話した。

 内容を聞き進めるたびにアランの表情は曇り、それを過ぎると怒りだけが溢れていた。


 それもそのはず。西の大国は世界一の称号を得るためにシュトラエネーゼの子供を誘拐し、それを利用して神に抗い、おまけにリリアナを手中に納めて道具にしようとしているのだ。

 彼が怒らないはずがない。


「…アルが言い渋っている理由もわかる。こんなに耐えがたいことがあるとは思いもしなかった。」


 彼の手は握りしめられ、その力で小刻みに震えている。怒りが如実に表れていた。


「今のお前のように、皆が冷静にいられる保証はない。だが、それを失えば、我々は確実に敗北するだろう。」


 そして、魔法が効かないと言うことは、すなわちシュトラエネーゼの攻撃力が半減すると言うこと。人数の少なさを補っていたものが奪われてしまえば、一方的にやられるという構図が出来上がるだろう。

 そうなった時が怖い。恐怖心は倍増され、闘いどころではなくなるだろう。


「……これを知った後が想像できるだろう?そして、知らずに戦い続けるとどうなるか、予想できるだろう?」

「前者は人々に恐怖や怒りという負の感情を与え、闘いどころではなくなる。後者においては、急に魔法力が効かなくなる出来事によって、混乱をもたらす……」


 どっちもどっち。こちら側が劣勢に立たされる。


「……アル、お前はみんなに嘘をつく勇気があるか。」


 急な問いかけに、アルキナスは疑問を持つ。しかし、アランの表情があまりにも真剣な為に何も言えなかった。


「全てを告げるだけが方法ではない。」

「どういうことだ?」

「…それは、自分で考えることですよ、王子。」


 態度を変え、立ち上がる。丁寧に礼をして、そこを去った。

 残されたアルキナスは、彼の言葉の意味を考えていた。



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