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20. 「神に抗ったか……」


 飲み屋につくとすぐにお目当ての人物を見つけ、アルキナスはそこへ進んで行く。喩え薄暗い店内でも、彼は深くかぶった帽子を取ろうとはしなかった。


 店内は騒がしい。粗野な言葉が行き交い、情報交換の場所としては些か不安だろうが、彼らは他人に興味が無いのだ。だからこそ、密会をするのならばここが良いのだ。

 アルキナスは適当な酒を頼んで席に着く。そこにすでに座っていた男は、彼が来ると軽く会釈をした。


「お久しゅうございます。」

「…ここは外だ。そう仰々しくするのは止めてもらおうか、ユリウス。」


 ユリウスと呼ばれた男は、黄褐色の髪に、同じ色の目を持ち、つり上がった瞳が少々きつい印象を持たせる男だった。しかし、その体付きは武人のように鍛え上げられており、今は野暮ったい格好をしている所為で台無しだが、相応の格好をすれば素晴らしく見えるだろう。


 そんな男は心からアルキナスに傾倒し、彼に役に立つべく先日まで潜入していた場所があった。―――カタルータの王城である。


「それで?こちらに戻って来たという事はそれなりの情報が得られたんだろう?」


 酒のグラスを少しずつ傾け、不自然にならない程度で会話を交わす。二人の声は店内のざわめきに吸収され、他の者の耳には届いていなかった。


「一時的な帰国です。すぐに戻り、それなりに働いたら姿を消すつもりですから。」


 彼はどうやら単なる報告でここを訪ねてきたらしい。しかし、ここへ彼が来たと言う事は、どうやらカタルータの人間もこちらに来ているらしい。


「…他のヤツらは?商人として探りを入れに来ているのか?」

「ご名答。どうやら姫さまの誘拐が失敗したのが信じられないようで、腹心の部下を使って直々に報告させようとしています。」


 その言葉に、アルキナスは眉を顰めた。だって、彼の言葉は確実にカタルータの皇子が犯人だと証明していたのだから。

 それが分かったのかユリウスはうっすらと笑ったが、その笑みの獰猛さと言ったら、周りで見ている人がいたら引かせてしまうくらいのものだった。誰も見ていなかったことに感謝するべきである。


「こちらもこちらで仕事を引き受けたアサニッシオの男を捕らえて話を聞いているが、どうやらあまり喋る気はないらしい。」


 ユリウスはそれを聞いて、アサニッシオなら仕方がないと納得したらしかった。


「ところで、お前の情報はそれだけではないはずだ。何を言い渋っている?」


 実は、アルキナスは会話を交わしながら、いつものユリウスではないと判断したらしい。余りに表情が乏しく、いつものように纏わりついて来ないのが可笑しいと思ったのだ。

 彼の言葉を聞いたユリウスは、かなり辛そうな表情を見せ、何かを堪えているかのように唇を噛んでいる。その忍ぶ表情を見ると、アルキナスはすぐに報告しろと先を促す事は出来なかった。


 それから、どれ程の時間が経っただろう。飲み屋のざわめきはそう変わっていなかったが、酒が入り上機嫌になった彼らは随分と騒いでいるようだ。そんな中でユリウスの辛そうな表情はその場に似合っていなかった。

 そして、何かを決心したようにポツリポツリと語り出した。


「…こちらに宰相殿がいらっしゃいましたよね?あれは何の話だったのですか?」


「リリーをカタルータの皇子の正妃に、と。こちらの結婚の在り方を話すと、ならばマリアンヌも一緒に嫁がせろと失礼なことを言ってきた。その後、皇子はリリーの部屋に忍び込み、リリーを自分の婚約者と呼び、俺の考えを馬鹿にしたことでリリーを酷く怒らせると言うあり得ない行動を見せたよ。」


 今のアルキナスの言葉には非常に刺があった。そのことで、ユリウスはカタルータ側が彼を酷く怒らせたのだと判断した。


「…ああ、それと。我々のような古い考え方はもう通用しない。文化は発展するものだと言っていた。」


 それを聞いたユリウスは目を見開き、驚いた表情を見せた。その変化に気付いたアルキナスは、じっと彼の顔を見つめ、先を話してくれと視線で促す。気付いたユリウスは決心したように話しはじめるのだった。


「…あの国は、腐っております。」


 出だしから何を言うのだろうか。驚いたアルキナスだったが、いつも饒舌で上機嫌なユリウスが明らかに本気で語っているのだと気付き、話を聞こうと心がけた。


「錬金術、というものがどんなものかご存知ですか?」

「等価交換がどうのこうの、という魔法とは違った不思議な力だろう?同等の物から別の物を生み出し、錬成を行うもの。しかし、それは神が魔法を人間から奪った時、同時に奪われたと言われている。今では廃れてしまった空想上の力だな。」


 ―――…それは存在したのです。

 ユリウスは小さな小さな声で言った。アルキナスは驚き、瞬きさえ忘れて固まってしまった。


 錬金術とは、何かから何かを成す力である。それはシュトラエネーゼにある力とは違い、いわば物々交換のような形で成される。しかし、その力は400年前、神が人から魔法を奪った時に、同じような力であるそれも奪ったとされていた。


 戦乱の中で、金属不足に陥った国には魔法が無かった。その代わりに、錬金術という力を有し、土から金属を作りだし、武器の生成を行った。神話には、そう書いてあるのだ。

 しかし、魔法とは違ってもう存在しない力。誰もその力を信じておらず、今となっては信じる者はいなかった。


「お前、何を見てきたんだ?」


 ユリウスは焦燥しきった顔だった。ただ、敬愛するアルキナスにそんな表情を見せたくないと言う思いで顔を両手で覆ったのだが、時すでに遅し。彼はばっちりと目撃し、徒事ではないと読み取っていた。


「あの国では、科学が非常に発展している。魔法が無くとも、便利なもので生活が楽になります。」


 その国には、科学を発展させるために多くの書物を各国から取り寄せ、日夜実験に励んでいるそうだ。それならば、何ら問題はないだろう。しかし、それだけではなかったのだ。


 カタルータの王城にある実験室で行われていたのは、錬金術だったのだ。ユリウスはその不思議な力を目の当たりにした時、自分の目を疑ったと言う。光を放ち、違うものへと形を変えるその様は、まるで神が下りてきたかのような眩さだったらしい。

 それだけならまだ良かった。廃れてしまった力が、研究によって再起されたのだ。神にそむくことにはなるが、人間の頭脳の発達が証明されることになるだろう。


 しかし、問題なのはその力をひた隠しにし、行っている実験だ。

 そこまで語ると、ユリウスは一度喉を潤し、ため息をついた。


「さっきあの国が腐っていると言ったのには、かなり大きな理由があります。近年起こっている子供の誘拐事件。あれは、カタルータが起こしています。」


 信じられないことだった。アルキナスは大声を出してしまい、周りの注目を集めてしまった。それをユリウスがなだめ、席に着かせる。そして、冷静になるように促した。


「すまない…しかし、他国の子供を誘拐することを、国が見逃すはずはない!」


 やはり声を荒げて言ってしまった。しかし、それは彼も国のトップにいずれ立つものだからだ。同じような立場に居る人間がそんな事をするなんて、考えたくもないのだろう。

 だが、報告してくれているユリウスは、彼が一番信頼を置いている密偵だ。情報を違えるはずはない。


「残念ながら、その国が起こしている証拠があります。」


 彼の話によれば、潜入しているカタルータの王城で最悪なものが製造されているらしい。

 その物体の名前を聞いたアルキナスの表情は、より一層険しくなった。それは無理もない。錬金術が伝説上なら、それによって生成されたものも伝説上の物だ。


「賢者の石?」


 もう一度聞き返し確認したアルキナスは、耳を疑いたかったのだ。しかし、答えは肯定するもの。彼は頭を抱えたくなった。


「神に抗ったか……」

「僕も初めて見た時は驚きました。それと共に、怒りもわいたのです。」


 捕らえられた子供は、力があると見なされれば錬金術を教え込まれ、そうでなければ城の地下牢に閉じ込められる。その地下牢の隣には研究室があった。


「そこで日夜行われているのは、先にも言った賢者の石の製造で、その原料には血液が含まれるのです。」

「血液……?」

「はい。人間の血が必要になります。一人の人間から採れる血の量で親指の爪大の大きさの賢者の石が出来ます。」


 アルキナスは、ふと気付いた。そして、ポケットに手を突っ込み、小さな石を取り出す。手に握り込んだまま、その石の色を問うた。


「深紅です。」


 思ったままの答えが返ってきたために、握りしめた手の中は汗で一杯だった。そして、一気に右手が重くなった気がしていた。


 帽子をかぶってはいたものの、アルキナスの表情が優れなくなったのは明らかだ。ユリウスは非常に心配したのだが、大丈夫と言われてしまえばそれ以上問うことはできない。そのまま話を続けるしかなかった。


「先の錬金術の才能が無いと判断されたシュトラエネーゼから誘拐された子供たちは、賢者の石の材料と見なされています。」


 アルキナスは呼吸を忘れていた。

 訊いた内容があまりにもショックを与えたのだ。ユリウスが言葉に詰まっていたのもよく分かる。


「どうやら魔力を秘めた血でしか賢者の石は造り得ないようです。」

「…それを作って、どうするつもりなんだ?」


 そもそもの疑問はそれだ。人間のによって得られる深紅の石の用途が、彼には全くもって分からなかった。


「宰相殿がこちらにいらした時、文化は発展するものだと仰っていたのですよね?」

「ああ。リリーを渡さなければ貿易を止めると言った。だから、こちらも魔法師の回収をすると言ったが、それに問題ないと言っていたんだ。自信があるようだったが、その根拠は未だに分からない。」


「先も言ったように、今のカタルータには魔法がいらないほど科学が発展しています。勿論医療も。魔法がいらない根拠は、それです。そして、好戦的な皇子が最強と言われるシュトラエネーゼと戦争がしたくて仕方がないと言っていました。」


 その時に、邪魔になるものとは何か。それは魔法だ。対抗するためには、まずはそれを無に帰すことが必要だろう。


 そこで、賢者の石が出てくる。賢者の石は魔法を無にするのだ。

 元来書物に出てくる賢者の石とは性質が随分と違うが、それでも魔力を持った人間の血液によって不思議な力がもたらされるらしい。


「それを使って魔法を無にし、シュトラエネーゼを倒すと言う算段か……」


 だが、それにも矛盾がある。


「魔法を無にして勝つというのは、少々やり方が卑怯だが、問題はそこではない。うちは数は少なくとも精鋭がそろっているからな。だが、魔法を無にしてまでうちに勝てたとしよう。しかし、その戦乱の理由はリリアナだ。魔法などいらないと言うならば、我が妹を欲しいという理由が見つからない。」


 確かにリリアナは美しく愛らしい。しかし、まだ一時しか会ったことのない皇子が、彼女を好きになったと言う根拠は何処にもない。それなのに欲しいと言うのならば、それはおそらく皇子ですら言い抗えない人物からの命令の可能性が高い。


 あの馬鹿皇子のことだ。リリアナの我の強いところを見て気に入ったという可能性もある。しかし、やはり政治的な動きという考えがあるに違いない。

 だからこそ、矛盾なのだ。魔法はいらない。そう言ったはずなのに、現在最大の魔法力を持つリリアナを求めている。――…おかしい。


「あの国に魔法は確かに必要ありません。しかし、いらないとは言っていません。」


 意外な言葉に、アルキナスは驚いた。

 ―――必要性が無いのに欲している…?

 どうやら何かしら訳がありそうだ。アルキナスは真剣に考えている。それを、見ていたユリウスは、彼が欲しいであろう事の詳細を告げた。


「リリアナさまはまだお若い。おそらく錬金術の才能があれば、相当な術者になり得ます。カタルータが欲しがっているのは、世界一の称号です。世界のトップに立って、先導していきたいと考えている。その時に、魔法に勝る力を手に入れたいのです。」


 ―――そんな事のためにリリーを利用しようとしたのか?そんな事のために自国民の命を奪うと言うのか?


 アルキナスには分かり得ないことの数々。カタルータの考え方が読めなくて、随分と悩んでいるようだ。

 それを見たユリウスは、自分の付いている人が彼で本当に良かったと思うのだった。真剣に国のこと、民のことを考えている彼だからこそ、傾倒しているのだ。


 ここに来てから、気付けば二時間以上が経っていた。アルキナスはユリウスに別れを告げて立ち上がる。そして、ユリウスに戦乱が始まる前に撤退してくるように伝えたのだった。


「お気をつけて。」

「お前もな。」


 もう一度深く帽子をかぶり直すと、アルキナスは飲み屋を後にした。そのまま建物の蔭へと入り込み、転移魔法を使って城の前に出る。少し高台になっている位置から、城下を一望した。


 皆が伝統や戒律を重んじ、はみ出すことなく生活している。この国が戦乱の渦中に巻き込まれるとは、現在の平和さからは想像もできないだろう。

 しかし、時は刻一刻と近づいて来ている。そして、それは避けることはできない。


 アルキナスは愛妹のことも、この国の民のことも守りたいと強く思っている。何かしら手立てを考えようと思い、自室へと戻って行ったのだった。




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