19. 「…わかったわよ。」
現在アルキナスがいるのは、王の執務室。リリアナの元へ行くと言うアランとは別れ、先の会話を報告するためにソファに着いていた。
最近の王は忙しい。いつもならうざったく絡んでくると言うのに、疲れたような笑顔を浮かべるだけだ。
「アサニッシオの男は望んだ事は喋りませんでしたが、肯定しました。確信を得ている事を聞く方が可笑しいと言っていた辺り、やつは腹が読めませんね。」
「お前にそこまで言わせるとは、大した男じゃないか。」
妙に納得できない言い分だったが、確かに自分にあそこまで言う人間は滅多に居ないと思い、閉口した。
「…ん?それはなんだ?」
拗ねるようにして赤いもので遊んでいる。王はそれについて言及していた。
「ああ、あの男が寄こしてきたんだ。プレゼントと言っていたが、あれは明らかに俺をからかっているだけだった。」
急に砕けた口調になったのは、王子として報告する義務を終え、ただ家族として話をしているからだ。
やはり不貞腐れているような息子に、王は優しい微笑みを向けている。歳を重ね、次代の王としての自覚が出てきた彼は、子供のような仕草を見せる事は滅多にない。が、今日は珍しい事もあるものだ。随分と子供っぽい振る舞いをするのだった。
「それに、やつは隠密のことも知っていた。他言する事は無いらしいが、アサニッシオはみんな知っているらしい。」
その言葉には、流石の王も驚いたらしい。目を丸くしていた。そして、彼がいつもと違う態度を取る理由も理解したのだった。
「アランはどうしている?アサニッシオに会ったと言う事は、もう仕事に戻っていると言うことなのだろう?」
「ああ。…元気過ぎるほどだよ。」
―――リリーへの接し方が随分とアグレッシブだったのには、流石に驚いた。
今朝の出来事に対しての率直な感想はそれだった。いつも顔を見合わせるのも一苦労な二人が抱き合っていたのだから、驚くほかないだろう。
アルキナスが推察するに、単なるアランの突発的な行動であったのだろうが、心配させてしまったと感じたリリアナはその行動を無碍にも出来なかったのだろう。
このまま二人の態度が軟化して行く事を願っている。しかし、それにはかなりの時間を費やすのだろう。そう思うとアルキナスは大きなため息をついてしまっていた。
******
リリアナは医務室から戻ると、酷く心配しているアニーによってベッドに縛り付けられてしまった。どうやら兄の指示もあるようで、今日は本当に出歩くことが禁じられてしまったようだ。
そんなに仰々しくしなくても、大した不調は無い。なのに、周りはそれを認めず、まるで大病を患ったようにリリアナを扱った。
「「お姉さまっ!」」
アニーの態度を諦め、それでも仕事の書類を見る事の権利を勝ち取ったリリアナに、騒がしい訪問者がやってきた。
綺麗なドレスを身に纏い、その美に勝るほどの容貌を持った二人。彼女たちはリリアナの腹違いの妹だった。
濃いピンクのドレスを着た、腰の辺りまである艶やかな黒髪の彼女は、第三王女のサリー。もう一人の、黄色のドレスを着た胸元辺りまである少々くすんだ色のブロンドの巻き髪の彼女は、第四王女のレニー。二人はまるで双子のように顔がそっくりだった。
「倒れたと聞きましたわ!」
「大丈夫ですの?!」
ものすごい形相だ。リリアナは引き気味になりつつも、二人を落ち着かせようと大丈夫だと言った。
「どこが大丈夫ですか!こんなにお痩せになられて…」
「髪の艶もありませんわ!あら、顔色もよくありませんわね……」
二人は声を合わせて、お労しいと述べた。
リリアナはテンションに押されつつ、二人にとられた片方ずつの手を何とか奪い返した。それに対して二人は不満そうだったが、アニーがお茶を淹れてきたことによりその場は何とか一段落するのだった。
最初はソファーに移ろうとしたのだが、二人はリリアナがベッドの上から動く事を許さない。仕方なしにリリアナの警護をしていた騎士に声をかけてソファーを動かしてもらうと、二人はそこに着いて優雅にお茶を楽しんでいた。
「ふぅ。お姉さま、お久しぶりに会えた事、心より嬉しく思いますわ。成人されてから大変でしょうが、わたくしたちとの面会の時間も予定に入れて下さいませ。」
「そうですわ!折角マリアンヌお姉さまから解放されたんですもの。その時間をわたくしたちにくださっても罰は当たりませんわ!」
―――二人のことは好きだけど、元気過ぎるから長時間一緒に居ると疲れちゃうのよね。
そう思いながらも、自分のことを只管慕ってくれる二人の妹のことが、リリアナは大好きだ。
二人にごめんなさい、と小さく謝罪を述べる。すると、二人は興奮したように黄色い声を上げた。
何事かと目を白黒させるリリアナに、レニーは可愛いと言って抱きつき、それに便乗してサリーも彼女に抱きついたのだった。
それはアニーが注意するまで続き、解放された時、リリアナは疲労感でいっぱいだった。―――…特に精神的に。
そして、それからしばらくは他愛もない話をしていたのだが、久々にあった所為かサリーとレニーのテンションは右肩上がりになり、これまでにないくらいリリアナの部屋は騒がしくなった。
あまりに騒ぎ過ぎるので、アニーが再び注意しようとしたその時。リリアナの部屋のドアがノックされた。が、騒ぎ過ぎている姫君たちは気付かない。しかし、訪問者は確認しなければならないのだ。
話の腰を折るのもよろしくないと思い、アニーは静かにドアを開けて訪問者と対峙した。
「アランさま、お身体の方はもういいのですか?」
「ええ、リリアナさまの治癒のおかげでもうすっかり…というより、私にはこの状況の方が気になりますが。」
この状況とは、三人、いや主に二人のガールズトークだろう。あまりの騒がしさに、先までリリアナが目を覚まさなかった状況とはかけ離れた世界のように思える。しかし、それは騒いでいる二人だけで、リリアナだけは朝と同じようにあまりいい顔色ではなかった。
アランはアニーと相談することも無く、真っ直ぐと三人の元へ進んで行く。アニーはそのことにより安心していた。
漸くリリアナが休息をとれるのだ。アランが踊り出て行ったのだから、二人はもうすぐ部屋から追い出されるだろう。
「サリーさま、レニーさま、お久しゅうございます。」
片膝をつき、忠誠のポーズを取る。そのまま項垂れて、最高の敬意を見せた。
「「…げ!」」
そんな彼に、二人は最速嫌な顔をする。しかし、アランの方は満面の笑顔で二人に向き合った。
その麗しさと言ったら―――。貴族のお嬢様方がいたら、きっと一瞬で全員卒倒するだろう。それほどのものだったのだが、昔から顔馴染のサリーやレニーにとったら、彼の見せる最も嫌な表情だった。
「兄さまと歩いて行くところを見たから来たのに、どうしているのよ!」
「私はリリアナさまの騎士ですので。」
「その似非王子のような風貌、鳥肌が立ちますわ!腹黒い笑顔を見せないで頂戴!」
「容姿をお褒めいただき光栄ですが、腹黒い笑顔とは何のことでしょうか?」
あまりにも酷い言い草だったが、それに動じることなく言葉を返すアランもアランだ。毎度のことなのか、リリアナは片手を額につけて嘆息したが、動揺した様子は見せなかった。
「お二方とも、姉上に久しぶりに会われて嬉しいのは分かりますが、リリアナさまは病人です。そのように横で騒がれては、休息がとれないと思うのですが?」
そう言われ、二人は言葉に詰まった。もちろんそれは、アランの言った事が正論だからなのだが、彼に注意される事がどうしても嫌なのか、何か言い返そうと思考を巡らせている。だが、結局反論も見つからず、二人は部屋から追い出されることになった。
「サリー、レニー、またの機会にお喋りしましょうね。」
後ろからかけられた声に二人はまた黄色い声を上げたのだが、何かを言う前にアランにドアを閉められたため、折角の面会はたったの15分程度で終わってしまった。
一方のアランは、ドアを閉めると満足そうにしている。二人が嫌いなわけではないのだが、どうもリリアナとは性質が違い過ぎ、彼女自身が押されていると思うからこその行動だった。
奥のリリアナの寝室まで向かう。と、そこで彼女は書類を広げていた。
その様子を目の当たりにしたアランは、綺麗な顔を歪める。特に眉間の辺りの皺がすごかった。どうやら、リリアナが身体を起こしている事が許せないらしい。
闊歩して傍まで行く。見上げてくるリリアナの視線に一瞬注意することを止めそうになったが、それでも彼女の身体が優先だと思い、まずは質問から始めたのだった。
「何故書類を見ているのですか?今日は一日ベッドから出ないと言う約束を、アルキナスさまとしたはずです。」
「ベッドから出てはいないわ。約束の範囲内だと思うけれど……」
威圧的な態度に、リリアナは気後れしてしまう。
「仕事も休むと申されていましたよね?」
「…わかったわよ。」
どうやら負けたらしい。彼女は書類をサイドテーブルに置くと、横になった。
その姿をアランはよろしいと言わんばかりの、満足げな笑みで見つめている。リリアナはそれから逃げるかのように、布団の中に潜り込んだ。
しかし、しばらくするとそっと顔を出す。そして、まだそこに佇んでいるアランに声をかけた。
「貴方も大怪我を負ったはずよ。下がって休んで。」
「私は、心配ですのでリリアナさまのお傍にいたいのです。」
彼女が思わず赤面してしまうほどストレートな言葉だった。
しかし、リリアナはすぐに昨日のことを思い出す。アランが自分の傍を離れた時に誘拐されたのだ。自分の警護している対象がそんなことにもなれば不安を感じるだろう。
そう納得して、傍に居る事を許可した。だが、許可を出すに当たっては二つほど約束があった。
「立っていられては気が休まらないわ。あと、少しでも身体が辛いと思ったら、何時寝てもかまわない。だから、そのソファを自由に使って。」
彼女なりの心配のし方だった。アランは主の部屋で休むことに難を示したが、それを守れなければ出て行けと言われてしまい、不承不承ながらも了解した。
傍から見ていたアニーはそんな二人の小さな変化に笑みを溢し、静かにその場を後にする。二人きりにしようと気を利かせたのだが、アランにとってはあまり嬉しい行動ではなかった。
アランは今朝の自分の行動を恥じているのだ。しかし、またその愚行に出ないという確証はない。
それでも、彼女も同じように自分のことを心配してくれているのかと思うと嬉しくなり、その顔には本当に心からの頬笑みが浮かんでいた。だが、それを見た者はいなかった。
******
アルキナスは一度自室へと戻り、着替えてからそこを出た。なぜなら、文が届いたからだ。
いつもの場所で落ち合うことになっている彼は、平民の格好をしている。帽子を深くかぶっているのは顔を隠す為だった。
そんなアルキナスの耳に、キャピキャピした声が届いた。目の前を見ると、どうやら妹たちのようだ。
彼女たちに会うのは久しい。久々なのだから、少しくらいは話そうと思い、彼は帽子を取って顔を曝し、二人の前へと進んで行った。
「「あら、お兄様。お久しぶりです。」」
見事に言葉が揃っている。そんな事実はないのだが、アルキナスは二人が双子に見えてしょうがなかった。
「また城下へお出かけですか?」
「ああ。気晴らしには良いだろう。」
にっこりと笑顔を浮かべてそう言うと、二人は羨望の眼差しでアルキナスのことを見ていた。彼女たちは城から出た事が無いのだ。
それに気付いたアルキナスは話題を別のことへと振る。それはさっき二人が何を話していたかということだった。
「今、リリアナお姉さまに会ってきたんですの。」
アルキナスはシスコンだ。しかし、それを勝るのがこの二人。リリアナ絶対主義なのだった。
何時こうなったかは分からない。しかし、気付いたらすでにこうなっていた。二人はどう言う訳か妙にリリアナに懐き、慕っているのだ。
「でも、お部屋で騒ぎ過ぎてしまって…アランさまに部屋を追い出されてしまったんですわ。」
落ち込むレニーを見てアルキナスは納得してしまった。漸く目を覚ましたリリアナを、アランが二人の騒がしさで煩わせたくないと思っても仕方がないと思ったのだ。
そして、何よりも確かなのは、彼がこの二人以上にリリアナ絶対主義だと言う事だ。何があってもリリアナのためになることしかしないだろう。
「だけど、サリー、アランさまはさらにすごくなっていたわね。」
それに賛同する彼女に、アルキナスがどう言う意味かを問えば、すぐに答えが返ってきた。
「「お姉さまに対する執着よ!」」
どうしてここまで声をそろえる事が出来るのだろう。不思議に思いながらも、興奮している様子の二人の話を聞くことにしたアルキナスは、リリアナと同様にこの二人の妹を可愛く思っているのだった。
「だって、あの視線!ねえ、レニー?」
「ええ。本当に凄かったわ。お姉さまのことが愛しいと言わんばかりの甘い視線!兄さま、目は口ほどに物を言うの。恋に関しては女性の方が敏感なんだもの、きっと間違いないわ。」
アルキナスが何か言いたげなのが分かったのだろう。サリーは先回りしてアルキナスが言おうとした事を止めた。つまり、今は口出しされたくないのだ。喋り倒したい時、二人はよくこうやって人が話す前に言葉を遮るのだった。
「お姉さまへの執着は年々ひどくなっていっているわ。確かにお姉さまは可愛らしいし、大人っぽくなられたけれど、他人には取られたくないと言う意志がむき出しでは、そのうち本人にもばれてしまうと思うの。」
「そうね。でも、彼ならお姉さまのことをよく分かっているし、大切にしてくれると思うわ。他の男に渡すくらいなら、わたくしはアランさまがお姉さまの旦那様になればいいと思おうのよ。」
「確かにそうね。だけど、それもそれで心配じゃないかしら。だって、あれだけ執着していれば束縛も激しいんじゃなくて?そうしたらお姉さまを他の人にも見せたくないと言ってわたくしたちが会えなくなってしまう可能性も出てくるわ!」
―――口を挟む隙間さえなかった。
アルキナスは二人の会話に呆然としながら、よくそんなに遠くのことまで想像して話せるな、とある意味感心していた。
しかし、そんな風に思いながらも、確かに二人が和解して思いが通じあったら、アランは二人の話していたようになりそうだと彼は妙に納得してしまった。
こうやってほんの少し思考を巡らせていただけで、二人はアルキナスを置いて妄想を続けている。何時までも付き合っていたら日が暮れてしまうと思い、二人に断って彼はそこを後にしたのだった。
そして、向かうべきは城下にある飲み屋。そこである人物と落ち合う約束をしているのだ。
少々二人との会話で時間を食ってしまったアルキナスは、いそいそとその場所まで向かって行くのだった。




