17. 「恐れ入ります。」
シュトラエネーゼ王国国王は、自分の執務室で頭を抱えていた。何度も辟易したようにため息をつく。その訳は先の報告書による。
リリアナが誘拐された。救出されたはいいが、その騎士であるアランは重傷を負った。王も眩しいほどの光に気づき、それが数年前にリリアナが放った物と同じだと把握した。そのことにより、何かあったのではないかと心配していたのだ。
その当たって欲しくない予想は見事的中し、新たに届いた報告書には、おそらくカタルータが関係していると書いてあった。頭を抱えずにはいられないだろう。
そんな王の元へ、訊ねてきた者がいた。それは息子であるアルキナス。絶対何かがある状況ゆえ、その人物の登場に対して驚きもしない。果たしてどんな話し合いが行われるのか、どのような方向性を決定するのかが問題だ。
王はアルキナスを導き入れ、ソファへと座らせる。ため息をつくと、詳しく話すべく真っ直ぐ視線を合わせた。
「今回のこと、今は数人しか知りませんが、緘口令を出したところで人の口に戸は立てられない。すぐに知れ渡るでしょう。」
「…しかし、大事にはできない。だが、何故カタルータが……」
「不思議な事もないでしょう。あの馬鹿皇子ならばやり兼ねない。」
王は息子の吐き捨てるかのような言葉で気付かされた。
彼がやって来た時のことを思い返す。明らかに不遜な態度。他国に来たと言うのに、相手を敬う様子すら見せない。それどころか、主が居ないのにその部屋へと入り込むという暴挙を見せている。しかも、王族の未婚の姫君の部屋へ、だ。
後に聞いた話によれば、彼はリリアナのことを自分の婚約者と呼び、彼女を相当怒らせていたと言う。更に、次期国王であるアルキナスのことを馬鹿にしたと彼女が憤慨して言い争っていたと、彼女の侍女から報告されていた。
あまりにも考えなしの行動に出るカタルータの皇子のことを考え、王は自分の考えを改めた。確かに、可能性が無い訳ではないと。
「この事、公に出すおつもりですか?国交問題になるでしょうが……」
「そうはいかんだろう。」
苦渋の表情を見せる王を、アルキナスはじっと見つめた。その顔には疲れがにじみ出ている。というのも、最近はこの国での問題が多く、彼は休む間もなく働いているのだ。倒れてもおかしくない。
最近は昔よりも多く国内への不法侵入者が増えている。申請さえすればシュトラエネーゼの国民に誰もがなれると言うのに、それを踏まずにやってくる彼らには目的があった。それは、魔法だ。
魔法を使えるまだ小さい子供たちを捕まえ、自分たちの良いように使うためだと密かに報告されていた。被害はまだ少ないが、それでも出ていることには変わりはない。
解決策としてこの国を取り囲んでいる城壁に結界魔法をかける事が挙がっているが、それがいつになるかは分からない。そもそも、いくら小国とは言えども一国を取り囲むには膨大な魔力を有するのだ。
「証拠が挙がっている以上、こちらの言い分は通るはずです。しかし、相手がどう出るかが問題ですね…穏便に行けばいいのですが、リリーの話によるとそれは無理でしょう。」
その話の内容を問われ、彼は妹が教えてくれた事を話した。つまり、争い事をカタルータの皇子が好んでいると言う事だ。
「こちらとしては争い事を好まない。しかし、このまま黙っていれば同じ事が起こり続けるだろう。」
―――ならば、戦争もいた仕方ないか……
そう呟いた王の言葉に、アルキナスが心の中で呟いた言葉が重なった。余りにもタイミングが良過ぎ、彼は自分の考えを口に出してしまったと思ったほどだ。しかし、実際は王のもの。とりあえず、自分の意見は置いておいて、最高権力者の考えを聞くことにした。
「争いを厭っているのはこちら側で、あくまで向こうは好戦的だ。一月前のあちらの宰相殿の様子も気になるな……」
魔法師を重んじていないような発言は、魔法に重きを置いているこの国の人間にとっては不審な発言。その力において反映してきたのだから、それを蔑ろにされたような気分になって、いい気持ちにはなれないのだ。
王はどうしたものか考え、アルキナスはその様子を静かに見守った。そうしながらも彼は彼なりの答えを探し、やはりリリアナを守るためには争いも仕様がないのではないかと思い始めていた。
「リリアナはこの国の象徴だ。そうでなくても、俺は妹を想い、どうしてもこの国に止めておきたいと思う。」
―――…二人のことを見守りたいんだ。
アルキナスは、妹と共に親友のことも想った。
あの二人の態度の軟化は、リリアナが成人を迎えてと言うものの、目に見えて分かっている。もしかしたら、と思わずにはいられないほどだ。
どうにか、二人を和解させたい。そして、願わくばその二人を見守っていきたいと思うのは、アルキナスの我儘だろうか。
彼は考えが脱線していることに気付き、カタルータのことへと戻した。しかしながら、先のように思っている彼には、リリアナを向こうへ奪われてはいけないという気持ちが強い。そもそも、王女を誘拐するなどという非常識な事を許すことはできないはずだ。
「…魔法さえあれば勝てると思っている俺は、非情な人間だろう。」
息子の呟きに、はっとした表情を見せた。自分の息子が、もう闘うことを決めているかのような言葉に、それしか選択肢が無い事を気付かされたのだ。
これは覚悟が必要になる。そして、多くの国も巻き込むことになるだろう。
「…愚帝と呼ばれようとも、この戦いは己の意志で成し遂げねばならないだろう。」
遠慮がちに、でも力強い言葉。アルキナスはその言葉に安心した。
何を解決するにしても、平和的なのが良いことには変わりない。しかし、世の中それだけではいけないこともある。力を見せしめ、触れてはいけない国として認識してもらう必要があるだろう。
そうでなければ争いを避けているひ弱な国として見られるだろう。そして、リリアナの誘拐がまたも起こり、子供たちの誘拐も多発するだろう。
それだけは避けねばならない。そして、次期国王になるアルキナスの考えを採用するには、避けて通れない道なのかもしれない。
この事をどのように判断するかは王族に掛かっている。家臣たちが勝手に事を起こさないように注意しつつ、どうやって行動を起こしていくべきかを彼らはこれから吟味していくことになった。
「…ひとつ、気になる事があります。」
表情をさらに固くする息子に、王は目を向けた。その顔は何かに脅えている様な、引いているような感じだ。
普段は見せない表情にその父である王は目を惹かれる。そして、言葉を待った。
「アサニッシオの男を捕らえました。リリーを誘拐しようとした奴です。」
良い報告のように思えたが、次の報告で彼はそう思えない気がするのだった。
それは、その男が自分を捕らえたアランに会いたがっている事。そうでなければ喋らないとしている事だ。そして、一番驚いたことには、その男の嗜好のことだった。
「本人は恋愛対象ではないと言っていましたが、どこまで本当か分かりません。アランはリリーのためなら何でもやるでしょう。情報を引き出す為に奴の言う事を聞く可能性だってある。それだけは、幼馴染として止めたいのです。」
世の中にはそう言う考えを持つ人間が居るとは知っていた。しかし、自分がそうでいない以上、理解に苦しむのが当たり前だ。
王はうろたえながらも、アランが暴走しないようにアサニッシオの男に面会する時にはアルキナスが同行するようにと指示した。
「確か、お前には隠密が居たな。」
アルキナスは、各国の情報収集をするために各国に入り込ませている彼の支持者が居た。それは一つの集団により成り立っており、その中から派遣しているのだ。そのチームは若手の育成をしており、次代の者を育てる事に力を入れている。
それだけではなく、その集団は宰相にすら知られていない秘密結社のようなものだった。王家でも知っているのは現王と次代の王だけである。
「カタルータに居る者から情報を寄せて欲しい。カタルータでの魔法に対する動きと、リリアナのこと、そして第一皇子のことを詳しく聞きたい。」
それに承を応え、アルキナスはそこを後にした。
自分の執務室に戻ることも無く、アルキナスは再び医務室へと向かう。その時、焦ったように早歩きをしてしまったのは、愛しの妹君の容態を気にしているからだ。そろそろ目を覚ましたのではないかと思い、闊歩しているのであった。
急いで戻ってみたものの、リリアナは目を覚ましていなかった。その代わり、アランが身体を起こして書類を見ていた。
「…休めと言わなかったか?」
皮肉めいた言葉であったが、アランは気にする様子が一向にない。それよりも、何かを話したくて仕方がないと言う様子だった。
先とは違う姿に興味を持ち、アルキナスはソファへと腰を下ろす。そして、強い視線をアランに向けた。
「…分かりました。話します。」
何かを語っている視線に負け、アランは書類から目を離す。そして、自分の考えを述べるべく、身体をアランの方へと向けた。
本来ならば傅きながら報告するものだ。だが、怪我を負った以上それはできない。それに付いてまずは謝罪を述べ、彼は気になる事を話し出した。
「とりあえずまず疑問に持った事は、当たり前ですが、カタルータにとって今回のことの利点です。」
今回のことは国同士の問題だ。伝統に則り、婚姻についてシュトラエネーゼは考えている。しかし、カタルータは公言していたにも拘らず、それを覆そうとしたのだ。
「利点など考えなくても、リリアナが欲しかったと言うことで十分理由になるだろう。俺の妹は本当に可愛いからな。」
「…それに関しては賛同致しますが、国同士のことなのですから、他にも何か理由が必ずあるはずなのです。」
アルキナスはアランの言葉に驚き、そして考えさせられた。
「魔法がいらないと言いながら、現在最大とも言える魔法力を持つリリアナさまを所望するのは、いささか不自然過ぎます。それに、他国が戦争を吹っかけてこないのは、この国にある魔法に勝てないと分かっているからです。なのに、カタルータは最初から喧嘩腰でやってきた。争いに対して何ら疑問に思っておらず、魔法に対しても臆していない。何か勝算があると見込んでいなければ、本当にただの馬鹿でしょう。」
アルキナスは、確信を居ている言葉に腕組みをして考えざるを得なかった。
―――あの宰相は、魔法師を回収すると言っても動じなかった。それどころか、こちらが古い考えに囚われ過ぎているとも言っていたな。文化は発展するものとも言っていたが、あれに本当に意味があるのだろうか。
一月前のことを思い出し、只管考える。言葉はヒントだ。何か含みがあったり、何気ない発言に大きな意味があったりする。
しかし、前回の会話だけでは考えるには乏しい情報量しかない。ならば、やはり情報を集めるのが必須だろう。
「お前を武人にしておくのは勿体ないな。」
「恐れ入ります。」
頭の回転が速い。普段は身体を動かしているだけの彼だが、元来はアルキナスとリリアナと共に勉学に励んでいたため、頭は悪くないのだ。
アルキナスは頭の中でまとめられなかった事をまとめてもらえたことに感謝したのだが、その言葉が彼に響いている様子は一切見られない。それまでと変わらない様子で淡々とこなして見せるところが、アルキナスにとっては少々憎らしかった。
「…戦いが、起こるかもしれない。騎士たちの訓練はどうだ?」
「我々は魔法に頼ることなく闘う事を信念にしています。訓練は怠っておらず、成果は上々と言ったところです。しかし、実践を行った事はありません。置かれる状況によっては戦意喪失、精神不安定に繋がるでしょう。」
人間として、それは当たり前のことだ。普段は平和に過ごしているだけなのだから、人の生死に大きく触れてしまう国同士の争いなど、精神を患っても仕方がない話だ。
さて、このことはどう進むのだろうか。それは今はまだ、神のみぞ知る―――。
その後―――。
「ああ、そうだ。お前が捕らえたアサニッシオが、会いたがっているぞ。」
アルキナスの言葉に、アランは記憶をたどる。と、リリアナの居場所を聞き出す為に取引をした男のことを思い出した。
あの会話での事はアランしか知らない。ならば彼が会いに行って話を付けるのが適任だろう。
「わかりました。明日、傷が痛まないようなら会いに行きます。」
「その時は俺も同行させてもらう。」
「別に一人でも大丈夫なのですが。」
「いや、こっちの事情だ。気にするな。」
アルキナスの言葉に、アランは軽く返事を返しただけだった。
少々違和感を覚えたが、今日は大量に血液を失っていた所為か、身体に気だるさを感じていたため、ベッドに寝そべる。
それを見ていたアルキナスは、アサニッシオの男の本当のことを彼に話そうか、本気で悩んでいた。だが、彼が寝る態勢に入ってしまっては、話すことはできない。アルキナスは完全にタイミングを見失っていた。
―――なるようになるだろう……
彼が心の中でそう呟く頃には、アランは眠りについていた。
二人が並んで寝ている姿を見て、微笑ましく思う一方で、これからのことを考えると気が重い。彼はこの先がどうなろうと、二人には幸せになって欲しいと願っていた。
「…いい夢を。」




