16. 「やはりそうか……」
アルキナスは、イラつきながら城内を闊歩していた。
リリアナが誘拐された。それを知った彼が自分で探しに行くと言ったが、誰もがそれを許さない。落ち着かない気持ちで待っていると、次に聞かされたのは二人が気を失った状態で城に運び込まれたと言うことだった。
それは仕方ないとして、報告が二人が運び込まれて一時間以上経ってからという事が解せない。
さらに加えて、執務が急に増加して面会に行けないと言う事態。どうしてこうも間が悪いのかと、苛々しているのだ。
書類を見ながら急ぎ足で救護室へと向かう。その書類とは今現在分かっている事をまとめたもの。それを読みながら二時間ほど遅れて漸く目標を達成することが出来たのだった。
扉を力いっぱい開け放ち、どかどかと進んで行く。
「二人はどうしている!」
「ひっ!」
デジャブ。医者はあの時と同じようにものすごい形相をした王子に驚いた。
「ア、アラン殿は出血多量でしたが傷は塞がっております。あの時のようにすごい光が広がったらしいので、お…おそらくリリアナさまが治癒魔法を使ったのかと……」
しどろもどろになりながらも、答えられただけましだろう。
「しかし、リリアナさまは魔法の過剰使用により、気を失っておられます。ひ、ひ…疲労でお倒れになった、よ、ようです……」
「それは報告書を呼んで理解している。その後の二人の容態はどうなのだ?」
やはり表情は硬く、それに医者の表情は引きつっていた。
「両者とも、まだ目覚めておりません。そ、傍についておられますか?」
その問いにアランがそうすると答えると、医者はあたふたしながら救護室を出て行った。
アルキナスは嘆息する。自分のしたことへのいらつきだ。
自分が頭に来ている事を隠しもしない態度であの医者に当たってしまった。それを自負しているからこそのため息だった。
分かっているのならば、そうしなければ良かったのだが、そうもいかないほどの出来事だった。数年前と同じ事が起こったのだ。つまり、二人の状態も同じ可能性が高い。
アランは瀕死寸前の重傷を負っており、リリアナは疲労で身体を壊しているだろう。そんな姿は見たくないのだ。だからこそ、アランが騎士になることに大賛成して送り出した。だのに、また同じ事が起こってしまった。
怒りが溢れ、自分が何とかしたかったのにどうにもできず、やりきれない気持がアルキナスの中に膨らんでいる。長いため息をつくと、そこに佇んでいても仕方がないと思い、二人の元へ進んだ。
何個も並んでいるベッドのうちの二つに二人は寝かされていた。広いそこで隣同士で寝ている二人は、静かに眠っているようだ。胸の辺りが呼吸で上下していることに、アルキナスは安心する。二人の安否が漸く自分の目で確認できたからだ。
ベッドの間に置かれたシングルソファに深く腰掛ける。そして、もう一度ため息をついた。
しばらく顔を両手で覆っていたが、微かな動きを感じてベッドへと目を向ける。すると、アランが目を開けていた。
「…目が、覚めたか?」
彼は状況が理解できていないらしい。声がした方に目をやると、アルキナスがそこに居ることに驚いた顔をした。
「…ここは……」
寝起きの所為か、声が掠れていた。
「リリーを助けてくれて有り難う。だが、お前自身が傷ついていては意味がないな。」
少しきつい言葉に、アランは謝った。その姿にアルキナスは苦笑する。一応心配したつもりだったのだが、真面目な彼には責める言葉に聞こえたようだ。
王子に対して寝たままというのは気がひけたのか、アランは身体を起こそうとする。しかし、わき腹に痛みが走ったのか、そこを押さえて蹲ってしまった。
アルキナスは急いで駆けよる。アランは起き上がらせるために手を添えてくれた彼の人に断りの言葉をかけた。が、一人では無理だと言う言葉に納得してその手を借りることにした。
「…傷は塞がっていますから、痛みさえ引けば平気です。」
そう言って退けた彼に、アルキナスは状況説明を命じた。
「今回の事件には、どこかの他国が関わっています。」
その言葉に、アルキナスは眉を顰めた。内容を聞いて激怒する。捕らえたアサニッシオをどうしたのかと訊ねられ、アランはその前に気を失ってしまった事を伝えた。
「おそらく、ここにあの時の関係者を呼べば状況報告が出来ると思いますが……」
彼がそう言うと、アルキナスはそうするように指示を出して、先のソファに深く座った。
「アサニッシオ相手にわき腹だけで済むとは、お前は運が良い。」
横目で見ながら、ぼやくように言う。それを聞いたアランは苦笑した。
「アル、最近のお前は口うるさい父親の様だぞ。」
その一言に青筋を立て、彼は心配して何が悪いと一蹴した。いや、開き直った上での宣言をしたと言う方が正しい。
アルキナスにとってアランの言葉が嬉しくもあった。口調が砕け、明らかに態度が軟化していた。つまり、一瞬だけだろうが、親友という間柄に戻れたのだ。
「遅くなって申し訳ありません。」
二人の会話に、侵入者がやってきた。それはアルキナスが呼んだ関係者。基、リリアナの騎士の一人だった。
「アラン殿、お目覚めになられて何よりです。怪我の具合はいかがですか。」
「大したことはない。」
あまり感情の籠っていない会話に、それを見ていたアルキナスは少々呆れてしまった。一応、命に関わるほどの大怪我だったのだから、お互いにそんな淡白な態度は無いだろう。
「こんな時に大変失礼かと思いますが、報告書作成のためにお力添えを頂けたらと思っています。構いませんか?」
「ああ。」
どうやら、お互いに情報が足りないらしい。アランが気を失う前のことを騎士は知らない。その後のことをアランは知らない。アルキナスに至っては皆無だ。
状況を照らし合わせるために、すぐ話し合いが始まった。
「アラン殿を我々が発見した際、黒ずくめの男二人が傍らで息を引き取っていました。何があったかお教えいただけますか?」
「彼らはアサニッシオだ。」
そこから始まり、アランは意識を失くすまでの経緯を全て話した。その後、駆け付けた時の様子からは騎士が話す。その際にアルキナスは一切口を挟まず、両方の情報だけを頭の中に納めていた。
「そうだ。捕らえたあの男はどうした?」
「アラン殿の魔法により、まだ目覚めておりません。」
「…捕らえた?」
分からないと言った様子を見せるアルキナスに、アランが説明をした。
その話を聞いた彼はギラついた目を見せ、不敵な笑みを浮かべる。慣れているアランは兎も角、初めて見た騎士は少々気後れした。
一方のアルキナスは、いい餌が手に入ったと思っていた。リリアナ達を助けに行くのはダメと言われても、その男の尋問くらいはいいと言われるだろう。他国が関わっているなら尚更だ。外交問題は王家の人間が容易に介入できる問題だから。
「その男が他国の王家に依頼されたことを臭わせていました。そうだ。あの荷馬車の入国手形を調べれば、何か分かるかもしれません。」
「では、それはこちらで調べましょう。アラン殿はもうしばらく安静にしていてください。」
そう言うと、騎士は自分の書いたメモを大切そうに抱えて出て行った。残った二人に沈黙が広がる。しかし、表情はお互いに暗くは無かった。
「しかし、手形を調べても、証拠が出る確率は低いですね。相手もそこまで馬鹿じゃないでしょう。」
―――そうだな。
そう思いつつも言うのが面倒なアルキナスは、頷くだけに留まった。とりあえず思考に集中したいらしい。
―――待てよ……?
「この国との貿易が切れることがメリットになる国は無い。魔法師をより多く望む国はあっても、国同士の関係を破綻させようと進んでする国があるはずはないだろう。」
呟いた本人は、自分の言葉に疑問を持って首を捻った。どこかに引っかかっているのだ。
つい先日、いや、一月ほど前にそんな話をした気がした。
「「…カタルータ。」」
二人は顔を見合わせて西の大国の名を上げた。
「確か、魔法師は必要ないと言っていましたね。」
「ああ、時代は変わるものだとも言っていた。あの時の自信は不思議だったが……」
何か確信を得られるものがあるのだろうと二人の結論は行きついた。
だが、国同士の争いに発展してしまうほどのことを、簡単に起こすだろうか。争いはあまりいいことではない。人が大勢死に、経済も不安定になる。勝利を得られた場合は賠償金など得はあるが、敗者は苦汁を舐めることになる。
カタルータは大国ではあるが、シュトラエネーゼは魔法がある。向こうが多勢でやってきたところで、魔法には勝てないのだ。
それが分かっているからこそ、他国はシュトラエネーゼにわざわざ手を出さない。一方のシュトラエネーゼは力を振りかざすように魔法を使いたくないと思い、極力争い事を避けてきた。
しかし、今回はそんな穏便にはいかないだろう。一国の姫、そして世界から注目されている力の持ち主を国から誘拐しようとしたのだから、大事になるはずだ。それに対して、当国同士以外の国はどんな反応を見せるだろうか。
おそらく、シュトラエネーゼの味方をするだろうが、ほとんどが我関せずの態度を取るだろう。
今回のできごとはどう転ぶのかが不定である。どうしたものか、二人は方向性に悩んでいた。
何度もため息が零れる。そこに、報告書を作るために出て行った先の騎士が駆けこんできた。
「……アラン殿!」
その形相は徒事ではなさそうだったが、リリアナがそこに寝ていたために二人は一斉にその騎士を睨みつけた。
「も、申し訳ありません。」
リリアナに一瞥をくれ、申し訳なさそうな謝罪。そして、また焦ってしどろもどろになりながら事の詳細を告げる。
「何度か他国を経由しています。しかし…出発はカタルータです。」
「やはりそうか……」
アルキナスの呟きは、三人の気持ちを表していた。
「何か、行動を起こしてくるでしょうか。それとも、こちらから動くべきでしょうか。」
アランの呟いた言葉に、アルキナスは眉間のしわを深くした。
シュトラエネーゼ側が動くのは当然だろうが、もしかしたら相手側から仕掛けてくる可能性もある。ならば、先手を打って穏便に済ませる方法を取るのも可能だ。
「考えていても仕方がない。王に報告し、出方を考えよう。お前は取り急ぎ報告書を作成し、王に提出を。アランはここで休息をとりつつ、リリーを見ていてくれ。」
二人は了解し、アルキナスはそこを後にした。その時一緒に居た騎士にアサニッシオのことを聞いて、地下牢へと歩を進めた。
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「…誰だ、お前?」
失礼な第一声を聞いたアルキナスは眉間にしわを寄せた。そして、腕組みをして前の男を見据える。そこは暗く、小さなロウソクの灯が微かに辺りを照らしているだけだった。
「シュトラエネーゼ王国の王子だ。」
「ほー、それは、随分と偉い人が出てきたね。あのキラキラした騎士はどうしたんだい?」
随分と神経に触る喋り方。アルキナスはさらに眉間のしわを深くした。
そんな事はお構いなし、いや、暗くて見えないのかもしれないが、捕らえられたアサニッシオは状況が状況だと言うのに、緊張感が欠けているようだ。
「奴は重傷を負っている。」
「…やられたのかい?」
急に前のめりになって訊いてくるその男に、アルキナスは違和感を覚えた。彼は男をじっと観察する。薄明かりの中、その視線に気づいた男はヘラリと笑った。
「……そんなにじっと見ても、君は俺のタイプじゃない。」
その発言に、アルキナスはギョッとした。この男は何を言っているのか、と。
顔色を伺ってみても、笑っているだけで何も読めない。アサニッシオにも拘らず緊張感が無いとは思ったが、やはり掴み所がない所為か侮れないと思っていた。
「そんなに身構えなくてもいい。俺のはただの観察対象ってやつだから。恋愛対象ではないよ。」
―――そんな事聞いていない。
話をはぐらかされている。それに気付いたアルキナスは咳払いをして、話を戻すべく口を開いた。
「雇い主は誰だ?」
「言うと思うかい?」
その言葉には、自分はアサニッシオだという強い意味が込められていた。それを感じ取ったアルキナスは彼から目を逸らしてしまった。笑顔のその奥が、怪しく煌めいたのだ。
「……あの騎士が来てくれたら喋るよ。」
「奴にそう言う趣味は無い。一生付く相手もいる。」
その言葉に、アサニッシオの男はそう言う意味じゃないともう一度言った。アルキナスは訝しげに男を見る。それに対し、笑顔を返し続けた。
おそらく話は平行線だ。大変だろうが、明日にはアランを連れて来ようとアルキナスは決めていた。
そして、今頃報告書を読み終えているであろう父の元へと向かった。




