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13. 「ふざけないでいただきたい!」

「ついに、きてしまったか…」


 王の呟きは小さくその部屋に響く。側近のものはその言葉が聞こえなかったらしく何も反応しなかった。しばらくすると頭を抱えている状態から頭を上げ、アルキナスと宰相を呼ぶように指示を出す。それまでしていた仕事の書類に手を付けることなく、横に寄せた。


 通りがかった侍女にお茶を用意させる。全員がソファに付き、お茶の用意が終わると、人払いをした。


「まずはこれを見てくれ。」


 そう言って二人に渡されたのは、西の大国からの書簡だった。何事かと思いつつそれを開き、読む。そこに書いてある事を理解するまで、二人は固まってしまっていた。


「な、なんですかな、これは。」


 豊かな白い髭を蓄え、大らかな体型を持つこの国の宰相、ロッドハルト・クルアーンは、目を丸くしている。アルキナスに至っては、片手を頭に置いて悩ましげにしていた。


「あれほど国の決まりを公言していたにも拘らず、恐れていた物がきてしまった。」

「…別段、気にする事はないかと。断ればいいでしょう。」


 固い口調でそう言うアルキナスに、王は首を横に振った。それは、手紙に書かれている内容が原因だ。


 ―――第二王女リリアナを、カタルータ皇国の第一皇子ランスルート・フォンド・カタルータの正妃に据えたい。差しあたって、相談したく、二週間後に宰相がそちらに伺います。


 もう決定事項だと言う有無を言わせぬ口調で書かれている。説明をする手紙を送るよりも早くこちらに来る気だと言う事が、向こうの本気さを伝えていた。


「何を引き合いに出されるかは分からん。とりあえず、断る方向性で話は勧めるが、アルキナスは余と共に出席せよ。むろん、ロッドハルトもだ。」


 いいな、と言う確認に二人は頷いた。そこで公的な会話は終わり、私的な雰囲気になる。家族よりも難しい顔をした宰相は、泣きそうな顔をしていた。


「何故リリアナさまを御所望か。あの方をこの国から出そうなど、少しも考えなく分かる事ではないか。」


 涙ぐむその背を、アルキナスは軽く叩いた。鼻をぐずつかせている御老体は、懐から出したハンカチでその顔を拭っている。彼は、王家の子供たちの事を我が子の事のように考えていた。だからこそ、この対応は仕方がない事だろう。


「大国からのお達しだ。こちらからの治癒魔術者だけじゃ足りないと言うことだろうな。しかし、王家の姫を寄こせとは…」


 みんながみんな悩んでしまう。それほどまでの内容だった。

 この国には唯一魔法があるように、それが貿易の引き合いになっている。残念ながら、この国以外の者に魔力は持てない。この国の者が他国に嫁ごうが、その子孫に魔力は存在できないのだ。


 むろん、この国に入って来た者に魔力が持てないのは言うまでも無い。片親が他国のものであればその子供は魔力が持てず、ハーフとその国のものとならば多少の魔力が望めると言ったように、その地に根差し、神を祭る者たちにその力が与えられるのだ。


「本人に、伝えるべきだろうか。」


 濁し、それでもどこかはっきりした口調で問うアルキナスに、王は明確な答えが出来なかった。


「…断るんだ。いちいちリリアナに不安要素を伝える必要はないだろうが…伝えねば、あの子は怒るだろうなぁ。」


 悩みは尽きない。それでも時間は経つもの。あっという間に、使者が来る日となってしまった。



******



「ようこそお越しくださいました。」

「早速ですが、話と参りましょう。長居する気はありませんので。」


 にこやかな王に対して、男は明らかに失礼な態度だった。一応は握手をしたが、不遜な態度は変わらない。適切ではないその態度に、周りにいた者たちは皆訝しげな態度を示した。

 と、その空気が変わる。一瞬にしてざわめいた。それは、宰相の後ろから、ある青年が表れた事が原因だ。その御方は―――。


「お久しぶりです。カタルータ皇国第一皇子ランスルート・フォンド・カタルータです。」


 黒髪が煌めく、端正な青年だった。ほとんど全員が唖然としているのは、今回の問題でもある婚姻についての張本人が出てきたからだ。

 ―――それほど本気と言うことか。


 そこにいた誰もが納得し、この話し合いがそう簡単には済まないと感じた。

 会議室に移動し、主要な人物が席へと着く。シュトラエネーゼ側は国王、宰相、そしてアルキナスが、カタルータ側は宰相と王子が腰を下ろした。


「早速ですが、今回の婚姻に付いてそちら側の意見をお聞かせ願いたい。」

「この事を、姫はご存知ですか?」

「皇子、そう急くのはおやめ下さい。まずはこちらの話し合いが重要ですぞ。」


 諌められた皇子は、仕方なしに納得した。その後の態度は、見れたものではない。他国へと押し掛けてきたくせに、話し合いには全く興味がないと言う様子だ。出されたティーカップをくるくるとまわして落ち着かない様子を見せていた。


「ご存知かと思いますが、我が国では国内においての繁栄を重要視しております。民には強要はしておりませんが、王家ともなれば違います。」

「しかし、この様にご立派な王子がおられる。一人くらい構わないのでは?」


 一人だけだからいい、そう言う問題ではない。神から賜ったこの魔法と言う素晴らしい力を、やすやすと引き渡すことなどしてはいけない。そして、稀な力を持ちあわす彼女を、示し合わせたように指名してきた事が問題だ。


「…もうひとつ、我が国には習わしがあります。」


 低く、頑なな口調で言ったのはアルキナスだ。不機嫌さを隠しもしていないその態度は、相手の皇子といい勝負だった。


「年上から順に婚姻を結ぶ事が習わしです。民にはもう普及しておりませんが、王家は代々則っております。」

「ならば、姉上、名前は確か…マリアンヌ姫と言いましたか?その方も一緒に娶ると言う事でどうでしょう。」


 ニコニコと言って退けた皇子。シュトラエネーゼ側は憤慨しかねないほどだった。


「ふざけないでいただきたい!」


 他の二人は抑えている。我慢できなかったのは一番年若く、妹思いのアルキナスだった。彼の怒りの表情に、それでも皇子は笑顔のままだ。自分がどんなに失礼な事を言ったのかなど、気にも留めていないらしい。


「何故怒るのです。26ともなれば、完全な嫁き遅れ。それを貰ってやろうと言うのに、怒られる筋合いはありませんよ。」


 その国の宰相は、頭を抱えていた。自分の国の皇子がやらかしたと思ったからだ。実際、伺い見た国王陛下の表情は怒りに満ちている。話しあいどころではなくなってしまったと思ったのだった。


「さて、僕は愛しの姫君に会いに行くとしよう。」


 ふらっと立ち上がり、止める間もなく出て言ってしまったことで、宰相はさらに顔色を悪くした。


「…はっきり申し上げましょう。この話は、最初からお断りするつもりでした。お帰り下さい。」

「そちらがその気ならば、こちらも手を打ちましょう。」


 怯えながらも、さすが年の功。カタルータの宰相は、前を見据えて言った。


「此方への輸出を一切取りやめます。」

「なにを…っ!」


 意見しようとした宰相を、王は遮る。この話し合いは自分が行うと言う意思であり、決着を自分で付けたいと言う意志だった。


「ならばこちらも魔術師の回収をいたしましょう。」

「それに問題はありません。」


 きっぱりと言って退けた。王は驚いた様子だ。その表情を伺い見ると、カタルータの宰相は面白そうに笑った。


「文化は発展していくものですよ、国王陛下。古い考えに囚われ過ぎていますと、その内足元を掬われますぞ。」


 カタルータの宰相はそれを言い残すと、もう話はないようで、立ちあがって扉へと向かった。


「後悔をしてももう遅い。これは、外交問題に発展する。その事を踏まえたうえで、もう一度お考えください。私はこれにて失礼する。皇子を連れて戻ります。再検討のうえ、書簡でお知らせください。」


 楽しそうに早口でそう言うと、カタルータの宰相はさっさと部屋を後にした。



******



「やあ、姫君。」


 リリアナが公務を終えて自室に戻ると、男がソファでくつろいでいた。

 アランが前に出て、剣に手を触れる。威嚇したように誰かと問うたが、男は気にすることなくお茶を一口飲んだ。


「…アラン、下がりなさい。この人は、カタルータの皇子よ。」

「なんと!ご存知でしたか。それは嬉しいことですね。」


 おどけたように言って、立ちあがる。軽くお辞儀をして自己紹介すると、素早くリリアナの前に来て、その手を取った。

 甲にキスを落とす。その手を、アランが振り払った。


「おやおや、随分と無礼な騎士だ。僕はこの姫の婚約者だよ?それに、こんなの挨拶じゃないか。」


 本気で睨みつけているアランを、もう一度宥めると、リリアナは嘆息した。これほどまでに皇子が頭の軽い人物とは思ってもみなかったからだ。


「貴方が婚約者だった事は一度たりともありません。それに、無礼なのは貴方の方です。この騎士は私を守ろうとしたまで。無礼な貴方に警戒する事はおかしい事ではないわ。」


 珍しく強気に言った彼女の眼には、迷いなど無かった。使者が来る事は聞いていたし、この話は断ると言われていたからだ。まさか皇子自らが来るとは思っていなかったが、どうしようもない人物だと言う事が理解できる。


「失礼、ね。婚約者が訪ねて来たんだ。もっと嬉しい顔をしなよ。」


 リリアナは頭を抱えたくなった。よもや自分の姉より話の分からない人が居るとは思わなかったのだ。


「だから、貴方と婚約者になった事も、なることもありません。そもそも、未婚の女性、しかも他国の王族の部屋に主がいぬ間に入り込む事は、失礼極まりない事だと思いませんか。」


 敵意を剥き出してそう言ったのにも拘らず、皇子はそのまま部屋に居座った。


「姫、国内だけでの繁栄はもう古い考え方だ。外交問題になる前に、僕の嫁になった方が良い。」

「その古い考えが守られたことで、魔法と言う力が続いているのです。それに、私はこの力は国に役立てたいのです。諦めてさっさと別の方と結婚していただきたいわ。」


 マリアンヌの前に居る姿が嘘のように、悪態をつきまくっている。それもそのはずだ。先からこの皇子、いちいちリリアナの神経を逆なでする。むろん、この部屋に居る騎士や侍女までがそう感じているのだから、此処に居座ること自体大した神経だ。


「それはおいといて。君のお兄さん、自分の代になったらこの国を中立国にするとほざいているみたいだけど、姫として君はなぜ反対しないんだい?」


 ―――ほざいてる?!本当に失礼な方ね!

 相手にしてはいけないと思いつつ、本当に怒りが底から湧いて出てくるほど腹が立ってしまうのが現状である。これで結婚とは、相性が悪くて最悪だろう。皇子がどう思っているかは別だが。


「それは兄さまの夢よ。私はそれを支えるだけだし、その考えには元より賛成しているわ!」


 もう隠すことなく、荒げた口調で言った。その様子を見て、皇子は一言だけ落ち着けと言ったが、それが余計に彼女には腹立たしかった。


「戦争が出来なくなるんだよ?つまらないじゃないか。」

「争い事は無くなるべきだわ。人が傷つく事はない方が良いもの。」


 それは彼女の本心だった。傷つく人を見て、それを治療する。それがどれほど心に痛いか、治癒魔法が使える彼女だからこそ分かっていることだった。


「それじゃあ、向上心が無いというものさ。それに、皇帝としての力が試せないじゃないか。」

「自分の力を試す為に闘いを起こすと言うの?!それで無駄にしてしまう民の命を、なんだと思っているの!」


 明らかに憤慨した彼女を、皇子はやっと笑顔以外の表情で見た。それは、驚き。そして少しの意外性だ。


「君は、武力は必要ないと言うんだね。それじゃあ、なんだい。中立国になった暁には、武力放棄するとでも言うのかい?」


 馬鹿にした笑みを浮かべる皇子に、彼女は居てもたっても居られなかった。思い切り腕を振り上げる。その手を、アランが止めなければ皇子の頬を殴っていただろう。

 彼女はアランを睨みつけたが、震えるほど力を使っている自分とは違い、簡単に止めている様子の彼を見て、腕から力を抜いた。


「武力放棄?そんなことするのなら、私は兄さまを止めるわ。」

「どうして?争う事をなくすには、まずは自分からだろう。」

「そうね。それもまた必要な事だとは思うけれど、そう言ったところで、国に攻め入ってくる人達は止めようと考えてくれるかしら?」


 アランにどう思うか訊ね、否の返事を聞くとリリアナは満足したように頷いた。


「私たちの目するところは、自分たちから戦争を勃発させたり、介入しないと言う事。武器を放棄して平和を手に入れたと勘違いする事ではないわ。守るべきものは守る、それだけよ。」


 力強く言ったその言葉を聞き、皇子はお腹を抱えて笑いだした。失礼極まりない事だ。


「どうやら白の姫君は、その噂に違う人物らしい。政治にも詳しくいらっしゃるようだし?ますます欲しくなったな。」

「私はますます貴方が嫌な人間だと知りました。アラン、丁重にお送りして。」


 彼はポーズをとって了解すると、皇子を部屋から追い出そうとする。彼はそれを振り払って、リリアナの前に躍り出た。


「気に入った。是非ともいい返事をお聞かせ願おう。」


 一瞬、そこに居た誰もが固まった。リリアナの白く柔らかい頬に、その王子がキスをしたのだ。今度こそ殴ろうとしたその手を軽くかわすと、皇子は自分から部屋を出て行った。

 怒りの収まらないリリアナは、近くに居たアランの胸元を殴りつける。しかし、かよわい彼女の力ではびくともせず、アランはそのまま普通に立っていた。


 が、急にポケットを漁る。中から取り出したハンカチで、リリアナのその頬を擦るようにして拭った。彼女は大人しくそうされている。普通アランにそうされたのであれば、すぐさまその手を振り払っただろう。しかし、そうはいかない。それほどまでに自分が嫌な事をされたと感じているからだ。


「…申し訳ありません。赤くなってしまいました。」

「…いいの。顔を洗ってくるから。」


 その言葉にアランは明らかにほっとし、そのままリリアナを洗面所へと見送った。

 彼女の部屋に居た誰もが、疲労を感じている。それは、空気が読めない皇子のせいであり、此処まで疲れる面倒な人間に出会った事が無いからだった。



******



 数日後、西の大国カタルータには、断りの書簡が届いた。これで外交問題に発展することは間違いない。後は征服してその力を奪うだけだ。そう思っている宰相の横で、ばか丸出しの緩い表情を浮かべている人物が居た。第一皇子だ。


 手紙には、断ることとリリアナの部屋に勝手に侵入したことや、リリアナに取った行動についての怒りが述べられていた。それに加え、彼女自身がそれに対して憤慨しているとも書かれている。だのに、皇子は笑っているのだ。


 それがなぜかを問われ、嬉しそうに皇子が言った事には―――。


「だって、嫌いは好きに極めて近い感情だからね。」


 意味が分からないと言う様子の宰相の顔を見て、皇子は説明を付け足す。その時の表情と言ったら、とてもだらしない。しかし、それを注意できるほど、宰相は優者ではなかった。


「嫌悪は無関心よりいいんだ。嫌悪はいつか愛になる紙一重の、同じくらい強い感情なんだよ。」


 あんたの場合、本気で嫌われているよ。誰もがそう言いたいだろう。しかし、皇子は自分の意見を替えはしない。


 国の問題など、彼にとっては取るに足らない事。全ては面白いか、面白くないかのどちらだ。

 そう思えば思うほど彼はリリアナが欲しくなり、目をぎらつかせて何とかしようと画策するのであった。




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