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12. 「お姫様は、淋しいの?」

「わあ、姫さまだ!」


 駆け寄って来た子供たちを、職員が止めようとする。それに対して構わないと告げ、リリアナは子供たちを順番に抱きしめた。

 今日は孤児院に来ている。リリアナは周りに座らせた子供たちに本を読み聞かせ、談笑していた。


「いいなぁ、私もお姫さまになりたい!」

「ジュリア、何故そう思うのかしら?」


 小さな女の子は、金の髪をツインテールにし、真っ赤なリンゴほっぺをしていてとても愛らしい。リリアナはその子の頭を撫でていた。


「だって、毎日ドレス着られるでしょ?ふわふわでキラキラで、きれいだもの!」


 そう言われたリリアナは、苦笑した。それほどいいものではない。彼女はそう思っているからだ。


「ジュリアはいくつ?」

「5さい!」


 そのくらいは、まだ夢を見ている時期だ。リリアナもそのくらいには、いや、実際はもう少し大きくなるまで、夢見がちな少女だった。それがいかに幻想的で、叶う事が無いことか。知ったのは、環境柄早い。そして、小さい頃憧れていた母のドレスとヒールがどれほど厄介なものかも知ったのだった。


「ジュリアはもう大きいもの。私の、本当の気持ちを話してもいいかしら。」


 ジュリアはうんと大きく頷き、周りの子供たちも聞こうと挙ってリリアナに近寄った。彼女はジュリアを自分の膝の上に乗せ、隣の子の頭を撫でる。リリアナはそこで自然な自分になった。


「みんなは、家族。そうでしょう?」


 大きく頷き、微笑み合っている子供たち。たまにけんかする事もあるらしいが、とても仲が良いように映った。


「私はね、家族とあまり会えないの。お城から出る事もできなくてね、お友達もいないのよ。」


 悲しそうに言うリリアナに、子供たちはみんな自分が友達になってあげると声をそろえて言った。彼女は嬉しく思って満面の笑みを返す。そして、ありがとうと言った。


「お姫様は、淋しいの?」

「そうね。今はお友達になってくれたみんなが居るから、平気よ。私も、たまには誰かとお喋りしたいもの。みんなのお話だって聞きたいわ。」


 彼女には、自分の話を聞いてくれるものは居ても、話してくれるものはいない。聞いても無難に返され、リリアナは幼心に酷く傷ついた。それを理解できるようになってからと言うものの、自分の事を話すことも止めたのだ。

 本心を、腹を割って話せる相手など誰一人としていない。それは不幸だ。


「お姫様って、たいくつなんだねぇ。」


 そう言ったジュリアを、彼女の姉のような存在であるキャリーが軽く頭を叩いて注意する。もう十を超す彼女には、それがいかに失礼なことか分かったのだ。注意しないはずがないだろう。


「いいのよ、キャリー。本当の事だもの。ドレスや靴も、奇麗なだけで、本当はとても苦しいのよ。私なんて、何回転んだか分からないわ。」

「式典の時も?」

「ええ、ふらふらしてなかったかしら?」

「大丈夫だったよ!」


 なら良かったとおどけて言う様子に、子供たちは笑い声を溢していた。


 先から軽い調子で話してはいるが、実際はとてつもなく本心に近い重い話だ。理解できないと分かっているからこそ話している。将来的に理解して、そして自由に何でも選べる喜びを知ってもらいたいと思っているのだ。


 次は自分の番だと言って、喜んで子供たちが話し出すと、リリアナは聞く側に徹していた。その姿を一身に見つめている者が居る。―――アランだ。


 王の計らいにより、無罪放免となって数日ぶりに牢より釈放された。その衰弱から当日の仕事復帰は成されず、一晩おいてリリアナの元に戻る事が出来たのだ。彼女の態度は相変わらずであったが、再び傍にいられる事に彼は嬉しさが一入だった。



******



 それは今朝の事。リリアナの一室はピリピリしていた。


「数日ぶりでございます。アルキナスさまの所用により留守にしておりましたが、リリアナさまの騎士、アラン、ただ今戻りました。」


 傅き、右手を胸に当てて最大級の礼を取っている。左手は、リリアナの手に添えられていた。彼女はすぐに手を引こうとする。しかし、アランはそれを許さなかった。


 ようやく戻れたのだ。片時も離れたくない人の元へ。

 その思いが離れていた数日間のうちに巨大になり、爆発したようだ。普段は近寄る事も敬遠しがちなその人に触れている。


 同じ部屋に居る者たちはアランの仰々しさに呆れ、その後に普段の事を思い返せば、この行動も仕方ないと納得した。

 さっきまでの空気は何処へやら、部屋には穏やかな時間が流れている。それは、他の人たちが二人の事を生温かい目で眺めているからだった。


 リリアナはある事に気付いた。―――アランの手が傷だらけと言う事に。普段ならば付きそうも無い傷がたくさんついている。小さな切り傷だけではなく、擦り傷も。驚いたリリアナは先日まで心配していた事を思い出していた。


 兄の仕事が何かは分からないが、事故やけが、病気をしていなければいいと思っていたのだ。だのに、戻って来た自分の騎士は実際に手に傷を沢山付けている。彼女は自分がアランの行動に引いていたのも忘れ、自分からその添えられた手を取っていた。


「…この傷はどうしたのです。」

「貴女が気に掛けるような事ではありません。」


 にっこりと微笑まれ、何やら身体の力が抜ける気がした彼女だったが、今日はそのペースに巻き込まれることなく自分の意思で再び問うた。

 高圧的に答えなさいと言う。アランの笑みは一瞬消えて意外そうな顔をしたが、すぐにまた頬笑みを浮かべた。


 リリアナはやっぱり答えようとしない騎士を睨みつける。

 ―――黙って休んだのだから、傷の原因くらい言ってくれてもいいじゃない。

 そう言う意味を込めた視線を送ると、もう一度にっこりと笑い、そして諦めたように一度だけ嘆息した。


「…所用の最中、人助けをしたために付いた傷です。」

 

 ―――なら、最初から隠すことなくそう言えばいいのに。

 少々恨み節に心の中で思った。しかし、慣れているのかそれを顔に出す事はしない。他の事を隠すのは苦手なくせに、アランとの対峙ではそれに慣れているのだ。


 不敵な笑みを睨み続け、今度はリリアナが諦めたように一度だけ嘆息する。それから、アランの両手を取り、傷口をなぞった。

 その時に彼の表情を見る事は忘れない。ほんの少しだったが、顔の筋肉がピクリと動くのを見ると、リリアナは空いている方の利き手に力を込めた。


 刹那、金剛の輝きが起こり、アランを温かい風が包み込む。それが治まる頃には、アランの手に在った傷はひとつ残らず消えていた。


「リリアナさま!貴女のお力を、こんなことに使っては…」

「貴方のためじゃないわ。」


 ピシャリと言い放った。皆が呆気にとられる。彼女はその様子に気を止める素振りも見せず、欲しがっている答えを言った。


「これから行く場所は孤児院、子供たちが居る場所です。そんなところに行く者の手が傷だらけでは、子供たちを驚かせてしまいます。」


 プイッとそっぽを向き、アランから視線を外す。次の瞬間、アランは自分の両手を大事そうに抱え、今まで見せた事のない微笑みを見せた。もちろんリリアナが見ていた事は無かったが、直視したアニーはそれ以上に優しい微笑みをしている。


 他の騎士や侍女たちは、さっきよりも呆れてはいたが、優しいまなざしをアランに向けていた。



******



 アランは、渋い表情を浮かべていた。この中の誰よりも先のリリアナの言葉を重く受け止めているからだ。

 自分が彼女の騎士となるまでは、彼女の理解者であったと自負している。


 約束を破ったのはアランからだった。彼女の心を蔑ろにしたつもりなどなかったが、結果的にそうなってしまったのだから言い訳できる事ではない。しかし、そこまでして彼女を守る側になりたかったのだ。

 本当に彼が目するところは、名実ともに心身を守る事。未だそれが為されていないのは、二人の間に存在する溝が深い所為だ。


 姉の言葉に惑わされないように何時でも本当の事を言って見せると言った彼は、今は言葉を聞き入れてもらうことさえ難しい。その彼にはリリアナが問われた「淋しい」と言う言葉が酷く刺さった。

 子供がそう訊ねた時のリリアナの表情、肯定の返事、全てが彼に突き刺さる。彼女の傍に控えて様子を眺めていた彼に、表情が浮かんだ。それを見た一人の男の子がアランの元へ来た。


 ズボンを少し引かれた彼は不思議に思って下を見る。小さな男の子が自分の服を掴んでいるのだ。何事かと思って訊ねる。しかし、返事はない。

 どう対応していいのか分からず、困り果ててしまう。そうしているうちに、その子が自分によじ登ろうとしているではないか。焦ったアランはその子を抱きかかえ、自分と同じ目線の高さまで持ってきた。


「おにいちゃん、ここいたい?」


 小さな手がアランの額に触れる。自分も触れてみたそこには、深いしわが刻まれていた。


「いや、大丈夫だよ。」


 本当かどうか尋ねてくるその姿に、アランは微笑みを返した。その姿が昔のリリアナに重なる。自分は彼女を支えられるほど大きくはなかったが、何でもかんでも不思議に思った事を問うてくるその様は好ましく目に映った。


「いたくない?ならどうしてここ、きゅーってなってるの?」

「どうしてだろうな。少し難しい事を考えていたからかな。」


 二人は輪を外れ、話していた。その姿を、リリアナが一度だけ横目で見ていたのも知らずに。


「おひめさま、さびしいんだって。おにいちゃんはいつもいっしょにいるんじゃないの?」

「ずっとと言う訳じゃないけど、一緒に居るよ。だけど、お姫様はすごい人なんだ。本当なら傍にいられるような人じゃないんだよ。みんなそう思っているから、お姫様は一人になっちゃうんだろうね。」


 そうなんだ。そう呟いて男の子は曇った表情を見せる。その頭をアランは優しく撫でた。剣を嗜んでいる所為で力が強いアランの優しくも強い撫で方に、男の子は嫌がりながらも嬉しく撫でられている。その雰囲気は歳の離れた兄弟のようだった。


 このような訪問を、リリアナは何も言わずにこなしていた。ただ、その時に思う事は手紙にして兄に届けている。自分たちの国の福祉をもっとよくする事に対して、思う事があるのだ。

 真摯な態度の姫の情の厚い訪問に、民達は彼女を尊敬し、王家への評価も今まで以上に右肩上がりにになっていくのであった。


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