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澪と100年後の王都ルヴィエールの歴史──終幕前


 それは、“記録者”が最後に残した小さな希望だった。


 


 ──百年後の未来に、もし誰かが“あの物語”を覚えていてくれるなら。


 ──私は、もう一度だけ、あの世界を見に行きたい。


 


 そんな、あり得ない夢を。

 春野澪は、大学生の頃に小さな紙に書いて、書棚の奥にしまっていた。


 けれど、それは夢ではなかった。


 いや、むしろ“記録者”である彼女だけが辿り着けた、唯一の道だったのかもしれない。


 



 図書館の閉館時間。


 誰もいない館内。窓の外は星が瞬き、静寂が満ちる。


 澪はひとり、地下書庫の鍵を開けた。


 そこには、誰にも知られていない“記録者専用”の閲覧室がある。


 ──古文書も、写本も、真偽不明の異世界記録も、すべてが眠る空間。


 


 そして、中央の机の上に置かれていたのは、一冊の本だった。


 


 『継承記録・新王歴101年』

 編纂者:記録庁ルヴィエール中央局


 


 ……見覚えのある章立て。記録の文体。

 そして、“あの世界”の名――


 


 ──王都ルヴィエール。


 



 気づけば、澪の意識はページの中へと沈んでいた。


 


 次に目を覚ました時、そこには見覚えのない空の青と、見違えるほど美しくなった王都の街並みが広がっていた。


 ──百年後のルヴィエール。


 


 城は修復され、街道は整い、市民たちは笑顔で暮らしている。


 澪は、自分が見知らぬ旅人の姿で街に立っていることに気づいた。


 「……ここが……未来の……」


 



 やがて、澪は王都の中央広場へと辿り着く。


 そこでは今まさに、記念式典が行われていた。


 《魔王グラディウスと記録者ミオ》を祀る百年記念の祭礼――


 壇上には、次世代の王である若き男女が立っていた。


 


 「……我らは、先代王リアムと女王フィリアの意思を継ぎ、

  “記録”と“命”を守る国をさらに紡いでまいります──」


 


 澪は思わず、息を飲む。


 


 ──リアム、フィリア……彼らが……あの子たちが、王となって。


 ──そして今、百年の時を越えて、まだこの世界は生きている……


 


 その光景に、澪は言葉もなく、ただ立ち尽くす。


 


 ──これが、私が“記録したかった未来”なのだと。


 



 その夜。

 澪は再び、双月の丘へと足を運んだ。


 百年前と変わらず、二つの月が夜空に浮かぶ。


 風が優しく吹き抜ける中、澪は静かに目を閉じ、そっと呟いた。


 


 「……私は、ここに戻ってきました」


 


 声は、風に溶けるように消えた。


 だが、次の瞬間、ふわりと風が巻き起こる。


 そして、その中に微かに聞こえた声――


 


 『お前は……やはり我が花嫁だな』


 


 「……本当に、まだ言うんだから。魔王様」


 


 涙が滲む。


 けれど、それは悲しみではなかった。


 百年を経て、澪は自らの“役目”が果たされたことを知った。


 


 記録は生き続けていた。


 人々の記憶の中に。街の営みに。誰かの名のなかに。


 ミオという存在は、物語ではなく、“歴史”として刻まれていたのだ。


 



 そして、再び本のページが閉じられる。


 図書館の地下書庫。


 澪はゆっくりと目を開け、本を閉じる。


 机の上には、ただ静かに――


 


 『新王歴101年 王国記録』

 【編纂注記】記録者・春野澪(名誉)


 


 そこに名は、確かに刻まれていた。


 


 ──春野澪、記録者として名を遺す。


 


 そして、彼女は立ち上がる。


 もう、“記録の向こう側”に行く必要はない。


 なぜなら彼女の名前は、もう“物語”ではなく、“歴史”となったのだから。


 


 そうして、春野澪は図書館の鍵を閉めた。


 静かに、けれど確かに、未来へと物語を渡しながら。


 


 ──終幕前、最後のページは、微笑みと共に綴られた。


 


 


 ◆【記録、ここに終幕前完結】──


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