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ラプラスの魔導士 〜魔眼で魔法を解析し、重力を操る異世界の理術使い〜  作者: 盆妖幻鳥
第2章 リオール疎開

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02-21 50年越しの激情

「先ほどの威勢はどうした。若造ども!」


 魔力で赤く染まった毛皮【猩々緋】は、障壁による高い防御力と身体能力の強化を与える。そんなコッチ男爵が巨体を振り回して大暴れするには屋内は狭く、壁が破壊されたことを契機に戦場は屋外へと移る。


「アキト、ロッシュ、異体化してるのはコッチ男爵か?」


 外にはピョートル伯爵の護衛をしていたシンがいた。彼は投降したベルトランド伯爵も守りながら、コッチ男爵に従う領兵と私兵を相手にしている。


『イヅナ、ジェニス君と共にポイントBに残った仲間を集めてください』

『了解。いつでも再突入できるように準備します』

『仕方ねえ。動ける奴は怪我人を連れて先に行け!』


 イイはすかさず念話で指示を出し、2人は別荘内に散る仲間の伝令へ向かう。屋外にいた彼らの仲間の大半はシンによって倒されていたが、辛うじて残っていた数名が動いて離脱していく。


「やはり腑抜けだったか、ベルトランド伯爵!!」

『父上!』

『僕が行く』


 そんな中、役割を全うできなかったベルトランド伯爵を見つけたコッチ男爵が怒る。拳に魔力を込めて走り出す姿を見て、心配の声を上げるグリドリンを肩に乗せたアキトが反応した。


『アキト、なぜ父上を……?』

『君のおかげで、カナさんを助けることができた。だから今度は僕が君の力になるよ』


 アキトが割り込んで、怒咆拳からベルトランド伯爵を庇った。グラビティを使う余裕はなく、少しだけ体勢が崩れながらもシュヴァルツシルトでコッチ男爵の拳を受け流す。


(ありがとう、狭霧アキト)

「義理立てするか、冒険者風情が!」


 その行動を疑問に思うグリドリンだったが、アキトの思いを聞いて感謝の念を抱く。対するコッチ男爵は邪魔をされた怒りから、両手の握り拳を突き合わせて彼らの頭上へ振り下ろす。


『……身体強化と同時に魔力を送る。僕たちでコッチ男爵を止めよう』

「もちろん!」


 アキトはグリドリンから魔力の補充と身体強化を受けると、コッチ男爵の拳をシュヴァルツシルトで受け止める。


(君の魔力、ありがたく使わせてもらうよ)


 コッチ男爵はそのまま全身の力と体重をかけて2人を押し潰そうとするが、アキトが発動した全力のグラビティによって持ち上げられて押し返される。


「私が押し負ける。そんなことが――!?」


 空中で体勢を立て直したコッチ男爵が着地するのと同時に、そこに冷気を纏ったメーヴェの群れが降り注ぐ。彼はシールドと猩々緋で耐えるが、積み重なる冷気によって身体が凍結して動けなくなってしまう。


「ベルトランド伯爵は退避させた。アキト、グリドリン、ぶちかましてやれ!」


 ロッシュの言葉を背中に受けて、アキトはあるだけの魔力を重力波に変換して右腕に纏わせていく。溢れ出す重力波を押し留めつづけ、状態を維持したまま腕を突き出して魔力を照射する。


「僕の魔力も、受け取った魔力も……全てをこの一撃に」


 アキトは臨界に達した重力波を開放し、コッチ男爵に向けて発射する。照射した魔力に沿って収束していく重力波の砲撃【リニアグラビトン】が、シールドを押し潰しながら飲み込んでいく。

 そのまま猩々緋と激突し、魔力による赤色の光が空間を歪ませる漆黒の波動と混ざり合う。


「ゴフッ、ゴフッ……長らく、戦場から離れすぎていたか」


 リニアグラビトンを受けてなお、コッチ男爵は膝をついていなかった。収束する重力波によって圧搾された腹部は猩々の大きな手でも隠し切れないほどに抉れており、溢れ出す大量の鮮血と共に内臓が零れ落ちようとしている。


『コッチ男爵、もう止めてください。貴方がリオールで成した功績は――』

「黙れ! 戦争を知らぬ若造が」


 グリドリンの知るコッチ男爵は、戦後の復興を支えた名士だった。そんな人物が血まみれになっても反抗する姿に、彼は口を閉ざすしかなかった。


『コッチ様、今行きます!』

「させるか」


 シンに足止めされていたイイが、脇目も振らずにコッチ男爵の元へ駆けだす。すれ違いざまの雷を纏った一閃【雷光一閃】で片足が吹き飛びながらも、魂に魔力を纏っただけの状態になることで強行突破する。


「信号弾か……奴ら、まだ戦う気だぞ」


 イイが憑依するのと同時に、コッチ男爵が信号弾を撃ち上げる。シンが危惧した通り、それは投降の意志を示すものではなかった。

 その証拠に猩々の両腰から魔力の腕が生え、重傷を負っていた腹部の傷が元に戻っていく。


「どうなってんだ。あれだけの傷が一瞬で直るなんて!?」

「違う。スキンバリアの上に元の姿を投影しているんだ」


 驚いているロッシュにアキトがトリックを明かす。止血のためのスキンバリアの上に元の姿を投影しており、傷が完治したわけではない。


『イイ……私と共に来てくれるか?』

『もちろんです。貴方の使命と、私たちの恩義のために』


 コッチ男爵にイイは魔力をありったけ注ぎ込み、赤色の魔力が炎のように全身から立ち上がる。猩々緋をはるかに超える強度の障壁膜【日緋色金】は、全方位から同時に放たれるロッシュのメーヴェを無傷で受け止める。


「クソッ、ビクともしねえ!」

「凄い数の魔法だ……それに巨大なマトリクスで、コッチ男爵が見えない」


 天に掲げたコッチ男爵の右腕に腰から生えた魔力の腕が重なり、巨大なマトリクスが構築されていく。そして気圧されるアキトに向けて、左側の魔力の腕が振りかぶられる。


「……魔法が発動する。全員構えろ!」


 シンの雷光一閃が振り抜かれる前の魔力の腕を破壊する。続けざまに槍を薙いで斬りつけるが、日緋色金が発動したコッチ男爵の左腕に防がれてしまう。

 魔法の阻止には失敗したが、アキトたちが態勢を整えるには十分だった。


「魔王ギルガノス様の理想を! 今代の魔王と共に果たす!」


 アキトがシュヴァルツシルトを構え、その眼前にロッシュがメーヴェで氷の壁を作る。コッチ男爵が狙うは2人の伯爵……渾身の力で右腕の拳が氷の壁に叩きつけられた。


「食い止める。必ず!」

「こっちだって50年でここまで来たんだ」

「それを踏みにじられる謂れはない」

『僕だって、その思いは一緒だ』


 憤怒によって放たれた巨大な怒咆拳が氷の壁を破り、シュヴァルツシルトと激突する。地面に突き立てたセイファートをアキトが支え、そのアキトをロッシュとシンが支えながらグリドリンと3人で盾に魔力を注ぎ込む。


「切り開くのだ! 私が! 50年の怨讐を呼び覚ます先陣を!!」


 コッチ男爵の渾身の叫びが最後の魔力を引き出し、魔力の拳を押し込んでいく。そして叫びの残響が消えていくのと共に、魔力の濁流によって拳も消えていった。




……




…………




「はぁはぁ……止まった。コッチ男爵は?」


 つぎはぎ状態になったシュヴァルツシルトを解除し、3色の魔力に還って行く。アキトはセイファートで体を支えながら、コッチ男爵の様子を確認する。


「逝ったよ。命を捨てるほどの激情だったってことだ……」


 あれだけ暴れていたコッチ男爵が、拳を突き出した体勢で動かなくなっている。全身を纏っていた魔力も霧散し、腹部に大怪我を負った黄色い毛皮の猩々が立ち往生を遂げた。


「まだ管狐の方が残ってる。逃げられると厄介だ」

『憑依されたら元も子もない。早く見つけないと』


 だがコッチ男爵が死んでも、憑依していたイイは生きている可能性が高い。残った肉体をシンがチェーンバインドで拘束し、グリドリンは改めて憑依による乗っ取りを警戒する。


(イヅナ、ジェニス君……私たちの願いは、君たち若者に託す)


 実体のないイイは空中からアキトたちを見下ろしながら、コッチ男爵に殉じる覚悟を決める。そして主従の願いを息子たちへと託すため、彼は最期の魔法を発動するべく魔力を集中させた。


(禁術ではあるが、死にゆく私には関係ない。この命と引き換えに、せめて奴らだけでも……)

「魔法反応!? アキト、上だ! なんの魔法か分かるか?」


 上空に現れた魔法反応を見つけたロッシュが、アキトに発動魔法の同定を求める。イイの魔力と妖界から流れ出す魔力が混ざり合いながら、夜空を赤く染めていく。


(異界へのゲート……召喚、いやテレポート? それにしては――)

「待って、屋上に誰かいる!?」


 魔法の分析をしていたアキトが、別荘の屋上から飛び降りた人影に気付く。見覚えのない人物に敵味方の判断がつかない中、シンだけは冷静にイイへの追撃態勢を取った。


「どうやら、間に合ったようだな」

(新手か……)


 その人物は修道服を身に纏い、魔力によって黄色に輝く大剣を構えている。相手を見据えて一直線に降下してくるその姿に、イイは魔法の発動を急がせる。


(コッチ様の50年、決して無駄には――)


 ブースターの魔法反応と同時に、イイの視界に紫色の瞳が映り込む。十字に並んだ4つの月を背景に、振り下ろされた剣閃によって光輝く軌跡が刻まれる。

 斬り開かれたマトリクスは魔力のまま、イイの魂と共に赤色の粒子となって夜空に散っていった。


「反応消失……凄い、魔法ごと斬ったんだ」

「助かったけど、彼女は何者だ?」


 アキトとロッシュの疑問に答えるかのように、イイを両断した人物が振り向く。着地の際に脱げたベールから現れた銀色の髪をなびかせながら、腰当てに携えた鞘に大検を納刀する。手足の裾から籠手や脛当てが見える事から、彼女がただの修道士ではないことは明白だった。


「アキトさーん! みんなー!」

「敵の姿はない。救出は成功だ」


 別荘の屋上から、救助されたカナが手を振って声をかけてくる。その横には合流したシーリスたちもおり、上空から監視しているエーデルクラウトから安全であることが伝えられた。


『父上、無事で何よりです』

『私の心配はいい。お前こそ、そんな怪我までして……』

「皆、よくやってくれた。さあ、引き揚げだよ!」


 戦いが終わり、グリドリンは父親の元へ駆け寄る。そんな2人の様子を眺めながら、ピョートル伯爵はアキトたちを労いながら事件の幕引きを宣言した。


読んでいただきありがとうございます。

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