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ラプラスの魔導士 〜魔眼で魔法を解析し、重力を操る異世界の理術使い〜  作者: 盆妖幻鳥
第2章 リオール疎開

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02-22 聖女と日常へ

 誘拐されたカナを救出してから一夜が明けた。ピョートル伯爵邸で朝食を済ませたアキトたちは、エントランスに集まってイイを倒した女性と対面する。


「紹介する。彼女は俺の仕事仲間で――」

「ルーメリア・グリムです。ラディウス法国で冒険者をしています」


 ローブのようにゆったりとした修道服を着た女性が、ルーメリア・グリムと名乗る。昨夜は身に着けていた腰当は無く、裾から覗かせていた籠手や脛当ては白い長手袋と靴下に代わっていた。

 紫色の眼に黒いベールから溢れる銀髪と相まって、シンの紹介が無ければ大剣を振るう冒険者だとは誰も思わないだろう。


「ルーメリア・グリム……まさか、あの“葬送の聖女”か!?」


 名前に聞き覚えのあったロッシュが、ルーメリアが葬送の聖女と呼ばれている冒険者だと思い出す。彼女はその異名を聞いて困ったように眉を下げた。


「周りが勝手にそう呼んでいるだけです」


 穏やかな声ではあるが、ルーメリアはその異名を否定する。とはいえ周囲の関心まで抑えることができず、シーリスの声が漏れる。


「それはそれで凄い……」

「そうなの?」

「奇跡の聖女リファーゼ様がいるから、聖女を冠する異名っておいそれと付けられないんだよ」


 シーリスがアキトに説明したように、聖女の名には重い意味を持つ。そのうえで聖女と呼ぶ他者が現れそれが周囲に認められているというのは、相応の能力や実績が無ければ実現しない。


「自称する奴もいるが、ペテン師か自惚れた奴だからなぁ」

「そういう輩もいるから、“教会が公式に呼んでる者”以外は聞き流しておけ」


 それを利用して聖女の名を騙る者もいる。ロッシュの所感は正しく、それを補足するようにシンが忠告する。


「シンさんの言うように、私はただの冒険者です。それよりも……」

「な、なにか?」


 1人1人順番に視線を向けていたはずのルーメリアが、不意に注視してくる。表情こそ柔らかく見つめているが、その奥にある紫色の眼に吸い込まれそうになってアキトは反射的に顔を逸らす。


「いえ、貴方たちの方がよっぽど“特別な存在”だと思いまして」

「え……?」

(アキトが特別? 何か知っているのか?)


 正体を見透かされた感じがしてアキトの背筋が凍る。ルーメリアはイシュテナにも視線を向けているが、自覚がある彼女は彼を対象に含めた意味を考えていた。


「皆様、こちらにおいででしたか」

「ケビンか」

「現在の状況をお伝えしたく、参りました」


 そんな時、エントランスにケビンが来たことにシンが気付いた。どうやら事件後の状況について伝えに来たとのことで、全員の視線が彼に向けられる。


「まず、実行犯のジェニスとイヅナ両名について……彼らは残った仲間を連れて逃亡しました。ピョートル伯爵が事前に配備していた警備網を突破したようです」

「怪我人も連れて!?」

「奴らは領兵だ。一般人が知らない道も、緊急時にどこを警備するかも把握している」


 コッチ男爵に加担した者の一部を取り逃してしまった。その事実にシーリスが驚くが、イシュテナは冷静に脱出された理由を述べる。

 しかし、悪い情報はこれだけではなかった。


「それだけではありません。コッチ男爵が運営する孤児院の1つから、職員と孤児たちが全員消えました」

「え、なんで?」


 ケビンが伝えた内容にアキトが困惑する。ベルトランド家の別荘に突入するまで、コッチ男爵も被害者だと思われていた。そのため、彼の孤児院に目を向けていた者はいなかった。


「どうやら、氾濫軍残党の家族を匿っていた施設だったようです。昨夜捕まえた誘拐犯の証言もあります」

「今までバレてなかったのかよ!?」


 氾濫戦争の終結から50年が経っている。その年月隠し通してきた事実に、ロッシュが驚くのも無理はなかった。


「そこ以外の施設については、人員も運営もまっとうなものでしたから……」


 コッチ男爵の事業はリオール領の復興と発展に貢献をしてきた。全ては本命の家族たちを紛れ込ませるためであっても、その実績は本物だった。だからこそ彼は、コッチ“男爵”なのである。


「それにしても、どこに逃げるつもりなんでしょうか?」

「奴らを助けるとすれば、魔王軍しかないが……」


 アキトの疑問にシンが答える。しかし魔王軍が関与していたとしても、セレスフィルド連邦にいる限りは隠れ続けなければならない。


「魔王軍の本陣はアルヴヘイム王国と聞いています。救援に来たとしても、非戦闘員を抱えての潜伏は難しいはずです」

「リオール周辺を探れば、まだ見つかる可能性があるな」


 ルーメリアの指摘を元にシンが潜伏先を推測する。そして、その推測を肯定するかのようにエントランスの扉が開かれた。


「現在、連邦軍も動員して捜索中だ。実行犯と判明している者についても、指名手配をしている」

「バーストン公爵、いらしていたんですか!?」

「カナが誘拐されたと聞いてな」


 カナだけでなくグリドリンとユースケを連れて現れたバーストン公爵にアキトが驚く。どうやら誘拐事件と聞いてバーストン領から飛んで来たらしい。


「アキト君、シン君……君たちにはまた、娘が助けられた。他の者も力を貸してくれたことに感謝する」

「私からも改めてお礼を言わせてください。本当にありがとうございます」


 バーストン公爵と共にカナとケビンも頭を下げる。彼がこの場に顔を出したのも、アキトたちに感謝を伝えるためでもあった。


「それで、グリドリンのほうはどうなった?」


 各々がバーストン公爵の言葉を受け止めている中で、ロッシュが今回の事件で下った処分についてグリドリンに尋ねる。


「今回の件で、伯爵から子爵への降格が決まった」

「……そうか、残念だったな」

「もともと決まっていたことが、前倒しになっただけだ。それに僕たちは、コッチ男爵を止められなかったから」


 その焦りをコッチ男爵に付け入られてしまった。結果としてベルトランド伯爵は降格処分の上で家督をグリドリンに譲渡することになり、事実上の引退を余儀なくされた。


「それでカナ様、保留になっていた僕の処分なんですけど……」

「訂正はありません。グリドリンさんにはこれから、私の補佐をしてもらいます」

「言われたからにはやりますけど、本当にそれで良いんですか?」


 社交界で決闘を仕掛けた件で保留になっていた処分について、グリドリンはカナから今後の補佐をするように告げられていた。その内容に不服は無いが、どうしても疑問はあった。


「はい、あの孤児院は予定通り開業します。それにあたって、運営面でのサポートをしてもらいたいです」

「ボクも調理以外に、設備の保守と資材管理はするから」


 新設の孤児院はピョートル伯爵が管轄の下、当初の予定通り開業を進める事となった。ユースケも正式にそこで働くことを決め、カナと一緒に運営に携わることを選んだ。


「ユースケさん、残ることにしたんですね」

「うん、もし父さんに伝えられるなら……異世界で元気に生きてるよって、胸を張って言いたいから」


 アキトに語るユースケはしっかりと前を向いており、その表情は晴れ晴れとしていた。横で聞いていたグリドリンも感化されたのか、一拍だけ目をつむった後にカナに向き合う。


「組織運営は初めてですが、僕も父上に誇れるように手を尽くします」

「ありがとうございます。ですが、本当に助けてもらいたいことは別にあります」

「別にある?」


 心当たりのないグリドリンは疑問を浮かべながら、カナの言葉をオウム返しする。周りにいるアキトたちも、彼女の考えは分からなかった。


「私が生まれつき病弱で、完治したのは半年ほど前なのは知ってますよね?」

「ええ、ここ数年は完全に寝たきりで、もう長くは無いと聞いていました」

「そんな状態から、どうやって治ったと思います?」


 カナはバーストン公爵とアイコンタクトを取ると、グリドリンに静かに問いかける。それは彼女の存在に関わる重大な事由についてだった。


(今の状態からは、いささか想像できませんね)

(カナさんが病弱だったのは、前から知ってたけど……)

(話しぶりからすると、普通の治療じゃないのか?)


 ルーメリアが、シーリスが、アキトが……その場にいる者たちが、グリドリンへの問いかけに思考を巡らせる。誰もが答えを得られない中、カナは真剣な表情で口を開いた。


「……私もユースケさんと同じ、転生者なんです」


 誰も予想していなかったカナの告白にその場が静まり返る。


読んでいただきありがとうございます。

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