02-19 断ち切られた支配
「チェーンバインド……ユースケさん!?」
ステルス魔法で潜伏していたはずのユースケが、コッチ男爵の指令を受けてチェーンバインドを放つ。彼の手の先で光る赤色の魔力を起点にして、2本の鎖が両端方向に伸びていく。
(それにこの数、いつの間に使えるように!?)
「おいおい、戦えないって嘘じゃねえか」
驚きながらもアキトはシュヴァルツシルトで、ロッシュはエスクードで鎖を受け止める。先端が対象と同化することで盾と床が鎖によって繋がれるが、それだけでなく死角で発動された多数のチェーンバインドによって2人は雁字搦めにされてしまう。
「ユースケさん、どうして!?」
「貴女も自分の立場をわきまえた方が良い」
「きゃあっ!」
状況を飲み込めないカナをイヅナがチェーンバインドで拘束する。彼はコッチ男爵と2人で、アキトたちから彼女を守るように立っている。
(投影された姿じゃない……けど、外からの干渉も視えない)
認識を歪めるような魔法を使っている反応は視えない。アキトがどんなにラプラスの魔眼で探っても、否定したい事実が真実である根拠が補強されていく。
(どうする? シーリスたちを待つか、玄関をこじ開けるか……?)
「外でこいつらが待ち構えてたのも、俺たちが来るのを最初から知ってたからか」
正面玄関の外ではシンがピョートル伯爵と共にいる。ロッシュは状況を打破する手を考えながらも、当初の作戦がユースケを介して筒抜けである事に頭を悩ませていた。
(僕らを監視しながらも、探知魔法による警戒も怠っていない……明らかに場慣れしている)
「ユースケさん、本当に裏切ったんですか?」
アキトの知るユースケと、目の前にいる彼の立ち振る舞いが一致しなかった。違和感こそあるが、ラプラスの魔眼による推測と衝突して答えが出ない。
「ロッシュ君の言う通りだよ。僕が作戦を教えた」
「何のために?」
「逆らわなければ、誰も死なずに済むから」
(ユースケさんじゃない。でも、肉体は……)
わざとらしく罪悪感を滲ませた声でユースケは答える。内容ではなくその声に、アキトの中で違和感が膨れ上がっていく。
「悪党が持ちかける約束なんて――」
「隣にいる魔眼の冒険者と外にいる仲間……彼らの采配は君の態度次第と言っても良い。君が居れば、ラディウス法国のカーティス子爵と“お話し”できるからね」
そこにロッシュが反論しようとするが、コッチ男爵が割り込んでくる。その内容は事実上の脅迫であり、彼を利用してラディウス法国への足掛かりを画策しているようだった。
「俺は跡継ぎでもない三男坊だぜ。親父も兄貴も特別扱いしねえよ」
「それならカナさんと結婚して、ベルトランド家の養子になると良い」
(最低だ、この人)
人を策謀の駒としか見ていないコッチ男爵の発言に、アキトは顔を歪ませる。彼だけではない……隣で聞かされたカナもまた、ひきつった顔をしている。
対してロッシュは半ば想定していたのか、自信満々の表情でコッチ男爵に言い返した。
「俺の翼は自由に飛ぶためにあるんだ。檻の中なんて、まっぴらごめんだね」
――そしてロッシュの背中から鷹の翼が姿を現す。
「この状況で爺ちゃんに逆らう気かよ!」
『ジェニス君、ブラフだ。本命は――』
剣を振り上げるジェニスをユースケが念話で制止しようとした時に、エントランス上階の物陰から多数の魔力弾が放たれた。それに対して各自がシールドで備える中、アキトの青色に光る眼がその意図を見抜く。
『2人とも、魔法が発動したらチェーンバインドを引きちぎれ』
『それって……』
『大丈夫です。そのための魔法が込められています』
ロッシュの念話に戸惑うカナに、アキトがラプラスの魔眼で視た結果を伝える。放たれた魔力弾は空中で分裂して拡散し、それらが一斉に炸裂することでエントランス全体に黄色く光る魔力の粒子が散布される。
「シールドが分解される……誰の仕業だ!」
散布された粒子【アンプテートクラスター】が、魔力で形成された物質を分解する。魔力の剣、シールド、チェーンバインドが形を保てずに魔力となって霧散していく。
「彼の憑依を解除して、カナ様を解放してください!」
「グリドリン・ベルトランド!」
驚きの声と共にコッチ男爵が見上げた先には、拳銃の銃口を向けるグリドリンの姿があった。
「グリドリン? それに憑依って……?」
「詳しくは後だ。俺はユースケを取り押さえる。お前はカナを!」
「分かった」
乱入したグリドリンの言葉によって、ユースケの状態が判明する。ロッシュとアキトが身体に力を入れて強度を失ったチェーンバインドを壊すと、エントランスに響いた銃声を引き金に戦端が動く。
「やらせるかよ!」
ジェニスが近くにあったテーブルを踏み台にして、身体強化した脚力で一気に跳び上がる。コッチ男爵に向けられた銃弾を異形化した腕で弾き、逆の腕を振り上げてグリドリンに肉薄する。
「グリドリン!」
「僕より彼を! 精神障壁と本人の意思で抵抗できる」
グリドリンはシールドを形成しながら、腰に下げた鞘からレイピアを引き抜く。心配するロッシュにはユースケを優先するように伝え、魔力を纏ったジェニスの剣に合わせる。
「ベラベラと喋りやがって。落とし前を付けろ!」
振り下ろされたジェニスの剣は青色の閃光を放ち、その一撃によってシールドの上から細身の刀身が両断される。
「ぐあぁ――ま、まだッ!」
「ちっ」
右肩から縦に斬られたグリドリンは、痛みをこらえて撃鉄を上げた拳銃を撃つ。両断されたシールドが床に落ちるより先に銃弾を放つが、後退するジェニスにシールドで防がれてしまう。
「仕掛けが分かったところで、この体は私の支配下ですよ」
「だから引き剥がすんだろ」
ユースケは迫りくるロッシュに対してシールドを再形成する。粒子の影響で不完全であるが、消えかけたエスクードによる殴打を受け止めるのには十分だった。
『ユースケさん、目を覚ましてください!』
『お願いです。ユースケさん!』
縁から欠けていくシュヴァルツシルトでイヅナの攻撃に耐えながら、チェーンバインドを解いて逃げるカナの前にアキトが割り込んだ。コッチ男爵から解放されたことに喜ぶ前に、2人はユースケの意識に念話で語り掛ける。
(粒子が残っていても、やりようは――ッ!?)
「何をいまさら……足掻いたところで」
ユースケの身体が意思通りに動かず、一瞬だけ全身から力が抜ける。反撃のために準備した魔法は粒子に負けてかき消され、シールドも魔力に分解されながらロッシュに弾き飛ばされる。
『2人の言う通りだ。戻って来い』
「グアアァァ!!」
ロッシュは無防備になったユースケの頭を掴み、精神障壁を直に押し込む。すると男の叫び声と共に、ユースケの身体から何かが抜け出した。
「こいつが操ってたのか」
『イヅナ、合わせろ!』
それは全身から赤色の魔力が揺らめく胴が細長い狐【管狐】であり、彼を助けるためにジェニスが駆け寄って来る。念話を受けたイヅナが放ったリニアストームを、ロッシュは風を纏った翼を打ち下ろしてダウンバーストで相殺する。
(別方向に粒子が流れてる……眼鏡のリニアか!)
「2人の元へは行かせない!」
魔法の衝突による衝撃が、残っていた粒子を吹き飛ばした。その中を突き進むジェニスだったが、不自然に射し込んだ空気の流れからアキトのリニアブラストを察知する。
『父さん、無事ですか?』
『心配いらない』
攻撃の応酬が止み、イヅナが管狐と念話を交わす。その間にグリドリンがおぼつかない足取りでロッシュの元へたどり着くと、近くの柱を支えにして座り込む。
戦況は一転して、お互いに睨み合う膠着状態となった。
「はぁはぁ……すまないロッシュ。助けに来といて……この様だ」
「無理すんな。その傷、治んないんだろ?」
「……細胞が壊死している。気を付けた方が良い」
グリドリンは斬られた場所を手で押さえて治癒魔法をかけているが、塞がらない傷口を見られて弱音を吐く。それでもロッシュにジェニスの能力を忠告すると、全身に魔力を纏わせて異体化する。
『それにしても、よく憑依能力って分かりましたね』
リスに異体化したことで傷口は塞がった。それでも斬られた跡が残るグリドリンに、アキトは憑依能力について尋ねる。
『……あの日の社交界、僕は憑依してもらった状態で参加したんだ』
『君も操られていたの?』
『違う……合意の上だ。君が止めなければ、カナ様に乗り移って婚約を承諾させていた』
『だからって、あんなことを』
グリドリンの告白にアキトは、ユースケと同じ状況を疑う。しかし彼から返ってきた言葉は期待を裏切るものであり、聞いていたカナも衝撃を受ける。
「みんな……ごめ……ボクが……」
ユースケの意識が戻るが、虚脱状態のままかすれた声で謝罪しようとしている。
『ユースケさん、今は休んでいてください』
『意識が戻ったなら、精神障壁があるうちは憑依されねえよ。アキトたちも出力上げとけ』
アキトはユースケの体調を心配し、ロッシュは彼にかけた精神障壁を補強する。そして全員に管狐の憑依能力を防ぐため、精神障壁を強固にするように指示を出す。
『すみません。私、精神障壁は使えなくて』
『なら、アキトがカナに使ってやれ』
『実は僕も自分にしか……』
『マジかよ。グリドリン、頼んだ』
カナは精神障壁を使えず、アキトも自分にしか使えなかった。そのためロッシュはグリドリンにフォローを頼み、彼はリスの姿のまま彼女に駆け寄る。
『気に入らないだろうけど、今はロッシュを信じて欲しい』
『分かりました。お願いします』
社交界の舞台裏を語ったグリドリンの言葉を信じて、カナは彼を肩に乗せて精神障壁を受け入れる。状況は整ったが、お互いに一触即発の緊張感が漂っている。
(ボクはいつだって、皆に迷惑をかけてばかりだ)
未だ戻り切らない意識の中で、ユースケはその様子を眺めていた。自分が今この場にいる理由を思い出しながら――。
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