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【第2章完結】ラプラスの魔導士 〜魔眼で魔法を解析し、重力を操る異世界の理術使い〜  作者: 盆妖幻鳥
第2章 リオール疎開

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02-18 裏切りの刃

「カナさん、コッチ男爵……2人は一体どこに?」

「だけど変だぜ。外と比べて中の警備がザル過ぎる」


 別荘の中へと侵入できたアキトとロッシュは、誘拐されたカナとコッチ男爵を探し回る。襲ってくる誘拐犯の一味と遭遇しては蹴散らしているが、その数が少ないことに疑問が浮かぶ。


「っと、言ってるそばからお出ましだ」

「構築反応なし……出てきた瞬間を狙うよ」


 当てもなく別荘の中を虱潰しに回っていると、正面の角から誰かが近づいてくる足音に気付いた。2人は魔力弾を展開し、出会い頭に先制攻撃を仕掛けようとする。


「待って、待って、撃たないで!」

「ユースケさん!?」

「なんで、こんな所にいるんだ?」

「どうしても、皆の力になりたくて……」


 角から出てきた人物の姿と声に、アキトとロッシュは攻撃の手を止める。それはピョートル伯爵邸に残っていたはずのユースケであり、2人は困惑して思わず顔を見合わせる。


「よく忍び込めましたね」

「はは、能力のおかげかな」

「だからって吹っ切れすぎじゃないか?」


 ピョートル伯爵邸でのユースケの様子から、まさか単独潜入をするとはアキトもロッシュも思わなかった。とはいえ敵陣の中で悠長に話しているわけにもいかない。


「……それでカナさんだけど、エントランスに連れて行かれるのを見たよ」


 すぐに気を引き締め直して、ユースケは潜入して得た情報を2人に伝える。


「本当ですか!?」

「うん。1人だとどうにもできなかったから、隠れてたんだ」

「だとしたら、ピョートル伯爵との交渉に使う気か? とにかく急ごうぜ」


 ユースケの証言でカナの居場所が判明した。彼の話を聞いたアキトとロッシュはすぐにMFコンデンサーで魔力の補給を済ませると、人質救出のために急いでエントランスへと向かう。


「2人とも、実はボク――」

「敵がいる。ユースケさんはステルス魔法で隠れてください!」

「ここを抜ければエントランスに着く。潜伏したまま、合図したら動いてくれ」


 ユースケが何かを言おうとした時、進行方向の先で警備をしている敵を発見する。アキトが即座にグラビティを込めたアステロイドで敵の動きを止め、そこにロッシュがメーヴェで追撃して凍結させる。


「……そのつもりだよ」


 2人の後ろで、ユースケがステルス魔法を発動する。その視線は静かに目的地を見据えていた。






――――――――――






「せっかく美味しいケーキと紅茶を用意したんです。カナさんも遠慮せずにどうぞ」

「……どうして、私を攫ったんですか?」


 他に誰もいないエントランスのテーブルを挟んで、カナはコッチ男爵と対面していた。彼の用意した食べ物に手を付けることをせず、恐怖を抑えながら自分を攫った理由を問う。


「バーストン公爵とピョートル伯爵を退陣させるためです。理由は魔王軍に占領されたアルヴヘイム王国に対する政策への不満……と言ったところです」

「今は封鎖していますが、これまで難民を受け入れた事ですか? でも孤児院の整備はその対応として、貴方だって協力しているじゃないですか?」


 コッチ男爵の目論見に、カナは国境都市ルガリーで見た光景を思い出す。難民が殺到して都市機能の低下や治安が悪化し、あおりを受けた市民が不満を募らせていた。


「いえ、私が提言したいのは軍備の増強です。連邦軍の一部を国境に固めているだけで、本当に魔王軍の侵攻を抑止できるとお思いですか?」

「なら、連邦軍をもっと国境に……」

「それも手でしょうが、その間は各領の防衛が手薄になります。先日のキマイラ襲撃未遂のようなことが、また起きないとも限らない」


 しかしコッチ男爵の意見はまた別のものだった。カナは素人なりに案を出すが、キマイラの件を持ち出されて彼の提言を理解する。


「では、どうすれば良いんですか?」

「こちらから攻め入ってアルヴヘイム王国を占領する……のは、世論も連邦政府もやりたがらないでしょう」

「それは私も反対です……」

「ですので、各領における領兵の保有制限の緩和ないし撤廃をさせます……防衛路線を掲げれば、こちらの方が受け入れられやすい」


 アルヴヘイム王国を乗っ取った魔王軍は、まだ他国に宣戦布告をしていない。セレスフィルド連邦としても自らが戦争を仕掛けることは避けたいため、国境線での睨み合いが続いている。

 カナもその意見には納得するものの、それならそれである疑問が浮かぶ。


「待ってください。それであれば誘拐なんてしなくても、正式に議会に提言すれば……貴方ならできるでしょう?」

「ふふふ、素晴らしい指摘です。箱入り娘でも仕方がないと思っていましたが、中々に聡明であられる」


 口では笑っているが、コッチ男爵がカナを見る目は笑っていなかった。彼はケーキを口に運ぶと、その甘さを紅茶になじませて飲み込む。


「確かに私は、世間知らずかもしれませんが……」

「勉学も教養も身に付いているのはもちろん、見聞きした内容を知識ときちんと結びつけることができる……子供たちをここまで教育するのには、かなりの時間と根気が必要です」


 それはコッチ男爵がこれまで培ってきた経験と知識からの洞察だった。現在こそ経営に専念しているが、かつては自ら孤児たちを育てて自立させてきた叩き上げでもある。


「不治の病から復活した奇跡の子……本当に貴女は“カナ・C・バーストン”ですかな?」

「な、何を!?」

「本人は亡くなり影武者が繰り上がったか、そもそも病気の娘など最初から存在しなかったか……」


 不治の病で学校に行けず、何年も寝たきりだった少女……奇跡によって完治してから半年も経たない。それでいて、ここまで意見を交わせる異常性をコッチ男爵は指摘する。

 カナは動揺からくる震えを隠すように、紅茶とともに不安を飲み込もうとする。


「詮索はしません。私にとっては“バーストン公爵家令嬢”と“奇跡の子”というネームバリューがあれば良いのですから」

「わ、私に何をさせるつもりですか?」

「リオール領の貴族に嫁いでバーストン領との親交を示してもらいたいのと、私の政策を支持してもらうだけです」


 コッチ男爵の思惑は、政略結婚とそれに付随する役割として双方向で求められているものだ。彼自身に子供はいないが、グリドリンの代わりになるリオール領貴族の子息は他にもいる。

 その人と結婚したカナを介してバーストン領に働きかけることも、決して不可能ではない。


「なぜ、そこまでするんですか? 非合法の手段を使えば、政策が良くても拒絶されます」

「それは“表向きの理由”ですよ」

「どういうことですか!?」

「いささか人の善性を信じすぎです。それでは、貴族の世界を渡っていけませんが――」


 それは皮肉ではなく、コッチ男爵がカナの可能性に期待しているからこその言葉だった。


「その清廉な精神は領民に安心を与える。できれば貴女には、真に私と共に来てもらいたい」

「……それならなおのこと、“本当の理由”を教えてください」

「良いでしょう。遅かれ早かれ、分かることですから」


 カナが賛同するにしろしないにしろ、コッチ男爵の手の内にいる限りは露見する時が来る。そうであれば今話しても問題ないと彼は考えていた。


「私は50年前、氾濫戦争で小さな部隊を率いていました」


 コッチ男爵は冷めきった紅茶をカップに注ぐと、赤い魔力を纏った手を添えて温めなおす。揺らぐ湯気を懐かしみながら口に運ぶと、自らの過去を静かに語り出した。


「故郷など無かった私たちは戦後、居場所を作るためにこの地で暮らすことを選びました。復興の際に立ち上げた事業の功績で貴族となり、気付けば私も老人になっていました」


 知識でしか戦争を知らないカナでも、それが言葉で語るほど簡単ではないことは理解できる。動揺して跳ね上がった鼓動も落ち着き、今は関心からコッチ男爵の話に耳を傾ける。


「このまま人生の幕引きをしても良い。そう思っていた時に、アルヴヘイム王国を魔王軍が乗っ取りました……おかげで私は目を覚ましたのです」

「目を覚ます?」

「氾濫戦争はまだ終わっていなかったのだと。戦場で散った同胞たちのためにも、かつての屈辱を晴らすためにも、生き残った私が立たねばならんのだと!」

「おかしいです。リオールに居場所を築いた貴方が、なぜ戦争を喜ぶんですか?」


 戦後50年……このリオール領で築き上げてきたものを投げ捨てる姿に、カナは思わず声を上げてしまう。コッチ男爵は語るうちに再燃した情熱が抑えきれなくなったのか、興奮したまま更なる真実を告げる。


「おかしくはありませんよ。私は氾濫軍の一員だったのですから」

「そんな!?」


 目の前にいる人物がかつて連邦の敵として戦っていた相手であり、先日バーストン領にキマイラを放った者たちと同じ存在であることを知る。カナが驚きのあまり立ち上がったのと同時に、エントランスにある扉の1つが開かれた。


「カナさん! 良かった、無事だったんですね」

「それよりも男爵だ! 氾濫軍の残党が、なんで連邦の貴族やってんだ!」

「それは私たちの居場所を作るため。そして――」


 アキトとロッシュが突入してきたにもかかわらず、コッチ男爵は背を向けたまま立ち上がった。2人はカナを助けるために魔力弾を放つが、それでも彼は構わず話を続ける。


「――彼ら戦友たちの子孫を守るためです」

「テメエ、よくも爺ちゃんに手を出したな。ぶっ殺してやる!」


 コッチ男爵を守るように飛んできた魔力の剣が、その刀身で魔力弾を防ぐ。彼の言葉に導かれるように、エントランスの階段の上からジェニスとイヅナが姿を現した。


「カナさん、私はね……リオール領とバーストン領を、魔王様に献上したいのですよ」

「ひっ……」


 コッチ男爵は床に刺さったジェニスの剣を引き抜き、その切っ先をカナに突きつける。彼の語った“表向きの理由”も領兵増員に紛れて魔王軍を引き込むため……そしてそれを隠蔽するためにも、自身と同志がそれぞれの領主になる必要があった。


「動かないでください。彼女を傷つけたくないでしょう」

『ユースケさん、すいません。誘導するので、代わりに救出を頼みます』


 コッチ男爵がカナを人質に取り、2人は盾を構えながらもその場から動けなくなる。それでもアキトは事前に立てていた作戦の通り、ステルス魔法で潜伏しているユースケに念話を送る。


「では、そのまま2人を拘束してください」

(大丈夫。ユースケさんはまだ見つかって――!?)


 コッチ男爵の指示で動いたのは、ジェニスでもイヅナでもなかった。カナに近寄ろうとしていたはずのユースケが、ステルス魔法を徐々に解除していく。


――そして、赤色の魔力が集まった手がアキトに向けられる。


「チェーンバインド……ユースケさん!?」


 ラプラスの魔眼は、ユースケから放たれる魔法の鎖【チェーンバインド】をはっきりと捉えていた。その対象がアキトとロッシュであることも――。


読んでいただきありがとうございます。

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