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ラプラスの魔導士 〜魔眼で魔法を解析し、重力を操る異世界の理術使い〜  作者: 盆妖幻鳥
第2章 リオール疎開

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02-15 慟哭の果てに

「ふわぁ~」

「お、やっと起きたか。調子はどうだ?」

「ちょっとだけ、頭がふわふわしている」


 骸魔術師を倒した後、拠点に使っていた廃墟の一室でアキトが目を覚ます。精神波を受けた時の湧き上がる感情は収まったが、夢を見ているような奇妙な浮遊感が残っていた。


「シーリスも寝てるし、まだしばらくそこに座っとけ」


 アキトは体に被せて掛け布団にしていた上着を着直そうとするが、隣に座っているシーリスが肩にもたれかかって寝ていることに気付く。ロッシュに言われるがまま古びたソファに身を預け、受け取った水筒の中身を飲み干す。


「それで、今は何しているの?」

「魔術師が使ってた魔法陣の解析だ」


 ロッシュが視線を向けた先で、ゲルト教授が机に向かっている。そこでは記録石の情報から魔法陣を紙に転写し、ノートを広げて魔法陣の解読作業をしていた。


「アキト君、この魔法陣を見てくれないか」

「これは……確かリアクティブシールドの?」


 ゲルト教授から差し出された2枚の紙には、リアクティブシールドが発動した際の2つの魔法陣がそれぞれに写っていた。


「二重魔法陣を分解して写した物だ。それぞれの効果は分かるかね?」

「いえ、これだけ見ても……」


 骸魔術師の使用したリアクティブシールドは、2枚の魔法陣を組み合わせて発動する。戦闘中は確かにその魔法について理解できていたが、紙に写った物を見てもアキトは理解できなかった。


「俺が試しに発動してみるから、分かったら教えてくれ」


 ロッシュが紙の上に手をかざして書かれた魔法陣をトレースして魔力を構築する。それを骸魔術師と同じ順番で重ね合わせるが、魔法陣が浮かび上がるだけでリアクティブシールドとしては発動しなかった。


「シールドと爆発魔法が発動しそうだけど、ところどころ欠落しているみたいだ」

「何が足りないか分かるか?」

「……ごめん。そこまでは分からない」


 なんとなく分かるが、それが何故なのかは答えられない。アキトは戦闘の時は理解していたはずの事を思い出せず、申し訳なさと疑問を口に出す。


「アキト君のその眼は、ラプラスの魔眼だったな」

「そうですけど」


 しばらく議論していた魔法陣の資料もまとまり、ロッシュがお湯を沸かし直して紅茶を淹れてくれる。ゲルト教授は一息入れながら、ラプラスの魔眼についてアキトに尋ねた。


「いや、冒険者が習得しているのは珍しいと思ってな」

「そうなんですか?」

「魔法の研究用途で使われるニッチな魔法だからな。冒険者で知ってる奴は、まずいないと思うぜ」

(そう言えばシンさんも、僕と会って初めて知ったって言っていたな)


 ロッシュも言うように、冒険者にとってラプラスの魔眼は知名度がかなり低い。元々研究用途で開発された魔眼であるため、それを使用するアキトはかなり珍しかった。


「しかも構築されていくマトリクスを視て魔法を特定できるとは、その若さにしてかなりの知識があるようだ」

「いえ、そんなことは……」

「謙遜することは無い。最初にゴーレムの衝撃波を見破ったのは、私も驚いた」


 たとえ同じ魔法でも、マトリクス式と魔法陣式では構築されるマトリクスが異なる。衝撃波の魔法は一度見たことがあるからこそ、その違いをラプラスの魔眼で視たアキトは言葉に詰まる。


「君はどこでラプラスの魔眼を?」

「ま、魔法の研究に興味があるんです。それで調べていた本に載っていて……」

(咄嗟に誤魔化しちゃった。ユースケさんもいるから、転生者って隠し続けることも無いのかも)


 ゲルト教授の何気ない質問にアキトは冷や汗が出る。興味があるのは本当だが、習得の経緯はそれっぽい嘘をついて誤魔化してしまう。


「ほう、君はもしかして魔法陣の研究を?」

「いえいえ! 研究は興味があるだけで、実際にはまだ何も……」

「それでいて初めて視る魔法陣の解析を? 知識ではなく、直感で正解を当てているということか?」


 ラプラスの魔眼は、“魔法を発動するために構築するマトリクスを視る”ための魔眼だ。ゲルト教授の言うように、それだけで未知の魔法を解析できるようになるわけではない。

 たとえ思考強化が付随していたとしても、解析自体は自分が持つ知識をもとに行うからだ。


(そうかもしれない。でもそれだと、僕は本当に自分の眼で魔法を視ているのか?)

「うーむ、分からん。まあ、もし興味があればセレスト領の連邦大学に来ると良い。古代魔法史の講義は私が担当している」


 アキトは自身が授かったラプラスの魔眼について考え込む。ゲルト教授の疑問も晴れることは無かったが、期待を込めてこの場は大学に誘う程度に留めておく。


「そうだロッシュ、骸魔術師の精神波なんだけど……廃墟になる前のあの広場が、“無属性の魔力”で吹き飛ばされる光景を見たんだ」

「だったら、それが死因だろうな。そりゃ、イシュテナを目の敵にするわけだ」


 アキトは話題を変えるために精神波で見た光景を話した。途中で骸魔術師がイシュテナを執拗に狙っていたことから、ロッシュの推測通りだと納得する。


「悲しみや絶望もあったけど、何かを強く憎んでいた。目の前にいたはずの敵よりも、あの光景を引き起こした“何か”を」

「骸魔術師の魂は、永い年月異界に晒されていた。それで残るのは、風化した魂の残滓に残留思念がこびりついた存在だ。その光景も、正しく当時のままであるかは……本人ですら、分からないものだ」

「それは……」

「精神障壁が間に合わずに、モロに食らったんだ。それは他人の感情だから、あんまり引っ張られるなよ?」

「そうなんだろうけど、それが何かどうしても気になって」


 それでもアキトには気になることがあった。ゲルト教授の言うように時間と感情で真実は歪められ、存在しない物に矛先を向けている可能性もある。ロッシュの言うように感情が引っ張られているだけかもしれない。

 そんな彼らの思考を遮るように、錆びついた扉が開かれた。


「賢者の石だ」


 答えを持っていたのは、見回りから戻って来たイシュテナだった。彼女は精神波を受けながらも感情に呑まれることなく、骸魔術師が何を憎んでいたかを伝える。


「賢者の石?」

「おとぎ話とかに出てくる伝説の石だ。さすがに聞いたことくらいあるだろ」

(僕の世界だと、錬金術の黄金を作る石だけど……)


 数多くの伝承や物語に登場する伝説の石【賢者の石】は、魔力を無限に引き出すことが出来ると言われている。ロッシュの言い方から知名度はかなり高いらしいが、転生者であるアキトには初耳だった。


「第1次魔法文明では、伝説を再現しようとして造られた賢者の石が多数存在していた。作り出す魔力は無属性であり、いくつもの国家が地図から消えたという史料とも一致する」

「うげっ、それで文明が滅びたのかよ!?」

「「……」」


 一般的には文明崩壊の歴史は知っていても、その詳細までは学ばない。古代魔法史を専攻しているゲルト教授でなければ、眉唾物として一蹴されていただろう。

 アキトとイシュテナは精神波で見た光景を思い出し、それが“あの場”だけではないことに口を閉ざす。


「安心しなさい。文明崩壊で製法は失われ、現代では賢者の石を造ることは禁じられている」

「確かに、造れるなら氾濫戦争で使われているはずだしな」


 アキトたちの不安を察したゲルト教授は、賢者の石が現代では造られていないことを伝える。イシュテナの推測がその意見を後押しし、緊張した空気を和らげる。


「それよりさ、外はどうだった?」

「たまにグリントが飛んでいる程度で、静かなものだ」

「分かった。次は俺が見張りに出るから、イシュテナはここで休憩な」


 ロッシュはイシュテナを手招きすると、彼女を空いているアキトの横に座らせる。


「え、だったら僕が」

「そうだな、少し仮眠をとらせてもらう」


 アキトが見張りを代わろうとするが、すぐにイシュテナが彼の肩に寄りかかって目を閉じてしまう。こうなっては立ち上がることはできないため、大人しく彼女を受け入れる。


「お、良いねえ。そのショット貰い」

「ちょっと、ロッシュ!?」

「まあまあ、これも思い出だって」

「まさか、僕とシーリスが寝ているところも……」

「バッチリ」


 その瞬間を狙っていたかのように、ロッシュが記録石を繋いだ携帯端末を取り出して撮影する。慌てるアキトだったが、もう何枚も撮られているということで観念するしかなかった。


「ロッシュ君、アキト君。今回の調査だけで十分に資料が集まった。彼女たちが起きたら脱出しよう」

「了解。初めてで色々疲れただろうし、アキトもゆっくりしてな」

「分かった。お言葉に甘えさせてもらうよ」


 これにて、ゲルト教授の依頼だった調査が終了する。しばらくしてシーリスたちが起きると記念として4人の集合写真を撮影してもらい、アキトたちは初めてのダンジョンから脱出した。






――――――――――







 アキトたちが村に戻った時はダンジョン突入から2日目の夕暮れ時だった。契約の報酬を受け取り、ゲルト教授と別れて宿屋に向かう。


「ダンジョンの中って、時間の流れが遅いんだね」

「そのあたりはランダムだな。同じダンジョンでも早い時と遅い時がある」


 ロッシュが持っている携帯端末の時刻は、まだ1日目が終わっていなかった。アキトが時間のズレを不思議に思いながら歩いていると、後ろから聞き覚えのある声に呼び止められる。


「アキト殿! 良かった、戻って来られたのですね!」

「ケビンさん、どうしたんですか? わざわざここまで来るなんて」


 振り向いた先にいたのは、貿易都市リオールにいるはずのケビンだった。初めて見る彼の血相を変えた様子に、ただ事ではない事は明白だった。


「実はお嬢様が……お嬢様が、誘拐されてしまったのです!」


 ケビンから聞かされた内容に、アキトたちは衝撃を受ける。どうやら彼はこの非常事態を伝えるべく、早馬を飛ばして来たとのことだ。


「そんな!? 一体誰が」

「犯人の要求は?」

「事と次第によっては、とんでもないことになるぞ」


 シーリスはカナを心配し、イシュテナは冷静に状況を把握しようとする。それだけではなくバーストン公爵家令嬢の誘拐が、治安だけでなく政治的にも大事になりかねないとロッシュは危惧する。


「とにかく、急いでリオールへ戻ろう」


 ダンジョン探索の疲労を回復する間もなく、アキトたちは貿易都市リオールへ戻ることとなった。


読んでいただきありがとうございます。

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