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ラプラスの魔導士 〜魔眼で魔法を解析し、重力を操る異世界の理術使い〜  作者: 盆妖幻鳥
第2章 リオール疎開

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02-16 カナ誘拐事件

 貿易都市リオールのピョートル伯爵邸では、深夜にもかかわらず明かりが灯されていた。警備員たちが慌ただしく動き回っており、そこには事態を聞きつけたシンも合流する。


(ケビンと手分けしてエーデルクラウトを迎えに行かせたが、どっちも間に合うか?)

「狼がこっちに来るぞ!」


 誘拐犯の規模が不明なため、救出に向けて戦力をできるだけ多く揃える必要があった。シン自身も取れる手を打つ中、マントを羽織った銀灰色の狼が向かって来ているのを警備員が発見する。


『シンさん、シーリスです。中に入れてください』

「!? あの狼はシーリスだ。門を開けてくれ」


 シンも一緒に迎撃態勢を取ろうとしたが、狼から届いた念話によって異体化したシーリスであると判明する。すぐに警備員に伝えて門を開けさせると、彼女が伯爵邸の中まで一気に駆け込む。


「ハァハァ……シンさん。カナさんが誘……ゲホッゲホッ」

「状況は把握してる。ちゃんと話してやるから、無理するな」


 異体化を解除したシーリスは羽織っていたマントで全裸になった身体を隠しながら、息も絶え絶えにカナの安否を尋ねる。見かねたシンは彼女の体を支えながら、水筒を渡して水を飲むように促す。


「戻ってきたかい?」

「シーリスだけだ。着替えとベッドを頼む」


 ピョートル伯爵が様子を見に来てくれたため、シンはシーリスの看護を頼んだ。見たところ荷物は羽織っているマント1枚しかないようだが、なぜか彼女はそれを脱いで渡そうとしてくる。


「シンさん……このマントを……」

「後で良い」

「朝になったら……イシュテナが、ここに皆を連れてきてくれる」


 よく見るとそれは、イシュテナが着ているマントだった。彼女の転移マーカーが届けば、テレポートを使ってアキトたちを帰還させることができる。

 シーリスはそのために麓村クーパルから徹夜で走ってきたとシンに告げる。


「……よく頑張ったな。ここは俺に任せて、ゆっくり休め」


 理解したシンは自分のコートを渡してからマントを受け取る。シーリスがメイドの肩を借りて部屋へ向かうのを見送りながら、改めて事件が起きた状況を振り返る。






――――――――――






――神暦9102年3月20日

 アキトたちがダンジョンを探索している時、リオール領の領兵数名を護衛に連れたコッチ男爵と共にカナは新設される孤児院を訪れていた。


「――と、こちらが新設の孤児院になります。カナ様には運営のお手伝いをしていただくことになります」

「はい、頑張ります。それで、いつから開くんですか?」


 疎開中の社会勉強を兼ねて、カナは孤児院の手伝いをすることになっていた。その話は既にバーストン公爵から聞いていたため、開業時期について尋ねる。


「……アルヴヘイム王国の事件もあり、この孤児院の開業時期が前倒しになりました。設備については問題ないのですが、職員についてはまだ人数が足りません」


 静かな郊外に建てられた新築の建屋には、新品の設備がすでに備え付けられている。しかし当初の予定から開業が前倒しになったこともあり、孤児を受け入れるための職員が揃っていなかった。


「ユースケ殿でしたら問題ないかと」

「でもボク、子供の相手なんてしたことないですよ」

「ハハハ、仕事は何もそれだけではありません。聞けばユースケさんは料理が得意とのこと……調理師も募集中ですので、そちらはどうですかな?」


 ケビンの推薦に戸惑っているユースケを後押しするように、コッチ男爵が料理の腕を見込んで調理師の仕事を紹介する。


(アキト君たちはこれからも旅を続ける……目的のないボクがずっと付いて行く訳にもいかないから、ここで働くのも悪くないかも)


 転生者である自身の境遇を考えると、ケビンやコッチ男爵の提案は魅力的だった。ユースケがそんなことを考えていると、少し離れた位置で護衛していた領兵たちがカナとコッチ男爵の周りに集まる。


「君たち、いったい何を!?」

「いや、やめて!」


――ユースケたちが疑問に思うより早く、領兵たちがコッチ男爵とカナを取り押さえた。


 そこに一切の迷いは無く、領兵たちは抵抗できないように睡眠魔法で2人の意識を奪う。彼らは唖然とするユースケとケビンに武器を突き付け、この場を完全に支配する。


「ジェニス、人質を抑えた。このまま予定通りに」

「了解。お前たちは先に戻ってろ」


 ジェニスと呼ばれたリーダー格の領兵が、2人を拘束した部下たちに指示を出す。彼は青色の魔力で剣を形成すると、宙に浮かべたまま切っ先をケビンに向ける。


「ま、待ちなさい!」

「抵抗するな。言うことを素直に聞けば、そのうち返してやるよ」


 言葉だけでは引き留めることはできず、ケビンの目の前でカナとコッチ男爵が連れ去られてしまう。それでも彼は固まっているユースケを横目で見ながら、対応策を講じる。


『ここは私が時間を稼ぎます。ユースケ殿は能力を使って逃げて、助けを呼んでください』

「え、でも……」

「急いでください!」

「は、はい!」


 ケビンは念話で逃げるように伝えるが、躊躇するユースケに発破をかける。シールドを形成して反撃に備えるが、その合間を縫ってジェニスの剣が飛ぶ。


「おっと、逃げるなよ。おっさん」

「うわああ!」


 ジェニスが飛ばした剣が床に突き刺さると、床一面に魔力が広がって青色に光る。それは摩擦を打ち消す魔法【スリップ】であり、走り出そうとしたユースケはその勢いのまま転んでしまう。


「ほらほら、早く立てよ」

「あ、ああ……」

「立てないなら、大人しくしてな!」


 ユースケは何度も立ち上がろうとするが、スリップの効果で立ち上がることはできなかった。その様子をひとしきり笑い者にしたジェニスは、彼を蹴り飛ばして追い打ちをかける。


「うう、ううぅぅ……」


 摩擦のない床を滑り、壁にぶつかったことでようやく止まる。ユースケは意識こそあるものの、痛みの余りうずくまったまま動けなかった。


「まったくお前は、品がないな」

「イヅナは固いんだよ。ちゃんと加減してるし、問題ないだろ」

「……まあ良い。とにかく、用を済ませよう」


 1人の若い男の領兵がユースケに対する行動に呆れるが、ジェニスは悪びれることなく軽口を返した。彼はポケットから手紙を取り出すと、残されたケビンに近づいて差し出す。


「ケビン殿、ピョートル伯爵にこの手紙と伝言を」

「“3日以内に要求を実行すること”……さもなくば、2人の安全は保障しない」


 イヅナが手紙を渡してジェニスが伝言の内容を告げると、領兵たちは孤児院から去って行った。ケビンは追いかけることもままならず、怪我をしたユースケを連れてピョートル伯爵邸に戻ることしかできなかった。






――――――――――






 日が昇り、イシュテナのテレポートでアキトたちはピョートル伯爵邸に帰還した。彼らはカナが誘拐された状況を知り、救出に向けた準備を進めている。


「ユースケさん、怪我は大丈夫ですか?」

「……」

「……ユースケさん、入りますよ」

「待って!」


 アキトは怪我をしたユースケの見舞いに部屋を訪れるが、ノックをしても声をかけても返事がなかった。しばらくしてようやく返事があったが、それは彼が部屋に入るのを拒んでのことだった。


「もしかして、怪我が痛むんですか?」

「違う……ボクは怖いんだ」

「それなら尚更、誰かといた方が気も紛れるだろ?」


 アキトとロッシュの言葉を否定し、ユースケは扉が開かないように背中で押さえながら座り込む。


「……ボクはこの世界に来るまで、引き籠りだったんだ」

「でもユースケさん、働いていたって」

「途中で辞めたんだ。いつも怒られてばかりで……他人の目が怖くなって……」

「今まで無理をしてたのか?」


 今までの様子からは想像できなかったユースケの過去に、アキトとシンは驚く。


「そうじゃない。今まで忘れていただけで、ぶり返したんだ」

「……」


 それはユースケ自身も同様で、これまでは確かに問題にはならなかった。しかし孤児院でジェニスに笑い者にされたことで、過去の記憶と感覚がフラッシュバックして蘇ってしまう。


「皆様、こちらでしたか」

「ケビンさん」

「カナ様の居場所が判明しました。至急、ピョートル様の元へ」


 沈黙の中、カナの居場所が判明したとケビンが伝えに来る。その知らせを聞いてアキトたちは部屋から離れようとするが、それを察知したユースケが口を開く。


「待って。アキト君……君は、まだ子供なのにどうして戦えるの?」


 この世界では15歳で成人であることはユースケも知っている。それでも転生前の感覚では、未成年であるアキトはまだ子供だと思っていた。


「僕はアルヴヘイム王国で戦いに巻き込まれて、その時に多くの人に助けてもらいました。だから今度は、僕が助ける側に回りたいと思ったんです……別にそれは戦いである必要はないんですけど、それも含めて冒険者になることを選んだので」

「本当に、君は立派なんだね」

「僕の場合は、きっかけがあったからですよ。ユースケさんだって、転生したのは今までの状況を変えたいと思ったからではないんですか?」


 アキトの問いにユースケは何も答えなかった。ただ、扉を塞ぐように座るのを止め、その場から立ち上がって離れたことは分かった。


「……準備があるので、そろそろ行きますね」

「ユースケの料理って美味いんだってな。今度、俺にも食わせてくれよ」

「別に俺たちみたいに戦う必要はない。戻った時に出迎えてくれれば良いさ」


 それでもアキトは扉を開くことをせず、ユースケのいる部屋から立ち去った。ロッシュとシンも一言告げるだけにとどめ、カナを救出するための準備に取り掛かる。


読んでいただきありがとうございます。

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