ア・サラリーマン・ボーイ・ミーツ・ガール
ハチオウジギアの世界観で起きる短編です。
ハチオウジギア本編10~12話に登場したフシモリのグループ企業フシモリテック。
そこに勤める男の出会い。
隔週日曜日20時に更新。作成状況によっては不定期になります。
※ハチオウジギア、ハチオウジ鬼譚と同じ世界観で起きる出来事です。独立して読めます。
ページ下部にも関連作品リンクあります。
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門金ケンタは温くなったコーヒーを啜り、溜息をつく。三十歳になってから疲れが溜まりやすい。
フシモリテックの羽村工場で生産管理の事務職をしている。
今日は午前中に納品変更のトラブルがあり、現場対応をこなしてから事務処理をしている。
いつもは工場の隣にある羽中公園でブランコに座りながら、ほくほく亭の弁当を食べるのが日課で癒やしだが、今日は昼を食べる余裕がなかった。
二十二時になり、ようやく残業から解放される。残業にしては早い方だ。
「お疲れ様です」
門金が呟いて立ち上がる。同僚が覇気のない声で答えた。
会社を出ると、とぼとぼと羽村駅に向かう。自宅に帰るにも関わらず、足取りが重い。
「うわっ」
石に躓き、地面に転がった。月が見える。
「ふぅ」溜息をついて立ち上がる。スーツの汚れにも気を配らず自嘲気味に笑った。
役職もなく、同期にも抜かれこのまま、末端の仕事で終わると感じていた。出会いもなく、一人でいる為、全てがどうでも良くなっている。
それでも世間的には巨大なフシモリグループに入社している時点で勝ち組だと思われている。生きているだけでやっとの人々の方が多数だ。贅沢な悩みなのだろう。
羽村駅で満員電車に乗る。暫く走ると拝島駅で止まった。
『ただいま、前方を走行中の車両内で銃撃事件が発生しました。死傷者も出ており、暫く停車いたします』
金曜日の二十二時。満員の通勤電車に、事務的なアナウンスが淡々と響いた。
車内には一週間の疲労を抱えた乗客たちの怒りが満ちている。銃撃による死傷者など誰も気にしない。皆、早く帰りたいだけだ。
門金もその一人だった。
そのとき、車体が不自然に大きく揺れた。隣に立っていたスーツ姿の女性が、ふとバランスを崩す。門金は反射的にその肩を支えていた。
「大丈夫ですか」
「すみません……ありがとうございます」
女性は小さく頭を下げながら、こちらを見つめた。
「もしかして……羽中公園のブランコでいつもお弁当を食べている方ですか」
何気ない問いかけに、門金は目を瞬かせた。
「えっ、はい。どうして分かったんですか」
「私も近くに勤めていて、いつも公園でお昼を食べているんです。見たことあるなと思って」
そう言われて公園のベンチに可愛らしい女性がいつもいた事を思い出した。彼女がその女性だったのだ。
「僕は公園の隣にあるフシモリテックに勤めてるんです、ご近所さんですね」
女性の表情に笑みが浮かぶ。
電車はまだ動かない。周囲に静かな怒りが溢れている。だが、門金は通常なら苛立ちに変わるはずの時間になぜかときめくものを感じていた。
「いつも遅いんですか?」
女性が気遣う。
「いつもはもっと遅くて。それでもこの時間に止まるのは、なかなか堪えます」
「ですよね。残業で疲れてるのにこれだから、堪らない。まっ、残業は私のミスなんですけどね」
女性が明るく笑った。二人は互いの一週間についてぽつり、ぽつりと語り合う。
「ほくほく亭のお弁当だったんですね! あそこの店舗は特に美味しいですよね! 普段は自分で作るんですが疲れて作れない時は私も買ってます」
「本当ですか!?」
門金の周囲だけは喧騒から隔絶されているように感じた。話は尽きず趣味の話まで広がった。
門金は彼女の鞄にサッカーチーム「フーリンカザン甲府」のキーホルダーがあるのに気付く。
「フーリンカザンだ、サッカー好きなんですか?」
「はい。推しチームです!」
女性が答える。
「そうなんですね! 僕も好きだけど応援してるのがテングースだからライバルだなぁ」
「チームは違うけど、サッカー好きの仲間には変わりないですよ」
その言葉が門金には嬉しかった。
その時、
『運転再開します』
無機質なアナウンスが流れて電車が動き始める。動き出したことが残念だった。悟られないように会話を続ける。
『次は中神、中神』
「降りないと」
門金は女性との会話を楽しみたかったがついに自宅のある駅に着いてしまった。
「お話できて良かったです」
女性が軽く頭を下げる。
「僕もです……では」
門金は名残惜しさに女性を振り向きながら、通勤客をかき分ける。
「じゃあ、また来週ですね!」
女性がこちらに声をかける。門金はホームで驚いたように立ち尽くした。
ドアが閉まり、電車が目の前から消えた。遠ざかっていく尾灯を呆然と見送る。
中神駅のホームはひんやりと冷たかった。遠くでサイレンの音がかすかに聞こえる。
立ち尽くす門金。彼女の声が残っている。
「名前、聞きそびれたな」
ぽつりと呟き、門金は小さく苦笑した。ふと、自分のスーツの膝が白く汚れていることに気が付いた。汚れを手ではたく。
「また、来週か……」
門金は改札に向かって階段を上る。その足取りはなぜか軽かった。




