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エピローグ そして、未来へ


「行ってくる」


 雲ひとつない青空の下。

 ルシアは一人、王都ルミエラの古城に立っていた。


 後ろには大佐やノエル、アルグレイ隊のみんなが心配そうにこちらを見守っている。

 だけど、ルシアは一人で行きたかった。


 これは、滅多にわがままを言わないノエルの願いだった。


「古城に行くのか?」

「そう。王都はルミエラに戻したいの。その前に、古城に迎えに行かなくちゃ」

「迎えに行く……?誰を?」

「それはもちろん。仲間を」


 その言葉に、大佐は目を丸くした。自信たっぷりに言うルシアに、「それはしょうがないな」と笑ってくれたのだ。


 ガラ、と。ルシアが瓦礫を踏み締める音だけが響く。

 世界から音が奪われたような、完全な静寂。


 だけど、ルシアは自信があった。

 

 前回は足を踏み入れなかった奥の奥。

 何かに導かれるように足を進める。


 この先に、いる。

 絶対に。


 古城の奥深く。

 そこに、それはあった。


 バラが咲き誇る庭園の奥、

 柔らかな陽光に包まれた温室に。


 白い狼が丸くなっていた。


「――フェル」


 ピクリと耳が動く。

 だが、丸くなった狼は動かない。


「フェル。迎えに来たよ」


 ゆっくりと、瞼が開かれた。


「なんだ」

「お迎え。一緒に居よう。フェル」


 ゆっくり、ゆっくりと足を進める。


「遅くなって、ごめんね」


 そっとフェルの鼻先に、触れた。


「……終わったのか?」

「終わったよ。全部、終わった」

「そうか……」


「終わったか……」そう目を細めたフェルの瞳は、複雑に揺れていた。


「ありがとうね」

「何がだ。我は何もしていない」

「わざと、でしょ?」


 あの日──

 ブレインはフェルがルシアたちが去ったらすぐに消えたと言っていた。


 それはつまり――


 ルシアたちを無事に逃すための、フェルの方便。


「わざと、私たちが残らないように。

 言ったんでしょ?」

「知らんな」

「強がっちゃって。寂しかったでしょ?」


 誰よりも寂しがりやな狼をルシアは知っている。

 片時も離れないように頭の上に載っていたのをルシアは知っているのだ。

 いつも、人の温もりを忘れないようにしていたことを。


「寂しくなんかない……」

「嘘つきー。尻尾、動いてるよ?」


 左右に揺れる尻尾が、しまったというようにピタンと動きを止めた。

 素直なフェルに声を漏らして笑ってしまう。


「もう。帰ってきて。寂しかったよ?」

「ルシアがか?」

「そう、私が。フェルがいないと寂しくて王女なんて出来ないから、一緒にいて?」

「しょうがないの。ルシアがそこまで言うなら居てやろう」


 伸びをして起き上がり、宙返りしたフェルは、慣れ親しんだ大きさになった。


「おいで」


 両手を広げたルシアの胸に、フェルが飛び込んだ。


「久しぶりなのじゃ」


 目を細めてパタパタ尻尾を動かすフェルは相変わらず暖かい。


「おかえり。フェル」


 ルシアはフェルを思い切り抱きしめて、フェルの匂いを吸い込んだ。

 ずっと温室にいたのか、フェルからは微かにバラの匂いがした。


「ただいま……なのじゃ」


 珍しく素直な狼は、ルシアの胸に顔を埋めたまま返事をした。その声が震えていたのを、ルシアは気づかないふりをした。



 フェルを抱いて、古城を出る。


 外には首を長くしたアルグレイ隊が待っていた。


「フェルー!!」


 待ちきれないようにノエルが、ルシアごとフェルを抱え込んだ。


「意地っ張り狼!」嬉しそうなミアの声に、

「なにを!間抜け女!」と楽しそうなフェルが返す。


「おかえり、フェル」


 口々に言われるおかえりの声に、少し恥ずかしげなフェルの声がした。


「ただいまなのじゃ」


 七人と、二人と、一匹。

 ようやく、"全員"が揃った。


 平坦な道じゃなかった。

 それでも――これからだ。


「行こう!」


 ノエルたちはまた一歩、

 未来へと、足を踏み出した──


 ⸻⸻


「そういえば」

「どうした?」

「本当はフェル、分かってたんでしょ?最後の戦いのとき」


 ピクピクと動く耳は、それが真実だと告げていた。


「ねぇ……なんで?」


 しつこく問いかけるルシアに、観念したようにフェルは嘆息した。


「……わしが言ったら、潰してしまうじゃろ?」

「……結果的に、潰れたけど?」

「そういうことじゃないのじゃ……」


 呆れ果てたようにため息をつくフェルに、ルシアは焦る周りを見回すと、皆んなも呆れ果てたようにルシアを見ており、ノエルなどは、「フェル可哀想……」と同情の目を向けている。


「つまり……?」


 もはや諦めたルシアは、フェルに単刀直入に切り込んだ。大事なことなのだ。斜め上の解釈が悲劇を生むことをルシアは知っている。


「わしが行ったら、奴らを殺したくなる。……それは、お主が望むことではなかろう?」


 観念したフェルの言葉に、ルシアは目を見開いた。


「……ありがとう」


 腕の中のフェルをぎゅっと抱きしめる。

 この優しい狼は、どこまでもルシアの気持ちを優先してくれたのだ――

 長年積もらせた自分の恨みではなく。


「お主は……賢いのに鈍感よの」


 気恥ずかしいのか、フェルはルシアの胸に顔をうずめた。


 優しすぎる狼は──

 どこまでも、ルミナリアの守り神だった。

 

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