第六十三話 攫われた王女
太陽が真上に差す、穏やかな昼時だった。
「ちょっとお手洗い行ってくるね」
昼食を取るために立ち寄った街で、ルシアは一人、お手洗いのために席を立った。
「見つかった!?」
リアの叫び声が店内に響く。
「駄目だ、居ない」
「ちょっと外に聞き込みに行ってくる!」
「ミアは!?ミアはいる!?」
「ミアも居ない!」
アルグレイ隊の誰もが取り乱していた。
ほんの数分──
それだけで、ルシアは消えた。
──まさか。
その考えがよぎった瞬間、全員が弾かれたように動き出した。
周辺へ聞き取りに回り、目撃情報がないかをくまなく探す。
王都まであと1日ほどまで来た、街でのことであった。
「一人で行動させるのではなかった……
店内だからと油断した……」
大佐の口から漏れる声は、苦渋に満ちていた。
誰もが、数分前の自分を悔やむ。
ルシアは、忽然と姿を消した──
⸻⸻
「ん……」
目を開けようとしても真っ暗で、視界は塞がれていた。口には布を噛まされ、声が出せない。
身体は揺れ、足元からは木の軋む音が響く。
──馬車だ。どこかへ運ばれている。
「気がついた?」
耳元でミアの声がして、ほっと息を吐いた。
「ん」
僅かに動く首を動かし、頷く。
「どこかに運ばれているみたい。攫ったのは軍人みたいね」
ミアの声に、ぞくりと悪寒が走った。
思い浮かんだのはヴァイスさんの囚われた姿。
覚悟はしていた。
矢面に立つことで、攫われる可能性があることを。選んだのは自分だった。
だが、いざ直面してみると動くことができない。
──どうする。どうする。
思考が空回りする。
焦りだけが募り、何一つ決められない。
「おい、確認しろ」
「ルシア!気を失ったふりをして!」
ミアの言葉に反応することができず、眩しい光が差し込み思わず目を細める。
「おい、目が覚めてるぞ」
「眠らせておけ。魔術を使われたら面倒だ」
野太い男の声と共に、太い腕がルシアに迫る。
──やだ。
声を出そうにも、出せない。
後ろにずり下がろうとしても、背中には壁が当たる。
「大人しく寝とけ」
男の手には、布が握られていた。
ツンとする匂いと共に、ルシアの意識は遠のいた。
「ルシア!ルシア!」
ミアの叫び声が、遠くからぼんやりと聞こえた気がした。
⸻⸻
「おい、起きろ」
頬を強く叩かれ、ルシアは顔を顰めた。
──痛い。
目を開けると、視界がぼんやりとしていて周りがよく見えない。
「久しぶりだね、ルシア少尉。
いや、ルミナリア姫か」
ゆっくりと合わさった焦点の先にいたのは、忘れもしない、マレディア国王。その人だった。
「な……んで……」
「なんでだと?お前らのせいで、我が国マレディアにどれだけの被害を被ったと思っている」
「鼠の生き残りが……よくも生き延びたものだな。
実に、反吐が出る」とマレディア国王は心底穢らわしそうに吐き出している。
そんなに嫌いなら、放っておけばいいのに……。とルシアは思ったが、口には出さなかった。
「それもここまでだ。お前を囮にしてお前の弟も捕まえよう。姉弟揃って反逆罪だ。おまけでお前の大好きなアルグレイ隊も付けてやろうではないか」
クツクツとおかしそうに笑う国王に、ルシアの顔色が変わる。
「それは……っ!」
「その顔が見たかったんだ。自分のせいでと絶望しておけ。だが、お前は魔術が使えるからな。使われたら迷惑だ。
公開処刑の日まで──眠らせておけ」
「はっ!」
命令を受けた軍人が近寄ってくる。
「や、やだ……」
魔術を使おうと思うが、うまくマナが集まらず霧散する。ミアの姿を探すが、どこにいるか分からなかった。
「ごめんな、ルシア……」
ふわりと、懐かしい香りがした。
鼓膜を震わせた優しい声。
その声の持ち主に、ルシアは目を見開いた。
「アッシュ……なんで……」
それが、ルシアが最後に見た光景だった。
苦しげに細められたその瞳は──
ルシアだけを、見つめていた。
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