第六十話 再び灯る忠誠
「それで?帰ってきた……ということは……動くんですか?」
先ほどまでの口調とは豹変したクラウディオの様子に、ルシアは目を見張った。
その鋭い雰囲気につられるように、アルグレイ隊の空気も引き締まった。
「そのつもりで帰ってきた」
「そう……ですか。」
大佐の言葉に、クラウディオの視線が一瞬落ちる。
次の瞬間、彼はいきなり立ち上がった。
「お待ちしておりました。姫さま」
ルシアの前に進み出ると、迷いなく膝をついた。
騎士が主に忠誠を捧げる、その姿そのものだった。
その光景と言葉に、アルグレイ隊は完全に言葉を失った。
「な……ぜ……?」
かすれた声だった。
絞り出すようなルシアの問いに、クラウディオはわずかに目を細める。
その奥で、揺れるものがあった。
「私の家は……ヴァルレイ家は、ルミナリア王家に古くから仕える家だったそうです。
私自身は知りませんでしたが、父と母は王家に忠誠を誓っていたと。」
静かに、だが一言一言を噛みしめるように続ける。
「しかし、ルミナリア王家が滅びた際、両親は力になることもできず、あまつさえ今はマレディアに仕えている。それは先祖へ顔向けできないと、常に嘆いておられたそうです。
そんな折、アイゼンブルク中将から先日暗号を用いて連絡が入りました。
『ルミナリア王家、復活されたし。
──かつての忠臣は時を待て』」
その言葉が落ちた瞬間、場の空気が震えたような気がした。
「現在、王国全土で姫さまの号令を待つ騎士たちが、刃を研いでいます。
お守りできなかった惜念を……今こそ晴らさせていただきたいのです」
そう語ったクラウディオは、ふっと悪戯っぽく目を細めた。
「ここまで語ったことは両親には内緒ですよ。
そんな重荷を姫さまに背負わせるなと、叱られてしまいますから。
ですが──私は、姫さまに聞いていただきたかったのです」
そう言って笑うクラウディオは、きっとわざと空気を緩ませてくれたのだ。
「……ありがとう」
返事をしたルシアの声は震えていた。
フェルンベルクだけではない。──他にも、待っていてくれた人たちがいる。
悔しい思いを抱いていたのは自分だけではなかった。両親の、祖父母の想いを大切にしてくれていた人たちがいた。
──父さん、母さん。
まだ、生きているよ。
父さんたちの気持ちは、ちゃんと伝わっていて。
今も……生きている。
視界が滲む。
溢れる涙を、もう、止めることはできなかった。
隣で同じように涙を流すノエルに抱きつき、
声をあげることもなく、ただ静かに涙をこぼし続けた。
誰も声をかけることはできなかった。
ただ、静かに見守っていた。
しばしの時が経ち、姉弟が落ち着いたことを確認したクラウディオが声をかけた。
「とりあえず、本家へ移動しましょう。両親が待っています。」
その言葉に、ルシアたちは一斉に立ち上がった。
彼らの眼差しは、かつてフェルンベルクを旅立った時に携えていた
力強い眼差しだった。
⸻⸻
「先に両親に話をしてきます。応接間でお待ちください。」
そう言い残したクラウディオは、使用人にルシアたちの案内を任せて奥へ進んでいく。
准将たちに会うのに、このままの格好ではということで、ミアとシルフィに頼んで全員の姿を戻してもらう。
久しぶりの馴染みあるみんなの姿に、ルシアはほっと息を吐いた。
本人だと分かっていても、馴染みある姿の方が安心する。本来の自分を取り戻した気がした。
せっかくなのでルシアとノエルは瞳の色も本来の金に戻してもらった。もう隠す必要もない。
眩しい光にルシアが瞬きしていると、リア先輩の「わぁ!」という声が聞こえ、顔を向けた。
「二人とも本当に綺麗な金色なんだね」
「本当だ。綺麗な金髪に金の瞳だね」
覗き込んできたウィル先輩に少し照れた。そういえば、みんなもこの姿を見るのは初めてだった。実に8年ぶりの本来の姿である。
「良かったな。」
ルシアとノエルは大佐に頭を軽く撫でられ、顔を見合わせてはにかんだ。
久しぶりの本来の姿は、少しだけ照れ臭く、誇らしかった。
⸻⸻
応接間に腰掛けたルシアたちは僅かに緊迫した空気を漂わせていた。
アイゼンブルク中将の名前が出た以上、完全に嘘だとは断言できない。
ただ、鵜呑みにはできなかった。
ヴァルレイは軍の准将である。
その准将が味方だと言われて「はい、そうですか。」と納得できるほど単純な話ではなかった。
先日王都で露呈したときのように、いつどこで味方が敵に回るかは分からないのだ。今ここで扉が開き、大量の軍人が雪崩れ込んできてもおかしくはない。
時計の針が進む音だけが室内に響く。
まだそれほど時間は経っていないはずだが、じりじりとした焦燥がルシアたちを包んでいた。
先ほど水分はとったはずなのに、ルシアは異様な喉の渇きを覚えていた。クラウディオを信じたいのに、信じきれない自分が嫌になりそうだった。
"ガチャ"
ドアノブを回す音が響き、呼応するようにグレインさんたちが"カチャ"と剣に手をかけたのが分かった。ルシアたちもいつでも魔法を発動できるように構えた。
一触即発の雰囲気が場に満ちた。
ゆっくりと、扉が開かれる。
そこに立っていたのは、軍人と、その妻と思わしき女性だった。クラウディオの両親だろう。後ろにはクラウディオの姿も見えた。
ヴァルレイ夫妻は、ゆっくりとした足取りで部屋に入ってきた。よく見ると、足は僅かに震えており、ヴァルレイ夫妻も緊張していることがわかる。
「そっくり……ですな…」
思わず口からこぼれ出た准将の呟きに、「えぇ……本当に。」と嬉しそうに目を細めた婦人が返す。婦人の目の端に浮かんだ涙が室内の明かりを受けてきらめいた。
「クラウディオから聞いたときには、何を寝ぼけたことをと思ったのですが……事実だったようです。」
じっとルシアとノエルを観察していた准将だったが、二人の姿を見て納得したのか、ゆっくりと話し出した。
それはまるで、今まで積み上げてきた想いを噛み締めるようで、ルシアたちは背筋が自然と伸びるのを感じた。
「お待ちしておりました。姫さま……いえ、ルミナリア王女よ。」
膝をつき、首を垂れる准将に続き、婦人とクラウディオもそれぞれ忠誠を示す。
「我々にも……どうか、どうか……
この命、再び王家のために使う機会を──
お与えいただけませんでしょうか」
准将の静かな、重い決意を含んだ言葉が、応接間に落ちた。
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