第五十五話 交差する過去
「そんなに冷たい顔をしないでよ。
──レオン?」
青年の声が聞こえているはずの大佐は振り向かない。
「あんなに仲が良かったのに。
冷たいんだから」
──敵か、味方か。
動かない大佐にルシアたちもどう行動したらよいかが分からなかった。
そんなに時間は過ぎていなかったはずだが、息も出来ないほどの緊張が場に満ちた。
"カチャ"
グレインさんが剣に手をかけた音に反応して、相手の騎士も剣を抜こうと動こうとしたそのとき──
「「動くな」」
青年と、大佐。
二人の鋭い制止の声が重なった。
「人違いであってほしかった……」
大佐の搾り出すような声が漏れる。
「命の恩人の顔を、僕が見間違えるわけないだろ?髪色と瞳の色くらいで誤魔化せると思うなよ」
にこやかに告げる青年に向き直った大佐は、肩を落とす。
「なんでお前がこんなところにいるんだ……ユリウス……」
ここまで疲れ果てたような大佐の声を初めて聞いた。
状況についていけず、ルシアは目を瞬かせた。
⸻⸻
肩を落とした大佐は、青年の名前を発したきり何も話さない。ただ疲れたように相手を見ていた。
そんな大佐をユリウスと呼ばれた青年は楽しげに見つめ返している。
──なんか、やだ。
二人きりで分かり合っているような雰囲気に、そういう場面ではないと分かっていてもルシアは面白くなかった。大佐の仲間は自分たちなのに。
「誰ですか?大佐」
そう思ったのは自分だけではなかったらしい。いつになく不貞腐れた声色をしたウィル先輩が大佐に質問をする。いつも冷静なウィル先輩がこんな声を出すなんて珍しかった。
「あぁ……悪い。
ユリウスのフルネームはユリウス・アストリア。
アストリア王国の第二王子だ」
「はい……?」
なんでもないことのように答えた大佐に、アルグレイ隊は再び固まった。
全員が石のように固まり動けなかった。
なぜ、こんな場所に帝国の第二王子が……?
しかも、先ほど殺されかけてはいなかっただろうか。
混乱する一同の中、一番初めに我に返ったのはノエルだ。
「どうして帝国の第二王子が大佐とお知り合いに?」
「士官学校時代にちょっとな……」
「そんな説明じゃ分からないでしょ。後で説明するから先に騎士たちの治療をさせてもらってもいい?」
その声に視線を向けると、先ほどグレインさんと睨み合っていた騎士が倒れていた騎士たちに駆け寄り、応急処置を開始したところだった。
倒れた騎士たちは重症ではあるものの、命はまだあるらしい。
「……大佐」
「治癒しますか?」という意図で囁いたルシアの言葉に、少し思案した大佐は、「頼めるか?」と返す。その言葉に、ルシアは小さく頷いた。
「私に治療させてもらえますか?」
応急処置をしている騎士に近づき声をかけると、「助かる」と返事があった。
その声に頷き、ルシアは「ヒール、ミア」と呟き、ミアと共に治療を開始する。
ミアが騎士たちの上を舞うと、水が騎士たちの傷に纏わりつき、「は!?」と手当をしていた騎士が動揺の声をあげた。どうやら魔術(正確には魔法だが)を使うとは思わなかったらしい。確かに冒険者が魔術を使うとは思わないだろう。
その声が聞こえたのか大佐を見ていたユリウス王子が振り向き、「魔法使いか……」と呟くのが聞こえた。
「んん……」
「気がついたか!?」
「よかった……」と安堵の声をあげ、ルシアに礼を言う騎士と、ほっと息を吐くユリウス王子の様子に、ルシアは助けることが出来てよかったと思う。彼らにとって、騎士たちは大事な仲間であることが伝わってきた。
「少し場所を移そう。」
上手く動けないものには手を貸し、血の匂いが漂う戦闘現場から移動する。もう少し時間が経てば、魔獣が寄ってくるだろう。早めに距離を稼ぎたかった。
大佐とユリウス王子を先頭に森の中を進む。しばらく進むと、湖の畔に出た。
「ここで大丈夫だろう。心配しなくても暗殺者たちはあれで全部だ。」
そういいながらユリウス王子が腰を下ろし、その隣に大佐も座った。それを見て、アルグレイ隊も円を描くように座る。
全員が腰を下ろしたことを確認し、ユリウス王子が口を開いた。
「改めて。私の名前はユリウス・アストリア。この国の第二王子だ。先ほどは危ないところを助けてもらい助かった。遅くなったが礼を言う。ありがとう」
顔を見合わせ、誰も口を開かないのを見て、ルシアが代表して「いえ、私たちは大佐の判断に従ったまでです」と返す。
その答えを聞いたユリウス王子は、「慕われているな、レオン」と嬉しそうに笑った。
一方の大佐は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「こいつは昔からこの調子でな。出会ったときには身分を隠して、士官学校に潜り込んでいたんだ。そのときにノアと共にこいつと仲良くなった。第二王子だと分かってからも今まで通りで接しろというからな。腐れ縁のようなものだ」
「それは命の恩人に態度を改められたらそう言いたくもなるだろう」
「普通の第二王子は、よその国に身分を隠して潜り込んだりはしないがな」
「懐かしいな、このやり取りも。そういえば、ノアの姿が見えないがどうした?」
気心の知れた相手なのだろう。普段よりも砕けた様子の大佐の姿は新鮮だったが、ヴァイスさんの名前が出た途端にアルグレイ隊の雰囲気が一変する。
「どうした……?まさか……?」
「いや……死んではいない。いったん別行動をしているだけだ。」
「……そうか。」
一変した大佐とアルグレイ隊の雰囲気にユリウス王子の顔がこわばったが、無事だと聞いて少し息を吐く。そして、先ほどよりも一段低い声で切り出した。
「──レオン、おまえ…国に反旗を翻したって?」
その言葉に、再び場に緊迫した空気が張り詰めた。
日が沈みかけた夕刻。
真っ赤に燃えた夕陽が、アルグレイ隊の姿を照らしていた。
伸びた影は、鬱蒼とした森の中へと、静かに取り込まれていった。
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