第五十四話 国境の向こう側
「やっと帝国……長かった……」
珍しく、噛み締めるように漏らしたリア先輩に、ルシアは思わず抱きついた。
リア先輩に同意したくても、下手に口を開けば、涙がこぼれそうだった。
生まれてからこれまで、隠れて過ごすことはあっても、追われることはなかった。
軍人たちも見つからないアルグレイ隊にイラついているのか、ピリピリしていて、特に東へ行くほどその傾向は顕著になっていった。
どうやら、アルグレイ隊が東の出身だったために、東の街での取り締まりはより厳しいものになっていたらしい。
その噂を聞いたアルグレイ隊一行はフェルンベルクには寄らずに通過したが、かつて良くしてくれた優しい街の人たちは大丈夫だろうかとルシアはどうしても心配になった。
変に自分たちを庇って、傷つけられてなければいい。どうしようもないことだとは思いながらも、ルシアは願わずにはいられなかった。
国境を越えるため、途中の街で冒険者カードを作った際には偽名で大丈夫かとひやひやしたが、そこに問題はないらしく、過去の遺物からカードが吐き出されたときにはほっとした。
どうやら、過去の遺物を使って冒険者の情報は大陸全体で共有されているらしい。
冒険者カードを得たことで、ルシアたちも冒険者として本当に活動できるようになった。
実績を積むために定期的に商会の護衛をしたり、魔石を納めたことで、ブラウンだったランクも、あっという間にシルバーへと上がった。
本格的に冒険者を行う予定は今はないが、落ち着いたら趣味として続けていくのもいいかもしれない。その程度には冒険者の旅は肌には合っていた。
……検問さえなければ、だが。
そんなこんなで、ルシアたちアルグレイ隊は無事、東の国境を抜け、アストリア帝国へ足を踏み入れたのだった。
⸻⸻
アストリア帝国の街道。
左右に茂る鬱蒼とした森は、街道を一歩外れると太陽の光を遮り、魔獣がうようよいるから気をつけろと、国境近くで別れた商人が教えてくれた。
護衛に着く商会の中には、アイゼンブルク商会の者もおり、国内外に張り巡らされた中将の情報網に舌を巻く。
心配してくれているだろう中将に無事を伝えることができないことに、ルシアは心を痛めていた。
「ね、なんか聞こえない?」
リア先輩の言葉に、音を立てるのを止め、耳を澄ます。森の木々が擦れる音に混じって、微かに剣が交わることと、怒鳴り声が聞こえる。
判断を求め、大佐へ視線が集中する。
大佐は一瞬考えていたが、すぐに「助けに行く。襲われている方をひとまず優先だ。」と判断を下した。
「了解!」
冒険者らしい返事を流れるように口にし、前衛であるウィル先輩とグレインさんを先頭に森の中へ入る。
冒険者である以上、人前で魔術を使うことができない三人の魔術師たちは、もっぱら回復薬や支援に徹していた。
徐々に近づく戦闘音に、アルグレイ隊の雰囲気も緊迫したものへと変化する。
剣同士がぶつかる音から、そうではないかとは思っていたが、どうやら魔獣と戦っているのではなさそうだ。人同士の、戦い。
大佐が一瞬思慮した理由がルシアにも分かった。
人同士が争う場合、そこには何かしらの力が絡んでいることが多い。
ここが帝国であることを差し引いても、余計なしかわらみが生まれる可能性を大佐は考慮したのだ。
だが、それを踏まえて大佐は助けることを決めたのだ。大佐を疑う理由など、何もなかった。
「お逃げくださいっ!」
「馬鹿か、お前らを置いていけるか」
「しかし!」
どうやら、騎士と思われる男が、貴族の青年を守っているようだ。騎士は、すでに一名しか残っていない。
襲っている相手は格好からして暗殺者であろう。表の人間には見えなかった。
暗殺者の方が圧倒的に人数が多く、地面には数人の騎士たちが倒れていた。
一瞬視線を寄越したウィル先輩とグレインさんの視線を受けた大佐が小さく頷いた。
それを受け、ウィル先輩とグレインさんは暗殺者へ斬りかかった。
「冒険者パーティー、“夜明けの月”です!助太刀します!」
「……っ!感謝する!」
突如現れ、身分を明かしたウィル先輩に、一瞬騎士は動揺したが、これ以上事態が悪化することはないと判断したのだろう。
すぐに礼を述べ、ウィル先輩たちと連携を取り始めた。
様子を見ていた大佐は「まずいな……」と、小さくこぼす。何が悪いのかは分からなかったが、とりあえずルシアもナイフを投げて加勢する。
アルグレイ隊が加勢したことにより、あっという間に形勢は逆転した。
不利を悟った暗殺者たちは逃げ出そうとしたが、密かに使われたノエルの魔法によって生み出された蔓に足を取られ、転んだところをウィル先輩たちによってとどめを刺された。
戦闘が終わったことにより、場は静寂に包まれる。
荒い息遣いしか聞こえなかったが──
「加勢を感謝いたします」
騎士に守られていた青年が大佐に向かって一礼する。
「いえ、こちらこそ勝手をしました。それでは、失礼します」
大佐にしては素っ気なく踵を返そうとする姿を不思議に思いながら、ルシアたちも軽く頭を下げ、大佐の後ろに続く。
そんなアルグレイ隊の背中を青年の静かな声が追いかけた。
「そんなに冷たい顔をしないでくださいよ。
──レオンさん?」
目を見開き、思わず振り向いてしまったアルグレイ隊の態度に、「やはりそうですか」と小さく呟く青年は、確証は無かったのだろう。
大佐を見ると、前を向いたまま立ち止まっている。
ルシアたちの態度が決定打になってしまったのだ。
どうしたらいいか分からず、アルグレイ隊は立ち尽くした──
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